226.試行錯誤


「――で、必要になるのがこの魔法薬だ。水銀に塩とアカバネ草から抽出した成分を混ぜ入れて魔力で撹拌。そのとき、【腐敗の呪い】を反転呪法で唱えるのも忘れずにね。これによって筋組織を保護しつつ、魔力の巡りを――」


 どうも、例によって死霊術の講義を受けにきたジルバギアスです。


 今日は伊達メガネをかけたエンマに、あれやこれやとアンデッド作成に有用な魔法薬について教わっている。


『対アンデッド装備を依頼しておきながら、何食わぬ顔で堂々と出席するとは、お主も図太い奴じゃの』


 アンテがせせら笑うように言ったが、そう褒めてくれるなよ。


「――なんといってもこの技術のキモは、魔力を純粋な物理現象に変換できるという点でね。成分の配合に関しては、このグラフを見てほしい。瞬発力を重視するか魔力効率を重視するかで変わってくるんだ――」


 相変わらずエンマは、惜しみなく技術を、死霊術の秘奥を俺に教えてくれる。俺もそれに応えるようにして、全身全霊をもって習得に努めていた。


 今の俺には、かつてないほどやる気があるぜ。


 バルバラのボディの試作も始めているんだが、当然ながら、技術的な壁にぶち当たっているからな……




『……これがあたし、か』


 アウロラ砦――またの名を魔王国立死霊術研究所の地下室で。


 1体のスケルトンが、指の骨をカシャカシャと握ったり開いたりしている。


「……どうだ? 身体の違和感は?」

『違和感があるというか、違和感しかないね』


 苦々しい声で、骸骨バルバラが振り返った。発声機能はないため、カタカタと顎が音を立てるのみ。その『声』は幽霊ゴーストと同じ、念話だ。


『まるで……お人形遊びでもしてるみたいだ。を自分の体と思い込むには……相当な時間がかかりそう』


 お人形遊び――その言葉は、あながち的外れでもなかった。バルバラの骸骨の右手には、彼女の本体たる刺突剣【フロディーダ】が握られている。魂を右手の剣に宿しながら、霊的なつながりによりスケルトンを操作しているのだ。


 しかも、このスケルトンは、俺が戦場で拾い集めた骨を魔族の魔法で捏ね上げて、彼女の生前の骨格に合わせて組み上げたもの。スケルトンに宿したベースの魂も、霊界から引っ張ってきた、ほとんど自我の消滅した名もなき人族のものだ。


 ……違和感がない方がおかしい。


「まあ今回は、別に用意したアンデッドを、バルバラがちゃんと動かせるかどうかのテストだからな。諸々の違和感は……仕方ない」


 仮に。


 その違和感を完全に拭い去るには。


 バルバラ自身の骨格や、親族の遺体を『材料』にするしかないだろう。ベースとして宿す魂も、だ。


 だがバルバラの遺体は、エンマに利用されることがないよう戦場で完璧に破壊してしまった。


 親族については――バルバラの両親と兄の遺体は紛失している。エヴァロティ攻略戦時点で存命だった姉は、おそらく脱出軍とともに東へ逃れたのだろう。呼び出せなかったので、今も存命である可能性が高い。


 バルバラには悪いが……身体の違和感には慣れてもらうしかない。


『セバスチャンは、もしかしたらウチの執事かも』


 ところで、俺がエヴァロティの一幕を話すと、バルバラは声を弾ませていた。セバスチャンの外見的な特徴が、バルバラの知るものと一致したのだ。本人である可能性は極めて高かった。


『セバスは、お祖父様の代から当家に仕えてくれている忠義者なんだ。……わたしはほとんど報いてあげることができなかった。それでも、生きていてくれただけでも、嬉しいよ……』


 霊体ゴースト姿で、思わず涙ぐむバルバラ。


 バルバラの親族・知人の呼び出しは、バルバラが仲間に加わったあとすぐに試したから、俺はそのときにセバスチャンの名前も聞いていたはずなんだ。


 が、あのときは精神的に参ってたから、バルバラの言った名前を全部覚えることはできなかったんだよな……セバスチャンの名前も覚えていれば、もっと色々できたかもしれないのに。


『いや、逆に覚えてなくて幸いじゃった。お主の魔王子としての言動が、下手に歪まずに済んだからの』


 何ともドライに指摘したのはアンテだ。……まあ、言われてみればそうかもな。


 これからもエヴァロティには出入りするわけだし、セバスチャンと交流する機会もあるだろう。


 何か……何か、してあげられればいいな、とは思う。魔王子として無理がない範囲で、だけど。


「それで、手足の長さや、身長はどうだ?」

『そっちは、あまり差は感じないかも。思った通りに動くし、目線の高さも、生きてたころと一緒……じゃないかな。たぶん』


 軽く飛び跳ねたり、手足を動かしたりしながら、バルバラ。


 よし。バルバラの霊体に寝転がってもらって手足の長さも計測し、彼女がイメージする『生前』そっくりそのままの骨格をコピーしたからな。


 その甲斐はあった、か……。


『よっ、と』


 クンッと身をかがめ、胸元にレイピアを引いたバルバラが、刺突を放つ。


 いや、放とうとした。しかしお世辞にもパワフルとは言えないスケルトンボディ、加えて軽すぎる体重のせいで、レイピアの重さに引っ張られてバランスを崩す。


 結果として出力されたのは、へろへろとした、あまりに情けない一撃だった。ヨボヨボ老人が杖を振り回しても、もうちょっとキレがありそうだ……。


『…………』

「…………」

『ま、まあ、初めてだからねこんなもんだよね?』

「お、おう! これから、もうちょっとマシな素体を作り上げていくから!」


 最低でも、魔王国に普及してる骸骨馬スケルトンホースくらいの力強さと頑強さを兼ね備えたものを用意しないと、お話にならない。


 ちなみにこのあと、骨格に適当な重しをつけて、俺が目いっぱいの魔力を吹き込んでやると、バルバラは一時的に生前に近い動きが可能になった。


 が、そうすると魔法の働きが強すぎて、バルバラの剣聖としての絶技の再現が難しそうだった。俺が魔力で無理やり、骨を動かしてるようなもんだからな。バルバラの意志の力の介在する割合が、あまりにも小さすぎる。


 これじゃあ、物の理が微笑んでくれるわけもない……


 俺の魔力はあくまでも脇役に徹し、バルバラが自らの意思で、十全に、身体を操らなきゃいけないんだ。


『難しいんだね、死霊術って……』


 俺の魔力があっという間に散り散りになってしまい、元のよわよわボディに戻ったバルバラが、持て余し気味なレイピア片手につぶやいた。


 そう、アンデッドの『核』になるもの――大粒の宝石だとか、それなりの魔法具だとか――を用意しなければ、どれだけ魔力を込めても定着しないんだ。


 バルバラ自身がどんどん闇の魔力を吸収して溜め込む、つまり死霊王リッチ化を進めるという手もあるが、そうすると彼女自身が魔法使いになってしまうわけで、剣聖としての能力を手放すことになりかねない。


 ……それは最終手段だ。


 バルバラをためには、あくまでボディを強化する方向でどうにかせねば。


 もっと高い魔力効率で、俺の魔力を蓄える仕組みも内蔵して、その魔力を物理運動に変換する機能も盛り込み、もちろんそれなり以上のパワーが出せるようにして、実戦に耐えうる強靭性も兼ね備えて……。


 いや、考えること多ッ!


 実際に運用可能なアンデッドを作ろうとしてみて、改めて、魔王国中を走り回っている骸骨馬が、どれだけ完成度の高い存在なのか痛感する。あんなもんが何百何千と魔王国に普及していると考えると、気が遠くなってくるな……あの性能で量産型アンデッドなんだぜ? 馬鹿げてるよ。



 ……エンマの本気のアンデッド軍団、いったいどんな化け物集団なんだろう。



 そう考えると――薄ら寒い感覚に襲われた。



 エンマが魔王国に与して100余年、どれだけの死者が、アイツの軍勢に組み込まれたのだろう……?



「――どうだい? 何か質問はあるかな?」


 と、俺の眼前、死霊どもの親玉がニッコリと笑顔を貼り付けて尋ねてきた。


「うーん、そうだな。素人質問で悪いんだが、ここの薬剤の――」


 俺はノートにメモしたとある成分の精製方法について、たぶん薬学関連の知識が足りないから理解できなかった部分を詳しく聞いていく。普通の座学ならスルーしてたかもしれないけど、実際に作ろうとしてるから、原理がわからないことには……


「うわー細かいところによく気づいたね、そこは例外的な処理があってね――」


 エンマもよどみなく説明する。やっぱコイツの知識量スゲー。いつの間にか、研究室の端っこで我関せずと本を読んでいたクレアまで、顔を上げて興味深げにエンマの講義に耳を傾けている。


 ……っていうか俺の講義ノート、同盟圏に存在するどの死霊術の禁書よりも具体的でやべー代物シロモノになりつつあるなコレ……


「……よーし。というわけで、今日はこのくらいかな? あんまり根を詰めてもアレだしね、時間はたっぷりあるんだから」

「ありがとう。今日も充実していたよ」

「それは何よりさ! お茶でも飲むかい?」


 得意げに胸を張って伊達メガネをクイッとしてから、いそいそと飲み物を用意し始めるエンマ。あのメガネ、新手の魔法具だろうか? エンマには視力矯正なんて必要ないから、『伊達メガネ』と断定したけど、特殊な効果でもあるんだろうか。警戒が必要だな……


「にしてもジルくん、このところやけにアンデッド作成に熱心だよね」

「まあな。やっぱり戦場で役に立ちそうだからなぁ」


 エンマに訝しまれることは想定していたので、俺も平常通りに答える。


「俺は、もう戦場には、お供を連れて行かないことにしたからな。魔法で巻き込みかねないし、ひとりの方が戦いやすい。でも戦場で巻き込み上等な戦力を――つまり、即席のアンデッドでも戦力化できれば、いざというとき頼りになるかもしれん」

「なるほどー。でもその使い方だと、ここまで凝った高位アンデッド作成は、あまり関係ないんじゃない?」

「いや、いざ作る側の視点に立ってみると、これがなかなか興味深くてな……スケルトンホースも日常的に使ってるけど、アンデッド作成の観点からは、いかに完成されたモノなのかがよくわかって面白いよ」


 俺がそう答えると、エンマは「フフーン」と得意げな顔を披露した。めっちゃクソ得意げな顔だ。褒められた場合に備えて、頑張って用意してたんだろうなぁ……。


「そう言ってもらえると、製作者としては鼻高々だよ。はいこれ、ハーブティー」

「お、ありがとう」


 ズズ……。うむ。


「うまい」


 エンマの淹れる茶は、化学実験じみて完璧に手順が守られており、おいしい。自分じゃ味がわからないから、手順を守ることでカバーしてるんだろうな。


「ふふ。良かった」


 机に頬杖をついて微笑むエンマ。


「あ、ところでエヴァロティ自治区についてなんだけど、死霊団ウチからも上位アンデッドを代表に派遣していいかなぁ?」



 ――俺はせた。

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