158.さらば故郷よ
――俺がレイジュ領を訪れてから、かれこれ1ヶ月。
雪が深くなる前に、魔王城へ戻ることになった。
日没後、はらはらと粉雪が舞い落ちる練兵場で、使用人たちがせっせと骸骨馬車に物資を詰め込み、出立の用意をしている。
雪解けまで、レイジュ領に留まるって選択肢もあったんだがな。あんまり長時間、魔王城を空けると何が起きるかわからないというアレな事情もある。
それに、ここでできる訓練は、もうイヤというほどやったからな……。
ホントに、イヤというほど……。
族長邸宅の玄関口で、俺はもはや見慣れたレイジュ領都の街並みをぼんやりと眺めていた。……土地勘が身につく頃には、去ることになる。人生そんなもんだ。
昨日は俺の送別会があったけど、宴会場の盛り上がりはイマイチだったな。
宴会といえば、どうしても初日のゲの字との決闘を想起させるから。みんな腫れ物に触るような態度で俺に接していた。この宴会必要か? って感じてた奴は、たぶん俺以外にも大勢いたと思う。
当然、ディオス家の面々の姿はなかった。件の角ポキおじさんことゲルマディオスは、親戚の死にかけ老魔族に拝み倒して角を修復させてもらったらしい。
だが13歳の少女にそそのかされた結果、5歳児にボコられて、角まで折られたとあっては――魔族社会的には死んだも同然だ。
ルミアフィアを狙って長らく独身だったそうだが、嫁を見つけるのは無理だろうとささやかれている。可哀想になぁ。
『つぶやきが白々しいぞーもっと心を込めんかー心をー』
そんな日もあるさ。っていうかお前こそ棒読みじゃねえかアンテ。
……ルミアフィアといえば、昨日の宴会では俺の隣の席にされていた。
王子とルミアフィアの間に遺恨なんてないぜ!! というアピールだ。
少なくともルミアフィアには反抗心なんて欠片も残ってなくて、俺にめっちゃ媚びへつらってたことだけは、会場中のみなにも伝わったと思う……
フォークだけで、ちまちまと飯食ってたのが印象的だったな。涙ぐましい特訓にもかかわらず、いまだにナイフすら持てないらしい……『これじゃ嫁にもやれない』と族長のジジーヴァルトが嘆き悲しんでいた。こら、アンテ。笑っちゃいけません。
『もう余り物同士をくっつかせればいいのでは? そうすれば丸く収まるじゃろ』
ある意味お似合いかもな。だけど、ふたりの間に生まれる子が気の毒だから、やめようそういうのは。
まあ……これから生まれる若い世代の魔族は、遅かれ早かれ、不幸になるかもしれないけどな。
「……寂しくなるねェ」
と、俺の背後で聞き慣れた声。ぽん、と女とは思えないゴツゴツした手が、俺の肩を叩いた。
隣に立ったゴリラシアが、骸骨馬車の列を感慨深げに眺めている。
「アンタに教えられることは、だいたい教えたよ」
この、脳みそまで筋肉でできたような戦闘知性体ババァも、俺を見送ってからドスロトス領に帰るそうだ。
「いやー、ぜんっぜん手間のかからねェ孫だったな姉貴!」
その弟、レゴリオスもひょっこり顔を出して、ガハガハ笑っている。
「そうだねェ。むしろ、あの小僧どもの方が手がかかったくらいさ」
――ふたりの視線の先には、下町の住民から熱烈な見送りを受ける三馬鹿たち。
「出世してこいよー!」
「羨ましいぞー、コイツ!」
オッケーとセイレーのナイト兄弟が、似たような年代の青年たちにもみくちゃにされている。やっかみまじりの手荒い送別だ。
「イテテイテテ! 羨ましいなら、なんでお前らも志願しなかったんだよ!」
「いやだって、……なぁ?」
なぁ? じゃねえんだわ。あとこっち見んな。
「……兄貴! これ、森で拾い集めたんだ!」
ナイト兄弟のそばでは、アルバーがかがんで、小汚い魔族の子どもと話している。
「いざってときのために! 腹が減ったら食べてくれよ!」
「お前……こんなにたくさん、いいのか?」
子どもが差し出しているのはパンパンになった革袋。どうやら中身は何かの木の実らしい。
「兄貴には、いっぱいごちそうになったからさ……ちょっとでも恩返ししたいなって思ったんだ」
てへへ、と照れたように鼻の下をこする仕草は、アルバーそっくりだった。
「……ありがとうよ!」
ガシッとその子を抱きしめて、厚く礼を言うアルバー。本当は、木の実なんていらないだろう。腐っても王子の配下だ、物資は潤沢にある――
だが、貧しいながらに地道に集めたであろう、その心意気を汲んだのだ。
「……アルバー」
さらに中年の魔族の女と、目隠しをした若い魔族の女がアルバーに話しかける。
「これ、お母さんと作ったの。護りの魔法を何重にも込めたわ」
女はそっとアルバーの手を取って、ハンカチのようなものを渡した。……遠目から見てもはっきりわかるほど緻密な刺繍が施されていて、強い魔法の力を感じさせる。
あれは――アルバーの母方の血統魔法、糸に魔法を込めるってやつか。ゴリラシアの依頼で、俺たちのブーツの靴紐にも護りの魔法がかけられている。
あの魔族は母と姉か。そういえば、生まれつき目が見えないって話だったな……姉の方は……。
「きっと、あなたを守ってくれると思う」
「アルバー。ちゃんと頑張ってくるのよ」
「姉ちゃん、母さん……ありがとう!」
グワシッ、と姉と母をまとめて抱きしめるアルバー。姉の方が、何やら耳元にささやきかけているが、流石に聞こえなかった。
「…………」
俺は居心地が悪くなって、思わず目を逸らす。
ブーツを包む加護の魔法が、俺を責めているように感じた。
「出発の用意が整ったようです」
と、レイラが俺を呼びに来た。馬車の前で、族長ジジーヴァルトとプラティが別れの挨拶を交わしている。
「……ま、アンタたちも頑張りな。レイラ、ウチの可愛い孫を頼んだよ」
ゴリラシアが存外優しげな口調で、レイラの二の腕をポンと叩いた。……この婆がレイラの名を呼んだのは、思えばこれが初めてかも知れない。
「……はいっ」
臆することなくゴリラシアの瞳を見返して、スッと表情を引き締めたレイラは一礼する。
俺たちは、馬車に乗り込んだ。
行きと違って、ガルーニャ、リリアナ、レイラといった、気心の知れたメンツで助かるぜ。『母親を置いて、女どもと馬車でイチャつくとは~~』なんて外聞、もはや今更だからな。
「しかしヴィーネもこっちか」
「はい……すみません……」
「いや別に謝らなくていいんだが」
肩身が狭そうな夜エルフのメイドに、思わず苦笑する。中で早速おっ始めたりしないから安心してくれ。
ちなみに、プラティはソフィアと一緒に、城から時折届いていた案件などを処理していくそうだ。忙しいねぇ。
三馬鹿は、クヴィルタルや夜エルフたちの馬車に分乗するとのこと。
「……色々あったな」
クリスタルの窓越しに、ゴリラシアをはじめとしたドスロトス勢に手を振りながら俺は小さくつぶやいた。
「わう」
隣の席に陣取ったリリアナが、のんびり寝転びながら相槌を打つように鳴く。
――馬車が、滑るように動き出した。
これから魔王城に戻って……色々とやることがあるな。夜エルフどもやアンデッドに挨拶しつつ魔王にも帰還報告。あとレイラと飛べるようになったから、今後の予定も練り直したいし――
『母親の前でのイチャイチャもあるのぅ』
それは……うん、それもだが……。そうだ、レイラにそのまま乗るのは危険だったから、鞍も用意したいな。できれば携帯に便利なものがいいんだが、ドワーフに依頼したら上手いこと作ってくれないだろうか……
「……じゃあなぁ、みんなぁぁ! ビッグになって帰ってくるぜぇぇ!」
後方の車列から響く、アルバーオーリルの声を聞き流しながら――
俺は窓の外を見やり、今後に思いを馳せた。
遠からず訪れる春を。
デフテロス王国の首都攻略戦を。
†††
「じゃあなぁぁ、みんなぁぁ!」
夜エルフたちの馬車に乗ったアルバーは、窓から身を乗り出して手を振っていた。
顔馴染みの住民たちが、手を振って応えてくれる。中には走って馬車を追いかけてくる奴らまで。
やんちゃな弟分たちに思わず笑みをこぼしながらも、「行ってくるぜぇぇ!」と声を張り上げる。
アルバーの叫びが届く限り――
盲目の姉も、こちらを向いて手を振ってくれるから。
普段は他者の目を避けているのに、今日はわざわざ見送りにまで来てくれた。
『――出世なんてしなくていいの』
先ほどのささやきが蘇る。
『――無事に帰ってきて。お願いよ』
胸ポケットにしまい込んだお守りが、熱い。
込められた魔法から、痛いほどに気持ちが伝わってくる。
(だけど、姉ちゃん)
――俺には、やりたいことが、やるべきことがあるんだ。
どうにか走って追いすがろうとしていたが、徐々に引き離されつつある弟分たち。
(俺は、アイツらを――!!)
助けるんだ。
そのためにも。
「……ビッグになって帰ってくるぜぇぇ!!」
アルバーは叫び、故郷を、領都を見つめる。
その目に焼き付けるように。
決意を、胸に抱いて。
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