184.王子の戦果


 ――魔王軍本陣。


 高台から燃える王都エヴァロティを見つめながら、ベテラノス=レイジュ侯爵は小さく溜息をついた。


「あまり火は使うなと言うたのに……」


 今回の戦では、王都の街並みを破壊しすぎないよう、魔王陛下から通達があった。これまで、対同盟の各戦線において、市街地の過度な破壊が目に余り、その都度再建に奔走する羽目になるコルヴト族から、ついに苦情が来たとか何とか。


 また、コルヴト族をタダ働きさせるわけにもいかないので、都市を接収するたびに報酬が支払われるわけだが、これまでの報酬を総計すると他氏族から頭ひとつ抜けた収入になっているという。


 もともと国内の建築や街道整備を一手に担っているのがコルヴト族だ。カネも褒美もいらないからちょっとは休ませろというコルヴト族、他氏族とのパワーバランスを考えてコルヴト族を適度に休ませたい魔王、双方の利害が一致したと言える……


 ……言えるのだが、王都エヴァロティは燃えていた。


「まあ、四の五の言っても仕方がないが」


 火魔法が得意な者に火を使うなと言っても無駄だし、人族側が火を放つこともあるし、こればかりはどうしようもない。


 外縁部の砦はいくら焼け落ちても構わないのだが――市街地が丸ごと灰燼に帰したら、ベテラノスも魔王から皮肉のひとつやふたつは言われるだろう。


「ふぅ……」


 イザニス族の伝令がよこす報告に耳を傾けながら、戦場を見守るベテラノスは気怠げにまた、溜息ひとつ。


(前線で暴れていた頃は良かった……)


 なんだかんだで侯爵までは出世できたが、自分の成長はもう頭打ちだ。若い者に席を譲らねばならんということで、最前線から退き司令官なんぞやっているが……


(あまり向いているとは思えんなぁ)


 市街地が燃えた、燃えていないで一喜一憂することもなく、気ままに敵を屠って、褒美を楽しみに待っていた日々が懐かしい。


 ……だが、冷静に考えれば、若い自分が勝手に暴れ回っていたときも、きっと誰かが司令官をやっていて、何かしら悩んだり胃を痛めたりしていたのかもしれない。当時の司令官が誰だったかすら覚えてないが。


「はぁ~……歳は取りたくないもんだなぁ……」


 などと遠い目をしていると、またひとつ、フッと光の巨木がまたたいて消えた。


「おお、落ちたか」


 砦が陥落した。


 これで残る巨木は1本だけ。6つの砦のほぼ全てが制圧されたことになる。


 想像以上に早いペースだ。やはり、開戦からほどなくして第4砦が制圧され、敵軍に動揺が走ったのは大きかったようだ。


 王都エヴァロティを完全制圧するまで5日を見ていたが、3日後には王城に魔王国の旗がひるがえっているかもしれない――


(さすがはプラティフィアの子、凄まじいな)


 報告によれば、ジルバギアスが初陣ながら率先して斬り込み、大立ち回りを繰り広げて勇者や剣聖を多数討ち果たしたらしい。その首級もさることながら、砦の制圧も一番乗り。さらに結界まで破壊したともなれば、大手柄だ。


(伯爵は固いな。それも侯爵に限りなく近い……)


 あの、若すぎる魔王子の姿を思い描きながら、ベテラノスは皮肉に笑う。魔力的には充分、貢献も充分となれば出世は間違いない。


 だが、いくら才能にあふれる麒麟児とはいえ、あれほどの若者(というか幼子)が自分と肩を並べようとしていると思うと、忸怩たる思いもあった。


(いかんいかん)


 実力が伴っているならば、それが相応しい地位というものだ。やっかみや嫉妬などは、ベテラノスが最も嫌うもの。特に若い頃、年上魔族どもの新人潰しが大嫌いだった。自分はそうはなるまいと戒める。


 ――ジルバギアスは、第4砦を制圧して休憩を挟み、そのままストイックに市街地へ攻め込んだそうだが、さらに戦果をあげているかもしれない。


 エヴァロティ防衛軍にどれほどの戦力が残っているかは不透明だが、残るひとつの砦も、そろそろ落ちるか。


「いや……」


 しかし、ベテラノスは空を見上げる。


 春が来て、夜が短くなった。――そろそろ地平の果てが白みかけている。


「ふむ……砦を攻め上げてもいいが」


 1日で砦をすべて落とすことを重視するか、それとも予定通りに被害の集計と再編を済ませるか。日が昇っても意地汚く戦い続けるようでは、他氏族に何ぞ言われるかもしれないし――


「報告! ジルバギアス殿下がご帰還です」


 そのときイザニス族の伝令が知らせに来た。


「おお、戻ってきたか。どれほどの首級を挙げたことかな」


 ベテラノスは皮肉げな笑みを浮かべたが、伝令の表情が強張っていたことから、何か良からぬことが起きたらしいと悟る。


「どうした?」

「その……殿下の家来8名が……全滅したとのことです」

「何!?」


 あんぐりと口を開くベテラノス。


 ジルバギアスの家来が――全滅!?


(馬鹿な! オーリル家のボンクラは兎も角、クヴィルタルがついていたはずだ!)


 一族でも実力は折り紙つきの一派、特にクヴィルタルはコルヴト族の血も引いており、エリート中のエリートと言っていい上位魔族だった。なのに……全滅とは。


「ジルバギアス殿はご無事か!?」

「はい、ご自身の足で帰還されました。……が、首に傷が残っていました」


 伝令の言葉に、ベテラノスは自身の顔を撫でる――刻み込まれた聖属性の傷跡を。レイジュ族でありながら傷が残ったということは、つまりそういうことだ。


 しかも首。相当な修羅場をくぐったと見ていい。


 幸いなのは、自分の足で歩ける程度に問題がなさそうなことだ。もし、万が一、彼が討ち死にでもしようものなら、一族の恥になる上、ベテラノスもプラティフィアに縊り殺されかねなかった。


 それにしても、いったい何が起きたのか――


「すぐにこちらにいらっしゃるとのことです」


 そう告げて、伝令は走り去っていった。待つことしばし、異様な魔力が、ゆっくりと近づいてくるのを感じた。



 ……ああ、だから、伝令も顔が強張っていたのか。



 ひと目見て、ベテラノスは悟った。



 戦場から引き上げてきた戦士たちの自慢話で、賑わっていた本陣の空気が、冷えていくような感覚。



「殿下……」


 言葉にならない。


 出陣前とは、様変わりした少年の顔に、眼差しに。


 何よりも――はっきりと自分と同格以上とわかる、強大な魔力に。


 伯爵相当の子爵だった少年は、今や、上位魔族の風格を漂わせていた。


「戻った。話には聞いただろうが、クヴィルタル以下8名が戦死した」


 平坦な声で、ジルバギアスは告げた。家来が全滅して落ち込んでいるか、はたまたショックでも受けているかと思いきや。


 まるで、鉄の塊とでも話しているみたいだ――


「……いったい、何が起きたのです」

「市街地で敵精鋭部隊と遭遇し、剣聖による先制攻撃を受けた。市街地を剣の一振りで更地にするような強者だ」

「……ああ」


 報告でも聞いていた、砦のひとつに厄介な剣聖がいるらしいと。


 第4砦が陥落して、市街地防衛に回されていたのか――


「加えて、相手方には森エルフ魔導師、弓兵、神官多数に剣聖と拳聖、そして――」



 一拍置いたジルバギアスは。



「――勇者がいた」



 ゆえに供はほぼ全滅した、と。



 ジルバギアスは語る。



「ただ、ひとりだけ生き延びた奴がいてな。そいつと協力して、敵部隊を殲滅した。……そいつも最後には討ち取られたがな」


 ジルバギアスは無表情だったが。


 口の端が――


 ……いや、気のせいか。


「『そいつ』とは、クヴィルタルですかな」

「いや、アルバーオーリルという若者だ。クヴィルタルは、件の先制攻撃してきた剣聖と相討ちになった」

「そう、ですか……」


 ジルバギアスの首筋の半分に走る、聖属性に蝕まれた傷跡を見て。


 ベテラノスは、何を言ったものか、わからなくなってしまった。


「……砦はあとひとつだな。これから総攻めか?」


 ふと、ジルバギアスが視線をそらして、砦を眺めながら問うた。


「いえ、……そろそろ夜明けですからな。一度、被害を集計し、再編してから明日の再攻撃が無難でしょう」


 そろそろ市街地に繰り出した連中が戻ってくる頃合いだが、普段の戦場に比べ、戻ってきた者が少ないように思える。入り組んだ都市だから、空模様が見えづらいせいかもしれない。


「そうか。それが良かろうな」


 ジルバギアスもうなずく。


「では、俺も身体を休めて、明日に備えるとしよう」

「……まだ戦われるつもりなので?」


 思わず、唖然としながらベテラノスは尋ねた。


 戦果的にもう充分だろう、ということもあるが、家来が全滅してもなお戦場に舞い戻るというのか?


「いかんのか?」


 しかしジルバギアスは、どこまでも平坦な声で聞き返す。何がおかしい、と言わんばかりの態度に、ベテラノスは再び言葉を失った。


「いえ……お望みとあらば」

「では失礼する、司令官殿」


 クルッと背を向けて、去っていくジルバギアス。


 足取りは、しっかりしたものだった。


(プラティフィア……お前はなんて子を……)


 それを見送りながら、ベテラノスは肩の力を抜く。……そして遅れて気づいた、自分がずっと、緊張していたことに。


 あんな子ども相手に――


「…………」


 だが、……あの風格は、本物だった。戦場を生き延びた、強者の顔をしていた。


「……よくぞご無事で」


 小さくつぶやき、ジルバギアスの背に黙礼するベテラノス。


 気を取り直し、再び燃える王都を見やる。


 市街から上がる火の手、射し込む夜明けの光、王都はまるで血染めのように様々な赤で彩られている。


「今日の戦は終いか」


 ひげを撫でながら、独り言。


「……それにしても、全然戻ってこんなぁ」


 市街地に繰り出した連中だ。帰還の報告がまったく届かない。何をしているのだろうか、迷子にでもなったか――? 己の他愛もない考えに、思わず苦笑するベテラノスだったが。



 ……それから完全に日が昇ってもなお。



 未帰還の戦士の数に、愕然とすることになった。




          †††




 破壊の限りが尽くされた王都の路地を。



 朝日が、照らし出している。



 散乱する瓦礫、壁や石畳に飛び散る血飛沫、そして――



 物言わぬ、骸の数々。



 同盟軍だけではない。



 夜エルフや魔族までもが。



 カッと眼を見開き、明らむ空を睨んでいる。



 その身体を引き裂く太刀筋と、焼け焦げたような傷から。



 熟練の戦士ならば、こう判断するだろう。






 ――勇者の仕業だ、と。

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