298.仇と想い人
――図書室でクレアに魔力補給しつつ、雑談と洒落込む。
「それで、エメルギアスがいきなり『高速通信技術を寄越せ』とか言って――」
当事者として詳しい経緯を――聖属性やリリアナ覚醒などクリティカルな部分は省きつつ――語ると、クレアは興味深げに耳を傾けていた。
「それじゃあ、あたしたちのせいで起きちゃったんだ……今回の一件」
「いや、どっちかというと告げ口した夜エルフのせいだな」
あの夜エルフメイド、まだ生きてんのかな。腹いせでイザニス領に首を飾られてても不思議じゃないが、間違った報告を上げたせいで殺されたら、夜エルフたちが萎縮して情報を流さなくなりそうだ。
「それと、話を聞くぶんには、向こう側――エメルギアス殿下が一方的に悪いように思えるんだけど、追放処分は重すぎるんじゃない?」
クレアが顔を曇らせながら言う。
「実は、謹慎との二択だったんだ。前例通り50年、代わりに部屋は広めに改装していいし、レイジュ族にも便宜は図るし、恩赦だの何だので最終的には30年くらいに縮める、と父上は仰ったが――」
俺はニヤリと笑ってみせた。
「――
どっちかというと渡りに船だぜ!
「だからと言って何も……いや、もう今さらだけど」
クレアは呆れ顔だ。
「他の連中と違って、レイラがついてきてくれるからな。人化で誤魔化しつつ、地方を転々として大陸中を見て回るつもりさ」
俺の言葉に、レイラがニコッと笑う。クレアがちょっとたじろいだように、俺の手をギュッとしながら身を引いた。
レイラは、クレアの事情も承知してるし、あの笑顔は本当に裏表がないから安心して欲しいんだけど……
「そんなわけで、1ヶ月以内に俺は魔王国を発つ」
つないだままの手を、俺は改めて見つめた。
「補給は、どうしようか?」
「前にも言ったけど、王子さまがいない間は骸骨馬から失敬するわ」
「ああ、その手があったな」
魔族は、自我のある上級アンデッドを忌避しがちだが、道具扱いの骸骨馬にはホイホイ魔力を注ぐので、それをこっそりいただくってやつか。
「……自治区はどうするの?」
俺の錯覚かもしれないが、クレアはちょっと心配そうな声音で尋ねてきた。
「そうだなぁ。……一番影響がデカいのは、鍛錬のついでにやってた治療だろうな。アレも、もう打ち止めだ」
「あー……まあ、それなら大丈夫じゃないかしら」
クレアが、珍しいことに、渋い顔になった。
「今は吸血鬼どもが人族とよろしくやってるから、軽いケガくらいなら、アイツらが治すでしょ。血を対価に」
「そうか……そうなるか」
転置呪のせいで霞んでるけど、吸血鬼たちもそこそこ治癒能力あるんだよな。止血や傷の縫合なんかは得意だし、血の味で病気とかも早めにわかるんだっけか。
「吸血種と自治区民の関係は良好なのか?」
「良好も何も、この間なんて親睦会と称して飲み会やってたわよ。いつもどおり酒場に顔を出したら、ヤヴカたちを紹介されたあたしの気持ち、わかる?」
げっそりした表情を見せるクレアに、思わず吹き出してしまった。
「それは傑作だな。どうなったんだ?」
「幸い、向こうも空気を読んで、お互い初対面のフリで乗り切ったわ。あたしは表情に出ないけど、ヤヴカがボロを出さないか気が気でなかったわ……」
「同席したかったな……」
「やめてよ、これ以上話をややこしくしないで……!」
顔を見合わせて、俺たちは笑った。
「それはそうと、王子さまの血が飲めなくなる、吸血鬼たちこそ大変なんじゃ?」
「そうかもなぁ。出発前に、俺の血の味を思い出させておくか……」
「後任の代官が飲ませてくれるとは思えないもんね」
「血を飲ませてやる魔族なんて、俺くらいのもんだろうしな」
俺だって人族を守るためって目的がなきゃイヤだし。リリアナがいない今、無制限に血を分け与えることもできないんだよなぁ……ひとり数滴が限界か?
「ところで、次の代官は決まってるの?」
「……いや。まだ色々と考え中だ。俺の方針を受け継ぐ人物、あるいは、下手にかき回さないでいてくれる誰かに頼むつもりでいる」
厳密には、俺には後任を決める権限はない。しかし魔王の方針に口出しすることはできる。
そして今回の一件で、俺に対して後ろめたい思いを抱いている魔王は、俺の意見をそのまま通す可能性が非常に高かった。
「一応、候補は考えたが……まあ、向こうの出方次第だな」
適当な野郎には頼めないから、選択肢の幅が狭すぎて困りものだった。下手にレイジュ族の誰かに任せたら、人族がどんな扱いになるかわかんないし。
政策方針的にはアイオギアスに任せる手もあるが――あいつの手下が暴走したせいで処罰されるのに、なんで自治区まで任せなきゃいけないんだって話でもある。それに、性格的に人族への締め付けも厳しくなりそうだしな。
人族や獣人族のこともちゃんと考えてくれて、それでいて俺に親しい立場の魔族がいてくれれば……なんて、都合のいいことも考えたが。
いたんだよなぁ。
そんなやつが。
――アルバーオーリル=レイジュという青年が。
だけど、俺が殺した。のみならず魂まで滅ぼした。都合よくあいつの顔を思い浮かべてしまったとき、自分に反吐が出そうだった。
後悔するくらいなら、最初から殺さなきゃよかったんだ。
俺には自責の念に駆られる資格さえない……!
「…………王子さま?」
クレアが首をかしげる。
気づけば、クレアの骨が軋むぐらい強く、手を握りしめていた。
「あ、……すまん」
「痛くないから平気だけど。……なんだかんだ、王子さまも不安なんだね。まあ、当たり前だよね」
いや、同盟行きに関して、一切不安はないんだけど……
強いて言うなら、さっき出くわしたヴィロッサが、涙ながらに「お供します!」って固い意思を見せてたくらいかな……。
アルバーオーリルの忠義を踏みにじったように。
俺が勇者である限り、なすべきことはひとつしかない――
ただ、その前に。俺はガサゴソと、抱えてきたカバンを探った。
「……実は、エメルギアスとは、そのうち激突することになるかもしれない、なんて思ってたんだよな」
独り言のように言いながら、紙の束を取り出す。
「それは……?」
「エメルギアスについて公開されていた情報。戦績とか、そういうの。俺なりに奴を分析して、対策しようと思ってたのさ……まあそれほど意味はなかったけど。見てみるか?」
俺が手渡すと、「ふぅん……」とあまり興味がなさそうな声を漏らすクレアだったが、一応書類には目を通す。
「あいつも、成人前に初陣を飾ったそうだ。といっても田舎の村や街を攻め滅ぼしただけだがな。ウィリケン公国の都市グアルネリ、その周辺のエクルンド村、リンドヴァル村、トゥーリン村、そして――」
俺たちの故郷。
「――タンクレット村」
クレアが、ぴたりと動きを止めた。
「……初陣の都市攻めで大怪我を負って、あいつの経歴にはケチがついた。だからかな、名誉欲に駆られてあんなに浅ましい魔族になっちまった。ひと目見たときから、あいつのことは気に食わなかったよ。魔王位継承戦なんて関係なく、俺とあいつは、いつか激突する運命にあるって、そう感じたんだ……」
俺の独白に、クレアは黙したまま。
「奴の最期は、惨めなものだった。無理に悪魔の権能を受け入れたらしく、周囲から奪った魔力を扱えきれずに暴走して、そのまま化け物みたいな姿に変わり果てた。俺がドタマにブチ込んだ一撃がトドメになって、そのまま木っ端微塵に砕け散ったよ。耳障りな断末魔の叫びを上げながら……」
クレアは、不気味なくらい反応を示さなかったが。
膝の上に置いた書類を、空いた右手でそっと撫で――
その指が、「タンクレット」の部分をなぞるのを、俺は見逃さなかった。
「さて」
魔力がもう入り切らない。クレアが溜め込めるいっぱいまで注ぎ込んだようだ。
「俺はそろそろ行くよ、役人連中とも打ち合わせがあるし」
手を離して席を立つ。
クレアの手が、俺と体温を分かち合った指が、するりと解けていく。
「その資料は好きにしてくれ。捨ててもいいし裏紙に使ってもいい。また、顔を出すよ。それじゃ」
クレアは茫然としているようだった。まるで人形みたいに、魂が抜け落ちたみたいに、書類を見つめたまま微動だにしない――
レイラにうなずいて、そのまま図書室を出ていこうとする。
「――王子さま」
扉に手をかけたところで、クレアが呼び止めた。
「……気をつけてね」
振り返ると、クレアはいつもどおりの笑顔を浮かべていた。
声音も変わらない。
だけど、ガラス玉みたいな瞳が、いつもと比べ物にならないくらい、揺れていた。
「ああ」
俺もまた微笑んで、図書室をあとにする。
――みんなの仇は討ったよ、クレア。
きっと伝わったと、俺は、信じてる。
「さて……」
廊下を歩きながら、俺は溜息ひとつ、気持ちを切り替えた。
とりあえず、俺の追放刑に動揺しているであろう、役人たちにも話をつけておかないとな。特にシダール派の連中。肝心の代官についてだが、これは追々交渉を――
「で、殿下ー!」
と、前方からドタドタと騒がしい足音。
「こちらにいらっしゃいましたかー!」
噂をすれば役人。大慌てで走ってくるのはホブゴブ役人のタヴォ゛ォ゛だ。
「おお、タヴォー。何もそこまで慌てなくてもいいぞ」
俺が追放されるからって動揺しすぎだろー。
「い、いえ! そういうわけにも! 先ほど発着場に、発着場に!」
発着場に? 飛竜がどうかしたのか?
「お客様が――ダイアギアス殿下がぁぁぁ!」
ゴロロォン……と遠く、雷鳴のような音が――
「ジぃールぅーバぁーギぃーアぁースぅ――ッッ!!」
紫電、走る。
暗いエヴァロティ王城の廊下を、一直線に雷光が貫く。
ズドォォンッと轟音を響かせ、バチバチと雷を撒き散らしながら、見たこともないくらい険しい表情のダイアギアスが、俺に向かって突っ込んでくるではないか!
「ぱぁぁら゛ッ」
そして、その進路上にいたタヴォ゛ォ゛が、独特な悲鳴を上げて弾き飛ばされる。タヴォ゛ォ゛ーッ!
いや、それよりダイアギアスだ!
前線からそのまま戻ってきたのか、ボン=デージの上に骨鎧と、ギガムント族特有の、背中に太鼓がついた戦装束を身にまとっている。
アレーナ王国はどうした!? もう南部を制圧し終えたのか!? ってか俺に何の用だ……!?
すわ第二次兄弟大戦かと、腰のアダマスに手を伸ばしかけたが、かろうじてダイアギアスが槍を携えていなかったことから、どうにか踏みとどまる。
「ジルバギアス……とんでもないことをしでかしてくれたね……!」
俺の前で急停止したダイアギアスは、怒りにプルプルと震えているようだ。
「信じていたのに……っっ! きみはそんなことをしないって……っ!!」
えっ……
そんな仲良かったですかねあなたたち?!
困惑する俺の両肩をガシィッと掴んで、ダイアギアスが慟哭する。
「姉上と……ルビー姉様とッ! ふたりきりでお茶をするなんてッッ!!」
…………えっ!?
いやそっちかよ!!!!
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