168.後の祭り
――【氷獄男裸祭り】はつつがなく終了した。
魔王が各氏族の代表や魔王子と殴り合うのを、やんややんやと野次を飛ばし観戦しながら、手近な奴と殴り合うのがメインのイベントだった。
まあお互いにガチじゃないというか、殴り合いというより取っ組み合いに近い感じで、力自慢大会に「
中でも、魔王とアイオギアス、ダイアギアスの
『さて父上、胸を借りますよ』
『ハハッ、かかってこい!』
冷たい美貌とは裏腹に、アイオギアスは筋肉質のパワーファイターだった。同じくパワー型の魔王と真正面からバシッ、ドガッとパンチの応酬、からの取っ組み合っての力比べで、会場は大いに盛り上がった。
結局、魔王がアイオギアスを豪快に投げ飛ばして決着がついたが、擦り傷まみれで口の端が切れていたアイオギアスは、それでもずいぶんと楽しそうだった。やっぱりアイツも蛮族だったか……
『父上。そろそろ戦場に出たいんですが』
『またか……まあ、お前の健闘次第では考えてやらんこともない』
『では遠慮なく』
対するダイアギアスはスピード型で、蝶のように舞い蜂のように刺す、という表現がぴったりなファイトスタイルだった。器用に魔王の拳を避けながら、的確に痛打を叩き込む。
しかし、長兄に比べると線が細いというか、ダイアギアスの一撃には重さが足りていなかった。魔法なしの純粋な殴り合いでは真価を発揮できないタイプだろう。魔王は涼しい顔で打撃を受け止め、最終的に腕を掴み、そのまま投げ飛ばしていた。
……ちなみに、緑野郎ことエメルギアスも挑んでたけど、数発殴り合ってから見事に吹っ飛ばされていた。
…………え、俺?
もちろん殴りかかったよ。緑さえ行ったのに、俺が様子見で終わるわけにはいかねえだろうがよ……
『父上ーッ! お覚悟はよろしいかーッ!』
『おうとも! さあかかってこい!!』
『うぉらァァァァッ!』
と、果敢に全力パンチを叩き込んだが、腹筋で普通に受け止められて、お返しとばかりに腹パンされて、そのまま投げ飛ばされて終わりだった。
――ただ、空中でグルンッグルンッ回転した割に、上手いこと両足で着地をキメられたので、場は盛り上がった。殴り合いに備えて腹を空っぽにしておいてよかった、ここでヴォエッ! とかやってたら格好がつかなかったからな。
他王子たちが割と擦り傷だらけのアザだらけだったのに対し、手加減されたとはいえ、ほぼ無傷でくぐり抜けたので、俺の株が無駄に上がったように思える。
しかしどさくさに紛れて、腹の痛みを転置呪でお返ししようとしたが、当然のように抵抗された。
なんというか……鉄塊を引っ掻いて、爪痕を刻もうとでもしているような感覚に襲われたな。とんでもない魔法耐性だ。隔絶した魔力差を感じたよ。
俺も着実に強くはなってきているが、まだまだ魔王は遠い。改めてそれを実感し、気が引き締まった。
その他は――一応同年代というか、同体格のグループがいたので近づいてみたが、サァーッと波が引くように距離を取られた。
まあ魔力的にもへなちょこばっかりだったからな。力量的にも爵位的にも遥か格上の俺にビビり散らすのは仕方ない。
ただ、ひとりだけ、プルプルしながら踏みとどまった奴がいて、そいつが結果的に先頭に出てくる形になった。
『わ……わが名は、ミクロス! アノイトス族の従騎士だ!』
そいつはプルプルしながらも、勇気を振り絞って叫んだ。
『ジルバギアス=レイジュ! 挑戦をうけてもらおう!』
『おう』
俺が初めて角ポキした、メガロスとかいう奴の関係者のようだ。あの一件のあと、アノイトス族はすっかり『惰弱な角の一族』として有名になってしまったので、そのお礼参りというか、汚名返上のためだろう。
挑戦された側は、挑戦者の攻撃を1発は受けるのが暗黙の了解らしいので、格上の俺に挑んできた度胸にも免じて、とりあえず1発は食らってやることにした。
『うおおおおくらえッ!』
が、なんとコイツ金的を狙ってきやがった。
反射的に足を引っ掴んで止め、顎に1発入れて気絶させちまったよ。攻撃を食らう前にぶっ倒す形になっちゃったけど……俺は悪くないよな。
それ以外は俺に絡んでくる者もおらず、寒空の下、他の魔族たちの殴り合いを観戦するだけにとどまった。
雪の中、真っ裸でジッとしていると寒くてたまらないので、周囲の連中と殴り合い身体を温めるのがこの祭りの醍醐味らしいが……俺はいい感じの相手がいなかったので、ただ散歩していた。
【制約の魔法】で自分が触れる空気に【極寒を禁じ】、ちょっとだけ寒さを軽減したので割と平気だったけどな。
『てめぇいつもオレの手柄を奪いやがって!』
『なにクソ! テメェこそオレの初恋の女を奪いやがって!』
『オラァとっとと金返せコラァ!』
『まだ期限になってねえだろガタガタ抜かすなボケェ!』
そんなノリで殴り合う男たち。
見ていて気づいたが、ガチの敵対派閥に挑戦する奴は稀で、身内や近しい者に普段言えないようなことを物申す祭り、という雰囲気だった。
『うおおお無名の若手にももっと戦働きの機会を!』
『治療師の枠もっと広げてくださいよ!』
『焼肉食いたいッス! レイジュ領にも焼肉祭りを!』
しかし三馬鹿が無謀にもジークヴァルトに挑んでたのには笑った。案の定ボコボコにされてたけど、それぞれジークヴァルトに1発はブチ込めて満足そうだった。
総括すると、なんというか、思ったより平和的な祭りだったな。
『平和的とは……???』
懐疑的な声を発するアンテ。
『終わる頃には、練兵場の雪が血で青黒く染まっとったが……?』
うん……でも、別に内臓がコンニチハしたり、手足が千切れ飛んだりしたわけじゃないから……
『お主もだいぶん染まってきたのぅ』
そんなことねえよ。第一、死者がひとりも出てないしな、平和なもんさ。
†††
祭りを終え、穏やかな日々は続く。
週に1回の食事会では魔王や魔王子たちと交流しつつ、俺の明らかな魔力の成長に探りを入れられ。
食後にアイオギアスやルビーフィアに声をかけられては、旗色を明らかにするよう催促されたり。
『その後、どう?』
『ぼちぼちッスね』
時たま、ダイアギアスと猥談に花を咲かせたり。
『きみの竜娘が、すごくイイ感じの衣装を着せられてるって聞いたんだけど』
『ああ……それは、ですねぇ……うーん……』
『誰が手掛けたモノなの? ぼくも女たちにプレゼントしたくてさ』
が、クセモーヌの情報は隠しきれなかった。
『もちろんタダで教えろとは言わない、代わりにうちの一族の、腕のいい
交換条件でダイアギアスの出身、雷魔法を得意とするギガムント族の腕利きを紹介されたので、了承せざるを得なかった。そこまで必死にクセモーヌを隠すのも不自然だからな……
幸いダイアギアスはクセモーヌのデザインセンス目当てみたいだから、これをきっかけに、彼女が服飾デザイナーとして羽ばたいてくれれば、それはそれで悪くないかもしれない。
どうせ俺とダイアギアスくらいしか顧客いないだろうし……。
『冬場に怠けて春が来たら鈍っていた、など許されんからな! さあ走る!』
『ひぇ~~~』
また、三馬鹿やクヴィルタルたちと連携訓練を重ねたり。
ゴリラシアがいなくなったことで、クヴィルタルが教官役になったが、これがまた容赦ない。三馬鹿は毎日ヒィヒィ言いながら訓練でしごかれているようだ。
俺の手下になった当初はチンピラに毛が生えた程度の実力だったのに、近頃は上位者に揉まれ続けているせいか、自覚なくそこそこやれるようになってきたらしい。クヴィルタルが目を細めて報告してきた。アイツ、口ではなんだかんだと言いながら、けっこう面倒見いいというか、職務に忠実だよな……
『そういや殿下! レイジュ領から手紙が届いたんスよ~』
訓練の合間に、『じゃじゃん!』とアルバーオーリルが手紙を見せてきた。
手紙、というより寄せ書きのようだった。『兄貴がんばって!』『ちゃんとご飯食べてる?』『可愛い娘は見つかったか~?』などなど……
『こっちは殿下に宛てたメッセージらしいです』
別の一枚には、『愚息がお役に立つことを祈っております』『しょうらいぼくも、でんかのけらいにしてください』『殿下も兄貴もカッコイイ!』などと、様々な筆跡で書かれていた。
端っこには、一際汚い字で『弟を、お願いします』と。
『あ……すいません、これ姉貴ですわ。字が下手くそなもんで……』
ちょっと困ったように笑うアルバーオーリル。
『俺……あれから殿下に言われて、色々考えてみたんスよね』
聞いてもいないのに、そんなことを言い出した。
『ターフォス訓練所で、ほら、奴隷を何人か殺したじゃないですか。今までだったら特に気にしてなかったんですけど、あれも、あんまり後味良くなかったんですよね。これで実戦に出て……相手にも家族がいるのかー、とか、考えだしたらマジでキリがないなって思って……』
小さく溜息をつき、訓練で浮かんだ額の汗を拭って、空を見上げた。
『やりづれえけど……やっぱり俺って、魔族じゃないっすか』
その日、珍しく晴れていた夜空に、アルバーのつぶやきは、やけに澄んで響いた。
『だから、仕方ないのかなーって思うようになりました。もっとビッグになったら話は別ッスけど、今の俺には、できることなんて何もないですからね……そんな惰弱な迷いを抱えてるようじゃ、殿下の足を引っ張ってしまいます』
不意に、臣下の礼を取るアルバー。
『――なのでそういう迷いは捨てて、殿下のために一生懸命、頑張ります。今の俺には迷う権利すらない。それが俺の、結論です』
真っ直ぐな瞳で――俺を見つめる。
『そうか。……お前は正しいよ。少なくとも、俺はそう思う』
そう答えるのが精一杯だった。
事実だ。魔族の戦士として、魔王子の家来として――これ以上の答えがあるか?
私情も、主義主張も捨てて、主君のために尽くそうってんだ。
立派なことじゃないか。
……本当に、やりづれえなぁ。
†††
――死霊術研究所こと、アウロラ砦の地下室。
吹雪いてない日は、暇さえあればリリアナ・レイラのふたりと一緒に、ここに来ている。
ちょくちょく物資を運び込んでいるので、死霊術の研究――アンデッド作成などにも挑戦していくつもりだ。
だけど、それ以外にも、秘密の訓練所としても重宝している。地下室は完全に密閉されていて、何をやっても目撃される恐れがないからな。
「――【アダマス】」
だから、こういうこともできる。
「【目覚めろ】」
聖剣が、その力を解放する。
バチバチバチィッ、と稲妻が宙を走るような音を立てて、古びた剣が白熱する。
闇の輩を灼き、邪悪なものを打ち払う聖なる輝き。
なまくらのように見えた刃先が、冴え冴えとするほどの切れ味を取り戻していく。
本来ならば、この魔族の肉体をも灼き焦がすであろう光は、兵士たちの遺骨により中和され、俺を傷つけることはない――
さらに。
俺の全身を、濃厚な闇の魔力が包み込む。
魂を護る殻の呪文。
「【光の神々よ、ご照覧あれ】」
そしてそこに注ぎ込む――
「【
俺を包む闇の殻が、銀色に染め上げられていく。
「……ッ!」
全神経を集中させる。極めて繊細な制御が必要だった。リリアナとレイラも固唾を呑んで見守っている。
失敗すれば、聖属性で丸焦げだから。
「――よし」
俺は銀色の光をまといながらも、しかし無事であった。
着実に、練度が上がっている。何度も何度も全身を聖属性で焼かれながら、練習し続けた成果だ。
殻の呪文で闇の魔力の層を生み出すことで、聖属性の恩恵を受けながら、自身への被害を無効化することに成功した。
剣槍を、いや聖剣アダマスを振るう。
地下室の闇を、銀光が照らし、切り裂いていく。
俺に寄り添う、銀色に光り輝く闇の魔力は――
奇しくも揺れる炎に似ていた。
「――ふぅ」
一通り剣の型を振るい、俺は正眼にアダマスを構えて息を吐く。
近頃は、冬の寒さが緩んできた。
このまま雪解けを迎えれば――
とうとう、俺の初陣。
デフテロス王国、首都エヴァロティ攻めが、始まる。
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