397.見敵必殺


 どうも、勇者アレックスです。


 とうとう捕捉したぜ、湖賊船……!!


「さあ諸君、準備はいいか? ……狩るぞ」


 レキサー司教が全身に魔力をみなぎらせながら、トレードマークの赤黒いロングコートの下に吊っていた、二振りの聖剣を抜き払う。


 ぱっと見は、何の変哲もない、短めで小振りな双剣だ。しかしその実、並々ならぬ魔力を秘めたドワーフ製――銘はそれぞれ【ニコラ】と【マリア】という。吸血鬼に殺された両親の名前だそうだ……。


 ジャッ! と剣身をこすり合わせ、刃に雷をまとわせるレキサー司教。


「「応ッ!」」


 その他の、ヴァンパイアハンターの戦闘要員たちも士気旺盛だ。それぞれ利き手に聖剣を握っているが、もう片方の手の装備はまちまちだった。


 取り回しのいい小型盾バックラー、魔除けの護符、重石付きの鎖、はたまたシンプルな金属製の杭。エヴァロティで目にした機械仕掛けの弓の小型版を持つ者もいた。あれ片手で撃てるんだ、便利だなぁ。とにかく吸血鬼を狩ることに特化した装備の数々――やっぱヴァンパイアハンターって独特だな。


 普通の勇者は、剣と盾に加えて重装鎧がスタンダードだが、ヴァンパイアハンターたちはほぼ全員がエンチャントされた革鎧か、もしくは法衣だけを身にまとった軽装だった。重い金属鎧を着込んでも、隙間に血の刃を流し込まれて致命傷を負わされることもあるため、『受けて防ぐ』より回避を優先しているらしい。


「それじゃ皆さん、お気をつけて!」

「ご武運を!」


 ニードアルン号の船員たちと、ヴァンパイアハンターの中でもルージャッカのような非戦闘要員が船内に引っ込んでいく。一部、森エルフのイェセラのような中衛や、神官よりのヴァンパイアハンターたちがニードアルン号と船員の警護を担当する手筈だ。ちなみにレイラも、船の防衛に残る魔法使いとしてカウントされている。


「おう! あとは任せろ!」


 俺は手を振って応えた――裏方で輝く者もいれば、最前線の血みどろな戦場で真価を発揮する者もいる。俺のように。


 それにしてもルージャッカは、大活躍だった。


 森エルフのイェセラが呼んだ風の精霊と、船底に潜んだロメオの献身で、中型客船としては記録的な快速でアウリトス湖北岸までたどり着いたニードアルン号だが。


 ある程度範囲を絞り込めたとはいえ、ほぼ新月の真っ暗な夜に、水域のどこかに潜む特定の船一隻を探し出すのは――普通なら無茶としか言いようがなかった。


 だが、ルージャッカの嗅覚は普通じゃなかった。


『こいつはくせえッー! ゲロ以下のにおいがぷんぷんしやすぜッ――ッ!!』


 皮マスクを外して全力で風の匂いを嗅ぎ取っていたルージャッカは、風下で捜索し始めてから一時間とせずに叫んだ。


『ロクに水浴びもしてねぇ、すえた湖賊どもの匂いに、血を発酵させたみてぇな吐き気を催す邪悪な匂いッ! 間違いねえ、吸血鬼でさぁ!!』


 吸血鬼、そんな匂いがするんだな……くさそう。


 俺、並の嗅覚しか持ってなくてよかった。いちいちそんなくっせぇのが鼻についちまったら、エヴァロティでやっていけないよ。


 ともあれ、おそらくは相当に距離が離れているであろう湖賊船は、それで大まかな方角が判明した。あとはルージャッカの指示のもと、船長が巧みに舵を操り、向かい風を推力に変換しながらじわじわと追い詰めていく。


 しかし今宵はほぼ新月。星明かりがわずかに湖面を照らすのみで、匂いを頼りに湖賊船に接近したとしても、ハッキリと目視し、それが『湖賊船である』と確定させるのは、普通なら困難と言わざるを得なかったが――


 俺たちは普通じゃなかった。


 まず、闇の魔力を目に集めれば、かなり夜目が利くようになる俺と。


『僕にはこれがある』


 前髪で隠していた左目に、銀色の光を宿す勇者アーサー。


 これが彼の切り札その1、【聖遺眼レリーケ】という秘術らしい。遠視の魔法と組み合わせることで、夜闇を見通し、魔力を探知することも可能だという。他にも色々と恩恵があるらしいが、おそらくは神秘性の問題で多くを語らなかった。


 ただ――


『僕がアーサーたる所以のひとつなんだ』


 などと、意味深なことは言っていた。


『ヒルバーン家の呪術じゃろうな。【聖遺眼レリーケ】を持って生まれた子が、アーサーの名と強大な魔力を継ぐ――大方そんなところじゃろ』


 なるほどな。あと、先祖伝来の魔法の武具とか……! 前線で見せたという疲れ知らずな戦いぶりも、おそらくこの瞳が起点になった自己強化なんだろう。


 納得する俺をよそに、左目の前で望遠鏡のように手を丸め、遠見の魔法で偵察するアーサー。


『……うん、あの船、かなり魔力が強い奴が乗ってる。前に戦った、伯爵級の魔族と同じくらいだ』


 アーサーは固い声で告げた。この距離で魔力を『視て』取りやがったのか。


 にしても伯爵級? 魔王国で吸血鬼の頭領やってるヴラド=チースイナが伯爵じゃなかったっけ? 


 相当な大物吸血鬼が乗り込んできたのか、あるいは単に――


『随分と、食い散らかしたようだな……血に飢えたケダモノめが……!』


 レキサー司教が、歯を剥き出しにして毒々しい憎悪を滲ませる。


 ああそうさ。もともと大物だったか、それとも伯爵級に膨れ上がるほどたらふく血を飲んだか、だ――!


 ふざけやがって、今度はテメェの汚え血をぶち撒けてやる。


『他には、どんな魔力の持ち主がいる?』

『残念ながら、そこまで細かくはわからない。魔力の強さが灯火のように見えるだけなんだ、強い明かりがあれば他はその光に紛れてしまう……』


 ……なるほど。めちゃくちゃ離れたところに松明の光が見えても、そばにロウソクが何本あるかまでは見えない、って感じか。


『しかもこの距離じゃあ厳しいか……だけど、戦場じゃ重宝しそうだな。どこにヤバいヤツがいるかひと目でわかる』

『まあね。戦闘中は使ってる余裕なんて早々ないけど。目の前の相手で精一杯さ』


 左手をひらひらさせて、魔力を霧散させながらアーサーは肩をすくめた。



 ともあれ、これであの船が湖賊であり、吸血鬼も乗せていることがほぼ確定した。



「甲板員はすぐに離脱できるよう身構えておけ、見張りは警戒を厳に! 水面に注意しろ、霧がかって見えたらすぐに魔法をぶち込め!」


 魔法なしでも湖賊船の輪郭がうっすら見えるようになったあたりで、レキサー司教が指揮を執る。


「まずは連中の足を止める――帆を焼き払うぞ」


 警告もなしに先制攻撃、相手が民間船なら文字通り大火傷だが――万が一湖賊じゃなかった場合は、みんなで平身低頭して謝ろう。


「レーライネ、頼んだ!」

「はいっ! いきますっ!!」


 俺の呼びかけに、暑い中わざわざマントを頭からかぶったレイラが進み出る。


 舳先ギリギリに身を乗り出して、顔の前で祈るように手を合わせ、ゴニョゴニョと何かを唱える――フリをするレイラ。


 俺たちの中で、最長の射程距離と火力を両立させているのがレイラだ。


 しかし仁王立ちで「ガアァァァ!」と口から光を発射するストロングスタイルは、なんというか、あまりにも竜の吐息ブレスなので、アーサーたちの前で『秘術』を行使するならば、ある程度の欺瞞ぎまんは必須だった。


 そこでマントの出番だ。口元と手元をいい感じに隠せる。


 これで顔の前で手を合わせて、そこから魔法を放つていでやる!!


 でも真正面や横から見られたらバレバレなので――


 周囲に誰もいない舳先ギリッギリに立ってからやる!!!


 あとは咆哮の代わりになんか適当な詠唱でも叫んで誤魔化すんだ、レイラァ!



「むうぅ~~~……【とっても熱くて明るい光ぃぃぃぃ――ッ!】」



 たっぷりと溜めてから、レイラは叫び、光を放った。



 いや、詠唱だっっっっっっさ!!



 若いヴァンパイアハンターが「嘘だろ」って顔で二度見してんじゃん! 


 やめて! こっちまで見ないで!! 俺も知らなかったの!!!

 

 しかしクソださ詠唱とは裏腹に、その威力は、(咆哮がない分)普段よりちょっと控えめなくらいで、人の身が出力するには十分すぎるものだった。


 夜闇を切り裂く一条の光。


 それは、湖賊船を明るく照らしつつ、立派なマストに畳まれていた帆を上から下に舐め、次々に引火させていった。撥水加工のために油を塗り込まれた帆布は、特上の燃料だ……! 軍船でもなけりゃ耐火エンチャントも魔法耐性もないからなァ!


 燃え上がる帆布、煌々と照らし出される湖賊船。これでしばらく照明いらずだな、まともな造りをしてるっぽいから、早々船体にまでは引火しねえだろうし。湖賊どもには分不相応なくらい立派な船だ――きっと、吸血鬼どもが奪った船に乗り換えたんだろうよ……!


 火の粉がこっちに飛んでこないよう、風上から距離を詰めるニードアルン号。


 間もなく接舷からの斬り込みだ。舵輪を握る船長など、最低限の人員だけを残し、甲板の乗組員たちも船内へ退避していく。




「セオリー通りに行くなら――夜明けを待つべきだ」



 両手に抜き身の双聖剣をぶら下げ、レキサー司教が静かに口を開く。



「偉大なる陽光が、ケダモノどもの動きを大幅に制限する。伯爵級の吸血鬼ともなれば相当に厄介だが、陽光があれば我々の被害も劇的に抑えられるだろう……。だが」



 ぎり、と剣の柄を握りしめるレキサー司教。



「あの船に、無辜の民が囚われている可能性があるのならば。そして今なお、救いの手を求めている可能性が、欠片でもあるのならば」



 ぱちっ、と電光が弾ける。レキサー司教の気迫を体現するかのごとく。



「見捨てるわけにはいかない。座視するわけにはいかない。、私たちが願ってやまなかった救いの手に――」



 絶望の中、狂おしいほど乞い願った救世主に。



「今、このとき、私たち自身がなるのだ……!」



 みな、黙って聞いていた。



 それぞれ種族も信仰も違えど。



 志を同じくする者たちだから――!



「闇の輩に死を!」



 俺はアダマスを抜き払う。



「無辜の人々に安寧を!」



 アーサーもまた勇者王の盾アーヴァロンを掲げる。



「忌まわしき夜を、ここに終わらせん!」



 レキサー司教が対なる聖剣ニコラとマリアを重ね合わせる――



「「【聖なる輝きよヒ・イェリ・ランプスィ】」」



 唸りを上げる魔力。



「「【この手に来たれスト・ヒェリ・モ!】」」



 光が、爆ぜた。



 まばゆい銀色に染め上げられる船上――



「うわーっ! こいつら勇者だァ――ッ!!」


 眼前に迫る湖賊船、甲板に集まった薄汚い男のひとりが引きつった声で叫ぶ。


 人族でありながら、勇者に怯える?


 わかりやすい自己紹介で笑っちまうよ。



 ――じゃなかったようで何よりだぜェ!



「【余はここに聖戦を布告す】」


 アーサーが光り輝く盾を掲げた。


「【絶対防衛圏アーヴァロン!!】」


 銀色の盾が――ぱぁんっと燐光となって弾けた。


 広がっていく。まるで波動のように。


 俺たちを突き抜け、球状の巨大な領域を、制定する。


 これこそアーサーの切り札その2――【絶対防衛圏アーヴァロン】。


 勇者王の伝説の武具を起点とした、極めて強力な結界だ。アーヴァロンに備わる力として、要塞や船舶といった拠点への防御エンチャントの他、強大な物理的・魔法的耐性を持つ障壁を展開可能なのだという。


 これのおかげで、ニードアルン号も『アウリトスの魔王』の襲撃を耐え抜いたってワケだ……!


 頭上で星空のようにきらめく結界。背筋に震えが走るほどの神秘を感じる。


『リリ公がエメルギアスを抑えるのに使っておった、神話級の結界に勝るとも劣らぬ力があるのぅ……我の見立てでは』


 そいつぁ大したもんだ……!


 当然ながら、この結界は全方位に――水面下にも展開されている。


 あのリリアナが、大公級のバケモンエメルギアスを抑えつけるために行使した結界と、同等クラスの障壁だぜ?


 万が一にも伯爵級の雑魚が突破できる道理はない。


 たとえ水中に逃げ込んだところでなァ……!




 と、ドゴンッと重低音とともに、船が揺れる。




 ――接舷したのだ。




 俺の隣で、いち早く、赤黒いコートがひるがえる。




「【神鳴フールメン!】」


 バチバチィッ、とレキサー司教の双剣から稲妻が迸った。


 湖賊船の甲板にひしめき合っていた無法者どもを、雷光が一息に薙ぎ払う。


「ぎゃっ!」

「ぐあっ!」

「あがーっ!」


 口々に悲鳴を上げ、引きつけを起こしたようにバタバタと倒れていく男たち――


 だが、その中に。


「グギャアアああぁぁぁぁあァアァァ!!」


 身の毛のよだつような絶叫を振り絞り、全身から煙を噴き上げて悶え苦しむ者の姿があった。あいつは――!



「【神雷ケラヴノス!!】」



 間髪入れずに、強烈な雷が叩き込まれる。



 耳を聾する轟音、直撃を受けた眷属は、哀れ、悲鳴を上げる暇さえなくザラァッと灰に還った。



「吸血鬼に与する者どもよ。我が雷を受けよ」



 湖賊どものうめき声が響く船に、悠々と乗り込みながらレキサー司教は告げる。



「――さすれば、あとは神が選びたもう」



 ざりっ、と灰の山を踏みにじりながら。



 その手の双聖剣が、銀色の火花を散らす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る