380.生存戦略
アーサーが複数家庭持ちだったという事実に驚かされたあと、飯屋に案内された。どうやらこの街の奥さんの実家だったようで、湖の幸をスパイシーに味付けし、穀物と一緒に平鍋で焼き上げた名物料理が美味かった。
「うまっ! めっちゃうまっ! レイラ、明日もここにしていい?」
「もちろんですよ! わたしも大好きですこれ!」
ふたりしてモリモリ食べちゃった。
というわけで、翌日の昼・夜ともにこのお店で食事を摂った。朝は準備中で開いていなかったのが悔やまれる。魔王の食事会みたいなコース料理もいいけど、こういうガッツリした一品料理もいいよね。俺としてはコッチの方が好みかもしれない。なんというか、ホッとする。
ちなみに、この街には夜エルフがいないので、のんびりできた。
前の街でブチ殺した4名に、この街に潜入していた奴が混ざっていたんだ。どうやら、俺がアウリトス湖西部で連絡員を排除した結果、定期連絡が来なくなり、それを不審に感じていち早くトンズラかましていたらしい。
『なかなか嗅覚が鋭い奴じゃのう』
諜報員としては、なかなか優秀だったようだ。それで逃げ込んだ先に、俺が殴り込んできたのは不運としか言いようがないが。
そして、その夜エルフ諜報員が潜入していた貿易商の倉庫では、緊急時用の備蓄食料に毒が盛られていた。諜報員が行方をくらます際、置き土産に残していったものだ(本人に自供させていた)。
備蓄用なのですぐには被害が出ないが、新しく入れ替えるであろう来年か、緊急時に大量の中毒者を出していたってワケだ。全くロクでもねえことしやがる。
行方不明の社員が夜エルフ諜報員だと聞いても半信半疑だった貿易商も、備蓄食料をねずみに食わせてみて、痙攣しながら死んだのを見て顔面蒼白になっていた。
幸い、コルテラ商会のように組織ごと傀儡化されていたワケじゃなかったので、貿易商も解体は免れたようだ。毒による犠牲者も出ていなかったので、大量の備蓄食料を廃棄せざるを得なくなったことを除けば、被害は最小限に抑えられたといえよう。
「あなた~~~! 元気で~~!」
「パパ~! また帰ってきてね~!」
「ふたりとも元気で!! またね~~~!」
その後、何事もなく1日が過ぎて、再び出航。涙ながらに手を振り見送る奥さんと娘さんに、アーサーも船上からブンブンと手を振りまくっていた。
家族仲は良好……というか、アーサーに嫌われる要素がないって感じかなぁ。それにしても家族団らんがたった1日か。あまりに短い……。
「その……アーサーって、奥さん何人もいるの?」
「うん、色んな街にね。基本的にプロポーズされたら受け入れることにしてるんだ、ひとつの街につきひとりまでだけど」
俺がちょっと控えめに尋ねると、アーサーはまたぞろデッキチェアに寝転がりながら臆面もなく答えた。
「人数制限とかあるんだ」
「無節操に受け入れたら養いきれないから……」
ちなみに生活費というか養育費は、ヒルバーン家とそれぞれの街の領主で折半しているらしい。
「それ、プロポーズ合戦にならなかったか?」
アーサー、勇者であることを差し引いても、めっちゃイケメンで話しやすくて清潔感があって実家が太くていざというとき頼れる男だもんな……プロポーズされたら受け入れるなんて言われたら殺到するだろ。
「う、うん……」
アーサーがちょっと気まずげな顔をした。
「そういうときは、全員と軽くお話してみて、一番好みの子を……」
めっちゃ時間かかっただろうなー。
「うちの家系も、聖属性には発現しやすいと言っても確実ではないから、どうしてもこういう形で、ね……」
「なるほどなぁ……」
確率を増やしている、と。
『一般的な人族にとって、一夫多妻はやはり禁忌かのぅ?』
うーん、地域によるんじゃねえかな。王侯貴族はザラに一夫多妻とか多夫一妻とかやってるけど、庶民は双方の同意の元、無理なく養えるならご自由にって感じじゃねえか。
俺の故郷は一夫一妻が普通だったはずだけどな。聖教会も、結婚の儀式はやるけど一夫一妻を強制する教義はない。ただ『人族よ、子をなし繁栄せよ』みたいな記述が聖典にあるだけで。
『聖教会としては、人族の頭数が維持できるなら何でもよしという方向性かの』
まあ、そういうことになるな。そしてその観点から言えば、伝説の王族の血を引くアーサーが一夫多妻でも違和感はない。
「アーサーにも、兄弟っていっぱいいたりするのか?」
「いるねー。全員は把握しきれてないけど、少なくとも15人は兄弟姉妹がいるよ。名前を聞いただけ、まで含めるならもっとかな。だいたい半分くらいが聖属性に目覚めて、勇者や神官になった」
そのうち何人が今も生きてるかはわかんないけどね、とアーサーは付け加える。
……アーサーは、前線で戦って生き延び、休暇に戻ってくることができた。
だが兄弟の中には、生還できなかった者もいる――
それにしても、子の半分が聖属性を発現って凄まじいな。聞けば、見込みのある子は成人前からヒルバーン家で引き取って、修行したりするらしい。万が一聖属性を発現しなかったとしても、光の魔力を馴染ませて奇跡の修行に打ち込めば、
そして勇者や神官の頭数が増えれば、船守人はもちろん、聖教会に癒し手が増えたりと、都市国家にとっても利益がある。だから養育費を領主が折半しているのか。
『ただ、魔王軍のせいでその戦略が狂ってるようじゃが』
問題はそこだよな……。
「しかし、領主の娘とかじゃなくて、一般家庭の人と結婚してるんだな」
さっきの奥さん、シルビアさんだったか。彼女も、実家が裕福とはいえ、飯屋さんだったし。
聖属性に半分の確率で目覚める子種(言い方は悪いが)なんて、権力者が放っておかなさそうなもんだが……
「ああ、それね、駄目なんだよ。昔々、ヒルバーン家もそんな感じの政略結婚をやってたんだけど、聖教会に政治的な悪影響が及びそうになったから、今は本国から禁止されてるんだ」
ああ……なるほどね。領主的な思想を持つ勇者や神官、つまり人類全体の利益よりも故郷の利益を重視する輩が聖教会内部で派閥を作ったら一大事、ってことか。
「まあそれ以前に、領主の親類と子をなしても、不思議と聖属性には目覚めにくかったらしいんだけどね」
頭の後ろで腕を組んで、のんびりとした口調でアーサーは言った。
「やっぱり、世俗の権力とはあまり相性がよろしくないのかな、勇者業って」
……さもありなん。
「ちなみに……アーサーは、お子さん何人ぐらいいるんだ?」
「17人」
多。
「もうすぐ3人生まれるか、ひょっとしたらもう生まれてる。今回、会えたらいいんだけどなぁ……」
冷たいミントティーのカップを傾けながら、切なげに目を細めるアーサー。
『こやつの兄弟姉妹も結婚してるであろうことを考えると、ヒルバーン家がどれだけ聖教会の頭数に貢献してるかわからんの……』
普通にヒルバーン派閥とかできてそうだよな……っていうか、あったのかな? 俺が知らないだけで。
「なんというか……すごいな。現時点で10人くらいは勇者候補がいるってことになるんだ」
「う、ん……。まあ、そう、だね」
俺の率直な感想に、どこか気まずげにアーサー。
「……ヒルバーン家の跡継ぎが増えたら助かる、って気持ちもあるんだけどね。でもこの情勢下で、勇者になることが……果たして本当に、子どもたちにとって幸せなのかなって。そう考えるときもあるんだ……」
…………。
「アレックスも、前線帰りなら……わかるだろう?」
「……まあ、な……」
アーサーの兄弟でさえ欠けてるくらいだ。
聖属性に目覚めたところで、アーサーの子どもたちを待ち受けているのは――戦場という名の地獄だろう。
ひとりでも勇者が増えてくれたら心強い、ありがたい、いち勇者としてはそう思うものの。
親が子を想う気持ちも当然、理解できる。理解、できてしまう……
少なくとも、デッキチェアにのんびりと寝転がっているように見えるアーサーは。
そのとき、勇者ではなく、ひとりの父親の顔をしていた。
というか俺は、不意に恐ろしくなった。
このまま追放刑が終わって、魔王国に舞い戻って、10年後、20年後――
俺は、アーサーの子どもたちと戦う羽目になるのではないか。
いや。
ひょっとすると、それ以前に――
「アーサーの親族で、」
俺は、口の中が乾いていくのを感じた。
「デフテロス戦線にいた人は――?」
アーサーは一瞬、押し黙った。
「兄がふたり、弟がひとり、それに叔父と叔母が何人か――エヴァロティ防衛の援軍に行ったよ」
「……そうか」
「アレックスも、まさか現地に?」
アーサーの澄んだ瞳に見つめられて、俺は思わず目を逸らした。
「……いや。俺は、防衛戦には加われなかった」
――攻め込む側だったから。
「でも……エヴァロティは凄まじい激戦だった、ってのは、聞いてる」
「そっか。実際その通りだったみたいで、残念ながらみんな帰ってこなかったよ」
アーサーは実に平坦な声で言った。
「休暇が明けたら僕も前線に戻るけど――たぶんまた北部戦線に配置されると思う」
一拍置いて。
「みんなの仇は討つつもりだよ」
のんびりと、デッキチェアで寛いでいるように見えるアーサー。
だが、頭の後ろで組んだ手は、固く、固く握りしめられていた。
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