179.巡り合わせ


『――魔王子ジルバギアスの特徴、ですか』

『そうだ、どんな些細なことでもいい』


 ヘッセルはそう言って、森エルフ弓兵のパルムにうなずく。


 前線基地で待機中、バルバラも含めた全員が、パルムから少しでも情報を得ようと必死だった。


『貴殿が見て取ったこと、感じ取ったこと、些細な印象でも構わない。もしかしたら攻略の糸口になるかもしれないし、何でもいいからとにかく教えてほしい』

『……そ、そうですねえ』


 みなに真剣な眼差しを向けられ、居心地悪そうに身じろぎするパルムだったが、難しい顔で考え込む。


『すでにお話した通り……人族の子どもくらいの外見で非常に若かったですが、年齢には不釣り合いなほど手練でした。勇者殿の目潰しの光に合わせて自分も矢を放ったんですが、微塵も動揺することなく対処されました』


 目潰しは意味なしか……と勇者のひとりがつぶやいた。


『ジルバギアスは数分で100名以上の兵士たちを殺戮しましたが……自分の感覚が正しければ、命を奪うごとに、わずかに魔力が強まっていたように思えます』


 ……誰かが呻いた。勘弁してほしいとばかりに。


『それと、白銀の鱗鎧を装備していました。王子本人の魔力で分かりづらかったですが、おそらくかなりの業物で、魔除けの力が込められていたように思えます。多分、あの質感からして……ホワイトドラゴンの鱗、でしたね……』


 そして一同が、沈痛の面持ちとなった。魔王子の鎧となったホワイトドラゴン――素材の出どころには、ひとつしか心当たりがなかったからだ。



 魔王城強襲作戦。



『あと、自分の見間違いでなければ――』


 ちらっ、とバルバラたちを見やって逡巡するパルムだったが、言葉を続ける。


『――ジルバギアスは非常に風変わりな槍を使っていました。人族の剣を、それも、魔力が込められた業物を、わざわざ穂先に仕立て上げたような槍を……』

『…………悪趣味なッ』


 ヘッセルが顔をしかめ、吐き捨てるように言う。周囲の人族も苦い顔だった。


 同じくバルバラも、いい気分はしない。人族の力の象徴を、剣聖の誇りを、魔族の武器に貶められるなんて……魔族も槍には誇りを抱いていたはずだが、そんなことをするあたり、きっと悪魔関連のロクでもない理由があるのだろう。


『どこまでも……不快な奴だねえ』


 冷静につぶやくバルバラだったが、言葉の端に滲む怒りは隠しようがなかった。



 ――見つけたらタダじゃおかねえ。



 その場の人族の心は、そうしてひとつになったのだ。




          †††




 どうも、王都エヴァロティの市街地を小走りで侵攻しているジルバギアスです。


 第4砦の制圧戦からしばし、水分補給等々の小休止を経てから満を持しての再出撃だ。聞けば、俺たちより先にサッサと市街地に繰り出した連中もいるそうで、「殿下を待たずして抜け駆けするとは何事か!」とクヴィルタルがキレ散らかしていた。


 俺も怒るべきなんだろうけどな。抜け駆けした連中が殺せば殺すほど、俺が殺せる量が減るんだから。


 でも、なんだかどうでもいいんだ。


 どうでもよくはないって、わかってるんだが。


 どうでもいいんだ……。


 自分の体なのに人形みたいだ。右足出して、左足出して、1、2、1、2、絡繰り仕掛けみたいで笑えてきたぞ。


「はははっ」


 口から漏れた笑いが遠く、遠くに響いて感じる。気を抜けば、今すぐにでも吐いちまいそうだ。、俺の中に流し込まれた膨大な魔力を――


 オエ――ッ! ってな!


「ふふっ」


 前を進むクヴィルタルが、怪訝そうに俺を振り返ってきたので、にこりと笑い返してやった。困惑気味に、前方へ向き直るクヴィルタル。


 瓦礫や家具が、バリケードじみて乱雑に積まれた大通りを走る。俺の前をクヴィルタルが、周囲と背後をその部下たちが固め、先導するのはやっぱり三馬鹿たちの仕事だった。


 同盟軍が張り巡らした罠を、しかし三馬鹿たちは――危なげなく処理していく。


「あっ、これ訓練所でやったやつだ!」


 先頭を進んでいたオッケーナイトが、ワイヤートラップに目ざとく気づき、魔力の塊をフッと投げつけた。



 途端、罠がバラバラに崩壊する。



 いや――【解剖】された。



【解剖の悪魔】と契約するオッケーナイトは、度重なる厳しい訓練でついにその才能を開花させたのだ。ひとたび罠の構造を理解してしまえば、【解剖】の権能により、発動させることなくバラバラにしてしまう。


 本来【解剖】は対生物を想定した魔法なので、十全に権能を発揮できているわけではないそうだが、それでも文句なしの実用性。ドスロトス族が太鼓判を押すほどだ。


 まあ、アンテの【禁忌】を【制約】に歪めてるようなもんだな。


「はっはー! 一石二鳥とはこのことっすねー!」


 次々に罠を無力化していき、ご機嫌なオッケーナイト。権能を応用できるようになったおかげで、罠をバラすだけで魔力も育つようになったとか。


「うむ」


 クヴィルタルも「よくぞこの領域にまで至ったな」とでも言いたげに、後方で満足げな顔をしている。



 ――が。



 すぐにその表情が引き締まった。



 俺も空気の変質を感じ取る。戦場勘。――まるで錆みたいだ。


 周囲に視線を走らせ――真っ暗な家屋に目が吸い寄せられた。


 何かが、いる。


 月明かり。


 視界に、黒い点。


「敵襲ッ!」


 俺めがけて飛んできた、しかし【制約】でほぼ完全に減衰させられた矢を、クヴィルタルが切り払って叫ぶ。


「――うおああぁぁぁァァァァッ!」


 身を潜めていたらしい、人族や獣人族が粗末な武器を手に周囲の家屋からわらわらと飛び出してきた。


 ……また、か。


 また――殺さねば。


 全身の血がざぁっと引いていくような感覚とともに、思考が冴え渡り、。ピィ――ッと吹き鳴らされる警笛の音が、心から遠ざかっていく――


 俺をかばうように立ち塞がるクヴィルタルの部下を押しのけ、前へ。飛びかかってきた人族を一振りで斬り捨てた。なんだァ? 太刀筋がなっちゃいねぇ。これじゃ、剣を振り回すただのその辺のオッサンじゃねえか。次も、その次も! まともな兵士はいねえのか!


「おらああアァァァッ!」


 槍をめちゃくちゃにぶん回すセイレーナイトが、人族も獣人族も、【力業の悪魔】の剛力でまとめて吹き飛ばしていく。アルバーオーリルは呪詛で動きを止めて、堅実にひとりひとり仕留めていく。


 他の面々も安定したものだ。危なげなんて全くない――


「笛が気になりますね」


 時間にして数十秒、伏兵は呆気なく全滅した。クヴィルタルがグシャッと警笛を踏み潰し、周囲を警戒している。


「ここで待つのも一興かもしれんな」


 刃の血糊をビシュッと振り払いながら、俺はそう言った。


「待ちますか?」

「お前たちも、首級は欲しかろう?」


 俺がニヤリと笑ってみせると、クヴィルタルたちも苦笑して肩をすくめた。


 砦の攻略戦では、俺がほとんどおいしいところを持って行っちまったからな。アルバーが投槍で森エルフの魔導師を仕留めたくらいのもんで。


 こういう風に、奇襲と警笛の体制が整っているなら、の相手が来ると見ていい。


 どれほど待つかな、数分で来れるかな。


「さて、何が出てくるか……」


 そうつぶやいて、しかし俺は何気なく――ふと空を見上げ――




 天上、



 月明かり、



 浮き上がる影。



 人型――大きくなる。





 そして一点に閃く、




 刃。





「――ッッ!」




 ゾッと全身の肌があわ立ち、俺は咄嗟に剣槍を構える。




 ヒュカァンッ!! と異様な刺突音。




 剣槍を握る手に凄まじい衝撃、横向きにした【アダマス】の刃が軋みを上げ、火花を散らす。




 頭上から音もなく降ってきた刺客――そいつの突き出した細剣レイピアを、辛うじて受け止めた。




 間近で、目が合う。




 それは――女だった。人族の。




 一角獣を模したような兜をかぶった、黒髪の女剣士――




「なっ……」


 風が、鮮やかな風が吹き寄せてきた。人形みたいだった身体に、血の巡りが、感覚が戻ってくる。見開かれた、女豹のように鋭い目も。驚愕に歪み、野性味に溢れた、しかし美しい顔立ちも。俺が知っていたものとは違う、明らかに年を経ている。



 だけど――古びた記憶が蘇る。



『――アンタの剣、すごい業物だよねえ。どこで手に入れたの?』


 ドワーフに大枚をはたいて、っていうか全財産叩きつけて打ってもらったんだよ。


『全財産! そいつは剛毅な話だ、アタシも打ってもらおうっかなー』


 金貨――枚くらいしたぞ。


『は? ――は? ウソでしょ――? そんな――そんなお金があったら、私、一族のみんなを養うわ……』


 言葉遣いがなんか変わってるが。


『いや、うーん、そ、そうかい? ちょっと動揺しちまってねぇ……あはは……』


 お前も色々大変なんだな――


『別に、そこまで大変じゃあないよ。アタシたちよりもっと大変な人なんて、それこそごまんといるんだから――』


 強がるようにして笑った、彼女は――



 ――ああ、そうだ。



 彼女とは、今は亡きプロエ=レフシ連合王国の戦線で出会った。



 当時の最年少の、しかも極めて稀な女の剣聖――



 名前は――



 彼女の名前は――




             †††




 ――バルバラは愕然としていた。まさか防がれるとは。


 警笛を聞きつけ、導師や神官たちに加護をかけてもらって全力疾走、屋根の上から奇襲を仕掛けた。


 やれると思った。


 話に聞いていた鱗鎧。夜闇の中で、その白銀の輝きは、目立って仕方がなかった。


 やれる! あの魔王子を!


 決死隊が全滅した直後の、油断している今しかないと思った。だから身を翻した。一撃離脱で、王子だけ仕留める――!



 それなのに。



 間近で魔王子と、ジルバギアスと目が合う。驚愕に見開かれた深紅の瞳、あどけなさを残しながらも、ゾクッとさせるほど整った顔立ち。禍々しい角と青い肌、そう、紛れもなく、そいつは魔族だった。


 そしてその手の、剣を穂先に仕立てたという槍が、色褪せた刃が、バルバラの渾身の突きを完全に防いでいた。


 バルバラの刺突は、分厚い鉄板さえブチ抜く。


 その一撃を、なぜこんな古びた刃が――




 ――いや。




 この刃、この剣、明らかに古びているが。




 間違いなく、




 見覚えがある――!




『ドワーフに大枚をはたいて、っていうか全財産叩きつけて打ってもらったんだよ』


 ぶっきらぼうに、はそう言っていた。全財産を費やすなんて剛毅な話だ、自分も打ってもらおうか、と冗談交じりに私が言ったら。


『金貨100枚くらいしたぞ』


 唖然とした。そんな資金があれば……難民と化した一族のみなが、しばらく食っていける。


『言葉遣いがなんか変わってるが』


 その動揺が、表に出てしまったらしい。私は慌ててごまかした。


『……お前も色々大変なんだな』


 そう言って、困ったように目を伏せたは――




 数年後、手紙が届いた。




 生きては戻れない極秘作戦に参加した、と。ご丁寧に、『どうせ使い途がないから有効活用してくれ』だなんて、金貨まで同封されて――




 そう、これは――間違いなく、の聖剣。




 なぜ。それがなぜ、こんな魔族の手に。




 考えるまでもない、なぜならは――




 魔王城強襲作戦で、命を落とし――




 当然、の武具も、魔王城に遺されて――




 それを――




 それ、を――!!




 ――!!!




「――貴様ァァァァァァッッッ!!!」




 いかに剣聖バルバラでも、その激情は抑えきれない――!




「――剣聖だ!」


 王子の護衛魔族が叫び、停滞していた時が再び動き出す。


 一撃では仕留められなかった、だが――まだ終わりではない。


 ここで、殺す!! 絶対にコイツだけは!!!


「シッ!」


 着地、しなやかに衝撃を吸収し、次なる踏み込みで剣を突き込もうと――


「【刺突を禁ず】!!」


 その瞬間に魔王子が叫んだ。ガクンッ、と体が硬直するような感覚、これがパルムの言っていた行動阻害魔法か!? 導師たちがかけてくれた魔除けのまじないが悲鳴を上げている――なんて魔力――!!


 まずい、これはまずい!!


 バルバラは、その類稀なる直感で即座に剣の動きを止め、踏み込みの速度を活かしてその場から離脱した。直前までバルバラがいた空間を、護衛魔族の槍と呪いが四方八方から貫く。



 その、お返しとばかりに――



「【光あれフラス!】」



 魔族たちに、光の矢が降り注ぐ。



 導師の早駆けの魔法で、が到着したのだ。手練の勇者、神官たち、導師、森エルフ弓兵――




 そして。




「おおおおおお――ッッッ!!」




 大剣を肩に担いだ剣聖が、その全身に力をみなぎらせ、踏み込む。




「――死ねえええぇぇぇァァァァァッ!!!」





『前線均し』ヘッセルが。





 全力で、横薙ぎに、





 ――大剣を振り抜いた。 

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