160.懸念と献策
「……話が見えんな。どういうことだ?」
パパー、どこか土地を貸してー! というおねだりに、首をかしげる魔王。
「魔王城の外に、死霊術の研究所を作りたいと考えています」
「ふむ?」
俺は今一度、防音の結界を確かめる。
「ときに父上、エンマたちアンデッドは、魔族と活発に交流していますか?」
「いいや。我が知る限りでは、お前以外に親しい者はおらんはずだ」
首を振った魔王は、確認するように壁際の悪魔執事を見やる。
「私めが把握している限りでも、おられませんな」
同じく、首を振る山羊頭。
「そうですか。……しかし先ほどエンマに挨拶しに行ったら、連中、俺が同族の角を折ったことを
魔王の眉がピクッと動く。
さっき、アレを聞いた瞬間に俺は思った――『誰から聞いたんだ?』と。魔族は、基本的に知性あるアンデッドを蔑んでいる。俺以外にエンマと親しくお茶をする奴がいるとは思えない。
にもかかわらず、魔族の噂話までキャッチしていたということは――
「――城内には連中の耳がある、と。そしてお前はエンマ一派に悟られることなく、死霊術を研究したいわけだな。……しかし、そこまでして何を?」
ここからが正念場だな。俺は神妙な顔で話を続ける。
「エンマは、惜しむことなく死霊術の知識を俺に教授してくれていますが――それはおそらく、奴の自信の裏返しでもあります。学べば学ぶほどに、アレがいかに強大で厄介な存在か見えてきました。何らかの原因でエンマが敵対した場合、俺にはどうやって討滅すればいいのかがわかりません」
ほぼ、偽らざる心情だった。闇の輩としての手札だけじゃ、どうすれば倒せるかがわからねえ。
「それほどの脅威か? 我は炎も扱えるが」
魔王はあごひげをしごきながら疑問を呈す。
「父上もお察しでしょうが、普段外を出歩いているエンマは本体ではありません」
「うむ」
だろうな、とばかりに重々しくうなずく魔王。
「本体は地下の拠点で厳重に防御されている模様です。俺も何度か訪問してますが、正確な居場所は未だつかめないままです」
「……しかし、いかに分体といえ意識があることに変わりはない。呪詛を打ち込めば効くであろう?」
「ところがエンマは、魂を殻で包み込む呪文を多重展開することで、魂や意識に干渉する呪詛にも強固な防御力を誇るようです」
これが厄介なんだわ。アンデッドに効果バツグンの聖属性や光の魔法さえ凌ぐ多重防壁。闇の魔法や呪詛ではそうそう突破できまい。
魔王のクソ火力でゴリ押しするのもひとつの手だが、一瞬でも食い止められたら、エンマは即座に身体を捨てて離脱するだろう。
「――それで仕留め損ねれば、新たな身体に乗り換えられます。キリがありません」
「ぬぅ……」
魔王の表情が少し険しくなった。これまでは取るに足らない相手、その気になれば一息で撃滅できる相手と思っていたら、予想以上にしぶといことを悟って危機感を抱いたのだろう。
ましてや魔王国では、骸骨馬車をはじめ、アンデッドを応用した便利な道具が普及しつつある。最近はコルヴト族を引っ張り出すほどではない簡単な工事や、夜中の農作業なんかにもアンデッドが労働力として使われだしてるらしいし……
「しかも相変わらず光への耐性も研究しており、今では日差しを浴びても5秒はもつようになったとか」
わかるか魔王? この恐ろしさが。
これまでは日光を浴びたら即座に着火して灰になってたんだ。だが5秒間は平気、となると、場所によっては日陰や地下に逃げ込むことも可能になる。
もとより制御不能だった化け物が。
さらに、そのたがを外そうとしている――
俺が勇者じゃなく、正真正銘、魔族の王子であったとしても危機感を抱くぞ。この現状にはな。
「なるほど、そういうことか」
俺の懸念を共有できた魔王が、顎に手をやって考えを巡らせている。
今は、アンデッドとの関係は良好だ。だがこれからはわからない。寿命がある魔王に対して、死霊王には永遠の時があるからな。いつか破局が訪れるかもしれないし、もっと早くに向こうが増長しだすかもしれない。
しかも、時間が経てば経つほどアンデッドは魔王国に浸透し、進歩していく。
「――殻の呪文を無効化する方法なり、あるいは新しい身体に乗り移る途中で霊体そのものを滅ぼす手段なり、方法論は確立すべきだと感じました」
不死の化け物を利用するのはいい。
だが、そいつの
俺は静かに、そう主張した。……極めて魔族好みの理論を。
「一理ある」
果たして魔王は、俺の思惑通りにうなずいた。
「お前の懸念の正しさと、研究の必要性を認めよう。そして目下のところ、我ら魔族で死霊術の第一人者がお前、か……。研究内容が内容なだけに、可能な限り秘密裏にことを進めるべきだな」
肘掛けに頬杖をついて、魔王は問う。
「辺鄙な場所がいい、と言ったな。どのような立地を望む?」
――かかった。
対エンマの方策を研究したいのは本当だ。
だがそれ以上に、プラティやお付きの者の目がない空間も欲しかった。それはリリアナを国外脱出させる準備であったり、対魔王・対エンマ用の聖属性魔法の研究のためであったり、個人的な魔法の品の隠し場所であったり……
とにかく、選択肢がさらに増える。
「そうですね……まず、余人の立ち入りづらい場所がいいです」
逸る心を抑えつつ、俺は熟考するふうを見せながら口を開いた。
「移動にはドラゴンを使いますので、陸の孤島でも構いません。というか、そちらの方が望ましいです」
「ドラゴンか。信用できるのか? 連中がアンデッドを好むとは思えんが」
「ああ、それに関しては。その……手持ちのドラゴンを使いますので」
俺の言葉を、魔王は一瞬理解しかねたようだ。
「…………まさか、お前が仕留めた白竜の娘のことではあるまいな?」
「そのまさかです」
「!?」
何言ってんだお前!? とばかりに唖然とする魔王。
「乗るつもりなのか!? 高空から落とされたら助からんぞ!?」
「えーと、その、実はもう何度か乗ってます。雲に手が届くくらいの高さまでは」
「!?」
嘘だろ!? とばかりに絶句する魔王。本人は竜の逆襲を防ぐため、魔王に即位してから一度も乗ってないって話だからな。驚きもひとしおだろう。
「……よくプラティが許したな」
「反対してましたが、ゴリ姐……祖母が敵意を見抜く血統魔法の使い手でして。敵意がないことを保証してくれました」
「なんと……そういえば【炯眼】持ちだったか」
「はい。まあそれに、俺と彼女も良好な関係を育んでおりますので」
その一言で、魔王は察したようだ。俺を見る目に、呆れと、ある種の尊敬の念が宿った。
「……そうか。まあいい。それで?」
「話が逸れましたね。研究所についてですが、広さはそれほど重要ではありません。最悪、掘っ立て小屋でも構わないほどです。ですが実験的にアンデッドを作成したり破壊したりするでしょうし、屋内空間が広ければ広いほど自由度は上がります。また諸々の
ふむ、と唸った魔王が、執務机の引き出しから地図を引っ張り出した。
「我の直轄領に、いくつか廃棄されたままの砦がある。ほとんど破壊されて使い物にならんものばかりだが、これを我が個人的に改修した上で、お前に貸そう」
どれがいい? と魔王城周辺の廃城を示して、魔王。
――そうして俺は、魔王城から南、ドラゴンを飛ばして20分ほどのところにある小さな砦を借り受けることになった。
と同時に、非公式ながら、魔王国立死霊術研究所の所長に就任した。
今日から俺は、第7魔王子にして魔王国子爵兼、魔王国立死霊術研究所長ジルバギアス=レイジュ(5)だ!!
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