180.命の削り合い
『――お前の絶技、ホントに絶技って感じだよな』
切り株だらけになった森を見ながら、俺は感心して言った。
『ヘヘッ、だろ?』
地面にブッ刺した大剣にもたれかかり、苦しそうに肩で息をしながらも、ニヤリと笑う男。
剣聖ヘッセル。
前線基地の建設に大量の丸太が必要になったため、近場の森に出向いて豪快に
『細けえ動きは苦手だが、一撃の重さだけなら誰にも負けねえ。『重撃』ヘッセルとは俺のことよ……!』
北部戦線に聖教会の援軍として送られた俺は、現地でヘッセルと知り合い、すぐに仲良くなった。お互い故郷を焼かれ、天涯孤独の身だ。俺は勇者、ヘッセルは剣聖だが、対魔族戦闘の一翼を担う上級戦闘員として、意気投合した。
魔族への復讐心なら、俺たちは誰にも負けない! 少しでも魔王軍の戦力を削ぎ、人々の安寧を守るため、俺たちは最前線で戦い続ける――そう誓いあった。
それにしても……『重撃』ヘッセルか。
『お前の二つ名、もうちょっと違う表現の方がよくねえか?』
前々から思っていたが、いい機会なので言ってみる。
『どう考えても、ただの重い一撃じゃねえだろ
まっさらにされた森の一画を示しながら。
『んー、と言ってもなぁ。剣聖になったばっかりの頃は、ここまでじゃなかったんだわ。せいぜいデカい岩を真っ二つにするぐらいのもんで』
『それはそれで大概だけどな……』
物の理を極めてから経験を積み、さらに絶技に磨きがかかったわけか。現在のヘッセルを表すには、『重撃』では物足りない感じがする。もっとこう、ド派手に、敵の軍勢をまっさらにしてしまう、そんな絶技を表すには――
――まっさらにする。
『――前線
『え?』
『前線均し、なんてどうだ? 今のお前にぴったりじゃねえか?』
常に前線で戦い続け、敵軍に致命的な一撃を叩き込む剣聖。
彼が大剣を振り抜いたとき、
目の前に広がるのは、まっさらに均された大地のみ――
『前線均し……いいな、それ!』
ヘッセルは目を輝かせた。
『俺にぴったりじゃねえか、気に入ったぜ! 今日から俺は『前線均し』のヘッセルだ!』
上機嫌のヘッセルと、コツンと拳をぶつけ合った。
『――ありがとうよ、アレク!』
遠い日の、記憶――
†††
「――死ねえええぇぇぇァァァァァッ!!!」
大剣を構えた剣聖が視界に入った瞬間、俺は即座にその場で伏せた。反射的に体が動いてから、過去の記憶が蘇った。
ヘッセル。アイツまだ生きていたのか――
突風。轟音。
頭上を死が通り抜ける。
地響きとともに薙ぎ倒されていく周辺の家屋。俺の周りを固めていたクヴィルタルの部下たちもまた、ドチャッと水気のある音を立てて崩れ落ちた。
ほぼ全員、即死。胸から上を鎧ごと両断されている。たまたま別の誰かが盾代わりになったらしい部下のひとりだけが、べろんと真っ二つに裂かれた両手を振り回しながら暴れているが、鼓動に合わせて胸から鮮血が噴き出しており、おそらく長くは持つまい。
当然――俺たちの前方にいた三馬鹿たちも、同じ末路をたどった。
視線をやれば、胸像みたいになったセイレーナイトと目が合った。肩から上を綺麗に斬り飛ばされた結果だ。ぽかんとした顔のまま、死んでいた。かたわらにプラティから譲り受けた槍が真っ二つになって転がっている。オッケーナイトもアルバーオーリルも血溜まりの中――
たった一振りで、これほど壊滅的な被害。
さらに磨きがかかってんじゃねえか――ヘッセル!
「きっ……貴様ァ――ッ!」
そんな中、俺以外にも無事な奴がひとりだけいた。
クヴィルタルだ。直感的にヤバいと悟ったのか、奴は【石操呪】で足場を作り頭上へと退避していた。振り返って俺の無事を確認し、少しだけ安堵したようだが、部下たちの惨状に激昂している。
「下等種の分際でェェェ――ッ!」
ぐらりと傾く足場から飛び降り、石柱に手を添える。怒りのままにかつてなく荒々しい魔力が、クヴィルタルから発せられた。
「【
石柱がグンッと圧縮され、細く鋭く研ぎ澄まされ、爆発的な魔力の暴風を撒き散らしながら射出される。
ドウッと風を穿つ岩の投槍。部下たちの仇を討たんとばかりに目にも留まらぬ速さでヘッセルに迫る――アイツは、『前線均し』のあとはほとんど体が動かない!
「【
後方の勇者の魔法で、ヘッセルの前面に光の盾が出現する。
が。
おぞましい殺意を込められた岩の投槍は、バァンッと音を響かせ、光の盾を粉砕。
容赦なく、ヘッセルの胸のど真ん中をブチ抜いた。
そのまま背後の家屋に岩の投槍が飛び込み、派手な土煙を上げる。
「ごブッ――」
アイツの吐血の音が、こちらまで届く――ぼたぼたとこぼれ落ちる血――
「ぐっ――がァァァァ――ッッ!!」
しかし、胸の傷と口から大量の血を噴き出しながら、その全身の筋肉が隆起する。横薙ぎに振るった大剣を、再び大上段に構え――
「――――ァァァッッ!」
振り下ろした。
轟音。
ヘッセルの前に、地割れが走る。
重すぎる、不可視にして致死の一撃。
「なァ゛――」
奇妙な声を上げたクヴィルタルは――
その頭の天辺から股にかけて、青い線が滲み、ズリュッと生々しい音とともに左右に分かたれて、倒れた。
驚愕の表情を貼り付けた、半分の顔が俺を見つめている――
「……へっ……ざまァ……み……」
それを見届けてから、ヘッセルもまた崩れ落ちた。
なんという……なんという、剣聖の意地……!! すげえ、お前すげえよ……!!
――たんっ、と地を蹴る音。
首筋の毛が逆立つ。俺は自分が観客なんかじゃないことを思い出した。
「【刺突を禁ず】」
立ち上がりながら、剣槍を振るった。ガキィンッと夜闇に火花が散る、勢いを失ったバルバラのレイピアを弾き飛ばした。
「くッ――」
至近距離。悔しげに顔を歪めたバルバラが、その跳ね馬のような俊足で即座に離脱していく。
「「【
それを援護するように、勇者や神官たちが雨あられと光の矢を浴びせかけてくる。だが俺の身を包む【シンディカイオス】が輝き、その全てを弾き飛ばしていく――
「導師! 魔除けを!!」
「【悪しき呪いの言葉は我らを避けて通る! 清浄なる風は我らの護り!!】」
歌うような詠唱が響き渡り、大森林を思わせる清らかな魔力が周囲一帯を満たす。
エルフの魔導師! しかも導師だと!? マジかよそんなやつまでいんのか……!
『アレク、後ろ!』
アンテの警告。――ああ、わかってる!
バルバラの離脱は陽動! やべえ奴が来てる! 光の矢を弾きながら首を巡らす、暗闇に浮かび上がる金色の毛並み――
爛々と輝く、獣の瞳が、俺をひたと見据えている。
「【――格闘を禁忌とす!】」
もはや手加減なんてしてられねえ、そんな余裕は――
「ぐぬゥ――」
一瞬、身を固くする犬獣人の拳聖だったが、その身にまとう導師の魔除けが、禁忌の魔法を即座に相殺。
だが、その一瞬の間が、俺の命を救った。
「ふンッ!」
唸る爪の一撃。目にも留まらぬ神速の爪を防げたのは、俺が賭けに勝ったからだ。確実に俺の息の根を止めようとするだろう、首を刈りにくるだろうと踏んで、予想された爪の軌道上に剣槍を差し込んでいた。
古びた刃に爪がブチ当たり、衝撃もそのままに俺に激突する。クソいてえ。だけど生きてる。受け流しつつ後退、追撃しようとする拳聖にどす黒い闇の魔力を放った。
「ぬッ――」
呪詛ですらないただの魔力の塊だが、拳聖にそんなことはわからない。いくら導師の加護があっても、突っ込む気にはなれずたたらを踏む、その間に一息――
「うおおおお――ッ!」
――つく暇なんて与えてくれるはずもなく、聖剣を抜いた勇者たちが斬りかかってくる。その背後のバルバラがフッと消え去る、俺の死角へ回り込むつもりか――
「「【
さらに神官たちが一斉に詠唱。光り輝く鎖が俺に巻き付き、動きを阻害する。闇の魔力を放って振り払うが、キリがない。その間にも勇者たちの相手をしなければならない、アンテ剣の方は頼む――
『【剣技を禁忌とす!】』
ズゥンッ、と禍々しい魔力の波動。勇者たちの動きが鈍ったところへ、俺は剣槍を純粋な槍として突き込む。だが当然のように盾で弾く、こいつら手練だ! 兵士並に集団戦に慣れてやがる――
「【忌まわしき呪いの言葉は我らを避けて通る】」
その上、禍々しいアンテの呪いが打ち払われる。スッと動きが軽くなる勇者たち。
「【風の精霊よ我らに加護を 大地の精霊よ邪な気を祓い給え】」
エルフの導師は愚直なまでに、朗々と魔除けのまじないを唱え続けている。攻撃の手はもう充分と見て、ただひたすらに俺の魔法を阻害する構え――!!
――ああ。
なんて美しいんだろう。
素晴らしい連携だ。文句のつけようがない。
魔族の王子を討たんとする、彼ら彼女らの敵意の眼差しが、こんなにも心地よい。
……こいつらになら、殺されていいかもしれない。悔いはないかもしれない。そう感じた。
大剣から手を放さずに、不敵な笑みを浮かべたまま倒れているヘッセル。もう、事切れていた。中堅魔族を多数屠り、上位魔族と相討ちだ。あいつも、満足して逝ったことだろう――
俺もさ――
もう満足して、いいかなぁ……
迫る勇者たちの聖剣、森エルフの矢、光の魔法、戒めの鎖、拳聖の爪、そして背後から鳴り響くレイピアの風切り音――
『……何を血迷っておる!!』
アンテが悲鳴じみて一喝した。
はは。
わかってるよ。
思っただけ。思っただけだ……
彼らは素晴らしい。称賛に値する。覚悟も連携も実力も、全て一線級だ。
でも、
それでも、
彼らが魔王を討ち倒す光景を想像できない。
だから、
ダメだ。
――アンテ、預けてた半分、くれ。
『フンッ、全部くれてやろうかと思うたわ』
不機嫌そうに鼻を鳴らすアンテ。
そして、莫大な魔力が。
まるで火山の噴火のように。
俺に流れ込んでくる。
「――ッ!?」
エルフ導師が、驚愕に、目を見開くのが見えた。
ああ。またこの感覚だ。
いや、今まで以上だ。初めてだこんな感覚は。まるで極上の美酒をひと瓶飲み干したみたいに、力に酔いながらも感覚は研ぎ澄まされていく、もはや全能感なんてもんじゃない、俺以外のモノが薄っぺらくなっていく、全ての存在が、俺の意思に恐れおののき、ひれ伏していくのがわかる――
世界の法則よ。
俺に都合よく、捻じ曲がれ。
「――――」
俺は魔力を展開した。無詠唱。防護の呪文。
ガガガガァンッと派手な音を立て、俺に四方八方から迫っていた全ての脅威が――受け止められた。
「なっ――」
聖属性に燃える勇者の聖剣も。
「えっ……」
森エルフの矢も、神官たちの光の矢も。
「馬鹿な……」
拳聖の渾身の一撃も。
「嘘……」
バルバラの必殺の一突きさえも。
すべてが、止められていた。――ただの防護の呪文の前に。
先ほどまで、頑丈なロープのように俺の動きを阻害していた戒めの鎖も、今では水に濡れた紙ほどにも抵抗を感じない。
「――見事だ。同盟軍の諸君よ」
俺は静かに語りかけた。
「諸君らの連携、称賛に値する。……だが、残念ながら、我を殺すには及ばん」
本当に、残念なことに――
「【我が名は、ジルバギアス=レイジュ】」
俺を取り囲む勇士たちが、無意識に一歩、後ずさる。
「【魔王国が第7魔王子にして――次なる魔王となる者なり】」
荒れ狂う、魔力。
ああ、そうさ。俺は――
魔王国で最強を目指す。
「諸君らの戦いぶり、誠に感服の至り。いち魔族の戦士としてお相手いたす」
だから、すまない。
「――我が糧となるがいい」
有り余る魔力を、剣槍にみなぎらせ――
俺は無造作に、手近な勇者へと叩き込んだ。
咄嗟に掲げられる盾、聖属性と、護りの加護が何重にも込められたそれを――
アダマスの刃が、呆気なく、勇者の腕ごとブチ抜いた。
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