412.満喫する勇者


「クソァ――ッ! 負けたァ――ッッ!」


 岬からセイルボートで戻ってきて、砂浜に上陸した俺は地を叩いて悔しがった。


「はっはっは、年季が違うよ年季が」


 同じくセイルボートを引き上げながら、爽やかに笑うのはアーサーだ。


 ――どうも、舟遊びでアーサーと競争して、完膚なきまでに敗れ去った勇者アレックスです。


 現在俺たちは『グラ』という街に滞在している。陸地と見紛うくらい広い島を領地とした、そこそこ大きめの都市国家だ。


「こっちは子どもの頃から遊んでるからね。セイルボートで初心者に負けるわけにはいかないのさっ」


 両手を広げて全身で風を受け、湖水で濡れた体を乾かしながら、ふふんと得意げな顔をするアーサー。鼻歌を歌い、リズムに乗せて軽く踊り出す。クソッ、勝利に酔いしれてやがる……! 最近わかってきたんだが、実はけっこうお調子者だった。


「これで約束通り、今日の晩御飯はアレックスのおごりだ!」

「ぐぬぬ……!」


 勝負の途中で、負けた方が晩飯を奢るという賭けをしていたんだよな……!


 ここのところ、アーサーがずっと俺とレイラにごちそうしてくれていて、申し訳なかったのでちょうどいい機会ではあるんだが。


 それはそれとして、負けたのは悔しい!!


「初心者が勝つ道理はない、それはわかるけど……!」


 最初はうまいこと風を掴まえて俺がリードしたと思ったのに、後半アーサーが滑るように加速していって、あっという間に引き離されてしまった。同じ風に吹かれていたはずなのに、なぜ……!?


 まさかとは思うが……!


「魔法で水流いじってないよな」

「それは……」


 ぱちぱちと目をしばたいたアーサーは、


「……やってないよ」

「なんだ今の間」

「いや、違うんだよ」


 ファサッと髪をかき上げ、うーむ、としばし考えるアーサー。


「意識的には使ってないんだ……ただ、水流を感じ取るのに、水属性の魔力の影響がないとは、必ずしも言い切れないから」

「水流を感じ取る?」

「そう。一見凪いでいるように見える湖にも、水流はあるからね。水底や岸辺の形によって、複雑な流れができている……それに逆らわないように進むのが、速度を出すコツなのさ」


 なーるほど、だから直進する俺よりも、グネグネしながら進んでたアーサーの方が速かったのか……


「で、その流れを感知するのに、魔力を使ってたかもしれないってことか」

「うーん、感知ってわけじゃないんだけど、こう、『こっちの方がいいかな?』って感覚的に思うっていうか……昔はこれが当たり前だと思ってたんだけど、どうやら水属性の魔力を持たない人は、違うっぽいからね」


 あー。


 わかるわ。俺も前世で火属性持ちだったときは、火の気配みたいなのを感じ取れてたんだよな。テントの中で寝てても、「あ、外で誰かが焚き火を起こしたな」って薄っすら察したり、逆に焚き火が消える気配で「夜番の野郎、居眠りしてやがる」って目を覚ましたりとか。


「ちなみに、森エルフはもっとすごいよ。前に初心者森エルフにセイルボートを教えたことがあったんだけど、30分くらいで乗りこなしちゃった」


 アーサー顔負けなくらいにマスターしてしまったらしい。さらに、風や水の精霊の助けを借りると、とんでもない速さで移動できるとか……信じられないような長距離をセイルボートで単身旅する、アウリトス湖住みの森エルフなんてのもいるそうだ。もう湖エルフじゃねえかなそれ。


 まあいずれにせよ。


「水流操作してるわけじゃないなら、ズルじゃないか……」


 わかっちゃうもんは仕方ない。今の俺が、闇の中でフンッ! て気合い入れたら、よく目が見えるようなもんだしな。


「くっ、ここは勝ちを譲るぜ……! 次は夜に勝負だ、アーサー! 暗闇の中では俺の方に分があるはず!」

「いや~夜の湖は流石におっかないかなぁ」


 アーサーはからからと笑っていた。




 その後、レイラやアーサーの奥さん――グラの街のお嫁さんとは、まだ子どもができていないらしい――と一緒に、街でご飯を食べたり、土産物を買ってみたり。


「これがこの街の名物だよ」

「ほほー」


 アーサーが差し出してきたのは、レンズが真っ黒なメガネのようなものだった。


「太陽が眩しい夏にかけるものなんだ」

「どれどれ」


 …………いや、ほとんど何も見えねえが!? 空を見上げると、傾きかけた太陽が輪郭まで見えた。


「すげえ、おひさまがこんなにハッキリ見えるんだ! でもそれ以外は夜みたいで見えづれェ~!」


 今世じゃ闇の輩に成り下がって、すっかり夜目が利くようになっちゃったから、夜っぽいのに見えにくい状況が新鮮~!


「面白いですね!」


 レイラもかけたり外したりしてみている。全体的に色素が薄めなレイラの、真っ白なお顔にデンデン! と黒いレンズがあると……なんだろう、独特な雰囲気。可愛いような、カッコイイような、それでいてどこか怪しいような。


「砂浜でのんびりするときとか、真っ昼間に眩しすぎるときにかけるくらいかなぁ。正直、実用性はそこまでないよ」


 アーサーもかけてみて、顎の下に指を添えカッコイイポーズを取る。白い歯がキラッと爽やかだ。


 俺は笑いながら、密かに、(闇の輩が閃光目潰し対策に悪用しないか?)と懸念を抱いたが、夜にコレをかけたらいよいよ何も見えないっぽいので問題はなさそうだ。闇の魔力で目を覆う方が実用性が高いしな。


 ただ面白かったので、記念にひとつ買うことにした。レンズはここらの島々で採掘される、黒い水晶のような鉱石が使われているようで、そこそこお値段が張る。


 一応『太陽メガネ』と名前がついているが、グラの街発祥の特産品で、グラの街のものが主に流通しているため、もっぱら『グラ産メガネ』と呼ばれているそうだ。


 そのままグラの街で2日ほど、のんびりとレイラと一緒に舟遊びしたり、昼間から酒を飲んで昼寝してみたり。


「勇者様も、すっかりお疲れが取れたようで。またよろしくお願いしますぜ」


 ニードアルン号の船長も、グラ産メガネをはじめとした色々な商品を積み込んで準備万端、船員たちも英気を養ったようだ。


「それじゃあ、次の街に向かいますか! 錨を上げろぉ!」


 朝焼けの空の下、順風満帆にニードアルン号は出港する。


「あなた~! またね~~!」

「エミリーも元気でね~~!」


 港で、熱烈に投げキッスしてくる見送りの奥さんに、船べりから身を乗り出しブンブンと手を振って応えるアーサー。奥さんの姿が豆粒ほど小さくなって、見えなくなるまで続けていた。


「さて……次からはとうとう、ハミルトン公国だね」


 いつものように船守人の定席、デッキチェアに寝転がりながら、アーサーが独り言のようにつぶやく。


「へえ、都市国家じゃないのか」


 俺も隣のデッキチェアでのんびりとくつろぎながら、相槌を打った。


 これまで俺たちは、アウリトス湖一帯のノッシュ=ウゴー連合――大小様々な都市国家がひしめく領域を旅してきたわけだが、次の寄港地からは違うらしい。


「うん。小綺麗にまとまってた都市国家と違って、なんというか……小さいけれどもちゃんとした『国』だよ。アウリトス湖北岸の一部を占める、横に細長い国さ。我らがノッシュ=ウゴー連合と、カイザーン帝国の中間――まさに緩衝国って感じの存在だね」

「へぇ~」


 魔王国に接した同盟国については、ソフィアに色々教わってるんだけど、ここいらアウリトス湖周辺の地理は、フワッとした位置関係くらいしか把握できてないんだよなぁ。


 夜エルフどもから情報をぶっこ抜いたおかげで、一部の商会や貴族のツテなんかについては無駄に詳しいんだが……夜エルフをブチ殺したせいで前提条件が瓦解、今ではほとんど役に立たない情報だったりする。


「ハミルトン公国は要衝をいくつも押さえていて、小さいながらも活気のある国なんだ。人の出入りが激しくて、良くも悪くも活気がある――船員たちも、寄港するのを楽しみにしてる人は多いんじゃないかな」


 さっきからちょくちょく乗組員たちの会話が聞こえてくるんだが、「酒! 女! 博打ッ!」って感じの内容が多い。ハミルトン公国もそういうノリらしい。しかし皆さん、あの、2日ほど英気を養われたばかりだと思うんスけど……


「あんまりガツガツした状態で寄港したら、ロクなことにならないから……」


 アーサーが小声で教えてくれた。ああ、だからグラの街でのんびりして、船員たちに余裕を持たせたわけね……


「そういうわけで……これまでと違って長閑な国じゃないから、財布をスられたりしないよう、ちょっと用心した方がいいかも」

「気をつけよう」


 同盟圏にやってきて、そういう雰囲気の国は初めてだなぁ。


 しかし、そんな混沌とした環境は、夜エルフにとって絶好の隠れ蓑だ……きちんと闇の輩狩りは遂行されたんだろうか? 要チェックだな。



 デッキチェアに寝転がって頭の後ろで腕を組んだ俺は、思い出したように、スチャッとグラ産メガネを装着。



 そして太陽の輪郭を眺めながら、きたるハミルトン公国に思いを馳せた――。




――――――――――――――

※新章スタートです! これまで頑張ってきたアレクへのご褒美として、前半はのんびりまったり愉快に過ごしてもらおうと思います!

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