378.予期せぬ結果

※お待たせしました……っ! エンマのキャラデザ、公開されてます。詳しくは近況ノートか作者ツイッターまで!

――――――――――――――――


 水死体が打ち上がった翌々日、俺たちを乗せたニードアルン号は無事出航した。


「あなた~! 気をつけて~!」

「パァ~パ~!」

「ふたりとも~! 元気でね~! いってきまーす!!」


 港まで見送りに来た妻と息子に、アーサーが甲板からブンブンと手を振りまくっている。たった数日でお別れか……せっかく生きてるのに悲しいもんだな……


 アーサーが、その貴重な休暇を吸血鬼討伐に費やそうとしているという事実がまた哀愁を誘う。


 ……俺も、自分にできることをやらないとな。せめて1日でも早く、アーサーが家に帰ってこられるように――




『というわけでアレックス、頼んだよ』


 昨日はアーサーから、服の切れ端や装飾品といった犠牲者たちの遺物を渡され鑑定を依頼された。


『ああ、やってみるよ』


 秘術は読んで字のごとく秘する術だ。衆人環視の環境でやる必要はないので、俺はそれらを宿屋に持ち帰り、持ち主の魂の呼び出しを試みた。


 しかし……


『…………ァ』

『ォ……ァ……』

『…………』


 ダメでした。


 やはり時間が経ちすぎていた。ほとんどの犠牲者は魂が消滅しているか、呼び出せたとしても朽ち果てていて、もはや昆虫程度の自我しか残されていなかった。


 マーティンのように聖霊化すればイケるかな、と思って強化を試してみたが、残念ながら魂が変質しすぎていたようで、『人』と判定されずにそのまま焼かれて消えてしまった。


 呼び出した魂がジャッ、ボッ……と眼前で燃え尽きていく寂寥感、申し訳無さ、そしてなんとも言えぬ後味の悪さ。あれは形容しづらいものがあった……


『ヨシ!!』


 ヨシじゃねーんだよアンテ。ヨシじゃねえ。


『だって久々に力が増大しておったから……』


 素直に喜べねーんだよ!


 それはそれとして、遺物から過去を読み取る力を標榜した手前、何もわかりませんでしたではあまりに芸がない。



 そこでアウリトス湖全域から、無差別で死者の魂を呼び出してみた。



 結果……、



『オアアアァァ――』

『あれ……母ちゃーん? ここどこー?』

『え……嘘、私……えっ、死んで……え……っ?』


 死者の魂を、拾い上げてしまった。原型をとどめない崩壊しかけの魂多数、小さな男の子がひとり、そして若い女性がひとり。


 会話不能な魂たちは、どうしようもなかったし聖銀呪で強化することもできそうになかったので、そのまま霊界へ。


 男の子は、どうやら水場で遊んでいたところ、水棲魔獣に襲われて命を落としてしまったようだった。自分の身に何が起きているのか、理解できていないらしく……俺は、彼に穏やかな眠りを与えてから、霊界に還した。極端な未練や執念のようなものを抱かせなかったから、きっと、速やかに魔力へ還元されていくだろう……。


 問題は、ベアトリスと名乗った女性だ。


『そんな……言うことを聞けば、殺さないって! 生かして帰してくれるって言ってたのに! 嘘つき! 嘘つき!! オアアアァア――ッッ!!』


 どうやら彼女は、湖賊に捕らわれていたらしい……。とある街の有力者の娘であったというベアトリスは、別の街のパーティーに出席するため客船で旅していたが、夜に湖賊の襲撃に遭い、攫われてしまったそうだ。


 おそらくは身代金目当てかすぐに殺されることはなく、大人しく言うことを聞けば生かして帰してやるという湖賊たちの言葉を信じて、媚びを売り、されるがままに、ただただ屈辱に耐えていたが……その甲斐なく殺されてしまった。


 魂の鮮度からして、それほど時間は経っていない……。


『許せない!! アイツら、許せないィィィ!!』


 怒りに燃える彼女は、急速に悪霊そのものへと変質していった。死者が生前の憎悪にとらわれるのはよくあることだが……この方向性はダメだ。


 なぜなら、人でなしの無法者とはいえ、同族ひとぞくに憎しみを抱いてしまったから。


 彼女は聖銀呪の恩恵を受けられない。そして一度変質してしまったら、俺の手ではもう……どうにもならない。


 とはいえ、魔力を与えれば理性を強化することはできる。俺は彼女に、悪霊と化してもなお湖賊への復讐を望むか、確認した。


『当たり前よ!! なんで私がむざむざ殺されて、奴らがのうのうと生き続けられるのよ!! そんなのおかしいわよ!!』


 その気持ちは、痛いほどよくわかった。俺は、時間的制約で必ずしも仇を討てる保証はないことを断った上で、彼女の存在を一時的に受け入れることにした。


 本来は荒事とは無縁な良家のお嬢様が、理不尽な目に遭って嘆き悲しみ、怒り狂っている。湖賊への恨みが解消されれば、おそらく彼女の未練はほとんど風化してしまうだろう。そこへ無理やり魔力を注入して存在を維持し、魔王軍との戦いにまで連れ回すのは……色々と難しいものがあった。道義的にも、実用的にも。


 一応、吸血鬼探しなどにも協力してくれるらしいが、魂を燃焼させて魔力を補填できる聖霊と違い、普通のアンデッドを何体も抱え込んでたら俺の魔力がもたない。


『現時点で、バルバラに年かさ兵士にヴィロッサに、結構アンデッドを抱えておるからのぅ』


 人化してると魔力がホントなぁ~~。魔族の姿だったら屁でもないんだが。


 いざというとき色々な魔法を併用することを考えると、人化したまま通常アンデッドを何体も――『使役』するのはちょっとキツそうだ。


 ちなみに、ベアトリスはまだ自我がハッキリしていたため、出身地や乗っていた船の名前など、生前の情報はかなり覚えていた。彼女が襲撃されたのは北部沿岸地域、やはり治安が悪化していた水域で、護衛はけっこうな数が乗っていたはずだが、湖賊に殲滅されてしまった……らしい。ベアトリス自身は眠っていたところ、奇襲されたので何が何やらわからなかったそうだが。


 そして――ある意味、不幸なことに、彼女は自分の家族のことも当然のように覚えていた。


『せめて、父と母に、手紙を送っていただけませんか? 私のことを、きっと心配していると思うんです。結果は、このざまですけれども……お別れと、これまでの感謝の言葉くらいは伝えたくって……』


 しおらしく俯いて、ベアトリスはそう頼んできた。


 非常に、難しい要望だった。ベアトリスには、俺が魔王子であることを打ち明けていない。彼女は、俺が極めて珍しい闇属性持ちの勇者だと思っており、最期に家族と面会することを望んだが、機密保持の観点からそれは拒否せざるを得なかった。


 ゆえに、手紙。あらかじめ内容を検閲できる手紙ならば、との妥協案。


 …………最期の言葉、か。


 いささかリスキーだったが、追放刑が終わる頃には夜エルフ諜報網も壊滅しているだろうし、来年の夏あたりに時間差で手紙を送ることを、俺は彼女に約束した。


『ありがとう、ございます……』


 闇の魔力の涙をぽろぽろと流しながら、ベアトリスは深々と頭を下げていた。


 これくらいしか、俺にはできない。すまない。その気になれば、彼女を家族に会わせてあげられるという事実が辛かった。申し訳無さとやるせなさで、胸が張り裂けそうで……。


『ヨシ!!!」


 だからヨシじゃねえつってんだろ!!! 張っ倒すぞ!!!



          †††



「それで……どうだった? 秘術の方は……」


 出航してしばらく、甲板で風にあたっていると、アーサーが小声で尋ねてきた。


「残念ながら、遺物からはあまり有意義な情報が読み取れなかった。すまない」


 俺はストレートに謝った。結果的に芸がない感じになってしまったが、下手に誤魔化そうとして、ずらずら言い訳を並べ立てるのは三流の嘘つきがやることだ。


 それに『遺物から有意義な情報が読み取れなかった』ってのは真実だからな。


「そうか……残念ではあるけど、駄目で元々だったからあまり気にしないでくれ」


 アーサーはがっかりした様子を隠しはしなかったが、それほど気にしたふうも見せなかった。


「なあ、アーサー。ケーレヘンって街に聞き覚えは?」

「いや……わからないな。なぜ?」

「渡された遺物とは関係なさそうだったが、その街の出身者で、何かしらの犠牲者が出たようだ」


 ――もちろん、ベアトリスのことだ。彼女はケーレヘンという都市国家の出身だ。


「ただ、吸血鬼じゃなくて湖賊の被害者かもしれない」

「……それも秘術で?」

「そんなとこだ」


 お得意の神妙な顔でうなずくと、アーサーが俺を気の毒がるような表情をした。


「なんというか、きみの秘術もまた、かなり複雑なシロモノみたいだね」

「否定はできない……」


 複雑っちゃ複雑だ……。主に立ち位置がな……。


「ケーレヘンか。聞き覚えがあるような気がしないでもない……ああ、ちょうどよかった、キャプテン!」


 近くを通りがかった年配の男を、アーサーが呼び止める。


「どうしました、アーサー殿」

「ちょっと聞きたいことがあってね。ケーレヘンって街、知ってる?」

「ケーレヘン……ああ、はい。北部の小さな都市国家ですなぁ。うちの船は寄りませんが、近くまでは行きますよ。何事もなければ2週間後には」


 どうやらこの男が船長のようだ。流石に熟練と見え、頭の中にアウリトス湖の地図が入っているらしい。


「何か、ケーレヘンにご用事でも?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……ちょっと聞きたくてね、ありがとう、助かったよ」


 愛想よく笑ったアーサーが、ふと俺と船長を見比べる。


「ああ、こちらは僕の同僚の勇者アレックスだ。アレックス、彼はこのニードアルン号の船長だよ」

「これはこれは、はじめまして勇者殿。本日からご同船くださるとのこと、お話は伺ってました。船長のセンドロスです」

「これはご丁寧に。どうも、勇者アレックスです。しばらくお世話になります」

「いやいや、お世話になるのは、むしろ自分らの方で……勇者様がふたりも乗ってくださるとは、心強いことです」


 しみじみとした様子で頷いた船長が、アーサーに尊敬の眼差しを向ける。


「本当に、アーサー殿のおかげで命拾いしましたからなぁ……」

「いやー。僕だけの力じゃないっていうか、流石にもうクラーケンは勘弁だなぁ」


 ん?


『クラーケンと言ったかこやつ?』


 それに……『』……?


「ああ、実は先日、クラーケン……それも湖のヌシと恐れられている、『アウリトスの魔王』に襲われたのですよ、自分らは……」


 恐ろしげに、それでいてどこか嬉々とした口調で、船長はまるで怪談でも語るかのように言った。


「それは――」


 思わず、背後のレイラを振り返る。


 一歩下がって話を聞いていたレイラも、「えっと……?」という顔をしていた。


「普通の船ならあえなく沈んでいたでしょうが、アーサー殿が守ってくださいましてね……!」

「あれはなかなかしんどいものがあったよ。耐えるので精一杯だった」


 左手の盾を撫でながら、アーサーがうんざりしたような顔で言う。


「でも、残念ながら撃退したのは僕じゃなくってね。なぜか通りがかったホワイトドラゴンが、ブレスで援護してくれたみたいなんだよ」

「へ、へぇ……」

「お陰で命拾いしたけど、アレは何だったんだろうね」

「わかりませんなぁ。せめてお礼をしたかったですがね、ドラゴンとなるとちょっとおっかない感じもしますしなぁ」


 わっはっは、と笑う船長に、レイラが「あはは……」と愛想笑いしている。


「うーん、でも話は通じる相手だと思うんだよね。わざわざ助けてくれたってこともあるけど、背中に誰か乗せてるみたいだったし」



 !?



 アーサーの何気ない一言に、俺とレイラは固まった。



 こいつ、あの暗闇にブレスの閃光が飛び交う中で、視えて……!? ってか、あの化け物相手に粘りまくってた勇者、お前だったのかよアーサー!!



 ってか!!!



 この船だったのかよ!!!



「ははぁ、となるとやっぱり、勇者様でしょうかな?」

「わからない、本国でもドラゴンライダーなんて話は聞かなかったけど……実はいるのかなぁ」

「お話がうかがえれば……いや、せめて正体だけでもわかれば! アウリトス湖中の吟遊詩人に頼んで、アーサー殿とともに、英雄譚として広く歌い継いでもらうところなんですが……」


 ひどく残念そうにする船長。


 じょ、冗談じゃねえ……!


 レイラの正体、絶対バレないようにしないと……!


 すでにブレスを見られてるから、人化しても、もう迂闊に吐けないじゃんこの人らの前で……!!


 レイラと俺は、内心戦々恐々としながら顔を見合わせるのだった。




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