161.騎竜用具


「――というわけで、非公式ながら研究所長を任されました」

「うーん……」


 意気揚々と語る俺に、プラティは純粋に喜んでいいものか悩んでいるようだった。


「砦……とはいえ貸与……所長……でも死霊術……しかも移動はレイラ……」


 うーんうーんと唸っていたプラティだが、


「まあ、陛下と気が合って、良好な関係を築けているようで何よりだわ」


 なんか無理やり良いところを捻り出してきたな。


「たとえ親子でも……無条件で気が合うとは限らないもの……」


 そしてなんか遠い目をし始めた。う、うーん……今ごろゴリラシアがくしゃみでもしてんじゃねえか。


 あと、俺も決して魔王と気が合うワケじゃねえんだが……合わせてるだけっていうか……向こうはなんか楽しそうにしてるけどな。



 ともあれ、プラティとの面談は完了。事後報告となってしまったが、魔王がすでに許可したこともあって、難色を示されずに終わったのは良かったな。



 死霊術研究所という名の、俺の拠点――いわば秘密基地だ。年甲斐もなくワクワクしてきたぜ。


 しかし今日明日からすぐに砦が使えるワケじゃない。魔王がコルヴト族に改修を命じ、使用可能になるまで最低でも1週間はかかるだろう。そして修復されたあとで、俺が素知らぬ顔で出入りする形になる。


 コルヴト族はルビーフィア派閥であるため、俺がそちらに接近したとの誤解を周囲に与えないようにするための措置だ。


 まあ、「なぜ陛下は、わざわざ使いもしない砦を改修するんだ?」と話題にはなるだろうが、俺が堂々とコルヴト族に頼んだり、獣人の人足を大勢引き連れて工事するよりは目立たないはずだ。


『好奇心旺盛な輩が、様子見に来たらどうするつもりじゃ?』


 アンテがいたずらっぽく問う。


 そんなもん、決まってるだろ。――国家機密を暴こうとした咎で死刑さ!!




 それはさておき、魔王城に戻ったらやりたかったことのひとつに、レイラ用の馬具――ならぬ竜具の調達がある。


 別に、既存の鞍を流用してもいいんだがな。革紐だ鐙だ鞍だと全部セットにしたらめちゃくちゃかさばって不便なので、魔法で持ち運びに便利な、何かゴキゲンなものができるなら、そっちの方がいい。


 というわけで、レイラとリリアナを連れて、久々にドワーフたちの工房を訪れた。


「お久しぶりです、王子殿下」


 ドワーフ工房魔王城支部の工房長、フィセロが堅苦しく俺を出迎えた。彼はファラヴギの鱗を用いた鱗鎧【シンディカイオス】を創り出した腕利きの職人だ。


「久しいな。その後、腕の調子はどうだ」

「これ以上ないほど快調です」


 いかにも気難しそうな、ゴワゴワした白ひげに覆われた口元を、への字に曲げながらフィセロは答える。かつて、呪いに蝕まれ切断されていた利き腕は、今や筋骨隆々ですっかり元通りになっており、失われていた時期があったとはとても信じられないほどだった。


「殿下におかれましても、お変わりありませんかな」


 返す刀でフィセロが尋ねてきたが、もちろん俺の体調のことではないだろう。


「ああ。昨日まで母方一族の領地に里帰りしていたんだが、訓練でシンディカイオスを使い倒させてもらったぞ。散々殴られ斬られ突かれたが、鎧そのものには傷ひとつついていなかった。これ以上ないと断言できる出来栄え、大変満足している」


 俺の褒め殺しに動じることなく、フィセロは「当然だ」とばかりにうなずく。


「――来春には、俺も実戦に出ることになる。お前との盟約を忘れたことは片時たりともない。これからも固く、遵守されるだろう」


 表情を改めて告げると、フィセロもまた険しい顔になり、重々しく一礼した。


 フィセロとの契約により、シンディカイオスを身にまとう間はドワーフを傷つけないことを誓った。これで、戦場のドワーフたちは俺の魔の手にかからずに済むだろうが――代わりに同盟の兵士たちの刃から俺は守られ、さらなる人死が出るはずだ。


 虜囚の身ゆえ致し方ないとはいえ、同盟出身のドワーフ鍛冶として、忸怩たる思いを拭えないだろう……


「それはそうと、今日はひとつ依頼したいものがあるんだ」


 俺は意図的に、明るい調子で話を変えた。


「魔法の品だ。少々特殊な要望だが、ドワーフの職人ならばあるいは、と思ってな」

「伺いましょう」


 フィセロも飄々と、それでいて、職人としてのプライドをたたえた表情で応じる。こういう言い方をされると、立場がなくともイヤとは言えないのがドワーフだ。周囲で鍛冶仕事に精を出していた他ドワーフたちまでもが、こちらに意識を向けているのがわかって、無性に可笑しかった。


 俺は、レイラの腰に手を回して、抱き寄せる。


「この娘に乗るための、持ち運びに便利な魔法の鞍は作れるか?」


 フィセロと、他ドワーフたちのさりげない視線を受けて、ちょっとはにかんだ様子のレイラ。


「こちらの方は……?」


 訝しげにレイラの角――人化したドラゴン特有の、斜め後方へ真っ直ぐ伸びるそれを見やるフィセロ。


「初めまして。ホワイトドラゴンのレイラです」

「ホワイト……」


 途中までオウム返しにしたフィセロが、何かを察してギョッと仰け反った。


「ファラヴギの娘だ」


 俺の補足に、轟々と熱気に包まれていた鍛冶場が、冷え切ったように感じられる。


 冷えた、というか――戦々恐々というべきか。ハンマーを振るっていた鍛冶師たちが思わず手を止めて振り返り、資材を運んでいた職人が手を滑らせて、ガランガランと鋼材が床にこぼれ落ちる。


 ファラヴギの鱗を鎧に仕立て上げたのもドワーフなら、かつてレイラにつけられていた首輪を造ったのも、魔王城のドワーフだ――


「なっ、そっ……」


 言葉にならないうめき声を上げ、思わず後ずさるフィセロ。ここまで動揺しているところは初めて見た。


『とんだドッキリじゃのう』


 まあ、こうなるのは予想ついてたけど、レイラの採寸とかも必要になるだろうし、不可抗力なんだよなぁ。挨拶が終わるまで外でレイラだけ待たせるのも、それはそれで悪いし……


「彼女については心配しないでくれ。色々と思うところはあるだろうが……それは俺たちの問題だったから」

「その、あの……わたしが言うのもなんですけど、お気になさらず……」


 レイラが俺との親密さをアピールするかのように、神妙な顔で寄り添ってきたが、途中で恥ずかしくなったらしく赤面している。


「…………。ああ、ええと。魔法の鞍とおっしゃいましたか」


 しばし、放心状態にあったフィセロだが、職人の意地で我に返ったか、額の汗を拭いながら話を続ける。


「それは――そちらの娘さんの、ドラゴンの姿に乗る、ということでしょうか」

「? それ以外に何があるんだ?」

「ああ、いえ、それはそうですが」


 服の袖でさらに汗をフキフキしながらフィセロ。もの言いたげな顔で、俺とレイラを見比べ――


「……乗られるおつもりで?」

「というか、すでに何度も乗せてもらったんだが、ほとんど素手でしがみつくような状態で落ち着かなくてな。きちんとした鞍がほしいと思った次第」

「す、すでに何度も……」


 フィセロが唖然とするにとどまらず、耳をそばだてていた周囲のドワーフたちも、ざわ……と動揺している。


「オイオイどんだけ命知らずなんだあの王子……」

「可哀想に。あの竜娘も、きっとハイエルフみたいに精神を……」

「シッ! 聞こえるぞ!」


 聞こえてんだよなぁ。


「わふ!」


 レイラばっかりずるいー、とばかりに俺の足にヒシッとしがみつくリリアナ。そういえばさっきから放置気味だった。ごめんごめん、と気持ちを込めて頭をナデナデ。


「…………」


 フィセロは、まるでバケモンでも見るような目を俺に向けていた。


「……詳しくご要望を伺いします」


 それでも口調が変わらないのは流石と言うべきか。



 ――俺がリクエストしたのは、竜の姿のレイラにフィットする魔法の鞍で、着脱しやすく、かつ人化した状態でも持ち運びに便利なもの。



「……どうしようか。金属だと難しいぞ」

「重くなっちまうからなぁ」

「竜なら平気だろうが、人の姿だと持ち運びに難が――」


 フィセロを中心に、職人たちが集まって議論し始める。


「……竜の素材なら軽いは軽いが……」

「おい、バカ! それはマズいって!」

「食い殺されるぞ!」


 ……ドワーフって内緒話に向いてねえよな。


『こいつら声がクソでかいんじゃが』


 まあ鍛冶場がうるさいから仕方ないんだろうけど……


「やっぱり革しかないんじゃ……」

「着脱が容易で持ち運びも便利ってのが……」

「こんな複雑な機能……くらいしか……」


 やんややんやと話し合うことしばし。


「殿下。ひとり、殿下のご要望に応えられそうな職人がいるのですが……」


 渋い顔で、フィセロが戻ってきた。


「おお、さすがはドワーフだな」


 しかしなんでそんな苦虫を噛み潰したような表情を?


「その……我らドワーフにしては珍しく、金属加工より革細工を得意としておりまして、腕は確かなのですが……」

「何か問題が?」

「非常に変わり者なのです。よろしいでしょうか?」

「俺とて変わり者と呼ばれることは多々あるからな。腕が確かなら文句はないぞ」


 俺の返答に、「それもそうだな」とばかりに納得したフィセロが、件の職人を呼びに行く。なんか腹立つな。



 そして待つことしばし――



「王子殿下のお呼びと聞いて飛んで参りました――ッ!」



 ドワーフ工房には馴染みがない、甲高い声。



 短躯の、ちょっと丸っこい少女がズドドドドと駆け寄ってくる。



「えっ、女!?」



 俺はちょっと驚いた。ここにいるのは基本的に捕虜たち――つまり戦場で捕らえられた者が大多数。



 ドワーフの女を魔王城で見かけることになろうとは。



「はい! ワタクシ、革細工職人の――クセモーヌと申します!」



 ビシッとその場で敬礼した女職人、クセモーヌは、鼻息も荒くズイズイと距離を詰めてくる。



「――ピッチピチのドラゴン娘のレザーファッションをデザインできると聞きましたよぉぉそちらの娘さんですか!? 可愛いですねぇぇ!!」



 あ、こいつ変わり者だ。



 俺は即座に確信した。

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