541.やんごとなき事情
――退魔部の所属じゃない。
「アレクサ殿はどこか別の部局の
ヴァレンティウスは当惑気味に尋ね返した。
「そう……ですね。その可能性が濃厚になりました」
「【秘術】の使い手は、たいてい神秘局の管轄だからなぁ」
相槌を打つティーサン、ボヤくような口調のレイター。
「神秘局の秘蔵っ子が、人員不足を補うために前線まで出向いてきた――」
「――が、話がややこしくなるから詳しい事情を端折ってヴァンパイアハンターを名乗っていた。そう考えると辻褄が合うな」
うんうんと頷きあうティーサンたちだったが、ヴァレンティウスとしてはむしろ疑念が強まった。
「それならば、なぜ最初からそうと言わなかったのか……」
ヴァレンティウスが気にかかるのは、アレクサに見せられたあの書状だ。
「彼が提示した書状には、退魔部第6課『夜明けの狩人』と書いてあったのだが」
「んん?」
「話変わってきたな」
納得ムードだった二人組も一転、訝しげな顔をする。
神秘局の人員が面倒事を避けるためにヴァンパイアハンターを名乗っていたのなら、それはそれでいい。情報共有が行われていなかったのも現場が混乱していたからと考えれば納得はいく。ただ、ご丁寧に偽の身分証(らしきもの)まであったというのは、いささか用意周到すぎるように思われた。
「! いや、待てよ……その書状とは、どういったものでしたか? 大きさや、装飾などは?」
何かにハッと気づいた様子で、ティーサン。
「装飾……などはなかったと思います。せいぜい聖教国の紋章が刻印されていたくらいのもので。大きさとしては手のひらくらいでしたかね。そこに、聖教国、聖戦局、退魔部第6課『夜明けの狩人』と書かれていた――と記憶しています」
虚空を見つめながら思い返すヴァレンティウスに、「ふむ」と興味深げな声を漏らしたティーサンは、ごそごそと胸元から2枚の書状を取り出した。
「つまり、こちらの2枚のどちらかで言えば――」
「ああ。間違いなく、右手にお持ちのそれですね」
ティーサンが右手に持っている、小さな紙片を指さしながらヴァレンティウスは言う。ちなみに左手にはもっと仰々しい、細々と文字が書き連ねてある立派な書状があった。
「なる、ほど。なるほど」
「見えてきたな」
またもや何かをわかり合っている二人組。
「実はですね。ヴァンパイアハンターとしての身分や権限を保証する令状は、こちらの左手の方なんです。右手のこれは身分証ではありません」
「…………」
ひと目見て、薄々そうではないかと察していた。明らかに左手の書状の方が情報量が多いからだ。
「では、それは……?」
「勧誘する際の連絡先です」
「勧誘?」
「俺たちヴァンパイアハンターは常に人手不足だ――いや、聖教会の人手不足は今に始まった話じゃねえが、特にヴァンパイアハンターになりたがる奴ってのは早々いねえ。なりたがってて、かつ見込みがある奴はもっと少ない」
唸るようにして言ったレイターが、自らも胸元から小ぶりな紙片を取り出す。
「これは、ヴァンパイアハンターとしての適性が高い部外者を見つけた際、『お前もヴァンパイアハンターにならないか?』と――」
右手の人差し指と中指で挟んだ紙片をスッと掲げて見せながら、レイター。
「――勧誘するためのものなんだ」
「な、なるほど。それはわかりましたが、部外者のためのものなのでしょう? 聖教会の関係者がその紙を持っているのはおかしいのでは?」
おそらく、本来は森エルフや獣人、その他市井の有能な者たちに渡すためのものなのだろう。それを聖教会の別の勇者や神官に渡すというのは――つまり、管轄を飛び越えて余所の部局の人員を引き抜こうとしているわけで、
「それはそうなんですが……」
「ヴァンパイアハンターは人手不足だからな……」
「えぇ……」
「まあ、私やレイターは勇者を勧誘したことはありませんが、私たちの上司なんて見込みがあると思った者には誰彼構わず渡してましたからね」
「渡してたよなぁ……色んな意味で怖いもの知らずな御方だった」
懐かしむように目を細めるティーサン、しみじみとうなずくレイター。
その口ぶりから、彼らが言う『上司』は、もうこの世の人ではないのだろうとヴァレンティウスは察した。
「そうですか……」
話を総合すると、アレクサは神秘局など別部局の人員で、かつヴァンパイアハンターの見込みありとして勧誘されたこともあり、話を円滑にするため咄嗟にあの紙を提示してしまった――と。
「そういうことになるのでしょうか」
「聖属性の光を見せていたということは、その解釈が妥当かと思います。……重ねて疑うようで申し訳ないのですが、聖属性は本物だったのですよね?」
ちら、とティーサンが指先に銀色の光を灯してみせながら確認する。
「それは間違いありません。私も光属性持ちではあるのですが……」
ポッ、と指先に白い光を灯すヴァレンティウス。「おお」とティーサンとレイターが感心したような声を漏らす。人族で聖教会関係者でもないのに光属性持ちは珍しいからだ。
ヴァレンティウスが念じると、指先の光の色が薄っすらと赤や青に変わっていく。ただそれでも――
「聖教会の方々のような、銀色の光というのはどうあがいても再現できないのですよね。だから見間違えということはあり得ません」
そもそも、銀色の光というものは存在しない。
だから光属性持ちが聖属性を真似しようとしても、白っぽい光になるだけだ。魔法に長けた森エルフでさえ、あの聖属性の独特の色合いは再現することができない。
だからこそ、人類圏において聖属性の銀色は、極めて強力な『身分証』として機能するのだ。
「それは失礼しました。ですが、一安心です。どのような事情があったにせよ、聖教会の同志であれば信用できます」
ホッとした様子で胸を撫で下ろすティーサン。
と、そのとき、リーンゴーンと鐘の音が城から響いてきた。
「ややっ、しまった!」
慌てて懐中時計を確認したティーサンが、バシッと額を叩いて呻く。
「正午を過ぎてしまった……」
「何かご用事でも?」
ふたりを引き止めたのは他でもないヴァレンティウスだ。責任を感じながら尋ねると、ふたりは少し気まずそうな顔をした。
「ああ、いえ、食事をですね……」
「俺たちも一般兵と同じ割当時間があるので、その」
「あ~~~」
ヴァレンティウスは領主軍の騎士なので思い至らなかったが、徴兵された兵士や聖教会の戦力は、食事の時間が組分けされているのだ。『魔王軍の昼戦部隊の奇襲があったのに全軍が食事中で応戦できない』――などという隙を生じぬようできた制度で、極端な話、ヴァンパイアハンターのふたりは特別扱いで多少の融通は利くだろうが――
「それは大変申し訳無い」
「いえいえ、お話を聞けてよかったです。非常に有意義な時間でした」
「従軍商人あたりで何か見繕うか。たまには乙なもんだろ」
気さくに笑うティーサン、ペロッと舌なめずりして早くも商人の品揃えに意識を飛ばしているレイター。こんな最前線にまでついてきている商人は剛の者が多く、兵士たちの給金を巻き上げるべく、割と質の良い嗜好品を取り揃えている。――その代わりに超絶ボッタクリ価格だが。
ティーサンたちも古参のヴァンパイアハンターゆえ、懐には余裕があるだろうが――だからといって立ち話で迷惑をかけておいてはいさようならでは、貴族の沽券に関わる。
「もしよろしければ、我らの天幕にお招きしたいのですが……部下たちがちょうど食事を用意しているはずですし、お嫌いでなければ甘味などもありますよ」
ヴァレンティウスは微笑んで申し出た。
「いえいえ、そこまでお気遣いいただくと逆に申し訳なく」
愛想笑いを浮かべて、そつなく辞退するティーサン。その隣ではレイターが(貴族のお招きなんて逆に肩凝るわ)と清々しいほどわかりやすい顔をしていた。
ヴァレンティウスもその部下たちも、先ほどの食事会の面々ような堅苦しい集団ではないのだが、ふたりにはわかるまい。また、ここで埋め合わせに執着して、ただのありがた迷惑になるのはヴァレンティウスとしても本意ではないのだが――
「実は私も、御二方に助けられたも同然でして……」
神妙な顔で切り出すヴァレンティウス。
「御二方が着任された先――現場指揮官はスティーヴン卿ですよね? 彼とは私も懇意にしておりまして」
「……ほう」
好奇半分、警戒半分といった様子のティーサン。皮肉屋のスティーヴンに吸血鬼が野放しにされていた件でチクチク嫌味を言われていたであろうふたりは、間違いなく彼に良い印象を抱いていないはずで、だからこそヴァレンティウスの話に興味を惹かれずにはいられない。
『助けられたも同然』とは――? そしてスティーヴンが何の関係がある?
「実は先ほど、スティーヴン卿と吸血鬼の話題になりまして……アレクサ殿の件を話したばかりだったのですよ。アレクサ殿の活躍ぶりを前提に、後方はきっと安全に違いないと、その、豪語してしまいまして」
ヴァレンティウスは苦笑しながら、恥じ入るように額を押さえた。
「もし――もしもですよ。今、御二方と私が出会うことなく、アレクサ殿の件のすり合わせが行われていなかったとしたら――?」
「……あ、あー! それは確かに」
「マズイことになりそうだな……」
ふたりとも合点がいったようだ。
仮に。
何も知らないふたりが前線に配属されて、再びスティーヴンと一緒になったとする。
そして、ヴァレンティウスから話を聞いていたスティーヴンが、『アレクサというヴァンパイアハンターが活躍しているらしいじゃないか。少しは安心できそうだ』などと話題を振ってしまった場合。
先ほどのくだりが始まってしまうのだ!
『知らん……』『誰それ……』というあの一連の流れが!!
「色々と台無しになるところでした」
額の汗を拭うヴァレンティウス。沽券に関わるどころの騒ぎではない。
「そういった事情もありまして……ぜひともおふたりには、改めてお礼をさせていただきたく……ッ!」
どこか必死なヴァレンティウスに、ふたりは顔を見合わせた。
「まあ……」
「そういうことなら……」
ヴァレンティウスの社交辞令ではない誠意が伝わったらしく、そうして、ティーサンとレイターは招きに応じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます