503.陸路の移動


 ドワーフ王国連合某所、ある街道にて――


『吸血鬼はどこだァ!』

『ウオオオッさっさと出てこんかい!』

『滅す滅す滅す!!』

『ウオオアアァ――ッッッ!』

『キエアアアアア――ァァッッ!』


 殺意に満ち溢れた念話が響いている。


 死してなお、元気モリモリなヴァンパイアハンターたちだ。


 これまで長い間、どこにいるかもわからない吸血鬼どもを、血眼になって必死に探し回っていた彼らは、『こちらに進み続ければ確実に吸血鬼がいる』という降って湧いたようなボーナスタイムに、やる気が最高潮に達していた。


 ――そう。オディゴスの権能を知り、ヴァンパイアハンターたちが黙っていられるはずもなく。


 当然彼らは『最も手近な吸血鬼』への案内を所望し、オディゴスはそれに応えた。幸いなことに(?)俺に対する導きと同様、西へ向かってオディゴスが倒れたので、兎にも角にもそちらに向かって進み続けているというわけだ――いや、つくづく方向がかぶってよかった。真反対に倒れたら話がややこしくなるところだった。



 というわけで、どうも、賑やかな仲間たちと旅する魔王子ジルバギアスあらため、勇者アレクサです。



『賑やかというか獰猛じゃがの……』


 獰猛、かつ賑やかな仲間たちです……。【早駆け】の魔法で一緒にトコトコ走っているリリアナたちも、ヴァンパイアハンターたちの凄まじい剣幕にはもはや苦笑するしかないようだった。


 ちなみに、レイラには乗らず、徒歩――というか走って移動している。【早駆け】の補助に加え、リリアナの絶え間ない癒やしの奇跡があれば、実質体力の消耗なしにかなりのスピードで移動可能だ。


 人化した姿で走るのが最も苦手であろう、レイラにペースをあわせて走り続けているが、気づけば陽が高くまで昇っている。出発したのが(デトクス村を離れたのが)早朝だったから、かれこれ数時間の強行軍になるか……


 リリアナの補助のおかげで、強行軍って感じは全然しないけど。


「そろそろ休憩にしようか」

「ですなぁ」


 俺の提案に、オーダジュがレイラをチラッと見てうなずいた。身体的にはキツくないけど、長時間走るのにはあまり慣れていなさそうなレイラが、少しホッとした様子で肩の力を抜く。


『空を飛ぶより地を駆ける方が難しいというのは、何とも可笑しな話じゃの』


 せめてドラゴンの姿だったら話は別だったんだろうけどなぁ。


 ……いや、どうだ? 案外ドラゴンの姿でも、走るのは手こずるかも。ドラゴンがあの図体で地上を駆け回る姿が想像できない。翼を失っていたファラヴギも、戦いでは相当な俊敏さを見せていたけど、あくまで瞬発的なものだったし……


 竜の体であれ人の体であれ、地上での長距離移動にどのみちあまり適していない、と考えると妙な面白みがあるな。


『案外、飛んで移動する方がレイラにとっては気が楽だったやもしれんの』


 そうかもしれない。


 でも俺と旅の荷物だけじゃなく、リリアナにオーダジュ、ヘレーナまで乗せて飛ぶのは、今のレイラにはキツそうだった。レイラはドラゴンとしてはまだ成長途中で、体が育ち切っていないからな。


 それに加えて、空路での移動には、あるひとつの欠点がある。それは――


『休憩か!? ならば必要だろう!!』

『確認! 確認をしよう!』

『さっき村を通り過ぎたぞ!』

『もしかしたらあの村だったかもしれん!』

『キエアアアアア――ッッ!』


 やんややんやとヴァンパイアハンターたちが騒ぎ出す。「わかった、わかったよ」と俺は苦笑してうなずき、リリアナを見やった。


「はい、どうぞ」


 ただの木の杖に擬態したオディゴスを差し出すリリアナ。


「ああ、なんて素晴らしいのだろう」


 ぴょん、と飛び跳ねて自立したオディゴスは、感動に打ち震えていた。


「――かつて、こんなにも充実していたことがあっただろうか!? 案内のし甲斐もあるというもの……! さあ、何をご所望かな!?」

『『吸血鬼ィ!!』』

「相応しき道を示そう!!」


 からんっ、ころころ……


 オディゴスが倒れる。相変わらず西に向かって。


「こちらへ向かわれるとよい」

『『ヨシッ!!』』


 空路の移動の欠点。それは、レイラに乗った状態だとオディゴスの案内が使えないということ……!!


「長年このスタイルでやってきたから、今さら別のやり方と言われてもね」


 長年(数千年から数万年)。


 オディゴス自身、これまで考えもしなかったようだが、相応しき道を示す【案内】には大地が必須なようだ。


 そしてレイラの飛行は超高速移動であるからこそ、案内が示した目標地点を通り過ごしてしまうかもしれない。それを防ぐためには、こまめに着陸してはオディゴスにカランコロコロしてもらう必要があるわけだが、あちこちに集落が散在しているので【隠蔽】の魔法を使ってもなお誰かに目撃される危険性がある。


 諸々を加味すると、最初から走った方が早いよね、となった。


「座る場所をなんとかしますかの」

「なら、ちょっと果物採ってくるわ」

「お水出すわね。飲む?」


 休憩となるや否や、オーダジュが街道沿いの土を盛り上げてなんかいい感じの腰掛けを形成し、ヘレーナが森の奥にササッと姿を消し、リリアナがこんこんと清らかな水を生み出してくれる。


 便利……ッッ!


「ありがたい」


 俺も背負っていた荷物をドサッと下ろして一息。リリアナの水を荷物のカップに注いでもらいグビグビと飲み干す。


 うまい! 沁みるぜ。


 あ、ちなみに毒も疲労も消えて万全の状態なので、今は俺も人化して青年の姿を取っている。いつでも戦える体ってのは心強いもんだ。子どもから大人になった俺を見て、レイラがちょっと寂しそうにしてたけど。


 あと、顔つきも前世に寄せといた。リリアナが「わぁ昔みたいね!」とはしゃいでいたな。


『へぇー前世はそういう感じだったんだ。ずいぶん印象が違うね』


 と、アーサーも興味深そうにしていたし。


『ほう。確かに、かなり…………厳ついというか』

『イメージがだいぶ違うんだな……』

『ペンより確実に剣が似合う』

『しぶとそう』


 ヴァンパイアハンターたちからもそんな評価を受けたし。しぶとそう、のくだりではバルバラもうんうんとうなずいていた。


 みんな、正直に言ってくれてもいいんだぜ?


 前世アレクより今世ジルバギアスの方がイケメンだったってなァ……!


「人化の魔法は脅威の一言ですな。味方でなければと思うとゾッとしますぞ」


 神妙な顔をするオーダジュ。わざわざ口に出すあたり、ある程度心は許してくれているんだろうが……


「あ、いえ、顔つきや体格までは変えられないんです、普通は……」


 レイラが控えめに言う。


「アレクの場合、あくまで前世があるからできる芸当じゃないかと」

「言われてみれば、確かに私もそこまでするのは無理ね」


 リリアナがハイエルフの姿になったり、人化したりを繰り返しながら、感心したようにうなずく。何気にリリアナが完全に人化したところ初めて見たかも……肌の色がころころ変わるのは見てて面白い。


「ふむ……いやしかし、前世の顔はわかりますがのぅ、子どもの姿になっていたのはどういう理屈で……?」

「それは――おそらく、実年齢が6歳だからではないかと思います」

「な、なるほどぉ……」


 レイラとオーダジュが揃ってこっちを見てきた。現在の俺(前世寄りの顔をした人族の青年)を前に、オーダジュの目が「これで6歳……」と如実に語っている。


「人化の魔法か。面白いものもあるんだね」

「お主もやってみたらどうじゃ」


 興味深そうにしているオディゴスに、俺の中からひょっこり飛び出てくるアンテ。


「悪魔も習得できるのかい?」

「我がしてたじゃろ」

「へえ……!」


 オディゴスは興味津々だけど、あの、レイラの血を飲む必要があるんですが……


 そのほぼ杖なボディでどうにかできるんです?


 レイラの血に漬け込むとか……?


 ただ、変装目的なら下手に人化するより、リリアナの中に隠れておくか、杖のフリをする方がよさそうなのはご愛嬌。人化したところで中身は悪魔だから、聖属性に触れるとフツーにジュワッとするしな。


「…………」


 レイラが、「わたしの血、いります?」と短剣に手をかけて自傷の構えを見せているが、俺は小さく首を振っておいた。せっかくレイラも休憩中なのに、血まで採るのは気が引ける。


 もうちょっと移動が一段落したタイミングでいいだろう。オディゴスも手札と選択肢は多いに越したことはないから、試す価値はあると思うけど。


「いい感じの桃があったわ。食べましょ」


 ヘレーナが桃をいくつも抱えて戻ってきたので、俺もありがたくご相伴にあずかることにした。


 高位の森エルフが旅の仲間にいるとホント色々快適なんだよなぁ……!!


 ただ、俺に渡されたやつが一番小さかった。いや、もらってる分際で文句はないんですけどね。ちゃんと甘かったし。



 魔法の水と桃の果汁で喉を潤してから、俺たちは再び出発した。

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