540.謎の腕利き


 ――アレクサという名のヴァンパイアハンターはいない。


 そう聞いた瞬間、ヴァレンティウスの全身からザァッと血の気が引いた。


(なんだと……!? まさか偽物――詐欺師――)


 様々な邪推がどんちゃん騒ぎをしながら脳裏を駆け巡る。


 まずい。それは非常にまずい。


 ヴァレンティウスは『アレクサ』と彼の言葉に全賭けしたのだ。もしもそれが過ちだったというのなら――ヴァレンティウスには場末の博徒よりよほど悲惨な末路が待ち受けている。


 ヴァレンティウスの名において事態の収束を宣言したし、先ほどスティーヴンにもあれこれしたり顔で語ってしまった。


 信用と名誉を失うのが貴族としては何よりも恐ろしい。特に、本家の生まれであっても継承順位的に立場の弱い、ヴァレンティウスのような者にとっては、信用の喪失は社会的な死に等しい……!


 そして何より、もしもアレクサが偽物だったなら、あの村にはまだ吸血鬼が潜んでいるということになる! それだけは絶対に許容できない――!


(いや、待て、そうとも言い切れまい)


 が、すぐに冷静さを取り戻すヴァレンティウス。


「おふたりは、ヴァンパイアハンターの全員をご存知なのでしょうか?」


 ヴァレンティウスは、「疑っているわけではないが……」という体でやんわりと聞き返した。ヴァレンティウスも貴族として顔は広い方だが、それでもフェレトリア王国の貴族でさえ網羅できているわけではない。公式の場に出てくる者とは、一度くらいは顔を合わせたことはあるものの、それでも記憶力には限界というものがある。


 ましてや、聖教会のような大陸規模の巨大組織ならば、いかに同僚と言っても全員の顔を知っているとは言い切れないのでは――


「我々、ヴァンパイアハンターは少数精鋭で横の連携も活発ですが、もちろん、全員の顔を把握しているとは言い切れません」


 くるんとカールしたヒゲを撫でながら、ティーサンが落ち着き払って答える。


「俺たちは、入れ替わりが激しいからなぁ」


 レイターがぼりぼりと頭をかきながら、言葉を引き継いで独り言のように言った。


「新入りの殉職率が聖教会の中でも飛び抜けて高い。だが……裏を返せば、数年生き延びた中堅以上のハンターなら――」

「――ほとんど全員が顔見知りと言っても過言ではないでしょう。仮に、直接会ったことがなくとも、名前さえ知らないということはまずあり得ないです」


 ティーサンが断言する。


「その、『アレクサ』って野郎は、ヴァンパイアハンターじゃないか、新入りかのどちらか、ってわけだ。しかしこんな前線にほど近い、極めて高度な対応力を要求される地域に、新入りが放り込まれるとは考え難い……というわけです。ヴァ……、ヴァレ……貴族様」


 途中から相手が貴族であることを思い出したかのように、ぶっきらぼうな口調から丁寧な口調に切り替えるレイターだったが、ヴァレンティウスの名を記憶できていないという特大の無礼をやらかし、しばし視線を彷徨わせたのち諦め顔で結論づけた。


 うろ覚えなら最初から口に出さなければよかったのに――と心の片隅で思いつつも、ヴァレンティウスは衝撃を受ける。まさか大陸全土(今となっては魔王国のせいで半土だが)を股にかけるヴァンパイアハンターたちが、それほどまでに少数精鋭の集団だったとは……


 それにしても。


「新入りということは、あり得ないはずだ……」


 あれほどの、と言葉を続けかけて、ヴァレンティウスははたと気づく。そういえばアレクサの能力そのものは全く見せてもらっていないわけだ――しかしその仲間、オーダジュとリリィは明らかに只者ではなかった。


「誠に失礼ですが、その者は本当に聖教会の一員だったのでしょうか……?」


 詐欺師にでも引っかかったのでは……? と言わんばかりに目を細めながら、ティーサンが慎重に尋ねてくる。


「それに関しては間違いないでしょう。なぜならば聖属性の光を灯していた」


 ヴァレンティウスは即答する。勇者や神官がよくやる、手を掲げる動作をしながら。


「ふーむ。それならば……」

「聖教会を騙ってるってワケじゃなさそうだな」


 訝しげに唸るティーサン、頭をかきながら首を傾げるレイター。聖属性を見せたということは勇者か神官であり、それならば詐欺師じみた真似をするはずがない。


「ちなみに、どのような容姿でしたか?」

「いささか角張った、四角っぽい顔つきで、無骨さの中にどことなく品があるというか、しっかりとした芯のありそうな好青年でした。髪は赤みがかった茶髪で、少し日に焼けた肌色、目もたしか茶色だったはずです。身長は私よりも少し高く、体格はがっしりとしていて――」


 ヴァレンティウスが記憶を掘り起こしながら特徴を挙げていくと、ふたりはますます訝しげな顔をする。


「四角っぽい顔……というあたりでアーチーかと思いましたが、彼はジルバギアスに殺されてしまいましたからね……」

「というかアイツは髪の毛黒だろ。弱ったな、本当に心当たりがねえぞ、わけあって誰かが偽名でも名乗ったのかと思ったが」

「ちなみに、協力者の森エルフにティユール家の大老がいらっしゃいましたよ」

「「えっ?」」


 特定の一助になるかと思いヴァレンティウスが提供した情報は、むしろふたりをさらに混乱させたようだった。


「ティユール家の……大老? 聖大樹連合の8大氏族のですか?」

「はい、オーダジュ=エル=デル=ティユールと名乗っておられましたが」


 再び顔を見合わせるティーサンとレイター。


「流石に協力者までは把握できていない……俺たち以上に入れ替わりが激しいからな」

「いや待ってください、大老とおっしゃいましたか? エルフの老人だと?」

「ええ、それはもう……我々人族で言うなら80代ほどの見た目で……」

「いくら把握できてないっつっても、流石にそれは覚えてるし、そんな爺さんが仲間になったなら絶対話題になってる……!」


 レイターが頭を抱える。


「誰だよオーダジュって……!」

「本当に、ティユール家の方なんでしょうか? その、よほどのことがない限り、ヴァンパイアハンターとして現場に出てこられるとは思えないのですが」

「私も疑問に思いましたが、あの治癒の奇跡は、相当に高位の生まれでなければ説明がつかないのですよ……」


 ――ヴァレンティウスは、自身が吸血鬼に噛まれ、もはや意識が混濁し理性が失われる寸前の状態にまで至っていたが、オーダジュとリリィの解呪で奇跡的に吸血鬼化を免れたことを語った。


「馬鹿な! それほど重症化して、回復するなど聞いたことがない……!」


 丁寧語を貫いていたティーサンが、思わず口調を乱す程度には驚いていた。


「そもそも可能なのか、そんなことが! もしそれができるなら……いったい今まで、何人の犠牲者が慈悲の一撃をさされずに済んだことか……!」


 レイターも目を見開いて、唇を戦慄かせている。驚き、疑い、怒り、嘆き……様々な感情が入り乱れた表情。


「もしそのような御仁がおられたら……レキサー司教が、ヴァンパイアハンターになることもなかったのでしょうね……」

「そうだな……違いねえや……」


 一通り驚いたのち、しんみりとし始めるティーサンとレイター。


 ヴァレンティウスも、自身の回復が奇跡的だと重々承知しているつもりだったが、専門家ふたりがここまで動揺しているのを見るにつけ、本当にあり得ないほど例外的な事例だったのだと認識を改めた。


「イェセラでもそんな治療は不可能でした……彼女も、たしか、ハイエルフの血が濃い大氏族の分家筋って話でしたよね?」

「ってことは、オーダジュとかいう爺さんはイェセラの格上、ガチモンの本家筋ってことか……」

「むしろ、我々がそのオーダジュという人物を紹介して頂きたいくらいなのですが」

「いやしかし、わからん! それほどの御仁がなぜ現場で……いや、俺たちとしてはありがたい限りではあるが……」

「その、オーダジュ殿とリリィ殿も凄かったのですが、アレクサ殿もそれに負けず劣らずだったと言いますか。崩落した坑道の奥深くに潜伏していた吸血鬼を、ものの数十分ほどで討伐してしまいまして――」

「「はああああぁぁぁぁぁ???」」


 もはや礼儀もクソもなく、素っ頓狂な声を上げるヴァンパイアハンターたち。


「あ り 得 な い ! 何をどうやったらそんなことができると!?」

「そんな短時間で討伐できるなら俺たちゃ苦労しねえよ!!」


 グイグイとヒゲを引っ張って叫ぶティーサン、ベルトに差していた銀色の杭を1本抜いてシタァァァンッと地面に打ち付けるレイター。


「うるせえぞ!」

「静かにしてくれ……」

「こちとら今夜から徹夜なんだよ……」


 そして、周囲の休息していた兵士たちから次々に苦情が入り、「申し訳ない……」と縮こまる。


「失礼、御二方とも、少し身を寄せてください」


 これは気が利かなかった、と自身も反省したヴァレンティウスは、話の雲行きが怪しくなってきたこともあり、ささやかながら精一杯の防音の結界を展開した。


「ありがとうございます、貴重な魔力を」

「いえ、ここから先は秘匿性が高い話になりますので……アレクサ殿はどうやら、何かしらの【秘術】の使い手らしく」

「「【秘術】……???」」


 またまた顔を見合わせるティーサンとレイター。


「そんなの……ッ! 聞いたこともない……ッ!」

「話題性がありすぎるッ! いたら絶対知ってるッッ!」


 ぬあああああああ! と唸りながら地団駄を踏むふたり。防音の結界があるのでやりたい放題だ。


「ちなみに、どのような【秘術】でしたか?」

「見せては頂けませんでした」

「しかし……それならばどうやって? どのように討伐を確認したのですか?」

「……しておりません」


 渋い顔でヴァレンティウスは答える。


 ティーサンの顎がガコンと落ち、レイターが「はあ???」ともはや呆れたような声を出した。


「なぜ――なぜそれで良しとしたのですッ? 信じられないでしょうそんなの!」

「やはり詐欺師としか思えないんだが……?」

「しかしながら、聖属性の光は灯してましたし」

「なら詐欺師じゃありませんなぁ……!」

「それに何の報酬も要求されておりませんので」

「いったい何が目的なんだソイツ……!」


 ティーサンもレイターも、やはりどうしても、『アレクサが吸血鬼を討伐した』自体は信じられないようだった。


「お気持ちはわかります、私も最初は疑っておりました。しかし……、その」


 改めて詰められるとヴァレンティウスとしても自信を失ってしまうのだが――「個人的な推察ですが」と前置きした上で話を続ける。


「オーダジュ殿が、かなり高位の身分であることは間違いがないと思われます。そして順当に考えれば、オーダジュ殿が集団の長として振る舞うべきです。年齢的にも、能力的にも、血筋的にも」

「……そうではなかったと?」

「はい。なぜかオーダジュ殿は一歩引いておられて、年若いアレクサ殿を敬うような言動を取られていたのです」

「…………」

「そしてアレクサ殿は【秘術】の使い手とのこと――」


 あとはわかるな? とばかりに意味深な目線を送るヴァレンティウス。


「……まさか、生まれの方だとでも?」

「その可能性が高いと見ました」



 ティーサンとレイターがバシッと額を叩いて、天を仰いだ。



「「絶対退魔部ウチの所属じゃない!!」」




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