410.親睦と内情

※まだ次パートのプロット構築が終わってないので(更新しないよりマシやろというノリで)幕間を連打させていただきます……! ドロー! 幕間カード!!

――――――――――――――


 ――エヴァロティ王城、中層部の奥まった一画。


 日が沈んでからしばらくして、ヤヴカ=チースイナ子爵の優雅な一日は始まる。


「ん……よく寝ましたわ~」


 夜エルフメイドの鈴の音に目を覚まし、天蓋付きベッドから起き上がり伸びをするヤヴカ。


 吸血種は、分厚いカーテンのある天蓋付きベッドを好む。何らかの事故で日光が差し込んでしまった際に、それで命拾いする可能性が高いと信じているからだ。


 そういう意味では棺桶の方がより安心なのだが、ベッドの方が寝心地はよいので、よほど用心深い吸血種でもなければ普段遣いはしない。


 ちなみにヤヴカが『子爵』という、エヴァロティ自治区内ではそこそこ上流階級であるにもかかわらず、日当たりの悪い王城の奥まった部屋を私室にしているのは、その方が安全だからだ。


 他種族がありがたがる窓辺の部屋などは、吸血種にとって火葬場のようなもの。かといって地下室は湿気でジメジメしているので不快。湿気も臭いも気にしない純正アンデッドに比べ、吸血種は何かとうるさいのだ――


「おはようございます、ご主人様」

「おはよう」


 夜エルフメイドが差し出すドレスに、霧化して入り込み実体化し、寝間着のネグリジェ姿から一瞬で着替えを終わらせるヤヴカ。


 何気なくやっているが、かなり高度な技術であり、才能ある吸血種が数十年かけてようやくマスターできるとされている。これができるかどうかは、吸血種内では結構なステータスだ。


 ステータスといえば、この夜エルフメイドも。生活時間帯が一緒で扱いやすく優秀な夜エルフのメイドは、獣人に比べて賃金が高いため、それなりの収入がないとおいそれとは雇えない。


(獣人は毛むくじゃらで、臭いも強いから好みではありませんわ)


 エヴァロティ自治区の吸血種のまとめ役になり、給与もアップしたヤヴカは、晴れて夜エルフを雇用できるようになった。さらに血が(実質タダで)吸い放題なので、食費が完全に浮く形となって懐には余裕がある。


(本当にエヴァロティに来てよかったですわ~!)


 一時はどうなることかと思ったが……


「今日の予定は?」

「このあと、自治区民との親睦会がございますね」

「あ」



 親睦会という名の、酔っ払いタフマン以下、人族や獣人族と酒場で飲み会だ。



「そういえばそうでしたわね……」


 ヤヴカの優雅な一日、終了――


 しかも記憶が正しければ、王城勤務の人族という名目で、腐れ人形クレアまでやってくるはずだ。


(はーやだやだ、いやですわ~)


 エンマ陣営アンデッドという時点でマイナス評価なのだが、初対面でジルバギアスの威を借りて毒を吐いてきたクレアに、ヤヴカは当然ながらいい印象を抱いていなかった。(※236話参照)


 しかもヤヴカら吸血種の存在が自治区民に露見するよう、画策したのもクレアだ。結果的に、自治区民との融和という理想的な形に着地したからいいものの、強固な反発が起きたら、エヴァロティ自治区で安定的に血を摂取するという目論見が崩壊するところだった。


(まったく、どのツラ下げて親睦会にやってきてるんですの! ……あ、表情もロクに変えられないんでしたわね)


 ふん! と鼻を鳴らすヤヴカ。苛ついたり馬鹿にしたり溜飲を下げたりと、表情豊かな主人ヤヴカを、何を考えているかわからない鉄面皮で夜エルフメイドが見守っている。


「それでは、もうお出かけになられますか」

「ええ。4時間後には帰ってきますわ」

「いってらっしゃいませ」


 霧化してふわふわ部屋を出ていくヤヴカを、頭を下げて見送る夜エルフメイド。


「…………」


 ちら、と顔を上げて、ヤヴカが去ったことを入念に確認。


 そのままボリボリとお腹をかきながら、ソファにゴロッと寝転がる。


「食事も用意しなくていいし、洗濯物もほとんど出ないし汚れてないし、金払いもそんなに悪くない。エヴァロティの吸血種のメイドって思ったより楽ね~! みんなにもおすすめできるかも」


 あ~あたしも飲みに行きた~い、などと独り言を言いながら、主人のいない時間を存分に満喫し始めるのだった。



          †††



 自治区の大通りに面した、ホブゴブリン亭という立派な酒場がある。


 その名の通り、ホブゴブリンが経営している店で、第7魔王子ジルバギアスの支援も受けており酒の品揃えが極端に良い。


 お値段は高めだが、自治区民に人気の店となっている。そして今日は、そんな酒場の2階席を貸し切って――


「それでは、自治区の繁栄を祈って――」

「「カンパーイ」」


 自治区の主だった面々による飲み会が開かれていた。


「ワーリトー・ビーミの7年ものだ、うめぇ~~!」


 かぁ~~~っと感嘆しているのは、衛兵隊副長タフマン。


「こら、もうちょっと大事に飲みなさい」


 その隣、取りまとめ役たる区長セバスチャン。


「ここの料理は、臭いがキツすぎる……もうちょっとどうにかならないのか……」


 しわっ、と渋い顔をする森林猟兵大隊を母体とした獣人族代表ドーベル。


 その他、商人や職人組合の組合長らの姿もある。


 対して魔王国側からは、『監視役』かつ衛兵隊長の夜エルフが1名、悪魔の役人がポークンをはじめ数名、ホブゴブリン代表タヴォ゛ォ゛、吸血種代表ヤヴカ。


 エヴァロティ自治区の運営を担うメンツがそこそこ集っているわけだが、自治区民側が非武装なのに対し、魔王国側は武装を携帯しているので、まあ、万が一の事態はなかろうとされている。


(ま、仮にタフマンなんかが武装しても、負ける気がしませんけど)


 やいのやいのと盛り上がる自治区民たちを、ちょっと冷めた目で眺めながら、お茶のカップをちびちびと傾けるヤヴカ。


 このメンツがフル武装したところで、聖属性の加護さえなければ、吸血種が負ける道理はない。悪魔も粒ぞろいの実力者ばかりなので同様。死ぬとしたら非力なホブゴブリンのタヴォ゛ォ゛と、衛兵隊長の夜エルフくらいのものだろう。


 仮に今夜が『反逆』のときなら、一番危ないのはこの2名ということになる。自覚があるのか、夜エルフの衛兵隊長は割とヤケクソじみて酒をかっくらっていたが――その一方でタヴォ゛ォ゛はマイペースに料理をつまみながら、商人組合の者たちと話し込んでいた。


(ホブゴブリンたちは、けっこう馴染んでますのよね~)


 この酒場が賑わっていることからわかる通り、自治区に移住してきたホブゴブリンたちは、なんだかんだで溶け込んでいる。


 見た目はゴブリンだが言動が理知的なのと、上から目線だったり刺々しかったりする他の魔王国側の住民と違って、誰に対しても物腰が柔らかだ。最初は色眼鏡で見られていたが、徐々に信頼を獲得し、自治区民たちとも良好な関係を築きつつある……


「嬢ちゃん! 茶だけじゃ寂しくないか? 一杯どうだ?」


 と、赤ら顔のタフマンが話しかけてきた。一応ヤヴカは子爵でかなり偉いのだが、タフマンとは初遭遇が初遭遇だっただけに、馴れ馴れしいノリのままだった。


 無論、注意して態度を改めさせてもいいが、タフマンが「失礼します、チースイナ子爵閣下」などとかしこまってきたら、それはそれで……なんかおかしいというか、妙に腹が立つ気がするので放置している。


「前にも言いましたけど、私たち吸血種はお酒を飲んでも酔いが回りませんの。結構ですわ」


 ちなみに吸血種は血が主食でそれ以外の食物は必要としていないものの、一応普通に飲み食いもできる。全く満たされないため、味覚を楽しむ趣味以上の意味はない。ヤヴカのような純正の吸血種は食事に対して特に魅力も感じないが、もともと定命の人族だったりして眷属化されたパターンでは、夜の貴族になる前を懐かしんで、食事を摂ることもあるとか、ないとか……。


「そうかい? でも美味しいぜ?」

「残念ながら美味しさもわかりませんわ」

「そうか~……」


 こんなに美味いのにな~と首を傾げながら、グイッと盃を煽るタフマン。


「それで、何か用事ですの?」

「や、用事ってほどでも。昼間の救護所の人員、増やしてくれてありがとな~って、伝えておきたくてさ」

「ああ、そのことですの。人員を見繕うのに苦労しましたわ」


 自治区において、吸血種たちは医者……のような役割を担っている。血を対価に、怪我や簡単な病気を治療するのだ。(もちろん傷病者当人ではなく、付き添いや非番の衛兵などが血を提供する。)


 自治区の人口が増えてきたこともあって、需要はかなり高い。特に衛兵隊は訓練や魔獣との戦いで生傷が絶えないので、優良な顧客だった。


 そしてその中で要望があったのが、昼間に治療を受け付ける吸血種の増員だ。吸血種は夜行性かつ日光が致命傷なので、昼間に活動したがる者は少ないが、力を育てたがっている若手を連れてきて、救護所で働かせることにしたのだ。


 ……力を育てるといえば。


 カップから口を離して、ぱちぱちと瞬きしてタフマンを凝視するヤヴカ。


「なんかあなた、以前よりちょっと、魔力が強くなってません……?」

「えっ、俺が?!」


 赤ら顔のまま目を見開くタフマン。


「まさか俺にも、秘められた力が……!? この歳で魔法使いに!? うおおっ、炎よ! 水よーっ!」


 バッと手を突き出すが、もちろん何も起こらず。なんというかただの酔っ払いにしか見えなかった。


「嬢ちゃん! 何も起きないんだが~?」

「お茶で酔いが回っただけかもしれませんわ、お構いなく」


 気のせいだったか……と頭痛をこらえるように額に手を当てるヤヴカ。


 と、そのとき階段の方から足音が。


「ごめーん、上司の話を聞いてたら遅くなっちゃった」

「お、クレアちゃん! まだ始まったばかりだぜ」



 来た。



 王城勤務の人族――ということになっている、クレアだ。



 仮面じみた愛想笑いを浮かべたクレアの視線が、一瞬こちらに向けられるが、すぐに逸らされる。タフマンと談笑しながら、そそくさと自治区民側の席に座るクレア。


「……ふふ」


 香辛料爆盛料理で鼻がねじ曲がりそうな獣人族から、さらに念のためガッツリ距離を取っているのが丸わかりで、ヤヴカはくすくすと笑った。


 この中でクレアの正体を知るのは、ポークンら悪魔役人と、タヴォ゛ォ゛とヤヴカだけだ。衛兵隊長の夜エルフは知らない。実は彼はけっこう立場が低いのだ――衛兵隊に対してやたら偉そうなのはその反動だろう。


「クレアちゃん、ワーリトー・ビーミの7年ものだぜ! 流石にこれは美味いんじゃないかな? 一杯どうだい?」

「いや~お酒の味はほんとにわかんないのよ。もったいないからタフマンさんが飲んじゃってよ」

「そうかい? じゃ、遠慮なく……」

「待て待て!! 飲んじゃうな!」

「ちったぁ遠慮しろ! 俺たちの分がなくなるだろうが!!」


 クレアという(人族の)紅一点(死んでる)が登場したことで、さらに盛り上がる人族たち。正体を知っている者からすれば滑稽以外の何物でもなかったが、ヤヴカはニヤニヤするにとどめていた。やたら心配げにチラチラこっちを見てくるクレアを、意味深な態度でからかうだけでも、だいぶん面白い。


(ま、立場上、正体をバラしたりはできませんけどね)


 クレアがジルバギアスの『お気に入り』であることは周知の事実。あの、奇特な魔王子の反感を好んで買おうとする者は、このメンツの中にはいない。


(殿下……お元気かしらね)


 ふと酒場の窓の外、夜空を見やりながら、国外に思いを馳せる。


 風の噂に聞いたが、なんぞイザニス族の王妃がやらかしたとかで、同盟圏では闇の輩狩りが活発化して大変らしい。そんな中に放り込まれてしまったジルバギアスは、果たして生きて帰れるのか……


(そういえば、兄上たちも同盟圏にいるんじゃなかったかしら)


「国境の川沿いも最近は警戒が厳しくなってきたから、思い切って後方に潜り込んでみる」と手紙があったのが最後のやり取りだ。


(ま、どうでもいいですけど)


 歳が離れている上に、ヤヴカが物心がついたときには家から出ていて、交流も少なかった兄たち。血縁があるというだけで、思い入れも特にないし、厄介な父親の相手を押し付けられていたという思いが強く、元気にしてようが灰になろうが、正直どうでもよかった。



 むしろ――ジルバギアスの方が心配だ。



(殿下……)


 ほぅ……と熱っぽい溜息をつくヤヴカ。


 ジルバギアスを想って――では、ない。


 ジルバギアスの、血の味を思い出していた。


(あの、芳醇で濃厚な魔力! まろやかな口当たりに、天にも昇るような喉越し――ああ、ああ!!)


 恍惚とするヤヴカの口の端から、たらっとよだれがこぼれ落ちる。


 これほどまでに狂おしく血の味に思いを馳せながら、しかもまだ食事前だというのに、大勢の人族を前にヤヴカが平静を保っていられるのは、あの天上の美味を知っているからだった。


 アレに比べれば……人族の血なんて、飲めたものではない。


 飲まなきゃ存在を維持できないので、仕方なく飲むが。


(ああ、殿下、どうかご無事で……!!)



 ヤヴカは一心に祈る。



 今の代官、ダイアギアスはとにかく放任主義で、特に不満はないのだが……



(また血を飲ませてください……っ!!)



 ジルバギアスの時代が恋しくてたまらない!



 あの、極上の血を、また味わわせてほしい……っ!!



「…………」



 そして、頬を赤らめてよだれをダラダラとこぼすヤヴカを、人族たちが若干トーンダウンしながら引き気味に見守っていた。



 騒ぎすぎて血の気を誘発しちゃったのか、という恐れによるもの。まさかヤヴカが魔族の血を夢見ているとは、想像もつかなかった……。

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