372.勇者の見解


 アーサー……奇しくもアウリトス湖一帯に伝わる、古代の勇者王と同じ名前か。


 人化した今の俺の魔力感覚はかなりぼんやりしているのでアレだが、このアーサーという青年、人族とは思えないほど強大な魔力の持ち主のように思える。


「俺はアレックス。勇者だ」


 同じく銀色の光を灯して見せながら、こちらも自己紹介した。


「アレックス? ひょっとして、昨日夜エルフを仕留めたという?」


 首を傾げるアーサーに、衛兵隊の面々がうんうんとうなずく。アーサーは、昨夜の段階ではこの街の聖教会にはいなかった。今日やってきたばかりか? そして俺の話を聖教会から聞いたなら、カバーストーリー――俺が休暇中、たまたま観光に訪れて夜エルフに出くわし殲滅した、という流れも聞き及んでいることだろう。


「ああ、そうさ。たまたま怪しい気配を感じてな」

「素晴らしい仕事ぶりだ、僕も見習いたいよ。ただ――」


 街の方を振り返って表情を曇らせるアーサーだったが、「……いや」と言葉を濁して口をつぐんだ。


「……ところで、『各地で発見されている不審な水死体』、と言ってたか?」


 その態度にちょっと引っかかるものは感じたが、俺としてもこちらの事情をあまり深掘りされたくないので、さっさと元の話題に戻すことにした。


「こんな感じの遺体が――吸血鬼の被害者が各地で出ていると?」

「……おそらくは」


 おそらく? ずいぶんと曖昧な答えじゃないか。


「僕が知る限り、ここ数ヶ月で数件――一ヶ月にひとり程度、こういった例の報告がある。ただ、各街の聖教会や衛兵隊が把握できている場合に限った話だから、実際はもっと多いんじゃないかと思ってる」


 そっと遺体に歩み寄り、観察するアーサー。


「……うん、やっぱり。首や太もも、腕なんかの動脈が通っていた場所に、必ず複数の傷跡がある。魚や鳥に食い破られたあとだけど、水死体の食害は手足の末端や粘膜から真っ先に始まるはずだ」


 アーサーが髪をかき上げながら、俺を見た。左目は普通にあるんだな。傷でも隠してるのかと思ったが。


「たまたまってこともあるかもしれないけど、僕が検死に立ち会えた数体の遺体も、全てこれらの部位に食痕があった」


 その言葉に、俺もピンときた。


 エヴァロティ自治区でイヤになるくらい聞きかじっていた吸血鬼の生態。直接牙で獲物に噛みつくのは稀で、動脈に傷をつけてそこから流れ出る血をすする――


「吸血鬼どもが傷をつけていた? そして遺体を湖に捨てたあと、血の臭いで魚や鳥が真っ先にそこに食いついたってわけか」

「僕もそう見ている」


 ……厄介だな。これ、相当に厄介だぞ。


『何がじゃ?』


 いや、それはな――


「勇者さん、ウチの街に吸血鬼が潜んでいるんでしょうか?」


 と、獣人衛兵が神経質に耳をピクピクさせながら、アーサーに尋ねた。昨日の今日で、夜エルフが4名も潜入していたのが明らかになったばかりだからな、そりゃ心配にもなるだろう。


「それは調べてみなければわからない。行方不明者のリストはあるんだろう?」

「あります、が……ここ数ヶ月、ウチの街では出てないです。少なくとも町の住民はひとりも……」


 帳簿を持っていた衛兵が、ぱらぱらとめくりながら答えた。


「ふむ。それなら一応、街の怪しいところは潰しておいた方がいいかもだけど、個人的にはこの街には潜んでいないと思っているよ。この遺体も遠くから流れ着いたものだろうからね……」


 アーサーの言葉に、あからさまにホッとした様子を見せる衛兵たちだが……


「僕としてはむしろ――湖に適応した吸血鬼がいるんじゃないかと睨んでいる」


 やっぱそうなるよなぁ~~~。


『どういうことじゃ?』


 さっきの厄介って話にもつながるんだが……


 吸血鬼の被害者の発見が致命的に遅れてる可能性がある、ってことだ。通常、吸血鬼がうろついた場所では、カラッカラに干からびた死体が見つかるので、すぐにそれとわかる。だから聖教会のヴァンパイアハンターが即座に派遣される。


 ただ、この巨大湖――アウリトス湖に棲み着いてるとなると、かなり厳しい。


 なんていったって連中、呼吸する必要がないから、水底に潜まれると手が出せねえんだわ。


『言われてみれば当然じゃな。しかし、それでは生者に対しては、水中でほぼ無敵と言えるのではないか?』


 飛行中のドラゴンぐらい厄介だ。そして、血を吸い尽くして干からびた被害者も、湖に放り込めばふやけて何が何やらわからなくなるし、たいてい岸に辿り着く前に沈むか、魚や鳥の餌になって消えちまうって寸法だ……


『ふむ……ただ、それならば今頃、アウリトス湖を含む水辺一帯が吸血鬼の縄張りと化しておらんと、おかしいと思うんじゃが? 歴史的な話で、じゃ』


 ところが吸血鬼にもちょっと問題があって、呼吸の必要はないけど、呼吸しないのはそれなりに不快らしい。


『はあ? 何じゃそれは』


 もともと生者だったのが、始祖吸血鬼の呪詛で存在を捻じ曲げられたのが吸血鬼って連中だ。普通の、エンマみたいなアンデッドと違って、生者としての性質を色々と引きずってるんだよ。


 活動するのに呼吸は必要ないけど、生物のように呼吸は欲してる。あと水中に潜って鼻とか肺とかに水が流れ込んでくるのも、フッツーに不快で咳き込みそうになったりするそうだ。


 ほら、前にクレアが話してただろ。エヴァロティでヤヴカたちが衛兵隊と交流会と称して飲み会をやったって。


 あのとき、何かの拍子にヤヴカが酒で咽せたってクレアが言ってたんだが、つまり吸血鬼には『肺や喉に異物が入ったら咽せる』生理的反応が存在するんだよ。


『はぁ……つまり何じゃ、水中ではほぼ無敵じゃが、ずっと水中におるのは我慢ならんと?』


 そういうこと。驚異的な精神力で潜り続ける奴もいるかもしれないけどな。それがさっき言った『適応した』吸血鬼ってやつだ。


『ならば、やはり適応した吸血鬼が湖のヌシと化すのでは?』


 それでも問題が残ってるんだよ。アンテ、もしも吸血鬼が潜んでて獲物を待ち構えている川や湖があったとして、お前が人族ならどうする?


『……近寄らんようにする?』


 正解。


 過去に何度か、湖や川に吸血鬼が逃げ込んだっていう例があったらしい。討伐隊も手を出しかねたが、近隣住民も決して近寄らないようになったから、干上がった吸血鬼は結局、自分から出てこざるを得なかった。


 そして、討伐された。血が飲めなくて弱ってたから当然だよな。


『……しかし、アウリトス湖ほどの巨大な湖となると、生活圏が広すぎて、今さら近寄らんようにするのは無理ではないか?』


 ああ。例えば漁村が丸ごと内陸に引っ越すとか無理だもんな。ただ、吸血鬼がどれだけ水中生活に適応しようとも、人の血を吸おうと思ったら陸に上がらなきゃいけないのは変わりない。


 ……水中で魔獣の血を吸いまくって魔力補給する、って手もなくはないだろうが、流石に魔獣には泳ぎじゃ勝てないだろうからな……水中だと霧化もできないし……


 で、ここからは気の遠い話になるが、吸血被害者がどの辺りで出たかがわかれば、だいたいどの水域に吸血鬼が潜んでいるかも見当がつけられる。


 そして、次に被害者が出てきそうな場所で待ち伏せしていれば――


『そこに吸血鬼が現れる、と』


 吸血の頻度が高ければ高いほど被害者も多くなって場所がわかりやすい。


 逆に頻度が低ければ、吸血しに来る頃には弱っている可能性が高い。


 俺はアウリトス湖の歴史には詳しくないが、そんな感じで過去、水底に隠れ潜んだ吸血鬼たちも、気が遠くなるほどの時間をかけて討伐されてきたはずだ。


 結局、吸血鬼がいくら水中に適応しようとも、獲物たる人族は水上に住んでるわけだから、賢い水棲魔獣への対処法――待ち伏せして陸に上がってきたところを迎撃、という形になるわけさ。



 そして――



 俺の予想が正しければ。



 吸血鬼が潜んでいるであろう『水域』の絞り込みをしつつあるのが、このアーサーという勇者だ。

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