159.懐かしの城


 どうも、レイジュ領から骸骨馬車に揺られること1日、魔王城に戻ってきたジルバギアスです。


 帰路はかなり快適だった。リリアナやレイラと一緒にまったりできたし、ヴィーネがボードゲームを持ち込んでいたので、退屈とも無縁だった。


 ダイスを振って駒を進めるシンプルなゲームで、この手の遊びに不慣れなレイラやガルーニャも、気軽に参加できて盛り上がった。たどり着いたマスで起きるイベントがやたら血なまぐさい点に目を瞑れば、なかなか面白かったように思う。


 しかしダイスをペッと吐き出すだけのリリアナが、アホみたいな豪運でヴィーネをボコボコにしていたのには笑った。


『夜エルフにしては、随分とシンプルなゲーム性だな?』


 ふと疑問に思って尋ねると、リリアナにボコられて半泣きだったヴィーネは、


『だいたいの夜エルフはダイスの出目を調節できるので、イカサマと妨害がメインになるんですぅ』


 と語っていた。


『……お前は出目を調節しなかったのか?』


 イカサマすればリリアナに対抗できただろうに。


『わたし……イカサマが苦手、なんです……』


 ……察してしまった。他種族相手なら勝てるだろうと、遊び慣れたボードゲームを持ち込んだら、よりによって天敵のハイエルフ(しかも経験ゼロ)にボコられてしまったわけか……。


 まあ、屈辱で半泣きのヴィーネは今までで一番可愛かったよ。夜エルフが苦しむ姿は見ていて飽きないな。



 そんなこんなで、魔王城に到着。



 外縁部の馬車乗降場に降り立つと、三馬鹿が「ほぇ~……」とアホみたいに目と口をまんまるにして城壁を見上げていた。


「すげぇ……」

「でっか……」

「これが魔王陛下の居城……」


 魔王城のスケールに圧倒されているらしい。まあ、岩山を削り出して造られただけあって、建造物としてのサイズは世界一だろうからなコレ。


「なんだ、お前たち初めてか?」

「そりゃそうッスよ!」

「俺たちみたいな木っ端には用事ありませんし……」

「戦に出るときも、基本前線に直行するんで……」


 今日からここに住むのかぁー、と目をキラキラさせている三馬鹿たち。


 たぶん……お前たちの部屋はまだ用意できてないから、当分城下町に下宿することになると思うんだが……


 まあ、感動に水を差すのもなんだし、今は言わないでおこう。


 それに魔王城の中に入ったら、魔王城は見えないからな。城下町の方が眺めが良くて、観光気分を味わえると思う。




 荷運びなどは使用人に任せ――王族で良かったと思う瞬間――俺は知人たちに帰還の報告をして回った。


 とりあえず、気は進まないが夜エルフの居住区。


「おかえりなさいませ、殿下」


 深々と一礼し俺を出迎えたのは、夜エルフ社会の重鎮フィクサーとして地歩を固めつつあるシダールだ。


「俺の留守中、何か変わったことはあったか?」

「このところは、各前線に大きな動きはございません。デフテロス王国にも聖教会の大規模な援軍が到着したようですが、膠着状態を維持しております」


 今ごろは僅かな糧食を食い潰していることでしょう、とシダールは意地悪く笑う。


「そうか……」


 俺ははちみつたっぷりのミルクティーを口に含みながら、重々しくうなずいた。


「そういうわけにございまして、幸い、殿下のお手を煩わせるほどの重傷者は出ておりません」

「それは良かったな」


 ――いや良くねえわ。身を削って治療せずに済んだのは助かるけど、夜エルフにはガンガン死んでほしい。具体的には5000兆人くらい。


 要治療者もいなかったので、茶だけ馳走になってから失礼する。リリアナを抱きかかえて夜エルフの居住区を通り抜けたが、すっかり顔の知れた俺に対し、住民たちは恭しく頭を垂れるようになっていた。


 そしてそんな俺とリリアナを、ちょこちょこと、好奇心旺盛な夜エルフの幼子たちが追いかけてくる(大半が俺より歳上)。


 ……残虐な価値観に染まりきっていない幼子だけは、生存を許そう。新しい倫理を叩き込んでやれば、共存できる可能性もゼロじゃない。


 たぶん。




 ――続いて、俺は魔王城の地下深くへと足を運んだ。


「ジルくぅぅぅぅんッッ!! 会いたかったよぉぉぉぉン!!」


 ズドドドと俺が思わず身を引く勢いで、突撃――もとい、出迎えたのは死霊王ことエンマだ。


「お、おう……ただいま……」

「おかえり!」


『とびきりの笑顔』と題名をつけて、額縁にでも収めたくなるような表情を向けてくるエンマ。遅れて顔を出したクレアが呆れているあたり、たぶん、今日に備えて用意された特製の表情なんだろうな……。


「こんなに1ヶ月が長く感じたのは、ボク初めてだったよ……!」


 クネクネと身悶えするエンマに、クレアが「はぁ」と溜息とも相槌ともつかぬ声を上げた。


「カレンダーにバツ印つけながら、王子様が帰ってくる日を指折り数えてたせいじゃないですかねーお師匠」


 真顔を維持しているが、クレアの目は冷めたものだった。


「ついこの間まで、『永遠の命があると、時間感覚も曖昧になって1年なんてあっという間に経っちゃうね~!』とか言ってたくせに……」

「余計なことは言わなくてよろしーい」


 目にも留まらぬ速さでクレアにデコピンを叩き込むエンマと、目にも留まらぬ速さでそれを回避するクレア。うおっコイツらの身体能力……侮れねえ……!!


「それで、どうだった? レイジュ族の領地は」

「うーん……そうだなぁ……まあ色々あったけど……」


 断る暇もなく運ばれてきた茶に手を伸ばしながら、何を話したものか迷う。


「なんか角折ったらしいって話は小耳に挟んだけど」

「んぐッ」


 思わず茶を噴き出しそうになったわ。まあ1ヶ月もありゃ届くか、あれ初日だったしなぁ。


 茶菓子などもつまみつつ、他愛ない世間話に興じる。案の定、俺が同族の生意気な奴の角をボキ折ったことになっていた。先端がちょっと欠けただけだし、修復済みだからと誤解を解いておいた。


 反対に、エンマたちには特筆すべきことはなかったらしい。


「まあちょっと進歩して、日光に5秒くらい耐えられるようになったくらいかなぁ」


 いやあったわ。前より数秒伸びてんじゃねえか!!!


 大したことないように錯覚しがちだが、こいつらには文字通り永遠の時間がある。1ヶ月ちょっとで数秒伸びたら、1年あれば数十秒。何十年、何百年と進歩し続ければドンドン耐性を獲得していく――


『あるいは、壁を突破して、完全なる耐性を得られるやもしれんの』


 アンテがボソッとつぶやいた。


 それな。恐ろしいことだよ。


 茶を飲みながら、さり気なくエンマを観察していたが――やはり本体の場所はわからない。魂を防御する『殻』の呪文も相変わらず多重展開しているらしい。


 俺は無意識に、すがるようにしてクレアに目を向けた。


「…………」


 プイ、と顔を逸らされた。……うぅむ、俺が壁を突破できる日は遠そうだ。




 ちょっと水腹気味になりながら、死霊王の拠点を辞した俺は、最後に魔王城上層部の宮殿へと赴いた。


 この時間帯なら、たぶん魔王もそこまで忙しくないだろう。


「いらっしゃいませ、そしておかえりなさいませジルバギアス様」


 いつもの悪魔執事が俺を出迎える。


「父上は?」

「政務につかれておいでですが、そろそろ休憩される頃合いかと」

「だと思ったんだ」


 俺が真面目くさってうなずくと、山羊顔の悪魔もまたおどけてニタリと笑った。


「ご案内いたします」


 もう慣れたもので、そのまま執務室まで通された。


「おお、戻ったかジルバギアス」


 相変わらず書類の山に埋もれそうな魔王は、ミルクティーをキメて一息入れているところだった。


「お久しぶりです、父上」

「うむ。角を折るのはやめておけ、と言ったはずだが?」


 そして顔を合わせるなり先制攻撃を食らった。


「いや……あれは……向こうが悪いといいますか……」


 しどろもどろな俺を、真顔でジッと見つめていた魔王だが、やがて破顔する。


「冗談だ。プラティからの文で詳細は知らされておる。……まあ、不可抗力だった、ということにしておこう」


 フッフッフ、と喉を鳴らす魔王に、「まあ座れ」と席を勧められる。


「お前も飲むか?」


 ティーカップをちょいと掲げる魔王。


「いえ……その、ちょっと水腹気味でして」

「ふふん、行く先々で馳走になったと見えるな。毒には気をつけろよ」

「はい」


 俺は右手にはめた毒感知の魔法の指輪を撫でながらうなずく。


「それでどうだった? プラティの故郷は」

「そうですねぇ……」


 俺は魔王に、感じたままに話す。思ったより母の一族が文明的だったこと。代わりに祖母の一族が尋常じゃなかったこと。人間牧場なども視察したこと。家来を見つけ様々な訓練を積んだこと、などなど……。


 魔王は相槌を打ちながら、椅子に深く腰掛け、ずいぶんとリラックスしているようだった。



「……それで、父上。折り入って相談というか、お願いがあるのですが」



 頃合いを見計らって、俺は居住まいを正す。



「……ふむ。聞くだけ聞こうか」



 雰囲気の変化を察し、魔王もまた威厳のある顔で座り直した。



 ぺろりと唇を舐めてから、俺は話を切り出す。



「父上の直轄領の、どこか辺鄙な場所を俺に貸していただけませんか?」



 ――できれば、ドラゴンでしか辿り着けないような。



 人里離れた場所を。

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