167.魔族と奇祭
「――そういえばそろそろ、【氷獄男裸祭り】の時期ね」
本を読んでいたプラティが、ふと顔を上げて、吹雪く窓の外を見ながら言った。
「【氷獄男裸祭り】……!?」
何ですかそれは!?
どうも、雪が降りしきる年の暮れを、穏やかに過ごしていたジルバギアスです。
食後のまったりタイムに、プラティがワケわかんねぇこと言い出したぞ!
「……ああ、ジルバが知らないのも無理はないわ。10年に1度の開催なのよ」
ぱたんと本を閉じて、肘掛けに頬杖を突きながらプラティは語る。
「【氷獄男裸祭り】の起源は、800年ほど前まで遡ると言われているわ」
「けっこう長い歴史があるんですね」
無駄に。
「今でこそ、冬の間でも本を読んだり室内で鍛錬を積んだりと色々できるけど、古の魔族の故郷『聖域』では、冬場は本当に何もやることがなかったらしいの」
「でしょうね」
貧しい土地で洞窟暮らしのクソ蛮族どもだったからな。
「かといって、雪を避けて閉じこもったままだと、鬱憤が溜まる上に身体も衰える。そういうわけで、部族の垣根を超えて、男たちが肉体美を披露しつつ、裸一貫で殴り合い、真の強さを競う祭りが生まれたのよ」
「……?」
『そういうわけで』からぶっ飛びすぎてねぇか……?
「その……よく部族の垣根を超えられましたね? 絶対、みなが丸腰のところを狙う卑怯者もいたでしょうに」
「長い歴史の中では、そういう手合もいたらしいわね。でも、雪解けとともに全部族から総攻撃を受けて、族滅していったそうよ」
「ああ、左様で……」
そうして長い時間をかけて卑怯者一族は淘汰されていき、魔族全体の蛮族っぷりに磨きがかかっていった、と……。
「裸一貫で殴り合い、とのことですが、乱闘でもするんですか?」
喧嘩祭りっていうんなら、同盟圏でも聞いたことはあるが。
いや、冬場に真っ裸でってのはさすがに聞いたことないが。
「どちらかというと、一対一の殴り合いが主ね。表向きは無礼講で誰に挑んでもいいことになっているけれど、現在では平素の上下関係の確認の意味合いが強いわ。本当に決闘じみた真似をするわけではないの」
「なるほど?」
「要は、魔王陛下や族長が武威を示すために、目下の者たちの挑戦を受け付ける祭りなのよ。同格で殴り合って格付けすることもあるけれど、それをやるのは、主に若い者たちばかりね」
「ほほーう」
昔々は魔族の総数が少なかったので、一箇所に魔族の男たちが集結して殴り合っていたらしいが、現在では各部族の領土などで個別に開催されるものらしい。
「それでもやっぱり、魔王城のものが最大規模よ。裕福な氏族なら、たとえ吹雪いていても、遠路はるばる代表者を送り込んでくるでしょうね。レイジュ族からは、おそらくジークヴァルトが来るわ」
レイジュ族長ジジーヴァルトは、自領で目下の者と殴り合うだろうとのこと。多分ディオス家の連中とかだろうな。
そうしてみると、族長家としてのメンツがかかってるから、思ったより大事な祭りってわけだ。
「それで、いつ頃やるんです?」
「今週末ね」
俺は、窓の外を見やった。ビュービューと寒風が吹き、雪が積もっている。
「へえ、寒いのに大変ですねぇ」
「あなたも出るのよ」
「えっ」
完全に他人事だった俺は、プラティの一言で真顔になった。
「当たり前じゃない。もう角は生えてるし、王子なんだから」
参加資格、成人男子とかじゃねーのかよ!!
角の有無で判定されんのかよ!!!
「あなたと同年代……もとい、同体格の少年とも交流できるでしょう。楽しみね」
すごくどうでもいい……何が悲しゅうて、凍えながら魔族のガキと殴り合わなきゃいけねぇんだ……
「一応、冬場に身体が鈍らないよう鍛錬も兼ねているし、壮健さをアピールする狙いもあるのよ。参加することに意味があるんだから」
身を乗り出して、言い含めるようにプラティ。暗に欠席は許されないことを告げられて、俺はうなずかざるを得なかった。
きっと、参加しなかったら惰弱呼ばわりされるんだろうなぁ……
『寒いのに大変じゃのぅ』
笑ってんじゃねえぞぐーたら魔神がよォ……! 他人事だと思いやがって……!!
まあ、今でも外では普通に鍛錬してるし、前世じゃ雪中行軍も吹雪の中での戦闘もザラにあったから、こんなの屁でもないけどさ。
……いやーでも裸はちょっとツラそうだな……。
「ちなみに、男たちの祭りってことですが、女だけの祭りとかあるんですか?」
気持ちを切り替えようと、興味本位で尋ねると、プラティが変な顔をした。
「そんなに女の裸を見たいの?」
ちげーよ、裸祭りに限定してねぇわ!!
「いえ、男の祭りがあるなら、女の祭りもあるかなって思っただけですよ!」
「これといってないわね。でも、【氷獄男裸祭り】と呼ばれているけど、男たちが裸で殴り合う間は、母や妻や娘たちが槍を持って警備するの。だからわたしたちも参加していると言えなくはないのよ」
むしろ男たちの活躍ぶりで、格付けし合うと言っても過言ではないわね、と剣呑な目をするプラティ。
女は女で、旦那や息子がどれだけ強いかでマウント取り合うのか……。
「な、なるほど……」
俺は引き気味に相槌を打った。
それにしても、魔族の男が総出で、丸腰になる行事があったとはなぁ。
事前に知ってさえいれば、魔王城強襲作戦をこの日に定めていたのに……!!
『あるいは次回、10年後の祭りで魔王を狙う手もアリかのぅ』
なくはないけどよぉ……10年か……それまでにいくつの国が滅ぶんだろうな。
まあでも、10年後っつったら俺15歳か。
『その若さで魔王を討ち取れたら、むしろ御の字ではないかのぅ……?』
そうかもしれない……。
そうして、複雑な想いを胸に、鍛錬に勉学にと日々を過ごしていると、あっという間に1週間が過ぎた――
†††
――魔王国、魔王城、第1練兵場。
身を切るような風に粉雪が舞い散る中、鮮やかな戦装束に身を包んだ魔族の女たちが、槍を手に、仁王立ちでぐるりと練兵場を取り囲んでいる。
そして、練兵場につながる城門の前には、巨大な櫓が組まれていた。
最上部には、これまたクソでかい太鼓と、ひときわ目立つ赤い戦装束の女。
第2魔王子ルビーフィア=リバレルだ。
魔王城の女魔族の代表として、今日は鼓手を務める。
フゥ――ッと白い息を吐き出し、両手の骨のバチを振り上げるルビーフィア。後頭部でまとめられた赤い髪が、風になびいてまるで炎のようだ。
ガッ! ガッ! と太鼓の縁をバチで叩き、高らかに打ち鳴らす。
ドンッ! ドドンッ!
ガッ! ガッ!
真顔で見守る女たち――
ドドンッ! ガッ! ドンドンドンッ!
「入場ッッ!!」
ルビーフィアの叫びに、
「「「「
比喩でもなんでもなく、数千の野太い声が応えた。
城門が開かれ、裸の男たちがのしのしと雪を踏みしめながら練兵場に入る。
先頭を行くのはもちろん――
「【我こそは魔王! ゴルドギアス=オルギなり!!】」
堂々と【名乗り】を上げる現魔王ゴルドギアス。
文字通り、魔王国最強の男だ。「陛下ッ! 陛下ッ!」「
それに応えるように、魔王の全身から魔力がほとばしり、頭上で弾けて業火の花を咲かせた。寒空を吹き飛ばさんとするかのような一撃、獅子のたてがみにも似た金髪が爆風にはためく。
普段は肌身離さず持ち歩いている【魔王の槍】も、今日の日ばかりは置いてきたらしく、鋼のような肉体の他は何も持たずに登場だ。
そしてその背後には――
「【我こそは、魔王国が第1魔王子!】」
青髪をたなびかせる筋骨隆々の美丈夫。もちろん素っ裸。
「【アイオギアス=ヴェルナスなりッ!】」
魔王に負けじと、堂々たる【名乗り】がなされた。
と同時に魔力がほとばしり、ピシピキッと音を立てて空気が凍りつき、キラキラと雪が舞い散る。
「寒いぞー!!」「いい加減にしろーっ!」などと野次が飛んだが、血統魔法で水と氷を操り、寒さへの耐性もあるアイオギアスは自分だけ涼しい顔で受け流す。
それに続くのは――
「【我こそは魔王国が第3魔王子】」
プラチナブロンドの貴公子。もちろん裸。
「【ダイアギアス=ギガムント!】」
声量こそ控えめであったが、ダイアギアスの声はよく通る。
そしてその手に、魔力でできたピンク色の薔薇が現れ、ダイアギアスが口に咥えてポーズを決めると同時に、無数の花びらが撒き散らされる。
さらには落雷! 放電ッ! 派手さでは魔王さえも凌ぐほどだ!
「キャーっ!」「ダイアギアスさまーっ!」と練兵場のあちこちから、悲鳴じみた娘たちの黄色い歓声が浴びせられる。
手を振りながら、投げキッスなどしつつ、それに応えるダイアギアス。
続いて、その背後――
「【我こそは――魔王国が、第4魔王子ッッ!】」
ヤケクソじみた、ザラついた叫び声。
「【エメルギアス=イザニスなり――ッッ!!】」
緑髪を風にチリチリさせながら、これまたヤケクソじみて叫ぶエメルギアス。
血統魔法の効果か、風の音にかきけされることなく、練兵場の隅々にまで声が届く。
「うおおらあああ!」
魔力がほとばしり、色付きの竜巻が雪を吹き飛ばした。
「いいぞー若ッ!」「カッコイイぞー!」などとイザニス族の声援が届く。これもまた全て血統魔法によりやけにクリアな音声だったが、つまり身内しか声援を飛ばす者がいないことの証明でもあった。
そして――
エメルギアスの背後には――
のしのしと、肩を怒らせて歩く――
「【我こそは……魔王国が第7魔王子ッッ!!!】」
おお……と観衆がどよめいた。
少年だ。まだ年若い少年だ!!
「【ジルバギアス=レイジュなり――ッッ!!】」
兄以上にヤケクソじみて叫ぶ、若き魔王子。
ズグオオァァァッ!! とその全身から、禍々しい闇の魔力が解き放たれた。
「おおっ!」「5歳にしてあれほどの魔力!」「誠にあっぱれ!!」「殿下ーカッコイイー!」と老若男女問わず歓声が押し寄せる――!!
「うおおお! 我こそはオンブル族代表、ミアーヴォリ!」
「レイジュ族を代表して参った、ジークヴァルト!」
「ハッハッハァ! ロフォノス族代表、トールドン見参ッッ!!」
魔王一家男子たちのあとには、各氏族の代表たちも続々入場ッッ!!
魔王城【氷獄男裸祭り】、ここに――
開幕――ッ!
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