81.父と、子と
どうも、めっちゃ
無敵の魔王もミルクティーごときで咽るんだな。不意を打つなら、ミルクティーを飲ませてから何かとんでもないことを言って、咽させるのがベストか……?
「ウェッホ、エッホ……なんでまた、
執事からハンカチを受け取って、鼻の周りを拭きながら魔王。
「なんでというか……興味本位でしょうか」
俺がそう答えると、魔王は逆立ちする猫でも見るような目を向けてきた。やっぱり魔族的には死霊術ってこういう扱いなんだな。
「俺は純粋な闇属性なので、適性は高いですし……別に死者を従えたいわけじゃありませんが、技術として興味がありましたので」
「お前は……本当に、変わった奴だな……。しかし大丈夫なのか?」
おかわりの茶をすすりながら、眉をひそめる魔王。
「精神に悪影響が出ると聞くが」
「そばで悪魔が見守ってますので、大丈夫かと。何か変調の兆しでもあれば、ただちに取りやめる構えです」
「……そうか。しかしあまり『死』を弄ぶと、死後、闇の神々の園へ招かれんかもしれんぞ」
――なんだと?
魔王は、闇の神々がまだ『いる』と信じてるのか?
そういえば一般的な魔族の宗教観念ってどうなってるんだろう。悪魔が身近にいる以上、神々の概念化については知らされてそうなもんだが。
アンテ、概念化ってのは魔界じゃ常識じゃないのか?
『ひよっこどもは知らんかもしれん。悪魔の行き着く先は魔神だ、と思っておるのが大半じゃろうな』
お前の言う『ひよっこ』ってのがどの程度なのかよくわからんのだが……裏を返せば、概念化を知ってるのは魔界の古参ぐらいのもん、ってことか?
『そうなるかもしれん。
俺はお前に信仰破壊されたんだが?
『お主は事情が特殊じゃろ、聖属性なり何なりの兼ね合いで。それにもともと大した信仰心でもあるまい』
まあそうなんだけどさ。
しかし、魔王が闇の神々を真っ当に信仰してるなら――慎重に答えざるを得ない。
「――大丈夫です。術理は学びますが、積極的に実践するつもりはありません」
どの口でほざく、と自分で笑いそうになっちまうが我慢だ。
「どちらかと言うと……ここだけの話ですが、アンデッドをより深く理解する、
俺の言葉に、魔王はピクッと眉を跳ね上げた。
「……確かにな。
よし、なんかいい感じにまとめられたぞ。
「はい。剣聖の戦い方を学ぶために、剣術を学ぶようなものです」
「うむ。……待て、まさか剣術まで学んでおるのか?」
おっ、察しが良いな、魔王。
ちなみに俺は今、腰に聖剣を下げてはいない。
なぜかって? 魔王を前に封印を維持できる自信がなかったからだよ!!
『うおおお
「部下に夜エルフの諜報員がいまして。その者は同盟圏で長らく活動しているため、剣術に長けています。おかげで、多くを学び取っていますよ」
「そうか……お前は本当に勉強家だな。だが槍術に変なクセがつきはしないか?」
「あー、まあ……」
……槍剣のことは、この場では言わないでおこう。
「一応、魔法抜きの槍勝負では、母上から1本取れました」
「なんと!」
これには純粋に驚いたようで、魔王が目を丸くしている。
「魔法抜きとはいえ、あのプラティからか?」
「ええ。なので、この頃は魔法ありの訓練に変わりました……」
「……いくら息子相手とはいえ、プラティが手を抜くとは思えん。信じがたいほどの成長ぶりだなお前は……。魔法ありということは、プラティの奥の手は見たか?」
ウッ、3本槍……ムキムキの腕……
『ウッ、魂を苛むあの呪い……』
俺とアンテは頭痛に苦しんだ。
「……なぜ、母上が予備の槍を持ち歩いてるのか、よくわかりましたよ……」
「その調子だと本当らしいな……お前の将来が楽しみだぞ」
感心したようにうなずく魔王。
「それにしても、ジルバギアス。お前は今のままでも立派な戦士だ。だからこそ――死霊術に関しては、あまり外では言わない方がいい」
「ご忠告、感謝します。身内以外に話したのは父上が初めてですし……これも、ここだけの話ということでお願いします」
壁際に控えてる山羊頭の悪魔執事にも、視線を送っておく。「心得ております」とばかりにうなずき返された。
魔王が思ったより死霊術に忌避感を示したのは、興味深いな。かなり先見的な魔王でさえこれなんだから、一般魔族どもがどう反応するかも容易に想像がつく。
死霊術については極力伏せるとしても、バレたところで、俺がそれを使えることを前提に作戦が組まれる心配はなさそうだ。流石に、戦場で死者の軍勢を率いて、人族を襲撃しろとか言われたら耐えられんぞ……!
『それはそれで、凄まじい力が稼げそうじゃがな』
そういう問題じゃねえんだわ……!
「まだまだ先の話にはなろうが……お前が将来どれほどの戦功を積み上げるか、想像つかんな」
目を細めて、俺を見つめる魔王。
「いや、意外とすぐの話になるか? お前とプラティのことだからな……」
クックック……と笑う。
……できるだけ、先の話であってほしいとは、思うんだが……。
「懐かしいな。まったくもって、戦場を駆け巡った日々が懐かしい」
書類の山に埋もれながら、椅子にもたれかかって背伸びをする魔王。
「そろそろ、休暇でも取ってみるか」
傍らに立てかけた、黒々とした槍を眺めながら、何の気なしに言う。
俺はザァッと全身から血の気が引くのを感じた。魔王の出陣、それはもはや災害に近い。軍団のひとつやふたつは簡単に
こんな軽いノリで決められたら堪ったもんじゃない!
「恐れながら――陛下が出陣なさると、『出番を奪うな』と下々の者たちから苦情が殺到いたしますぞ」
山羊頭の執事が茶化して言った。
「うぅむ……わかっておる……冗談だ」
不満げに嘆息する魔王。
よかった……俺は気づかれないうちに、額の汗を拭った。
「ところで陛下……そろそろ、お時間の方が」
おかわりに、ポットの残りの茶を注ぎきりながら、執事がやんわりとした口調で。
「む……そうか……」
いそいそと砂糖とミルクを放り込んで、グイッと茶を飲み干す魔王。名残惜しげに空っぽになったカップを見つめてから、ふと俺に視線を移した。
「……なあ、ジルバギアス。やっぱり父の仕事を手伝――」
「あ、俺も勉学の時間なので失礼します。今日はありがとうございました!」
俺は椅子から飛び降りて、ピューッと執務室をあとにした。
去り際にチラッと振り返ったら、しょぼくれた顔でハンコを押してやがったぜ。
へへへっ、意地でも手伝ってやるもんか。
そのまま仕事に忙殺されるがいい、魔王よ……!
†††
「いかがでしたか?」
宮殿を出ると、ヴィーネとソフィアに出迎えられた。ヴィーネが心なしかワクワクした顔で尋ねてくる。
「俺の提言は『一考に値する』とのことだった」
「それはようございました」
ニチャァと嬉しそうに笑うヴィーネ。きっと頭の中では、夜エルフ一族のさらなる栄達を思い描いてるんだろうな……悪いけど、邪魔するぜ。
「ところでソフィア、聞きたいことがあるんだが」
宮殿から一般区画へ続く長い長い階段を降りながら、ソフィアに質問。
「父上のそばで仕えている、山羊頭の悪魔は知ってるか?」
「ああ、渇きの悪魔『ステグノス』ですね。魔王陛下が即位される前から使役されていて、付き合いはかなり長いようですよ」
ソフィアは即答した。さすがアンテの顔さえ知っていただけのことはある、頼りになるな。
それにしても渇きの悪魔とは、変わった奴を使役してるんだな魔王。
「へえ渇きの悪魔……権能は? 喉をパッサパサにさせるとか?」
「いえ、欲望に対する渇望という意味での渇きですね。契約者が欲求不満であればあるほど、力を得られるようで」
「ほーん……」
なんか……魔王というより緑野郎にあってそうな悪魔だが……。
「陛下はかなりストイックというか、我慢強い御方ですからね。厳しく己を律されておられるので、相性が良いのではないかと……」
「なるほど」
そう言われてみればそんな気もする。あの執事、ステグノスとやらもかなりピシッとしてたけど、いざとなったら欲望を解放させて大暴れしたりするのかな……。
そんなことを話すうちに、階段を降りきって一般区画へ。このあたりは宮殿へ直通の階段があることもあり、広々としたホールになっている。警備の近衛兵のほか一般魔族の姿も多いな。
「しかし、なぜそのようなことを? ジルバギアス様」
「ん、いやただ気になっただけ――」
「――ジルバギアスだぁ?」
何気なく歩いていると、横からだみ声が響いてきた。
見れば、なんかガラの悪い魔族の青年たち――もしかしたら少年かもしれない――が、どことなくオラついた態度で近づいてくる。
なんだ? コイツら……まさかとは思うが……
「銀髪に赤目……生意気そうな顔……こりゃ間違いねえな。オメーが、レイジュ族のジルバギアス殿下ってワケだ」
真ん中の、かなりゴツい体格の金髪魔族が、じろじろと無遠慮な目を向けてくる。
……すげえ!
俺はカルチャーショックを受けた。人族国家なら考えられないことだ。俺が魔王の息子であると知りながら、こんな口を利いてくる木っ端が実在するなんて!!
確かに、この金髪野郎も魔力という点ではなかなか大したもんだが……いや待て、ただ口が悪いだけで、俺にお近づきになろうとしている可能性も――
「なんか知らねーが、まだ戦場にも出たことがないくせに……ママのおかげで子爵に叙されて、調子クレてるらしいなオイ!」
……すげえ!!
俺は思わずソフィアと顔を見合わせた。
こんな人目のある場所で、絡んでくるアホが実在したんだ!!
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