162.紙一重の天才
「――なるほど! 普段はかさばらず、飛びたいときにすぐ使える魔法の鞍がお望みなわけですねぇぇ! それはたしかに、なかなか難しい注文です――」
俺の要望を改めて聞き、うんうんとうなずいたクセモーヌは、
「――が、ワタクシなら可能ですねぇぇ!!」
フフーンと得意げにふんぞり返りながら、断言した。俺よりちっこいので偉そうな感じは全くないが。
「それは何より。依頼した場合、対価はどうなる?」
ドワーフ職人は、正当な対価を受け取らないと他人のために作品を生み出さず、生み出せない。そういう魔法なのだ。
「2つ条件があります」
クセモーヌは、ビシッと指を2本、俺に突きつけた。
「1つは、ワタクシの甥が足の小指をなくしちゃってるんで、それを治してあげてください!」
指1本か。それならお安い御用だな。
「もう1つは――ワタクシが何を作っても、文句は言わないでください! こちらは対価というより、事前にご了承願いますって話ですけどねぇぇ!」
はぁ?
俺は面食らった。ドワーフからそんなことを言われたのは初めてだ。見れば周囲の職人たちも、渋い顔をしている。
ドワーフで仕事を引き受けられるのは、身内からも認められた一流の者だけだ。
つまり他種族からすれば超一流の職人。正当な対価を支払えば、依頼者の要望を完璧に反映するだけにとどまらず、想像を上回る出来栄えのものを仕上げてくる。聖剣アダマスも鱗鎧シンディカイオスも、文句のつけようがない素晴らしい逸品だった。
だからこそ、クセモーヌの「文句を言うな」という条件は予想外。裏を返せば、俺が文句を言いかねないようなモノを作るぞ、と宣言しているに等しいからだ。
俺が(どういうことだ)とフィセロに訝しげな目を向けると、熟練鍛冶師にして工房長のドワーフは、身内の恥を晒したような忸怩たる思いをにじませていた。
「こやつは腕は確かなのです。……ただ、服飾に関して独特のセンスを持っており、デザインだけは自分の趣味を頑として譲らんのです」
……趣味?
「ワタクシはぁ! ただ、そのヒトの魅力を最大限に引き出せるモノを作りたいだけなんですよぉぉ!」
手をワキワキさせながら、クセモーヌは苛立たしげに叫ぶ。
「だけど頭のかったい連中は、ワタクシの斬新さについてこれず、受け入れられないんですねぇぇ!! ええ、たしかにプロの職人としては、依頼人の好みを顧みず趣味に傾倒するのはよろしくないでしょう!! ですが、ワタクシは職人であると同時に芸術家でもあるのですッ! ワタクシは他ならぬワタクシのために、作品を日々生み出し続ける……ッッ!」
短い手足を振り回し熱弁を振るうクセモーヌだったが、ふと我に返ったように、片目をつぶって、てへっ☆と舌を出した。
「――というわけでワタクシ、半分は自己満足のため仕事を引き受けてるんで、対価もお安めとなってるワケですねぇぇ!」
なるほど……複雑な機能を持つ魔法の品の割に、やたら『安い』とは思ったがそういう事情だったのか。
「……ちなみに、どんなものを作るつもりなんだ……?」
主にデザインが問題視されているようだが、作品例とかないんですかね……?
「それは、作業に取り掛かるまでわかりませんねぇぇ! というか、どんなモノが仕上がるかはワタクシにもわかりません! 手が勝手に動くので!!」
本当に大丈夫かよコイツ、と今一度フィセロを見やると、「腕は確かです」と溜息まじりに認めた。
「革細工と付与魔法だけなら、神がかりと言っていいです。殿下のご要望を全て満たせる者は、この工房にはこやつしかおりません。あとはドワーフ連合の
そしてクセモーヌは、革細工だけなら聖匠と並び称される次元らしい。俄然興味が湧いてきたな……
「よし、その条件でいいだろう」
足の小指を生やすだけで、そのレベルの魔法の品が手に入るなら安いもんだ。最悪の場合、デザインが気に食わないなら使わないって手もあるしな、クセモーヌには悪いけど。
……というわけで、サクッと対価の治療を済ませ、クセモーヌが作品制作に取り掛かった。
「おっほ♡ 腰ほっそ! 脚なっがーい!」
レイラの肢体にぺたぺたと触れながら、舐め回すような視線を向けるクセモーヌ。
「これは『映え』ますねぇぇぇ間違いない! ほぉぉ滾ってきましたよぉぉ!」
黒っぽい目がギラギラと輝き、よだれまで垂らしそうになっていた。ホントに大丈夫かよコイツ……
「……腕は確かです」
おいフィセロ、それで何もかも許されると思うなよ!
「ふっひひ……それじゃお嬢ちゃん、採寸しましょうねぇぇ……! さあ怖がらないで、こっちにおいで……!」
「は、はい……」
レイラはめちゃくちゃ心細そうにチラチラと俺を見ながら、手を引っ張られて個室に連れ込まれていった。
「クセモーヌってアレ、何歳くらいなんだ?」
「まさか興味がおありで!?」
ギョッとしたように仰け反るフィセロ。ちげーよ!
「ちゃんとした大人なのか知りたいだけだ! レイラを預けていいのか、ちと不安に思えてきてな」
「あ、ああ……左様で……一応、魔王陛下からも、我らが従う限り手出し無用のお墨付きはいただいておりますので」
「だから手は出さないって。ダイア兄様じゃあるまいし、こちとらもう手一杯だわ」
女好き呼ばわりくらいなら甘んじて受けるが、あの色情狂と一緒にされちゃ困る。俺はリリアナの頭を撫でながら憤慨した。
ちなみにクセモーヌの年齢を尋ねたのは、ただの興味本位だ。俺から見るとただのちんちくりんな少女だが、ドワーフも長命種。2、300年は余裕で生きて、老化も緩やかなのでパッと見じゃ歳がわからない。
男のドワーフはヒゲモジャの筋骨隆々なので老けて見えがちだが、よく見るとお肌はつるつるだったりする。ヒゲのない女ドワーフは、特に若く見えるというわけだ。
「クセモーヌは……100歳は超えていたと思いますが、正確なところはわかりませんな」
何歳くらいだったっけ? さあ110くらいじゃないか? などと周囲のドワーフたちも言っている。
100は確実に超えてるわけか。それであの容姿……人族の丸っこい子どもにしか見えねえ……
ドワーフの男も髭を剃ったら意外と童顔なのかもなぁ、などと思いつつフィセロをジロジロ見ると、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしてススッと距離を取られた。
そして待つこと、さらに数十分……
暇すぎるので剣槍の演舞を披露してドワーフたちの創作意欲を刺激していると。
ズオオオッ、とレイラたちが引っ込んだ部屋で、思わず俺が仰け反るほどの強烈な魔力が渦巻いた。
「なんだ!?」
「わうっ!?」
驚く俺とリリアナをよそに、鍛冶場のドワーフたちが「ああ……」と呆れとも感嘆ともつかぬ声を漏らす。
扉が開き、クセモーヌがひょいと顔を覗かせた。
「できましたよぉぉぉ!」
…………。
「え!? もう!?」
採寸だけじゃなかったのか!?
「ビビビっと来たのでそのままグワーッと作っちゃいましたぁぁぁ!」
「いや、でもお前、ドラゴンの姿の採寸は……?」
「サイズ調整の魔法はかかってるので、問題ありませぇぇん!」
グッと拳を握って、自信満々の表情を浮かべるクセモーヌ。
「ささ、殿下! どうぞご覧になってくださぁい!! 彼女さんがお待ちかねですよぉぉぉ!」
ニヒヒヒヒ……と笑いながらクセモーヌが手招きしてきた。いったい何が仕上がったのか。おっかなびっくり見に行く俺のあとに、興味津々なドワーフ職人たちもついてこようとしたが――
「あ、男連中はダメでーす!!」
クセモーヌが腕をクロスさせて制止する。
……えっ!? 他の男にお見せできないようなシロモノなの!?
「レイラ、どんな感じだ……?」
俺が部屋を覗き込むと――
「あっ……あのっ……コレッ、裸より恥ずかし……ッッ」
前かがみになって胸を手で隠す、ほぼ半裸のレイラがいた。
レイラの色白な肌とコントラストを描く、テカテカとした黒染の革。レザーベスト――いや、コルセットとでも呼ぶべきか? 俺が知るどんな服装とも違っていて言語化できない。
……というか大事なところが全然隠れてない! 服っていうか、ベルトの集合体だこれ! 胸部の膨らみは紐状のベルトに上下から挟まれて、まるで絞り出されるようで、……おい何だこれは!!
何だこれは!!
『ほほぉ――これは卑猥じゃのぅ!』
アンテが俺の中で興奮気味に叫ぶ。
「フフーン! 自信作です!!」
そして、なに爽やかな顔で額の汗を拭ってんだテメーは!!
「見てください! 素晴らしいですねぇぇ! 華奢な肉体に食い込む革ベルト、絞り出される肉に、内面から引き出される羞恥!! たまりませんよぉぉぉ!」
半ば血走った目で唾を飛ばしながら叫ぶクセモーヌ。
――作ったモノに文句を言うな。
その意味を、遅ればせながらに痛感する俺だった。
「さぁて、それじゃあ機能も紹介しましょうねぇぇぇ!」
……だけどなぁ、見た目はアレだけど……
たしかにすげえ魔力が込められてることは伝わってくる……
絶対、機能面はよく出来てるんだろうな、と察した俺は、諦めの境地でクセモーヌの解説を聞くことにした。
(※作者注 要はボンデージです)
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