477.魔王国幹部会

※魔王国視点、始まります。ここでおさらいに魔王国の爵位一覧をば。


魔王>大公>公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵>準男爵>騎士>従騎士

――――――――――――――――


 魔王の宮殿、とある一室。


 黒曜石の円卓が置かれた会議室。


「揃っているようだな」


 扉が開き、いつものようにボン=デージ姿の魔王が入ってきた。


 思い思いに座っていた各種族の重鎮たちが、一斉に立ち上がり拝礼する。悠々と、魔王は玉座を模した骨と黒曜石と毛皮の椅子に腰を下ろし、会議室に集った面々を見回した。



 まず、魔王の右側に陣取っている大柄な黒ずくめの男。のっぺりとした長身、黒い肌に黒い髪、眼球は白目の部分も真っ黒で、唯一虹彩だけが氷のように冷ややかな水色だ。側頭部からは斜め後方に向けて、2本の角が生えている。


 ――闇竜王、オルフェン伯爵。


 魔王の御前ながら、まるで我が城のようにくつろいだ風を見せているのは、魔王城の旧き主たるドラゴン族の首魁としての意地だろうか。



 オルフェンの隣には、貴族らしい正装に身を包んだ男が座っている。彫りの深い顔立ちに、夜を染め抜いたような黒髪、くるんとカールした口ひげ。血色が悪く、耳が少し尖っている以外は、普通の30代の人族の男にしか見えないが、口の端から覗く犬歯が鋭すぎた。


 ――吸血公、ヴラド=チースイナ伯爵。


 吸血『公』なのに伯爵なのはご愛嬌。しかし魔王国において爵位とは権威ではなく強さの指標だ。そしてヴラドは、残念ながら公爵に相応しい魔力の持ち主とは言えなかった。伯爵が分相応だろう。



 しかし、ヴラドのさらに隣、円卓を挟んで魔王のほぼ対面に座る者は、部屋の面々に比べるとあまりにも弱々しい魔力しか持たなかった。黄と黒の斑模様の毛皮に、丸っぽい耳、つぶらだが凛々しい淡黄色の瞳。鍛え上げられていながらも、しなやかさを失っていない体躯、その手の先には鋭い爪が光る。


 ――獣人王、『拳聖』ガルガー=レパルド男爵。


 実際のところ従騎士以下の魔力弱者――つまり、角が生えた直後の魔族の幼子にも劣る魔力しか持たないのだが、それでも男爵位を授けられているのは、彼がシンプルに強いからだ。ガルガーは昨年、獣人王の座を勝ち取ったばかりの豹獣人でまだ40歳。獣人は寿命が短く、『拳聖』の最盛期も短いため、獣人王も数年で交代するのが常だが、彼の在位はあと10年くらいは続くかもしれない。


 ちなみに、武術には秀でているが、政治的能力はないに等しい。幹部会での発言力もほとんどないので、獣人代表として顔を出しているだけとも言える。なるべく神妙な顔を取り繕っているが、魔力強者に囲まれて居心地はよくなさそうだ。



 そう、魔力強者。ガルガーの隣にも、別の魔力強者が座っている。けれん味が強いピンクの服の上に、地味なローブを羽織った女。他の面々が顔を上げてもなお、最後まで頭を下げて魔王に敬意を示し続けていた彼女は、滑らかな動きで椅子に腰掛け直し、にこやかに微笑む。どこか人形じみたお行儀のよさ、そしてそれとは裏腹に、おぞましいどろどろとした闇の魔力。


 ――死霊王、エンマ伯爵。


 おしゃれもしているし、行儀もいいし、計算され尽くした愛想のいい笑みを浮かべているのに、それでもどこか胡散臭く見えるのは彼女の人徳の限界だろうか。エンマらアンデッドを『腐肉』と呼び毛嫌いしている吸血公ヴラドは、視界に入らないように目を背けており、獣人王も気持ち椅子をヴラドの方に寄せて、エンマのもう片側に座る人物も、心なしか距離を取っていた。



 エンマの隣、円卓を挟んで吸血公の対面には、これまた黒ずくめの男が優雅に椅子でくつろいでいた。同じ黒ずくめでもオルフェンと違い、病的なまでに白い肌と、月を思わせる金と銀の狭間の髪、そして物憂げな切れ長の赤の瞳が印象的だ。その耳は尖っており、頭には繊細で優美な王冠を戴いている。


 ――夜エルフ王、オーメンイッサ=エル=デル=トライゾン伯爵。


 気品という一点では、この部屋に集った面々の中では随一だ。仕立てのいい黒絹のローブを身にまとい、夜エルフらしく感情を悟らせない、限りなく無表情に近い微笑みを浮かべていた。ただし、その赤い瞳は、闇竜王オルフェンに向けられたまま逸らされない。オルフェンは心当たりがないようで、不審そうにしている。



 そして最後、円卓を一周して魔王の左側に、魔王に次ぐ強大な魔力の持ち主が堂々と座っていた。まるで鉄塊のような存在感。傷だらけの全身鎧で身を固め、その顔も仮面のような装甲板に覆い隠されており、表情は窺い知れない。額から飛び出した槍の穂先を思わせる鋭い2本の角、足先は馬のそれに似た蹄で、頭の上には車輪のような円環ヘイローが浮遊している。背後にも、まるで後光のように、剣や盾、槍、戦鎚、斧、弓矢などが音もなく円状に浮かんでゆっくりと回転していた。


 ――悪魔軍団長、【侵略の悪魔】イズヴォリイ大公。


 魔王国内の悪魔兵の中で、最強と目される存在だ。侵略を続ける魔王国において、軍事面でも大きな役割を担っており、モリモリと力を育て続けてついには大公にまで至った。……悪魔なので魔王位継承権はないが。


 ただ、本人も魔王になろうなどとは思っていない。何を隠そうイズヴォリイは初代魔王ラオウギアスの使い魔で、右腕でもあった存在なのだ。魔王がどれだけめんどくせえ役職なのか、間近で目にしてきたイズヴォリイは、いち将にしていち兵でもある現状に満足していた。


 初代魔王亡き今は、オルギ族の現族長の使い魔として契約を結び直し、現世で存在を維持するための魔力を確保している(一応、素でも【侵略】の権能で常に力を稼いでいるが、魔力の供給はあるに越したことはない)。契約の対価に、軍団長としての収入のいくらかをオルギ族長に渡しているそうだが、当のオルギ族長は大公級の悪魔に魔力を吸われ続けて、四苦八苦しているとか……


 ちなみに、初代魔王の右腕ではあるが、殴るための腕であり、内政的な能力は一切ない。基本的にイズヴォリイの知謀は軍事と破壊活動にのみ発揮され、育てたり発展させたり守ったりは大の苦手だ。


 魔王国で指折りのキャリアの長さを誇るにもかかわらず、少し遅れて会議室に入ってきた【渇きの悪魔】ステグノスが、魔王の執事の座に収まっているのは、そういう理由だった。



 悪魔軍団長、闇竜王、夜エルフ王、吸血公、死霊王、獣人王。


 そして、魔族代表でもある魔王。


 これが魔王国の中枢かつ、各種族の協議の場でもある、幹部会のメンバーだ。


 ただ、各種族といっても、ゴブリン、ホブゴブリン、オーガは出席することすらできない。弱すぎるからだ。むしろ、魔力がクソ雑魚なのに同席を許されている獣人王が例外と言えるだろう。『拳聖』という存在がどれだけ敬意を払われているか、その証左でもある。



「さて」


 円卓の上で、手を組んだ魔王が口火を切った。


「早速だが本題に入る。ジルバギアスが追放刑に処されたという情報が漏洩し、同盟圏で闇の輩狩りが激化していることは、お前たちも知っての通りだろう」


 ――エンマの表情は動かなかったが、魔力がわちゃわちゃと蠢いた。


「そしてその結果、夜エルフの諜報員が巻き添えになり、窮地に立たされている」


 ――部屋の面々が、夜エルフ王に注目する。


「夜エルフ王の要請を受け、我は諜報員たちの撤退支援を検討している。具体的には、南北の国境線の先に諜報員を集合させ、回収したい」


 その言葉に、闇竜王オルフェンが身じろぎした。


 ――夜エルフ王がやたらとこちらを見てきたのは、そういうことか。


「オルフェン、ドラゴン族は動けるか?」


 魔王が静かに尋ねてくる。


「……お言葉ですが、陛下」


 敢えて人化を中途半端にして、ギザギザのままにしてある歯を剥き出しに、オルフェンは嗤った。


「――まさか、我らに、夜エルフどもを載せろと?」


 夜エルフ王に視線を転じ、を見下す態度を隠しもしない。


「…………」


 スッと目を細める夜エルフ王、オーメンイッサ。



 両者の間で、火花が散った。


――――――――――――

※幹部会の円卓、だいたいこんな感じ↓で座ってます。


   魔

 竜   悪

吸     夜

 獣

    死


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