163.傑作にして
「さあさ、レイラちゃん! おててで隠したりなんかせず、ステキな姿を彼に見せてあげましょうねぇぇぇ……!」
「う、ぅぅ……」
ハァハァと息を荒げたクセモーヌに促され、レイラがぷるぷるしながら胸を隠していた手を下ろす。
「……に……似合ってますか……? 変じゃないです……?」
顔はおろか、茹で上がったように全身を赤く染めたレイラ。その潤んだ金色の瞳が俺を見据える――
蜘蛛の糸に絡め取られたかのように、俺は動けなかった。
「に……似合ってる、よ……」
似合ってるか似合ってないかの二択なら、間違いなく似合ってる。目が離せなくなるような、とてつもない魅力と色気があった――それは認めよう。
だが嫁入り前の娘にさせる格好じゃねえぞコレ!
場末の酒場の踊り子でももうちょっと大人しい服着てるわ!
……というかコレ服と言えるのか……? ほぼほぼ革紐では……?
「そ、その、苦しくはないのか? 嫌だったら脱いでいいんだぞ?」
「苦しくは……ないです。い、嫌、ってワケでも、ないんですけど……」
もじ、と身動ぎしたレイラが、はふぅ、と熱っぽい息を吐いた。
「どうです? いいでしょう? しっかり固定されてますけど、呼吸や血流は妨げませんよぉ! それじゃあ機能面を説明しますねぇぇ!」
ウキウキとレイラの隣に立ったクセモーヌが、「レイラちゃん、ちょっと腕を上げてねぇ!」と声をかける。
「は、はい……」
「そうそう、頭の後ろで腕を組んで……ハイ! これでよく見えますねぇ!」
めちゃくちゃいい笑顔してやがる、クセモーヌ。
『ほほー眼福眼福。お主も果報者よのぅ』
うん……。
「こちらの装備、銘打つこと【キズーナ】です! 殿下のご要望通り、普段着の下に着込めて持ち運びは便利、かつ極めて軽量なモノに仕上げました!」
そりゃあそんだけ面積が狭かったら軽いよなァ!
「ご覧の通り上半身でほぼ完結したデザインです。人化を解除すると尻尾や翼が生える都合上、それらの部位とは干渉しないようにしてありますよぉぉ!」
解説しながらレイラの胸部からウエストにかけてを、つつっと指でなぞるクセモーヌ。「んんっ」とレイラがくすぐったそうな、悩ましげな声を上げた。――俺はこの場からダッシュで逃げ出したくなった。
「激しい動きをしてもズレないよう、首、胸、ウエストを通る革紐と革帯がハーネスに変化し、鞍をしっかりと固定します。さ、後ろ向いてねぇ!」
くるっ、と指示通りに回転するレイラ。背中部分は大きく開いている。
「こちらの、首の後ろから付け根までを覆う部分が竜形態では鞍に変化します! このリボンは鐙に、チョーカーは手綱に変化しますよぉぉ!」
なるほど。その視点で見ると、よく考えられた設計だ。レイラの胸を上下から締め付ける革紐や、ウエストから伸びる革帯が身体の中心部に鞍を固定している。支点が多いから安定性は高そうだ。
「【キズーナ】のハーネスにはありったけの強靭性を付与してあるので、滅多なことでは千切れません! その上で、紐部分に攻撃が加えられた場合、装備者たるレイラちゃんがダメージを肩代わりする魔法をかけてあります!!」
何だと!?
「紐が斬られたら、レイラが代わりに斬撃を食らうってことか!?」
もはや呪いじゃねーか! なんでそんな機能を!!
「殿下の安全のためです」
が、憤慨する俺に動じることなく、クセモーヌは真面目な顔で答えた。
「もちろん、レイラちゃんと相談の上で実装した機能ですよぉ」
「あの……わたしが、強くお願いしたんです」
レイラがチラッと振り返って言った。
「万が一にでも、空中で鞍が外れるようなことがないように、って……竜の姿なら、多少斬られたり射られたりしても、鱗が防いでくれますから。それより、あなたを支える紐が切れない方がいい、と思ったんです」
遠慮がちな言葉だったが、その瞳の光は強かった。
「一応、1本くらいなら千切れても、他部位で支えられるよう設計してありますけどねぇぇ! そもそも、本装備の肩代わりの魔法を貫く威力の攻撃を受けたら、レイラちゃんが無事では済まされない可能性が高いです! その場合は速やかに離脱、ないし着陸することをおすすめしますよぉ! 製作者としては!」
「……しかし、人化した状態でも、その魔法は有効なんじゃないのか?」
「はい、そうですねぇぇ! ですがこの装備は防具ではありません! もし人形態での防御力を高めたいなら、別途防具をご注文ください!!」
清々しいまでの開き直りっぷり……
「ただし、人形態で頑丈な防具を着込んだら、人化の解除が阻害されるので本末転倒だとは思いますよぉぉ!」
「うーん…………一理ある」
悔しいが、それは認めざるを得なかった。
レイラは格闘術よりも、受け身や回避に専念して初撃をいなし、即座にドラゴンの姿に戻る方向性で訓練してるって話だもんな……人形態での防御力を追求するのは、ナンセンスか。
「そしてそして! この【キズーナ】ですが、実はまだ『完成』されていません!」
手をワキワキさせながら、クセモーヌは言う。
「完成品とするには、殿下のご協力が必要です!」
「……協力、とは?」
「ふふひ、そんなに警戒されずともよろしいんですよぉぉ! 殿下の血を1滴、分けていただきたいのです!」
「首元のチョーカーに血を染み込ませてください!」とクセモーヌが言ってきた。
俺の血をもって完成する装備……もはや呪具の類では……?
アダマスでちょこっと手に傷をつけて、血を滲ませる。
「あっ……」
歩み寄る俺に、レイラがチョーカーを見せつけるように、くいっと顔を上げた。革のベルトが食い込み、朱に染まった首元があらわになる――『もし俺が吸血鬼だったら、そのまま噛みついていたかも知れない』なんて、俺らしくもなく、益体もない邪な考えが頭をよぎった。
「さ、どうぞ。ここにチョットつけるだけで完成ですよ!」
言われるままに、チョーカーに俺の血を――
染み込ませた。
どくん、とハーネスが赤いオーラを放ち、「あぅっ」とレイラが背筋を震わせた。
『――まるであなたに抱きしめられてるみたい――どきどきする――』
そして、俺の心の響く声。
……え、レイラ?
『――えっ、あなた?――』
俺たちは顔を見合わせて、ぱちぱちと目を瞬いた。
「おおっ、完成したようですねぇぇ! これが魔法鞍【キズーナ】最大のウリにして最高の機能、【
クセモーヌが意気揚々と解説する。
「【キズーナ】にお互いが触れている間は、思念だけでコミュニケーションが取れますよぉぉ! 高空では風が吹き荒れて、会話に難ありと聞きますからねぇぇ!」
え……じゃあ……お互いの心の声が……
『――筒抜けになっちゃうってコト――』
しかも言葉だけじゃなく、あたたかな気持ちまでもが……
互いが互いに向ける感情までもが、丸裸にされていた。
俺たちは今一度、顔を見合わせて、同時にボッと赤面する。
「おっっほっほぉ♡」
奇声を発したクセモーヌが、「ごちそうさまです」と俺たちを拝み倒している。遅ればせながら、俺はチョーカーから手を離した。
マジかー……
とんでもねぇ機能つけやがったなコイツ……
いや、声を張り上げなくても意思疎通が図れるのはクッソ便利なんだけど……実際空の上だと風で聞こえづらいし……
いやマジかー……
……レイラの感情、めちゃくちゃ心地よかった……足がつかないほど深い、温泉みたいな、海みたいなものにとっぷりと浸かってるようで……
逆に、俺はどうだったんだろう……それだけが心配になる……
「さ! というわけで! 【キズーナ】を納品いたしますよぉぉぉ! きっとご満足いただけると自負しておりましたが、いかがですかねぇぇぇ!?」
フフーンとふんぞり返りながら、クセモーヌが尋ねてくる。
「うん……素晴らしい出来だと思う……」
少なくとも機能面では、文句のつけようがない。
「ちなみに、欠点と申しますか、この作品を有効活用できるのは殿下とレイラちゃんのみです! 変形はレイラちゃんにしか対応せず、【以心伝心】をご利用いただけるのも殿下のみですので、悪しからず!」
お子さんが産まれても受け継ぐことはできませんので――と、クセモーヌはフヒヒと気持ち悪い笑みを浮かべながら付け足して、俺たちを再び赤面させた。
「その、一応、竜形態での出来栄えも確認したいんだが」
「どうぞどうぞぉ! ワタクシたちはここから出られないので、ご一緒できないのが残念ですが、きっと上手く出来てると思いますよぉぉ!」
何か問題があったらご遠慮なくお申し付けくださいねぇぇ! と叫ぶクセモーヌに見送られながら、俺たちはドワーフの工房を後にした。
「…………」
練兵場まで歩く。レイラは、普段通りメイド服を着ているが、ギュッとスカートを握りしめて、うつむきがちに頬を染めていた。
「……大丈夫か?」
「は、はい……でも、なんだか……その、落ち着かなくて……」
気持ちは死ぬほどわかる。
普段通りのレイラなのに、メイド服の下に、あのとんでもないモノを身に着けていると考えると、俺までなんか暑くなってきた。冬なのに。
そして練兵場では、数はそれほど多くないが、獣人や魔族の戦士たちも訓練に励んでおり。
「あぅ……」
メイド服を脱ごうとリボンに手をかけたレイラが、固まってしまった。やはりというか当然だが、ヒト目が気になるらしい……
「……俺が盾になるから……」
こんなこともあろうかと、ドワーフ工房で借りてきたマントを掲げ、俺自身が衝立となる。やっぱダメじゃねえかなこの装備……とは思ったが……
しゅる、しゅると背後から衣擦れの音。
「ぬ、脱いだので……ちょっと離れてください……」
――背後で、レイラの存在感が膨れ上がる。
「わぁ、すごい」
白銀の鱗を持つ、すらりとした龍の姿に、【キズーナ】はぴったりとフィットしていた。腕から胸部にかけてと、肋骨の下あたりを締め付けるハーネスが、首根っこの鞍をしっかりと固定している。
「それじゃあ……その」
「はい、どうぞ……あなた」
上目遣いで俺を見つめながら、すっと身をかがめるレイラ。
俺は、ひらりと鞍に飛び乗った。
『――ああ――』
手綱を取るなり、レイラの恥じ入るような心の声と、弾むような気持ち、そして胸の高鳴りが伝わってくる。
『――恥ずかしいです――わたし、でも、やっぱり嬉しくって――』
俺を乗せられることが。
俺とともに飛べることが。
そこまで想ってもらえることに、俺自身、嬉しくもあり――申し訳なくもあり。
『――いいんです。いいんですよ――』
気に病む必要はないんです、とレイラは振り返った。竜の姿でも、澄んだ金色の瞳は変わらない。
……行こうか。
『――はい、あなた――』
とんっ、とレイラが地を蹴り、翼を羽ばたかせる。
――その日、俺は竜にとって、『空を飛ぶこと』がどういうモノなのかを、初めて完全に理解した。
めっちゃ気持ちよかった。
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