504.謎の大所帯


 いくら早駆けとリリアナの補助があっても、食ってすぐに走ったらお腹がアレなので、しばらくは歩いていく。


「森の雰囲気が変わりましたな」

「ね。隣国に入ったのかしら」


 オーダジュがなんとはなしに周囲を見回し、リリアナがうなずく。


「そんなに変わってますか?」


 俺からすれば、フツーに木が生えてるだけで全然違いがわからない……


「ええ。先ほどまでは、街道の奥の木々にはほとんど人の手が入っていない印象を受けました。ところが先ほどから、切り株なども目立つようになったでしょう……?」


 ……言われてみれば、確かに。


 くっ……普段は切り株なんか見ても何も思わないんだが、森エルフが相手だと緊張感がすごい……!!


「国によって森の扱いが違うってことなんでしょうか?」


 レイラがのほほんとした雰囲気で、小首を傾げて尋ねる。


「それもありますが――最も影響が大きいのは種族の人口比でしょうな。フェルミンディア王国圏は獣人族が多かったのではないかと。彼らは原始的な家屋を建てる以外は、ほとんど自然に手を入れず暮らしておりますからの。その点、人族は積極的に環境を作り替えますし、何かと木を切ります。おそらく我々は隣国のフェレトリア王国圏に入ったのでしょうな、確か人族が大多数を占めていたはず」


 オーダジュが、スッと視線をズラす。


「ほら……あそこにもまた切り株が……」

「間引きにしちゃ随分切ってるわね……」

「開拓するつもりなのかしら……?」


 森エルフ組の圧……!!


 と、そんなことを話しながら歩いていると。


「ん」


 ヘレーナがピクッと背後を振り返った。


 遅れて俺も気づく。ダカカッ、ダカカッと硬質な蹄の音――騎馬だ。


 それも、ひとつやふたつではない。少なくとも十数騎の集団が街道を爆走してきている――?


「ふむ、何か来ておりますな」

「追われる心当たりは? 


 ひげを撫でるオーダジュ、チクリと刺してくるヘレーナ。


「心当たりは……正直、山ほどあるけど」


 これには俺も渋い顔。


「ただ、ここで追手をかけられるとは思わないんだよな……うん。どうやらそういう感じじゃなさそうだ。馬車までいる」


 遠目に見えてきた。ほぼ最高速でぶっ飛ばしている馬車と、その周囲に護衛のように張り付いた騎馬集団。


『軍人かの?』


 あの派手な旗からして、貴族の馬車なのは間違いない。周りを固めてるのも騎士だなありゃ。流石ドワーフ王国のお膝元とあって、けっこう良い鎧を装備している。


「そこの旅人――ッ! 道を開けよ――ッ! 押し通ぉ――るッッ!」


 先頭を走っていた騎士が、俺たちの姿を認めて大声で警告した。


 邪魔する理由もないので、そそくさと街道脇によける俺たち。ダガガッ、ダガガッと猛スピードで騎士たちと馬車が通過していく。


 ピリピリした空気、ただ事じゃなさそうだ……それだけ俺たちも前線に近づいてきたということか。


 しかし、伝令にしちゃ数が多いし、無駄に実戦寄りな装備をしてるのが気になる。それでいて、主戦場でガチガチに身を固める正統派の『騎士』にしては、少し軽装というか、どこか中途半端な印象だ……


 俺が怪訝に思っていると、ほとんどの騎士が俺たちをスルーしていく中、最後尾の騎士が俺たちを二度見して、手綱を引き急制動をかけた。


 ヒヒーンッ! と馬が抗議じみたいななきを上げ、徐々に勢いを殺してから、後ろ足で立ち上がる。


「どうどう、どう!」


 なんとかいなし、くるりと反転して俺たちに近寄ってくる騎士――ガシャッと兜の面頬バイザーを跳ね上げると、汗にまみれた青年騎士の険しい顔が露わになる。


「馬上より失礼! そこの御仁、経験豊富な森エルフの魔法使いとお見受けする!」


 おっと、じゃねえな、お目当てはオーダジュか。『経験豊富』とはまた奥ゆかしい表現だ。


 ただ、オーダジュ以上に経験豊富な魔法使いは、大陸にもそういないだろうよ。


「ふむ。魔法は、それなりの腕と自負しておりますが……?」


 オーダジュもやや警戒した様子で、しかしそれをうっすら匂わせる程度で、にこやかに応対。


「――貴殿は、いや貴殿らの中に高位の【解呪】を使える方はおられるか?」


 切羽詰まった様子で、騎士は問うた。


 オーダジュがサッと、俺とリリアナに目配せしてくる。


 あからさまに厄介事の気配。普段なら手助けするのもやぶさかじゃないだろうが、俺というクソデカ厄介事を抱えている今、やんごとなき人々とまで関わるのはリスクがありすぎる――そういう意味合いだろう。


『ま、すでに元公王とも散々絡んでおるし、今さらじゃがのぅ』


 あれは不可抗力――!


「はい、【解呪】は使えます。私も、彼も」


 だがあれこれ考えるまでもなく、リリアナが即答した。


 まあ……リリアナは放っておけないよな、こういうの。なまじ救える力があるだけに、可能な限り前線の人々を救おうとしていた『聖女』デビュー時代を思い出した。俺もリリアナには何度も助けられた……前世でも、今世でも。俺の体調が万全な今、多少のリスクや厄介事は切り抜けられるという心算か。


「おお、何たる僥倖! 謝礼は弾むゆえ我が主君の治療を頼みたい!」


 なるほど。あの馬車にはその主君が乗せられてるわけか。よほどのっぴきならない状況らしいな、大きな街に着くのも待てず、通りすがりの森エルフにもダメ元で声をかけてみる程度には、余裕がない。


『全く運のいい連中じゃの』


 だな。オーダジュだけじゃなくリリアナまでいる。この騎士もまさか、声をかけた相手が同盟圏はおろか大陸最高峰の癒者ヒーラー集団とは思いもよらないだろう。これで治療が叶わなかったら、どこをあたっても無理だろうさ。


「もちろんお受けしますが、どのような治療を? 呪いを受けたのですか?」


 リリアナの問いに、若き騎士は苦虫を噛み潰したような顔をした。



「…………吸血鬼に噛まれたのだ」



 なんですと。



「治癒の魔法でどうにか進行は妨げているが、眷属化は時間の問題……どうか、我が主君をお救い願いたい!!」



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レキサー『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』

タッカー『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』

アーチー『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』

ラルフ『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』

レニー『き え あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』


レイラ「この真昼間に……?」


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