82.アホと末路


 どうも、びっくりするくらいのアホに絡まれた魔王子ジルバギアスです。


 たまげたなぁ……。事前にプラティには警告されていたものの、言うて我、魔王子ぞ? そんな絡んでくるアホいるか? と思っていたのだが。


『――おそらく、一定数いますね』


 それに関しては、ソフィアもこう言っていた。


『私も、魔族のうち、雑魚な方々の生態を完全に理解できているわけではないのですが……』


 雑魚な方々の生態て。


『ジルバギアス様が同格であるうちに苦手意識を植え付けられれば、レイジュ族一派から睨まれる可能性を考慮しても、終生大きな影響力を発揮できます。ハイリスク・ハイリターンの賭けといったところですね』


 ……そんな木っ端の影響下にある魔王子なんて、最終的には大した地位に就けなさそうだし、リスクにリターンが見合ってなくないか?


 つーか、魔王国の治療を一手に担っているレイジュ族に睨まれるの、リスクとしてデカすぎない……?


『いえ、そういうのを仕掛けてくるのは、元から何も持ってないような連中なので、少しでもに食い込めたら成果としては上々なのです。どーせ何もしなくても治療順も後回しでしょうし……かといって治療で恣意的に手を抜くのは魔王陛下により禁じられてますし……』


 ああ、いわゆる無敵の人ってやつ……。


『そして、そういった何も持たない木っ端連中を、そそのかして利用しようとする者も後を絶ちません。あることないこと吹き込んで義憤に駆らせたり、過小評価を招くような噂を流して、と勘違いさせたり……』


 俺は特に、実年齢も低いし、大人に比べりゃ見た目も若いしで、そりゃ舐められるだろうなぁ。『コイツならいける』と思われても仕方ない、特に同格くらいの魔力の持ち主には。


『どの派閥にも属せないまま、ただ利用されるだけの氏族なんてのもいるそうです。一族代々、ロクなツテがないので正確な情報も得られず、踊らされてばかりの、救いようのない連中が……』


 ――そういう家に生まれなくて、つくづく良かったと思わずにはいられない。魔王を倒すなんて夢のまた夢になるところだった……


 それにしても、王子に対してよくそんな無礼が許されるよな。


『単なる暴力ではなく、誇りの戦いですからね。殴り合いで勝てるかどうかじゃないんですよ。下々の者に屈するような性根の持ち主は、最初から上に立つ資格がない。横暴が通るなら通した者の勝ち、そうでないなら相応のしっぺ返しがあるだけです。魔族が魔王国を打ち立てる前よりの風潮だそうですよ。力が拮抗した者同士の格付けに、生まれや育ちは不要、と……』


 うーむ……蛮族……。


『で、そういった連中に絡まれて、対象が力を失えば儲けもの。失敗したところで、そそのかした側には何の害もないというわけです』


 気持ちはわからんでもないが、現時点の俺は、そこまでする価値のある脅威か?


『他王子はそう思っていなくても、その取り巻きや、母親たちが何を考えるかはわかりませんよ』


 ごもっとも。



「――おい、だんまりか? それともビビって声も出ねえのか?」



 遠い目で回想していた俺だったが、だみ声で現実に引き戻される。


 残念ながら、その手のアホがまだ、目の前でガンを飛ばしてきていた。一か八かの賭けに出たのか、何者かにそそのかされたのか、ただ無鉄砲なだけなのか。


 ……『ママのおかげで子爵に』云々言ってたし、そそのかされたクチかな?


 さり気なく辺りを見回せば、年長の魔族たちはどこか面白がるように、夜エルフ・獣人の使用人たちは戦々恐々とした様子で、状況の推移を見守っている。


「ああ、まだいたのか」


 いずれにせよ、こちらの対処は変わらない。


「用事があるなら手短に頼む、こちらも忙しい身でな」

「……あ?」


 俺が腕組みして正面から見返すと、金髪野郎は頬をピクピクと痙攣させた。


 ……魔族にしちゃ珍しい金髪だと思ってたが、よく見ると、髪の毛の根っこ部分の色がちょっと違う。何らかの方法で金色に染めてるのか? まさかとは思うが、同じく珍しい金髪の、現魔王ゴルドギアスにあやかろうとしてる……?


 もしそうなら……お前の眼前にいる奴はその息子だぞ……。


「大先輩に対して、口の利き方がなってねえガキだな……!」


 歯を剥き出しにして威嚇しながら金髪野郎。


「貴様こそ礼儀がなっとらんようだな。知らない人には挨拶してから話しかけろと、ママに教わらなかったのか?」


 フンッ、とあからさまに笑ってみせる。


「それとも、教わっても覚えておくだけのもないのか?」


 ビキッ、と青筋を立てた魔族が、ゆっくりと手を伸ばしてくる。


 胸ぐらを掴むつもりか。それで体格差で抑え込むと。コイツの方が身長は高いし、ガタイもいいしで面倒な一手だな。そのまま宙吊りにでもされたら、こっちは何を言っても格好がつかないし、向こうは地面に叩きつけるなり殴るなり自由自在だ。


 かといって手を避けようと後ろに下がったりしたら、怖気づいたとか何だとか言われそうだし……


 ああ、もう面倒くせえ。


「礼儀? 礼儀だと?」


 案の定、俺の胸ぐらを掴みながら、金髪野郎が凄む。


「オメーのどこに礼儀を尽くす必要があるってんだ。生まれを鼻にかけてるだけの、高慢ちきなガキによ……! ママや手下にドラゴンを倒してもらって、それで地位を買ってご満悦な野郎に、下げる頭はねえ!」


 距離が近すぎて、ツバが顔に飛んでくる。


 コイツの頭の中では、俺が他の連中にファラヴギを倒させて、功績だけ掠め取ったことになってるらしい。


「ドラゴンは俺が屠った。それに対する正当な地位だ」

「へっ、フカすな! とてもドラゴンの長なんか、倒せるようには見えねえよ!」


 馬脚を現したな、とばかりに勝ち誇った笑みを漏らした金髪野郎は。


「自分でやったってんなら……その力、証明してみせな!」


 ぐいっと俺の胸ぐらを掴み上げて、俺の身をわずかに宙に持ち上げてから――すかさず蹴りを放ってきた。


 うお、顔面狙いか。たしかにちょうどいい身長差だけど、そこまでする? しかも足を地面から離して、避けられなくした上で。俺5歳児だよ?


あの女プラティの言う通り、従騎士はホントにお守りだったんじゃのー』


 違いねえ。


 こんな環境に、5歳児の子爵をお出しする側に問題があるってわけだ。


 俺は空中で身を反らして、限界まで威力を相殺しつつ、その蹴りを顔面で受けた。けっこうな威力で鼻がツンとする、そして衝撃に逆らわず吹っ飛ばされる。


 ゴロゴロと床を転がっていく俺に、金髪野郎は「ハッハァ!」と笑った。


「棒立ちで受けやがった、口ほどにもねえ雑魚だぜ!!」


 手下たちを振り返りながら、大笑いしている。避けられなくした上でやったくせによく言うぜ。


「そういえば、名前を聞いてなかったな」


 俺は鼻を押さえて、ビッと鼻血を飛ばしながら、何事もなかったかのように立ち上がり、尋ねた。


「……あ?」

「そこまでの大口を叩くからには、それなりの戦士なのだろう? 名乗れ」


 薄ら笑いを浮かべる俺に、金髪野郎は怪訝そうに目を細める。この程度の傷で、俺が泣きべそかくとでも思ってたのか?


 だがすぐに、俺をあざ笑いながら金髪野郎がおちょくってくる。


「イキがるなよ小僧。今の蹴りもかわせないようじゃ、ドラゴンどころか人族の兵士にさえ手こずるだろうよ」


 ……あ?


「おっと、ぼくちゃんはまだ戦場にも出たことがないんだったか。人族の兵士はとってもコワイんでちゅよ~、気をつけまちょうね~」



 ゲラゲラゲラ、と大笑いする金髪野郎と手下ども――



 ふざけんなよ。



 ぶち殺すぞテメェ。



「……言いたいことはそれだけか?」


 俺は自分の目頭が痙攣していることを自覚しつつ、極力冷静に尋ねた。


「おっと、怒らせちゃったみたいだな。意地悪して悪かったよ、早くママのところに帰って安心させてやりな」

「やはり頭の出来が悪いらしいな。俺は『名乗れ』と言ったぞ。それとも自分の名前すら忘れたか、低能が」


 俺はクイクイと手招きして見せる。


「かかってこい。貴様のゴブリン面にはうんざりだ。その角へし折ってくれる」

「……優しくしてやりゃ、つけあがりやがって!」

「それはこっちの台詞だ。ロクに名乗りもできん脳みそ野郎には、不要な気遣いだったようだがな」

「ほざけガキァ!」


 これにはカチンと来たらしく、金髪野郎が鼻息も荒く駆け寄ってくる。


「――アノイトス族、メガロス子爵だ! よく覚えておけ!」


 堂々と名乗りながら。



 ……ここで俺も【名乗り】返したいところだが、この手のやり合いで魔法は禁じ手らしいので、実力でやるしかない。



 だが、【名乗り】のブーストなんざなくても、コイツは素の実力で充分だ。



 俺は全身の魔力を循環させ、勢いよく突っ込む。



「ぅおッ!?」


 一瞬でゼロになった間合いに金髪野郎メガロスが驚いたような声を上げたが、すぐにニヤリと笑って掴みかかってくる。


 あくまで体格差を活かすつもりか。最初の一撃といい、陰湿な野郎だぜ。


 だが、それを逆手に取る。俺は逆らうことなく、メガロスに掴まれた。


「――ヘッ、雑魚が!」


 拍子抜けしたような顔でメガロス。さっきと同じように俺を宙吊りにして甚振るつもりか、俺の身体を持ち上げて――


「ちょうど揃ったな」


 顔の高さが。


 これでやりやすい。


 俺は右手の指をピンッと伸ばした。


 手刀。腕そのものを剣に見立てて――


 メガロスの側頭部に、叩き込む。


「――チッ」


 鬱陶しそうに左手で防御しようとするメガロスだったが。




 その瞬間に、全身の魔力を指先へ注ぎ込む。




 魔力の一点集中。剣槍で出来て、手刀これで出来ない道理はない――!




 振り上げられた左腕に、ゴリッと俺の手刀が食い込んだ。突き進む。腕の骨を粉砕しながら、なおも止まらない。




 俺の狙い通り、手刀がメガロスの角に直撃する――







 パキャッ、と乾いた音が響き渡った。







「あっ――」


 ぐるん、と白目を剥くメガロス。俺を掴む手から力が抜け、へなへなと床に崩れ落ちる。


 そしてその横に、からんからんと、割れ砕けた左側頭部の角が転がった。


「あっ……」

「なっ……」

「ええ……」


 周囲の見物人たち、そしてメガロスの取り巻きたちが、絶句している――


「……あっ。……ああ、ああああああッッ!?」


 一拍置いて、意識を取り戻したメガロスが、妙な方向に折れ曲がった腕を振り回しながら絶叫した。


「あああ……あああああ!! 俺の……俺の角がああああアァァァァッ!!」


 ああぁぁあ! と声にならない悲鳴を上げるメガロス。


 ――その魔力は、先ほどよりも、明らかに目減りしていた。やっぱ角って、ただの感覚器官じゃないんだなー。


「はっはっは、男前になったじゃないか! ますますゴブリンに近づいたな!」


 床に転がって喚き散らすメガロスに、俺は満面の笑みを向けた。


「それにしても、これには驚いた」


 腕を広げて、見物客ギャラリーたちへのアピールも忘れない。


「まさか、素手で軽く小突いただけで折れてしまうとは。頭だけではなく、角の出来までお粗末だったようだ! ハッハッハ!」


 と、笑い飛ばしたが、見物の魔族たちは老若男女問わずドン引きしていた。



 む……? 流石にちょっとやりすぎたかな……?



 ま、いいか! ガハハ!



『気分爽快じゃな!』



 アンテが満足気に言った。俺もだよ!!

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