379.血筋と家系
『船守人』という制度がある。勇者や神官(多くは治癒の奇跡を扱える神官)が、航海中の様々な問題に対応できるよう船に派遣される仕組みだ。
クソ魔王軍のせいで聖教会が人員不足に陥っている昨今は、航路が短ければ大型船にさえ神官が乗り合わせてないなんてこともザラだが、中型客船のニードアルン号には俺とアーサーのふたりが乗っている。
船長が感謝していたように、かなりの幸運と言えるだろう。……アウリトス湖沿岸の南東部から北東部までを巡回する航路だから、このまま吸血鬼が潜んでいるかもしれないエリアに突っ込むことになる、という一点に目を瞑れば。
『まあ、それでもアーサーとお主がおるだけ相当にマシじゃろ?』
そうだな。もし吸血鬼どもが中型船と甘く見て襲いかかってきたら、返り討ちにしてやるさ。相手の人数にもよるけど。
とはいえ、航海中の危険は吸血鬼よりも湖賊と水棲魔獣がメインだ。それらに即応する必要がある船守人は、何事もないとき、寛いで体を休ませておくのが『義務』と言える。
「僕は上位までの治癒も扱えるから、怪我したときは遠慮なく言ってね」
甲板の上、デッキチェアにのんびりと背を預けたアーサーが、これまたリラックスした様子で言う。パラソルで直射日光を遮り、麦わらストローでちゅーっと冷やしたミントティーを飲んでいる。武具を身に着けていなければまるで観光客だ。
いやホントに寛いでるな! 完全に緊張の糸を緩めているのがわかる。なるほど、対魔王軍の戦場と違って、船上では夜エルフの矢が飛んでくることも、突然致命的な呪詛を叩きつけられることもない。見張りは船員がやってくれるから、完全に肩の力を抜いていても問題ないんだなぁ。
人によっては油断を招きかねないが、アーサーはクソデカクラーケン相手に単身で持ちこたえる男だ、実績が違う……!
翻って俺は以前、船上での釣りを楽しんでたけど、あれは体力を無駄に使っていたという点で船守人としては失格なんだろうな。まあ、船守人じゃなくてボランティア勇者だったんだけどさ。
「治癒を使えるのは、だいぶん心強いな」
俺もアーサーを見習って、その隣、頭の後ろで腕を組みながらのんびりとデッキチェアに寝転がっていた。
勇者なのに高度な奇跡を扱えるということは、幼い頃から修行できる環境にあったか、それともよほど才能があるか、だ。
さらにその上で、神官コースに放り込まれず勇者になったということは、剣の才能がバリバリなのか、指揮官としての才能が皆無なのか、はたまた――
「うちは代々勇者の家系でね」
俺の内心を読み取ったかのように、アーサーが肩をすくめる。
「一線を退いたら神官に転向するけど、基本的には『勇者』なんだよ」
「へえ……ヒルバーン家はそういう血筋なのか。ひょっとして古代の勇者王アーサーに、何かゆかりでも?」
「まさにそれで、勇者王がご先祖様さ」
「ほう! そりゃすごい」
下手な王族より由緒正しい血筋だ!
『有名人のようじゃな』
聖教会関係者なら一度は聞いたことあるさ。
勇者王アーサー、人族の黎明期の王。選ばれし英雄のひとりで、アウリトス湖沿岸一帯の人類の敵を討ち払い、人族の生存領域を大きく広げたと言い伝えられている。
本来なら、その圧倒的なカリスマと実力により、王族として君臨していたんだろうが、勇者王アーサーは現場タイプの人間だったらしく、人類の敵との戦いと政治の両立が困難だったため、統治は他の人間に任せ――つまり王位を捨てて――勇者であり続けた。本当に根っからの人類の守護者だったわけだ。
それでも一時的には王だったし、絶大な人気と影響力を持っていたことから、今日では『勇者王』と呼ばれている。そして勇者王の子も、孫も、聖属性を発現し続け、彼ら彼女らは今でも聖教会の一員であり続けている――
という話は、俺も前世で聞いたことがあった。聖属性は子に受け継がれるとは限らないんだが、たまにあるんだよな、こういう家系が。
そして前世では、俺はそれを『神々の加護』と考えていたが、今となっては――
「【無辜の人々の盾であれ。そして魔を討ち払う剣であれ。ヒルバーン家の勇者ここにあり】――我が家の家訓でね」
アーサーが微笑む。家訓を、まるで歌うように、唱えるように、口ずさみながら。おそらくは何十回、何百回と同じような話を繰り返してきた――
『この
「ちなみに、自慢なんだけどね」
「ああ」
「コレ、うちに伝わる勇者王の武具なんだ」
アーサーが、左腕の小型の盾を持ち上げてみせる。
「マジで!?」
スゲェーーーッ!! 思わずデッキチェアの上で身を起こしてしまった。
並々ならぬ魔力を感じるからドワーフ製だろうとは思ってたけどさ!! マジモンの伝説の武具じゃんよーーー!!
「銘は!? 銘とかあんの!?」
「【アーヴァロン】――そう呼ばれている」
アーサーの言葉に呼応するように、盾がキラッと輝いた。
「うおおおスゲーッ! 本当の本当に受け継いでるんだ……!!」
持ち主として認められてる! 【継承】されてるんだーっ! すげーーっ!!
『はしゃぎすぎじゃろ』
だってお前、もはやこれ伝説そのものだよ! 現存するなんて、うおーっ!
「勇者王と同名だし、名実ともに継承者って感じなんだな……!」
俺がそうコメントすると、アーサーは「ふふ……」と意味深に笑った。え、何その含みがある感じ。まさかマジでそういう『呪術』なの?
……あのクラーケン相手に耐え抜いていたことを思えば、さもありなん。人族にしては只者じゃない魔力の持ち主みたいだし、ガチの『英雄』、勇者王の再来ってワケか……?
――アーサーなら、魔王に刃が届くか?
いつしか俺は、そういう目で眼前の青年を観察していた。おそらく、現状の人類でも最高クラスの英雄を。
もしも魔王城強襲作戦に、アーサーがいたら――
……あ、いや当時はまだ子どもか……それにしても、うーん。
『無理じゃな』
アンテが無慈悲に切り捨てた。そうだな、俺もそう思う。魔王はやっぱり、次元が違う。アーサーが50人くらいいたら勝負にはなるかもしれない。
「……休暇が終わったら、また前線に戻るけどね」
俺の視線をどう解釈したのか、アーサーが遠い目で船の行く先を見やった。
「僕ひとりの力じゃ、どうしようもないことも多いよ。……せめて、言い伝えられている、ご先祖様くらいの力があればなぁ……」
「それは……流石にちょっとは脚色もあるだろうからな……」
勇者王アーサーは剣の一振りで湖を割ったとか言われてるが、いくらなんでも話を盛ってると思う……
「アレックスも前線帰りなんだろう?」
「ああ」
「何か得意なこととかある? 一応聞いておきたいんだけど」
あー。やっぱりこういう話になるかー。
まあ覚悟はしていたけど。
俺はパンッと手を打ち合わせて、例によって防音の結界を展開した。アーサーが怪訝そうにしている――
「俺の属性は闇だよ」
指の先に、ほんの僅かに、どろりとした魔力を出してみせた。【
「……!」
アーサーが、思わずといった様子でデッキチェアの上で身を起こしていた。さっきの俺みたいに。
「……驚いた。そんなことがあり得るのか?」
しかしすぐに元の姿勢に戻る。驚愕よりも、興味の色が強い。
あっ、さてはオメー、聖属性の『仕組み』も知ってやがるな……?
『それを存分に活かしておる家系ゆえ、当然把握しておろうなぁ』
だよなー。ま、それならある意味、話が早い。
「そういう家系なんだ」
俺は澄まし顔で短く答えた。
嘘は言ってないぜ。
「まあ俺は、ウチの家系でもとびきりの変わり者だけどな」
「だろうね。いや、驚いたよ、初めて見た……所属とか聞いても?」
「黙秘する」
「やっぱりか」
アーサーはくすくすと笑った。
「そういう家系で、秘術の使い手……なるほどね」
「あまり話せることがなくてすまないな。俺の得意分野は、切った張ったと、秘術でのちょっとした情報収集くらいのもんさ」
――それから俺は、防護の呪文や防音の結界などの魔法をいくつか使える以外は、基本的に聖銀呪に染め上げた魔力を叩き込んだり、呪詛で相手を弱体化させることしかできない、ということをかいつまんで伝えておいた。
これで、アーサーの前では【禁忌】の魔法もちょっと使いやすくなったな。呪詛ってことにすればいいから。詠唱はあまり聞かれないように気をつけよう。
†††
その後は特に何事もなく、日暮れ前には次の街に到着した。
丸1日停泊するので、出航は明後日の朝とのこと。
「この街、美味しい飯屋があるんだ。僕のツテで予約は取れるから、恋人さんと行っておいでよ」
「おっ、悪いな。ありがとう」
そんなことを話しながら、アーサーと一緒に下船すると――
「あなたーっ!」
女の声。
「パパーっ!」
さらに子どもの声。
見れば群衆の中から、こちらめがけて駆けてくる涙目の女と幼い少女――
「シルビア! リサ!」
アーサーがパッと笑顔になって、走り寄る。
「ひさしぶり! ふたりとも、元気だった?」
「あなた……よく無事で……!」
「パパー! 会いたかったー!!」
ふたりをいっぺんに抱きしめて、キスの雨を降らせるアーサー。えぇ……。
「あの……アーサー? そちらの方々は……?」
「ああ、アレックス。紹介するよ」
笑顔で、女性の肩を抱いたアーサーは。
「彼女は、僕の妻のシルビア。そしてこっちは娘のリサ」
なん……だと……
さてはオメー、ダイアギアスだな!?
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