409.情熱と進展

※本編に突入するつもりだったんですが、そういやエンマのこと忘れてたなと思って、エンマとクレアの幕間を書くことにしました。

――――――――――――――――――


 ――魔王城の地下深く、決して日光の届かぬ場所に、死霊王の宮殿はある。


「見て見て! これ!! とうとう完成したんだ!!!」


 最重要区画のとある会議室にて。


 半透明な霊魂の少女と、その前で、じゃじゃーんっと布をかぶせた物体を見せびらかす胡散臭い女がひとり……


『わーなんだろー楽しみだなー』


 棒読み口調でぱちぱちと拍手(実体がないので魔力の振動)する霊体少女は、その名をクレアという。


 眼前ではしゃぎ散らしている女は、クレアの上司かつ主人の、死霊王エンマだ。


「んふふふ……それじゃあ、お披露目といこっかなー♪」


 ニタニタと笑いながらエンマがバサッと布を取り去ると――


『……!?』


 クレアは実体がないにもかかわらず、思わずビクッとした。



 そこに魔王子ジルバギアス=レイジュそのヒトがいたからだ!!



 キリッと凛々しい表情で、蛮族風味の貴族服に身を包み、まっすぐにこちらを見据えるジルバギアス。――しかし、その赤い瞳は虚空を睨んでおり、呼吸はおろか、肉体も微動だにしない。


「じゃーん! 1/1スケール、パーフェクトジルくんボディでーす!!」


 手をぱちぱち叩きながら、ぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃぐエンマ。


『いや……すごいですね。一瞬、本人かと思ってびっくりしちゃいました』


 まじまじとボディを凝視するクレア――その言葉はお世辞ではなく、掛け値なしの称賛だった。同盟圏に追放されているジルバギアスが、こんな地下宮殿にいるはずがない、とわかっているクレアでさえギョッとしてしまうほどにそのボディは完成度が高かった。


「それはもう! ボクが今まで手掛けたボディの中で、最高傑作と言っても過言ではないからね! 集大成さ集大成!」

『それほどですか』

「うん。見た目の再現率については、もはや言うまでもないよね。まつげから指先の爪まで、とにかく可能な限り再現してる! ジルくんが初めて収まるであろうボディだから、とにかく生前と違和感がないことを重視してるんだぁ。それでいて理論上、実現可能ギリギリな物理的強度を追求! さらに人工筋肉の新しい編み方で、出力も大幅にアップ! 魔力蓄積器マナバッテリーも最高級のものを搭載したから、地脈から離れても長時間活動可能だよ! まあ、ジルくんには悪魔の契約があるから、あんまり関係ないかもだけどね!」


 んっふふーとドヤ顔で説明したエンマは、「そうだ、ちょっと動かしてみよう!」と叫び、そのまま糸が切れた人形のようにストンと椅子に座り込んだ。


「さて」


 即座に、隣のジルくんボディが起動。一瞬で乗り移ったエンマが、ジルバギアスの姿で立ち上がった。


「エンマ……俺の愛しのお姫様。愛してるぜ☆」


 キザなポーズを取りながらキメ顔をするジルバギアス(エンマ)。が、すぐにその表情がニタニタと崩壊し、飛び跳ねながら「ねえ、どうかな!? 今の似てた!? 似てた!?」と聞いてくる。


 見た目も声もジルバギアスが完璧に再現されているだけに、言動との落差が尋常ではない。


『う~ん、もはや本人そのものですね……!』


 しかしクレアは、神妙な顔でうなずいていた。感情が直に表れやすい霊魂の姿で、表情を制御するのは至難の業だ。


『もう、お師匠様が王子さまになっちゃえばいいじゃないですかね???』

「あっは! それはステキだねえ! でも最大の難点は、ボクがジルくんになっちゃうとジルくんの姿が見えないんだよねぇ!」

『鏡を敷き詰めればいいじゃないですか』

「いや~……う~ん……それはそれで問題があってね……」


 小さな霊界の門を開いたエンマが、霊界経由で指令を送る。程なくして使用人の姿をした下級アンデッドたちが、姿見を運んできた。


「おひょーっ! ジルくんだぁぁぁぁっ!」


 姿見に映る自分を見て、だらしなく相好を崩し、にわかにテンションをブチ上げるエンマだったが――



「ジルくんはこんな気持ち悪い顔しないッ!!!」



 そのままパァンッと鏡に拳を叩き込んで、粉砕してしまう。



『…………』

「と、いうわけさ。ボクが操ると、どうしてもこうなっちゃうから」

『いや……表情固定すればいいじゃないですか……』

「実は魂の表情が直に反映される設計なんだ。ここが大きなブレイクスルーのひとつでね、これまでのボクらのボディと違って、事前に表情を用意しておく必要がないんだよ」

『なんと……!!』


 これにはたまげた。エンマ式ボディの数少ない難点のひとつ、表情筋の制御が解決したというのか。


「言っただろう? 初めてジルくんが収まるであろうボディだから、生前と違和感がないことを極限まで追求してるんだ……!」


 チッチッチ、と指を振りながらエンマが言う。つまりこの得意がるドヤ顔も、素のエンマの表情というわけだ。さっきの鏡を見てだらしなくデレデレしていた顔も。


『それは……すごい技術ですね。正直わたしも使いたいです』

「クレアがこっちに戻ってくる機会があったら、ボディを換装してあげようか。生者の中に潜伏するなら欲しい機能だよねえ」

『そう、ですね……』

「それとも新しいボディをエヴァロティまで移送しようか? 今度そっちに送る物資と一緒に」

『あー、助かりますね。古い方はどうしましょ』

「ボディは棺桶に入れて送るから、そのまま入れ替えて送り返せばいいんじゃない」

『じゃあそうします、お師匠さまありがとうございます』

「フフーン、せっかく改善した技術なんだからガンガン使っていかないとね!」


 エンマのドヤ顔はとどまるところを知らない。


『じゃあ、お師匠さまのボディも、その表情システムに換装ですね。王子さまもお師匠さまの自然な表情に、びっくりしちゃうんじゃないですか?』

「い……いや……それはどうしようかな……」


 突然、恥じ入るように頬に手を当ててくねくねし始めるエンマ(ジルバギアス)。


「制御しない限り表情が変わらないってのは……それはそれで、気楽でもあるんだよね……ほら、ボクとか、ジルくんを前にしたら。どんな表情が出ちゃうかわかんないし……さっきみたいな顔を見られちゃったら、ボク恥ずかしいよ……! 気持ち悪い女って思われちゃうかも……」

『あ~……』


 それはあるな……と思うクレアだった。


「む~! そこは否定しておくれよ」

『いや、違うんですよ。否定するか肯定するか、検討していたところだったんです。そして入念な検討の結果、否定できないなぁという結論に至りました』

「むきーっ!」


 闇の魔力を棒状にしたエンマが、ぺちぺちとクレアの頭を叩いてくる。別に痛くはない。本気を出せば魂がひしゃげるほどの苦痛を与える鞭と化すだろうが。


「ふう。まあとにかく、そういうわけさ」

『他には、何か特殊な機能とかはないんですか? 最高傑作って話でしたけど』

「いや、変形機能とかはつけてないよ。とにかく再現性と理論値を追求したボディってことだからね。武装とかつけてもよかったけど、違和感がね……」

『あー、まあ慣れるまで落ち着きませんもんね……』

「戦闘用なら戦闘用に特化させた方がいいからね。それこそジルくんの希望を聞いてから、イチから作るさ」


 ひょいと肩をすくめるエンマ。


「あ、ちなみに角は付け替え可能にしたよ!」


 不意に、パカッと側頭部の角を取り外すエンマに、クレアは霊体でありながら噴き出しそうになった。


『なんなんですかその無駄機能!』

「いや、無駄じゃないよ。ほらジルくんも魔族だからさ、角にはこだわりがあるかもしれないじゃないか。一応、このボディは人骨とか魔族の骨をベースに作ってあるんだけど、角は他人の骨だったらイヤだったりするかもしれないし……竜の角とか、魔獣の角とか、石材を削り出したやつとか、白樺を加工したやつとか、色々と用意してあるんだ。でも木製は脆すぎてダメだったかなぁ。どう思う?」

『さ、さぁ~……魔族のことはちょっとわかりませんね……』


 ましてや、あの変わり者の王子のことだ……案外木製とか気にいるかもしれない。


『ところで王子さまは、まだ無事なんですか?』

「無事かな?」


 一瞬、目をつぶったエンマは、「まだ生きてる~!」と叫んで、駄々をこねるようにじたばたとその場で蠢き始めた。


「呼び出し装置に反応なし~! でも、聖教会にやられて魂が完全消滅した可能性もゼロじゃないから不安~~! ああ頼むよジルくん、どうせ死ぬなら聖属性をできるだけ浴びずに死んでおくれ~~~!」


 ちなみに、ジルバギアスボディのままなので、駄々をこねるエンマの素の表情も直に出てしまい、大変に見苦しかった。


『お師匠さま、王子さまが絶対にしない表情になってます』

「おっと、いけないいけない」


 平静を取り戻したエンマが、椅子に優雅に座り直して、キメ顔をする。


 ――そして、そのままピタッと動かなくなる。


「あっは♪」


 隣のエンマ(本人)ボディが再起動、キメ顔で椅子に腰掛けるジルバギアスを見やって気色の悪い声を上げた。


「やっぱりジルくんカッコイイよぉ! 最ッ高だよぉ!!」


 胡散臭い表情のまま手をわきわきさせ、至近距離から舐め回すようにジルバギアスの尊顔を堪能するエンマ。


「むぅ~~~……」


 そのまま唇を尖らせて、ずいずいと顔を近づけていくが――


「はっ! 危ない危ない、ついちゅーしかけてた! もうちょっとで気持ち悪いやつになっちゃうところだったねぇ!」


 ――すでにかなり気持ち悪いやつになってますよ、と口に出すほど、クレアは怖いもの知らずではなかった。神妙な顔。


「はぁ……このボディに、ジルくんの魂をお迎えする日が待ち遠しい……」


 表情は胡散臭い笑みのままだが、うっとりとした様子でエンマは溜息をつく。


「見た目も最高だけど、真に素晴らしいのは精神性なんだよねぇ! ボディなんて何百体も用意できるけど、ジルくんの魂は唯一無二なんだ……! だからお願いだ……ジルくん……!」


 日頃から、神など信仰しないと言い切っているエンマだが、このときばかりはまるで神官のように祈りを捧げる。


「どうか無事に……無事に死んでおくれ……!!」


 ――王子さまも大変だよなぁ、と思うクレアだった。


 それはそれとして、ちらと壁際の時計に目をやる。


『すいませんお師匠さま、そろそろ向こうで会議があるので……』

「あ、そうかい? クレアも大変だね。じゃあ、新しいボディは来週くらいまでには仕上げておくから……」

『ありがとうございます』


 ぺこりと霊体でお辞儀するクレア。


「武装とかは今のままでいい? 他につけてほしい機能とかある?」

『……あ~』


 クレアは、少し言い淀み、ダメ元で頼んでみることにした。


『現地で、生者と飲み食いするフリとかしなきゃいけないんで……味覚とかつけられたりしません?』


 ――ピタッ、と動きを止めたエンマは。


「しまったあああああぁぁぁ! 味覚と嗅覚のことを失念してたよおぉぉぉっ!」


 ビタァンッとそのまま床に転がり、釣り上げられた魚のようにビチビチとのたうち回る。


「しまったよそうだよ生者には味覚と嗅覚があるんだった!!! なぁ~~~~にがパーフェクトジルくんボディだ全然じゃないか!! うわあああん!!」


 そうしてスンッと真顔で起き上がったエンマは、「しかし、味覚なんてどうやって再現すればいいんだ……舌の研究から……? 発声器官としての機能との兼ね合いが……サンプルあったかな……」などとブツブツとつぶやき始める。


『あ~すいませんお師匠さま、ちょっと思いついただけなんで、無理にとは……』

「いや! ジルくんのためにも必要な研究だよ! それに嗅覚とかは再現できたら、ボクらにもメリットがあるからね! うん、日光耐性の研究もまた行き詰まってたし気分転換にそっちも進めてみようかな! 一応、表情だけ実装したボディはなるべく早めに取り掛かるよ! クレアも気づきを与えてくれてありがとう!!」

『ど、どういたしまして……』



 そうして、エンマが開いた門から、ふわふわと魂の姿で霊界を漂い、エヴァロティまで帰還するクレア。



「ふー」


 ベッドに寝転がっていたボディに憑依し直し、むくりと起き上がる。そして、サイドテーブルの上で青い魔力の光を放っていた頭蓋骨――簡易呼び出し器を、ちょんとつついて停止させる。


「ただいま、アレク」


 戯れにつけた、呼び出しアンデッドの愛称。


「お師匠さまも、ほんと悪いヒトじゃないんだけどね……」


 ぶつぶつとつぶやきながら、窓の外を見やれば。すっかり暗くなっていた。代官がダイアギアスに代わっても、エヴァロティは、魔王国で唯一の人族と獣人族の街として栄え続けている。



 ――そして今日は、飲み会の日だ。



 タフマンをはじめ、自治区の主だったメンツとの交流会も兼ねている。


「今日ってヤヴカたちも来るんだっけ。はーやだやだ」


 お出かけ用の服に着替えて、姿見の前で変なところがないか見直す。


「笑顔1、笑顔2、笑顔3、笑顔4……」


 素早く表情を切り替え。柔らかな微笑み、いたずらっぽい笑み、小馬鹿にするような笑み、得意げな笑み――


「胃袋はちゃんと入ってるかなー。うん、問題なし……」


 軽く水を飲んで、腹から漏れ出したりしないかもチェック。


「……行くか」


 貴重品入れの小さなカバンを肩にかけ、部屋を出るクレア。



 制御しない限り、スンッとした無表情のままだったが。



 その足取りは――どこか軽かった。

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