371.奇妙な漂着者
どうも、砂浜でのんびりと休暇を楽しんでいたら、水死体が漂着してきてびっくりな勇者アレックスです。
程なくして、通報を受けた衛兵隊が現場に駆けつけてきた。事件性の有無の確認、行方不明者との照合なんかのためだな。
平和な市民生活は、彼らの地道な活動に支えられている。いつもお疲れ様です。
「あんたは……」
そして衛兵隊の面々に、「またお前か」みたいな顔をされた。つい昨日、夜エルフ4名ブチ殺して世話になったばかりだからな……
違うんです! 今回は何もやってないです!
「のんびり湖水浴を楽しんでただけなんだが……」
「それでこれか……あんた死神か何かなのか?」
「……そうかもしれない」
あながち否定できないな……としんみりしていると、衛兵がふと俺の後ろを見やって、ヒッと怯えたような声を上げた。
「ん?」
振り返ってみても、レイラが神妙な顔をしているだけだ。いったいどうした? 衛兵さん、ずいぶんと顔色が悪いが……。レイラが何か脅かした? まさかな。
「どうだ、何かわかったか?」
「たぶん男だってことくらいは……」
「かなり時間が経ってそうだな」
それはさておき、他の衛兵たちによる検分が進んでいる。
遺体はおそらくは人族。もしかしたら森エルフの可能性もゼロじゃない。具体的にどのような状態なのか、詳細については省略しよう。ただ男女の判別すら難しい、とだけ。
俺は経験上、死体は山ほど見てきたんだが、前世も込みで水死体にはあまり縁がなかった。なので詳しいことはよくわからない。
「勇者さん、一応、発見されたときの状況を伺っても?」
遺体を検分していた衛兵のうちひとり、褐色毛の犬獣人が顔を上げて、俺に尋ねてきた。
「それほど語れることはない。第一発見者は俺じゃなくて、この砂浜で遊んでいた子どもたちだ。俺はそこの木陰で休んでた」
相変わらず同じ場所に荷物を置きっぱなしだ。親指で背後を示しながら、俺は言葉を続ける。
「子どもたちが急に悲鳴を上げたから、何事かと駆けつけてみれば、……このご遺体が漂着してたってワケだ。残念ながら、他に何か気づいたことはないな」
「そうか……」
獣人衛兵は「うーむ」と唸りながら、遺体を見ている。
「気になることが?」
「ああ。ちょっとこのご遺体、様子が変なんだよ。まず普通の水死体に比べて、臭いがそれほどキツくない」
人族に比べて尖った鼻をトントンと指先で叩きながら、獣人衛兵。
言われてみれば、腐敗臭があまり感じられないな。真夏で、しかも死後けっこうな時間が経っていそうなのにもかかわらず、だ。
「そして……こういう水死体は、時間が経てば黒ずんでいくものなんだが」
――淡い青色っぽい感じの白さ。どこかアンデッドを彷彿とさせるような。
「夏なのにあまり腐敗してなくて、黒ずんでもいないと?」
「そういうことだ。それが何を意味しているのか、おれたちにもよくわからないんだが……」
獣人衛兵が同僚たちを見やるが、彼らも判断しかねているようだった。
「とりあえず……ウチの街の行方不明者や遭難者に、それらしい該当者はいなさそうだ。入れ墨もないから船乗りではなさそうだし」
衛兵のひとりが、帳簿をぱらぱらめくりながら言う。水死体は時間が経つと判別が難しくなるので、万が一水死しても自分だと判別してもらえるよう、船乗りが特徴的な入れ墨を入れるってのは有名な話だ。
「ということは、客船の乗客あたりか……?」
「かもな。ここんとこ嵐もないから、流されたって線も薄い」
「魔獣が水中に引きずり込んだにしては、状態が良すぎるしな」
「と、なると、ウチがこれ以上アレコレ探る必要はなさそうだ……」
衛兵たちは早くも解散ムードを醸し出している。遺体がこの街の住民じゃないなら管轄外というか、不幸にも落水して亡くなった客船の乗客とかだと誰なのか見当すらつかないし、手出しする意味がないってことだ。
「勇者さん、火魔法とか使えたりします? 火葬していただけるなら衛兵隊から少し謝礼が出ますが」
「悪いが、火属性持ちじゃない」
「そいつは残念。どうしたもんかな、埋めるかー?」
「魔法使いのドーソンさんか、カッソバ爺あたり呼んでこようか?」
「カッソバ爺は火葬代値上げしろってうるせえんだよな。ドーソンさんが空いてたらいいんだが……」
ちなみに、その気になればブレスで遺体を灰にできるであろうレイラは、沈黙を保っていた。木や帆を燃やすのと違って、時間かかるし目立つしね。
遺体の扱いについて議論しだす衛兵隊をよそに、俺は今一度、じっくりと観察してみる。例の獣人衛兵も、やっぱり釈然としないのか、俺の隣で検分を続けていた。
…………水死体にはあまり縁がなかったから、はっきりとしたことは言えないんだが、どうにも違和感がある。
しばらく眺めていて、俺はその原因に気づいた。
「血……」
体の各所が魚についばまれているようだが、あまりにも――肉の色が薄すぎやしないか。俺のつぶやきに、獣人衛兵もハッとしたように顔を上げる。
「それだ。血の臭いだ! 腐った血の臭いが全然しないんだ!」
獣人衛兵は、少しためらってから、腰のベルトのナイフを抜く。そして遺体に「申し訳ない」と祈りを捧げてから、首の動脈のあたりにスッと刃を差し込んだ。
「…………」
違和感が――輪郭を、明らかにしていく。
「おかしい。このご遺体……まるで……ふやかした干し肉みたいだ」
獣人衛兵のたとえは、なんというか、イヤになるくらいわかりやすかった。
そして俺は、ゾワッと背筋が粟立つのを感じる。
この遺体……水死体じゃ、ない!!
「血が、抜き取られている」
俺の言葉に、他の衛兵たちも、動きを止めた。
「まさか……!!」
ああ、そのまさかだ。
こんな死体を生み出す存在なんて、ひとつしかいやしねえ。
「吸血鬼……!」
俺はアダマスの柄を握りしめながら、忌々しい名を口にする。
「――面白いね」
不意に、涼やかな声が響いた。
何事かと見やれば、街の方からこちらに歩いてくる人影。
「僕と同じ結論に達する人がいるとは」
それは、どこかミステリアスな魅力を醸し出す青年だった。ウェーブした金髪、前髪に隠された左目、すっと通った鼻筋。鎧を装備し、左手には滑らかな銀色の盾。
「やあ、はじめまして。この頃、各地で発見されている不審な水死体について調査に来た――」
青年は、フッとその手に銀色の輝きを灯してみせる。
「聖教会の勇者・アーサー。アーサー=ヒルバーンだ、よろしく」
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