164.砦の視察へ


「――というわけで、ドワーフの装備により感情がわかるようになりました。レイラは完全に信頼できますよ!」

「そうなの……」


 俺が報告すると、プラティは頭痛をこらえるように眉間を押さえていた。


 魔法鞍【キズーナ】のスペックには、さしもの上位魔族も驚かされたようだ。


「そんな腕利きの職人が、魔王城にいたとは知らなかったわね」

「まあ……ちょっと性格に難ありと申しますか、職人というより芸術家のような気風ですので」


 これまで表に出していなかったようです、と俺は肩をすくめる。クセモーヌが有名になったら、それはそれで困るからな。デザインセンスはさておき、アイツの才能は本物だ。


「ほう。それでも、あなたに対しては出しても構わないと?」

「能力的に、俺の要望に応えられる者が他にいなかった、とのことです。実際、腕は確かでしたよ」


 ドワーフども、うちの息子を舐めとるんか? と目を細めるプラティに、やんわりとなだめるような口調で言い含める。


「ふぅむ。……ちなみにデザインセンスが独特って、いったいどんなものなの?」

「あー……それはですね……」


 俺は困り顔で、ソファの後ろに立って控えるレイラを見やった。


 小さくうなずいたレイラは、しゅるりとリボンをほどき、頬を赤らめながらメイド服のボタンを外していって、上半身をはだけた。


「…………」


 プラティ、ただただ絶句。


「…………斬新、ね。それは……服と呼べるの?」

「身につけるタイプの鞍です」

「そう……」


 再び、頭痛をこらえるように眉間をもみほぐすプラティ。


 まあ、そんなわけで――俺たちがプラティの前で愛を証明する必要はなくなった。


 これだけでも、クセモーヌに依頼した価値があるってもんだ。


『残念じゃのう。せっかくの合体の機会が……』


 合体言うな。



          †††



 数日後、魔王から書状が届いた。


『アウロラ砦に関する一切の権限を、魔王子ジルバギアス=レイジュに委任する』


 というシンプルな文言に、『魔王ゴルドギアス=オルギ』と署名がなされていた。


 アウロラ砦――例の、俺が魔王から死霊術研究所として借り受けることになっていた廃城だ。もう改修工事が終わったらしい。


 それにしても、王から届いたとは思えないほどシンプルな書状だな。というかこれ直筆じゃね?


 ところがソフィアによれば、魔王国ではこのノリが普通なようだ。仰々しい文章だと書くのも手間な上、野蛮な下位魔族が読んでも理解できないからだとか……。


「よし、じゃあ視察に行ってみるか」


 添えられていたメモによると、一応、内装はある程度整えてあるが、細々したものは自分で用意しろとのこと。


 どうしたもんかな。


 いざ自分で拠点を構えるとなると、現地での貴重品の保管とかどうすりゃいいかわかんねえ。生半可な錠前じゃ突破されるだろうし、ダミーの宝箱と本命の宝箱を用意して、両方に呪詛でも仕込んどくか?


『そういうのこそ、ドワーフどもに頼めばよいではないか』


 そうだな。それにまあ、今すぐ必要ってわけでもないし……追々考えよう。


 とりあえず今日は、俺の秘密基地を見に行くだけでも充分だ。


「リリアナ・レイラのふたりと一緒に、散歩に行ってくる」

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 側仕えたちにそう告げて、飛竜発着場へ。今日はリリアナも連れて行くぜ、空の旅にご案内だ。


 季節は冬、それなりに冷えることから、リリアナは特注の半袖羊毛上着を着込んでいる。真っ白なもこもこの毛のせいで、わんこ感がマシマシになっていた。


 レイラはすっぽりとマントを羽織った姿。実は、マントの下には【キズーナ】だけしか着ていない、大胆極まりないスタイルだ。竜化するなら最初から脱いでいた方が早い――それは確かなんだが、なんだろうな、この背徳感。


「…………」


 本人的にもちょっと思うところはあるらしく、魔王城の回廊を歩きながら、通行人とすれ違うたびにドギマギとしていた。


『おほーっ』


 アンテが楽しそうな声を上げている。なんだ? 今度お前も同じようなスタイルで練り歩いてみるか?


『それも一興じゃのぅ』


 ……こういう奴だったわ。俺が悪かった。勘弁してほしい。


 心の中で白旗を掲げつつ、発着場に到着。


 レイラがゆらりと白竜に姿を変える。代わりに、レイラが脱ぎ去ったマントを身に着けながら俺はしみじみとした。


 うーむ、やっぱり気持ち悪いくらいよく出来た魔法具だな。俺より小柄なレイラが巨大なドラゴンになっても、全く問題なくフィットする革紐のハーネス……


「わう? わう?」

「今日はリリアナも一緒に飛ぶんだぞ」

「あぉん!」


 いつもは地上でお留守番してばかりだったので、今回は一緒とわかって、リリアナも興奮気味だ。


 彼女が竜に乗るのは――魔王城強襲以来だろうか。7年ぶりだな。


「どうぞ……」

「ありがとう、レイラ」


 リリアナを抱きかかえて、ひょいとレイラの鞍に飛び乗る。


 ちょっと、リリアナの安全帯もつけるから待っててな。


『――はい――』


 レイラは翼をゆらゆら動かして、ウォーミングアップしているようだ。その間に、リリアナを俺の前に座らせ、互いの身体を命綱でつなぐ。


 よし。


『――それじゃあ、行きますよ!――』


 レイラが力強く翼をしならせ、大空へと飛び上がった。


「わぅぅぅ!」


 短い手足で俺にひしっと抱きつきながら、リリアナが目を丸くしていた。もこもこの毛皮を着込んでいるおかげで、俺まで温かい。


『――今日は、一段と空気が冷えてますね――』


 寒くないですか? とレイラが気遣ってきた。大丈夫だよ。俺もレイラが編んでくれたマフラーつけてるから。


『――ふふ、良かったです――』


 暇な時間に、レイラが一生懸命編んでくれたマフラーだ。靴下はちょっと難しすぎたので、また今度チャレンジするらしい。


『ほほ、お熱いことじゃのう』


 アンテの冷やかしに、レイラが恥ずかしげな思念を寄せた。【以心伝心】は、本来レイラと俺をつなぐだけのものだが、俺の魂に居候しているアンテは、俺を介してレイラの声が聞こえるようだ。


 反対にアンテの声は、俺の思考を介してレイラにも伝わる。ふたりとも俺を挟んでるから、感情まではダイレクトに伝わらないし、声も『遠い』らしいけどな。


 ……賑やかで嬉しいよ。


 遥か眼下の魔王城を眺めながら、そう思う。


 こうして、みんなと空にいる間だけは……俺は本来の俺でいられるから。


『――余計なことは忘れちゃいましょう! 今だけは――』


 レイラが、敢えて弾むような声でそう言って、翼に一段と力を込めた。


 はははっ、揺れる揺れる! でも鞍のおかげで、しっかりと身体が固定されてるから平気だぜ!


「わうぅぅぅ! わぉぉぉん!」


 俺と同じく、上空から魔王城を見下ろしたリリアナが興奮している。


 めっちゃ遠吠えしている。……興奮ってかコレ、なんだろう。


「リリアナ?」

「ぐるるるるるぅ……!!」


 見たこともないような、必死な表情で――それは「行かなければ」と焦燥に駆られているようでもあった。


「落ち着け! リリアナ! あのときとは違う!」

「あ…ェ…くぅぅ! がうううぅぅ!」


 俺の腕の中でもがくリリアナ。


『いかんの』


 アンテの短いつぶやきが、やけに不吉に響いた。レイラも心配そうに、翼を広げて滑空しつつ、チラとこちらを振り向いたが――



 その瞬間、ガクンっと大きく高度が下がった。



 もがいていたリリアナが、その拍子に腕の中からすっ飛んでいく。


「キャぅん!」

「リリアナァ!」


 命綱が、バンッ! と張り詰めて音を立てた。


『――いけない! 乱気流!――』


 レイラが慌てて翼の角度を調節する。晴れ渡っているように見えても、風が吹き荒れる空間もあるのだ――


「キャぃんキャぅん!!」

「リリアナー! すぐに助ける、じっとしててくれー!!」


 宙吊りにされて情けない声を上げるリリアナ。俺は慌てて命綱を引っ張り上げた。


「…………」


 長く尖った耳を伏せて、ぷるぷるしながら縋り付いてくるリリアナ。真っ青な顔は「しぬかとおもった……」とでも言いたげだった。


 だが、怪我の功名というか、おかげで恐慌状態も脱したらしい。


『なんぞ、嫌な記憶でも蘇りかけたのかもしれんの』


 …………。そうだな。


 もしかしたら、今のショックでリリアナも自我を取り戻したり――


「くぅーん……」


 してねえわ。普通にほっぺた舐めてきた。


『――ごめんなさい、気流が見えてなくて――』


 レイラが申し訳無さそうにしているが、これは仕方ないよ。俺が悪い。


 リリアナにとって久々の――それも強襲作戦以来の飛行なのに、俺は脳天気すぎたというか、気遣いが足りてなかった。


「リリアナ……作戦は終わったんだ。もうお前が危ない目に遭う必要はない」


 金色の、ちょっと伸びてきた髪を撫でながら、俺は語りかける。


「……怖くないよ。だから、一緒に行こう。俺が新しく手に入れたお城を見せるよ」


 手に入れたってか、借りてるんだけどな。まあいいだろ。


「……わぅ」


 落ち着きを取り戻したリリアナが、小さく鳴く。



 その、澄んだ青い瞳が、一瞬理性の光を宿しているように見えて――



「わぅ?」



 だけど、小首をかしげるその仕草は、いつものわんこのそれだった。



「…………」



 俺はリリアナをぎゅっと抱きしめた。もう放り出されることのないように。



 いつになったら――俺は本当の意味で、リリアナを助けてあげられるんだろう。



『――南へ飛びます――』



 星を見ながら、レイラが進路を取る。



 ――リリアナを助ける、足がかりとなるかもしれない拠点。



 アウロラ砦へ。

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