411.奇才と新天地
「お前がクセモーヌ=ボン=デージだな」
それはある日、突然起きた。
クセモーヌがいつものように、魔王城のドワーフ居住区の工房で新作の構想を練っていると、いきなりドカドカと魔族の戦士たちが踏み込んできたのだ。
「悪いが命令だ、来てもらう」
「えっ」
あれよあれよという間に押さえつけられるクセモーヌ。
「何をする、横暴だ!」
「我らドワーフは身の安全を保証されているのだぞ!」
「黙って見過ごせるかァ!」
フィセロをはじめ他のドワーフ職人たちも猛抗議、いや激しく抵抗したが、魔族の戦士たちはそれを強行突破。目隠しを装着させられ、クセモーヌは荷物のように抱えられて連れ出されてしまう。
(はわわわ……ワタクシ、いったいどうなっちゃうんです!?)
流石のクセモーヌもおちゃらける余裕はなかった。なぜこんなことに。先日、王妃のひとりに納品した衣装が何かまずかったか? それとも他の魔族の怒りでも買ったのか? それにしたって、魔王と約定を結んでいるはずのドワーフ族に手出しをするとは短絡すぎやしないか。
(このまま処刑されちゃうんですか!? いやだーっっ!)
まだ作りたいモノがいっぱいあるのにー! と恐怖にぷるぷる震えるクセモーヌ、その耳に「危ないから暴れるなよ」と魔族がささやきかけ、今度は耳栓まで突っ込まれた。
「???」
何が何だかわからないままに、硬い鞍のようなものに座らせられる。
そして次の瞬間、風圧と、フワッと内臓が浮き上がるような感覚。
(これ……まさかドラゴンに乗せられてますーっ!?)
初体験だが、どうやら自分が飛んでいるらしいことを察した。
「ぎゃわーっ!! イヤーーーッ!!」
そのとき初めて、クセモーヌは自分が高所恐怖症らしいということを知った。思わず暴れたが、何やら固い素材に全身を拘束されて、ほとんど身じろぎもできなくなってしまう。あとから気づいたが、魔族の骨素材を変形させる魔法で簡易的に拘束されたようだ。
(なんです!? いったい何なんです!? ワタクシ、どこに連れて行かれてるんですかー!?)
まさかの誘拐か!? ボン=デージ・スタイルの職人として有名になりすぎてしまったのか……!?
魔王国で囚われの身となっていたクセモーヌだが、実のところ、虜囚生活には一切の不満がなかった。第7魔王子ジルバギアスに認められ、第3魔王子ダイアギアスに気に入られたことで、やりたいことが好きなようにやれるようになった。
自分の芸術性を否定されることなく、思うがままに作品作りに打ち込める! ジルバギアスが追放され、ダイアギアスが遠方に赴任(?)し、魔王への一通りの納品も完了したとあって、この頃はちょっと静かになってしまったが、新作の構想を練るにはぴったりの暇具合だった。
こんなに素晴らしい作業環境があるか! 長らくそう思っていたが――ここがどの種族にも理不尽が降りかかりかねない、蛮族の地であるということを、改めて痛感させられるクセモーヌだった。
そのままドラゴンの背に揺られること、数時間――クセモーヌにとっては数日にも感じられる、地獄のような体験だった。ようやく着陸したときにはもう疲弊しきっていて、ぐったりと荷物のように運搬される他なかった。
「ついたぞ」
耳栓を取られ、椅子に座らされる。さらに目隠しも剥ぎ取られた。
「ここは……?」
眩しい。見回すと、魔王城では滅多に見かけない金メッキの豪奢な装飾が目立つ、広間のようだ。
「お城……?」
ホントにどこなの……? と訝しんでいると、「殿下、連れて参りました!」と自分を誘拐した魔族がハキハキと報告。
「お、来てくれたかー」
それに答えたのは、クセモーヌにとってあまりに聞き覚えのある声だった。
「ダイア様!?」
広間に、腰布一丁というクッソラフな格好をしたダイアギアスが、恥じることなく堂々と入ってくる。
「あれ、クセモーヌ!? なぜそんなことに!?」
そして骨で拘束されたクセモーヌの姿に、目を見開くダイアギアス。
この時点でクセモーヌは、自分が処刑されたり、何かもっと酷い目に遭わせられるわけじゃないらしいと察した。
「ダイア様、酷いんですよー! このヒトったら何の説明もなく、目隠しに耳栓までつけてきて! ワタクシいきなりここまで連れてこられたんですよ! いったいどこなんですかここー!」
ぷんすかしながら遠慮なく訴えるクセモーヌ。
「ええ~……それは酷いな」
ダイアギアスが、非難するような目で誘拐犯魔族を見やった。
「いえ、それが……。ドワーフは基本的に、魔王城の居住区から出られない規則となっておりまして。殿下のご要望を魔王陛下にお伝えしたところ、『万が一にも逃走しないよう、一切の情報を与えてはならない』という条件付きでご許可をいただきまして……それで仕方なく……」
「だからといって、もうちょっとやりようがあるだろう。賓客だぞ彼女は!」
しどろもどろな誘拐犯――もとい、部下の釈明に、珍しく声を荒らげながらダイアギアス。すぐに駆け寄ってきて、クセモーヌの骨の拘束も解いてくれる。
「ごめんね、怖がらせるつもりはなかったんだ。僕は今、エヴァロティから長い時間離れられないんだけど、ボン=デージの新作が欲しくなっちゃったから、クセモーヌに来てもらおうかなと思ってさ。ダメ元で父上に頼んでみたんだけど、こんな形になっちゃって……本当にすまない」
しゅん、と落ち込むダイアギアス。傲岸不遜な魔族とは思えぬしおらしさに、クセモーヌの不満もしおしおと消えていく。
「まあ……仕方ありませんね! こういうこともあるでしょう!! 処刑されるワケじゃないとわかって一安心です、殿下もお気になさらず!」
「まさか! 処刑なんてするわけないじゃないか!! 君は魔王国にはなくてはならない存在だよ!! そんなことするやつがいたら、父上にだって歯向かってやる!」
クワッとした顔で叫ぶダイアギアス。ここまで重要視されると、流石に悪い気はしなかった。その結果が地獄の空の旅だったと思うと考えものだが……
「それにしても、エヴァロティとおっしゃいました? ここ、もしかして前線の近くなんですか?」
「あー、前線はもうちょっと押し上げられちゃってるから、近くではないかな。まあでも比較的国境には近いよ」
「あ、あの、殿下、あまり情報は……」
すんなりと答えるダイアギアスに、部下が苦言を呈そうとするも。
「情報を与えてはならない、ってのは君に与えられた条件だろう? 僕には関係ないからいいんだよ」
「はぁ……」
ダイアギアスがそう言い切るならば、この場で一番偉いのはダイアギアスなので、それが通る。魔王国スタイルだ。
そんなふたりをよそに、「ほうほう、そっかー国境近くかー……ここが噂に聞く、自治区とやら?」と興味深げに改めて周囲を観察するクセモーヌ。
「……やっぱり、帰りたい?」
その態度から何を思ったか、ダイアギアスが申し訳なさそうに問う。
「いえ! 全然!!」
しかしクセモーヌは、きっぱりと否定した。
「故郷に戻ったところで、今ほど自由に創作できるとは思えませんし! ダイア様をはじめとして、お得意様もいっぱいいらっしゃいますし! ワタクシ、作業環境としては一切の不満がありません! それに、ハイエルフの皮なんて素材を扱わせていただけるの、大陸広しといえど魔王国くらいのものですよォ!」
ふんすふんすと鼻息も荒く、目を輝かせるクセモーヌに、「そっか、それならよかった」とニコニコするダイアギアス。
「色々と手違いはあったけど……そんなわけで、新作を依頼したくてね」
「ほうほう! 他ならぬダイア様のご注文とあれば、承りましょう!」
「ありがとう。頼みたいのはリビディネの衣装なんだ、今までの全身きつきつな感じじゃなくて、今度はお腹の辺りがちょっと緩めな雰囲気でお願いしたくてね。あと、色も黒じゃなくて白の柔らかい色がいいな。それと――」
「ふむふむ……」
ダイアギアスの様々な要望を聞きながら、インスピレーションを膨らませていくクセモーヌ――
そういうわけで、本来は一時的に移送されたにすぎないはずのクセモーヌは、ダイアギアスが最高の作業環境と道具を手配してくれたことも相まって、なんだかんだと理由をつけてエヴァロティに留まり、実質的な自治区初のドワーフの住人となった。
魔王城のドワーフたちがクセモーヌ誘拐事件に抗議してストライキを起こしたり、ボン=デージ・アーティストを独り占めにしようとする(と他者は解釈した)ダイアギアスに非難が殺到したりとトラブルはあったものの、クセモーヌが前例となったことで、気分転換や自前の工房目当てにエヴァロティ自治区への移送を希望するドワーフ捕虜も続出。
ダイアギアスの気まぐれの呼び出しが、エヴァロティ自治区のさらなる発展の嚆矢になるとは、この時点では誰も知る由もないのだった――。
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