476.相棒と愛犬
「と、いうわけでリリアナと契約した【案内の悪魔】オディゴスだ。おふたりとも、どうぞよろしく」
燕尾服を着こなす(?)杖に礼儀正しく会釈(?)され、ヘレーナもオーダジュも固まっていた。
悪魔といえば不倶戴天の大敵、相対すれば即戦闘が基本だ。ヘレーナはもちろん、オーダジュも長生きであればこそ、その先入観は強いだろう。
そんな奴が、いきなりフレンドリーに接してきても、ちょっと気持ちの整理がつかない。
「それにしてもリリアナ、あなたはそういう姿をしていたのだね」
「え? どういうこと?」
「向こうだと、人ともヒトとも、……獣? 犬? ともつかぬ、珍妙な姿をしていたから。私も種族を測りかねたというわけさ」
「えっ、そうだったんだ……」
てへっ、と恥ずかしそうに頬を赤らめるリリアナ。(……もしかしたら、あなたも一緒だったのかしら?)『わふ!』
「いやそこ照れるとこじゃないでしょ……」
ヘレーナがどうにかツッコミを入れる。
「……リリアナたちは、噂に聞くエルフというやつなのかな」
オディゴスは気持ちそわそわとした様子で、空っぽの袖で腕組みし、周囲をキョロキョロと見回しながら問うた。
「や、私は現世が初めてでね。多くのものは伝聞でしか知らないんだ」
「いかにも、我らは森エルフですが……」
慎重に答えるオーダジュ。目を細めてオディゴスを見極めようとしているが、いかんせん杖なので表情も読めず苦労していた。
「おお! それは重畳、嬉しいね」
リリアナがエルフと知ってご機嫌なオディゴス。
「何が嬉しいの?」
「たとえば人族なんかは、100年と経たずに死んでしまうだろう? ようやく見つけられた契約者が、そんなに早死してしまったら私は悲しいよ。その点、あなたたちは
そこそこ長生き――ナチュラル上から目線なオディゴスの言葉に、オーダジュは苦笑し、ヘレーナは渋い顔をした。森エルフといえば、人類の中では最長寿だ。そして当の森エルフたちも、実は長命種であることをけっこう自慢に思っている。
ただ、まあ、目の前にいるのは文字通り不老の種族たる悪魔であり、寿命マウントの取り合いなんて虚しいだけなのだが……
「姫様は、森エルフの中でも特に長寿なハイエルフですからな。何事もなければあと千年はご存命ですぞ」
オーダジュが言い添えると、オディゴスがぴたりと動きを止めた。
「……オディゴス? どうしたの?」
「今……私は、かつてない喜びを噛み締めている。千年も!! ああ、なんて幸せなのだろう!! めくるめく導きライフが私を待っているッッ!!」
「あはは。まあ私が途中で戦死とかしなければの話だけど」
リリアナが少し乾いた笑みを漏らすと、オディゴスは再び停止した。
「……耐えられない! そんなことは! 危なくなったら全力で守らせてもらう。私が戦闘で役に立つかは甚だ疑問だが……」
私は武闘派とは言えないのでね、と不安げに身体を揺らしながらオディゴス。
――それはさておき、この【転移門】の扱いをどうするかという話になった。
「じゃあ、この【門】があれば、これから魔界に行き放題ってことなの?」
ヘレーナが地面の紋様に触れながら、興奮気味に問う。
「うぅむ、地脈から魔力を吸うタイプだね。この調子だと再起動に千年くらいかかるのではないかな」
千年――けっこう長いな、と一同は微妙な顔をした。長寿の森エルフからしても、短いとは言えない年月だ。
「私の魔力を吸い取って起動したということは、みんなで頑張って魔力を注いだら、早めに起動させられないかしら?」
「理論上は可能だろう。ただしあまり効果的とは言えない。いうなれば、扇子を扇いで嵐を起こそうとするようなものだ」
こてんと小首を傾げるリリアナに、オディゴスはあっけらかんと答える。
「あなたたちならわかると思うが、『世界』が生み出す魔力というものは、定命の者が扱う魔力と重みが違う。リリアナほどの格の存在が複数、絶え間なく魔力を注ぎ続ければ、数百年は短縮できるかもしれないが、あくまで補助的なものにとどまる」
「短期間で、人為的に起動させるのは難しい、と……。どんなに早くても500年後と考えると、『次』はもう間に合いませんな」
ひげを撫でながら、オーダジュが含みのある言い方をした。
魔王軍が変わらず進軍を続けるなら、500年後にはこの地は魔王国領になっているだろう。当然、森エルフがこの【門】を利用することはできない。
逆に、500年後もこの地が魔王国領に入っていないなら、魔王軍の進撃が止まっていることになり、つまり魔王国は滅んでいる可能性が高い。そうなれば、わざわざ悪魔と契約する必要がない。
即決即断でオディゴスと契約したリリアナは例外として、森エルフは悪魔の契約には否定的だ。
なぜならば、森エルフは生粋の自然派だからだ。『自然』とはつまり、この世界のありのままの状態を指す。異界からの来訪者たる悪魔は、この世界の理を乱す異分子であり、受け入れがたい存在なのだ。
そしてそんな悪魔の力を利用しまくった
同盟が圧倒的劣勢で、聖大樹の里にまで危険が及びつつある現状、毒をもって毒を制すの精神でリリアナの契約は仕方ないとされるだろうが、逆に、それほど切羽詰まった事情でもなければ、『悪魔は駆逐すべし』が森エルフの基本的なスタンスだ。
「……いくら再起動が難しいといっても、これ、このまま放置ってわけにはいきませんよね。どうします?」
「少なくとも女王陛下には報告すべきであろうなぁ……」
正直手に余る、とでも言いたげなヘレーナに、オーダジュも難しい顔で唸る。
「オディゴス殿、こういった【転移門】とやらは、他にもあるのでしょうか」
「【ダークポータル】は存在するね。それ以外の【門】となると、わからない」
「貴殿の権能で探し出せるのでは?」
「私自身は興味がないから。ただ、あなたが心の底からそれを欲するならば、案内はできるだろう」
「むぅ……試していただいても?」
「もちろん」
フッ、と身体から力を抜くオディゴス。
しかし、どの方向に倒れるでもなく、そのまま微動だにしない。
「ふむ。これの示すところは、利用可能な【門】が存在しないか、あなたが実はそれを欲していないかのどちらかだ」
「……ワシは心の底から欲しておりますぞ?」
「で、あれば利用可能な【門】は存在しないのだろうね」
「それはよかった。このような代物がいくつもあったら堪りませんからな」
感情の読めない目で、魔法陣を見下ろしながらオーダジュ。
「それにしても、しっかり案内できなかったのが残念だ。不完全燃焼だよ。私も、私自身の存在を維持するための魔力を捻出しなければならないから、どんどん案内したいのだが……」
「!!」
オディゴスのぼやきに、リリアナが目を輝かせた。
「オディゴス!! 私ね!!」
「うん、なんだい?」
「探している人がいるの!」
「おお! 素晴らしいね、導きがビンビンしているよ!」
和やかなふたりの会話に、ヘレーナとオーダジュは顔を見合わせた。
この流れは――まずい。嫌な予感しかしない!!
「さて、いったい誰をお探しなのかな?」
すぅぅぅ――と息を吸うリリアナ。
「アレク!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 勇者、アレクサンドルがどこにいるのか!!!!!! 案内して!!!!!!!!!!!!!!」
魂の叫び。
「もちろん、いいとも」
ころん、ぱさ。
力を抜いたオディゴスが、北に向かって倒れた。
「こちらに向かうといい」
「~~~~~~~っっっ!!」
ぷるぷると歓喜に打ち震えたリリアナは――
「ぅぅぅ――わぉんわぉん!! わぁぉぉおおんん!! うおおおおおおん!!」
オディゴスを引っ掴み、そのままピューッと駆け出した。
その(普段は)神秘的な青の瞳が、恐ろしいほど純粋無垢に光り輝いている。
理性の色は――
ない。
あるのは、アウリトス湖より深い親愛の情だけ――!!
「ああっ!? 待ちなさい!」
慌てて追いかけるヘレーナ。今はこの【転移門】をどうするかという話をしていたというのに!! もうこれ以上『待て』はできなかったか……!!
「クッ……里に帰れるかと思ったんじゃがのぅ~~~!!」
ちらと【門】を一瞥してから、歯噛みしてオーダジュも追いかける。【門】は今日明日でどうにかなる話じゃないし、現地民も不気味がってこの遺跡には近寄らないようだし、森エルフの時間感覚で少しの間は放っておいても構わないとして――
「リリィ! 待ちなさい! ……お願い、待って!!」
「いかん、速いぞ!? 追いつけん!!」
「これが導きの力だと言うの……!?」
「姫様! ちょっとッ! ちょっと待ってくだされ!」
「リリィ! お願いだから!! ひとりで行くのはやめて!!」
「姫様ァァァ~~~!!!」
その日――バッコス郊外で、よだれを垂らしながら爆走する森エルフの絶世の美女を、これまた必死の形相で追いかける森エルフの女と老爺が目撃されたという――
「はっはっはっは!」
心底楽しそうなオディゴスの笑い声だけが、呑気に響き渡っていた。
――――――――――――
※というわけで走れリリ公シーズン2でした。次回から魔王国視点の予定です。
そして!!!
【重要】2巻発売まで10日を切りました!!
2巻発売まで!! 10日を切りました!!【大事なことなので二度】
1月25日、発売予定です!! ウオオッッ!!
すでにご予約頂いている方もいらっしゃるとのこと、誠にッ! 本当にッッ!
ありがとうございます!!!!
つきましては、この場を借りて、特典や2巻の内容、3巻以降の展望などについてお知らせしたいと思います!
まず特典ですが、
・特約店→『おてんば放火姫、魔界に行く』
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=1790541
https://www.animate-onlineshop.jp/products/detail.php?product_id=2199675
・ゲーマーズ→『傲岸魔王子VS眠り姫』
https://www.gamers.co.jp/pd/10636807/
・OVL通販→『とあるベテラン騎竜の独白』
https://store.over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=EC1225
今回は3種類の特典
『おてんば放火姫、魔界に行く』は、ルビーフィア(9さい)が初めて魔界を訪れ、本編ではまだ未登場の、悪魔と契約するに至った一幕を描いたものです。今では女豹の如きパワフル女傑なルビーフィアですが、そんな彼女にも幼い時代があったわけで……現在からは考えられないような、なんか小さくて可愛いルビーフィア(9)の微笑ましい言動が見られます! ルビー姉ファンの方やダイアギアスは必読です!
ちなみに『特約店』は、『特約店用』の特典SSを扱っているお店のことです。アニメイトとかメロンブックスとかゲーマーズとか、いわゆるアニメ・ラノベ関連のお店・書店であることが多いですが、実際にそのお店に問い合わせてみないと、特約店かどうかはわかりません。
ゲーマーズでかつ特約店の場合は、『おてんば放火姫、魔界に行く』と『傲岸魔王子VS眠り姫』の2つの特典SSがゲットできるはずです。
『傲岸魔王子VS眠り姫』は、タイトル通り、アイオギアスがトパーズィアにしてやられてスヤッスヤで草な一幕を描いたものです。現在よりオラついているアイオギアスや、今と変わらぬ可愛さのトパーズィアちゃん、そしてこれまた本編未登場のトパーズィアの契約悪魔の描写もあります。可愛く書けたので作者も大満足の一本です!
『とあるベテラン騎竜の独白』は、みんな大好き赤銅色匿名希望ドラゴン(ジルくんがダークポータルに行ったときや、ネフラディアがビラをバラ撒いたときに乗っていた騎竜)の日常を描いたものです。魔王国におけるドラゴン族の暮らしぶりや、赤銅竜さんのレイラへの思いなどがつらつらと語られます。本編未登場な要素がギュッと凝縮されているので、きっとお楽しみ頂けると思います!!
また、これら以外に、1巻と同様、巻末にスペシャルSSがついております! 今回のSSは氷獄男裸祭りを超えるレベルでハジケており、さらに輝竜先生が最ッ高な挿絵を描いてくださったので、もう読者の皆様にもぜひぜひ読んで頂きたいです! いや本当にイラストが最高でしてね……こんなジルくんの姿が見られるのは、これが最初で最後じゃないかなって感じです! ……自分、気づいちゃったんですが、ジルくんの絵って基本的に血反吐吐きそうになってるか必死こいてるか殺意燃やしてるか禁忌に苦しんでいるかのいずれかで、底抜けに明るい表情なんて滅多に見れないんですよね……
底抜けに明るいジルくんのイラスト、ぜひご覧になってください……
いや~2巻も、イラストが本当に素晴らしいですよ! 表紙はもちろん口絵も色鮮やかに……ああもう、……ああ……(語彙死亡)新規キャラデザもありますしね! キャラデザに関しては、後日OVL公式Twitterの方で発表されると思いますので、ご期待ください!!
3巻以降の展望についてですが……実は2巻で、一部設定を変更しました。
【今後、緩やかにWEB版からストーリーが分岐していく予定です。】
登場人物の処遇・結末が変わったり、ひょっとしたら新キャラなんてのもあるかもしれません。3巻はまだプロットを練っている段階ですが、けっこうストーリーラインがWEB版から変わりそうです。
WEBはWEBで、もちろんこれからも更新を続けて参りますが、書籍は書籍でまたひと味違った世界線をお楽しみ頂ける――ように、最大限頑張りたいと思います!
ただ、続刊が出ないことには、違った世界線の展開もクソもありません! そして続刊が出るには、売れなければならず……! なので、今日ばかりは直球で言わせて頂きます。
【買ってください!!!!】 何でもやりますから!(ジルくんが)
今後とも、応援のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます!!
甘木智彬
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