319.好奇心と一線


 ――レイラとどういう関係なのか。


「彼女は……」


 俺はレイラと顔を見合わせる。はにかんだレイラがもじもじしながらうつむいた。


 こういう場合に備えて、もちろん『設定』は用意してある。


「……レイラは、恋人だよ」


 改めて口にすると、ちょっと恥ずかしい。


「あー、恋人かー」


 知ってた、と言わんばかりにエドガーは笑顔でうなずく。ちなみに『レーライネ』という偽名を名乗っているレイラだが、愛称というていで、俺は普通に『レイラ』と呼んでいる。


「あまりにもお似合いだから、てっきりもう結婚してるのかと思ったぞ」


 などと、わざとらしく驚いてみせるエドガー。


「そんな……結婚だなんて……」


 赤く染まった頬に手を当てて、ひたすらテレテレしているレイラ。当初は俺とレイラがふたりとも『剣聖の弟子』という設定で行く予定だったが、肝心の剣聖が消えちまったからな……。


「でも、彼女は神官ではないんだろう?」

「レイラは魔法使いだよ」


 気を取り直して、俺はしれっと答えた。


「【秘術】の使い手さ」

「ほほう」


 秘術とは、魔族でいう血統魔法のことだ。血筋で受け継がれる魔法を、同盟圏ではこのように呼ぶ。


 実際、レイラはホワイトドラゴン特有の魔法を受け継いでいるので嘘ではないし、魔法使いなのも事実だ。かつ、秘術は文字通り『秘』する『術』なので、詳細はみだりに語らないものとされ、部外者に根掘り葉掘り聞かれずに済む。


「なるほど、そういうことだったのか」


 俺の思惑通り、エドガーもわきまえて好奇心を引っ込めた。よしよし。


「む」


 が、次の瞬間、険しい顔をするエドガー。


「お嬢さん、動かないで。肩に蜂が」


 そして、レイラに向けてジャッと聖属性の魔力を放つ。俺は咄嗟に庇おうとしたが間に合わなかった。


 バチパチッ、とレイラの肩で何かが焼け落ちる音がして、同時にレイラ自身からもブワッと煙が立ち昇る。幸い、虫を焼き殺す程度の出力で、レイラには大した被害もなく、声も出さず痛みを堪えたようだが、煙は隠しようがなかった。


「は?」


 固まるエドガー。俺はパンと手を叩き、無詠唱で防音の結界を展開。


 のやり取りを、御者に聞かさないために――


「…………」


 エドガーが俺とレイラを交互に見ながら、座ったまま、さり気なく姿勢を変える。そばに立て掛けた剣にすぐ手が届くように。


「やめよう。これは想定外だった」


 俺はお手上げのポーズを取り、率直な困り顔を見せた。レイラは緊張気味で、エドガーも表情を強張らせたまま。


「……どういうことだ」

闇の輩じゃない。ホワイトドラゴンなんだ」


 同盟圏におけるドラゴン族の立ち位置は微妙なものだ。魔王軍の一員であり、敵対的かつ脅威とみなされているものの、魔族側の都合で大々的には戦力として運用されていないこともあって、激しく憎まれてはいない。


 さらにレイラはホワイトドラゴンだ。


「光……」


 レイラが手の中に生み出した魔法の光に、エドガーが目を見開く。


 光属性のホワイトドラゴンは、光の神々を奉じる聖教会や同盟の人々からすると、ドラゴン族の中でも比較的親しみやすい存在と言える。


「――魔王城強襲作戦。聞いたことはあるか」

「8年前の……?」


 やはり、聖教会関係者なら噂くらいは聞いているか。


「そうだ。彼女は、強襲作戦に参加したホワイトドラゴンの娘さんなんだ。レイラの父君とは、俺も浅からぬ縁があってな……幼い頃、色々と世話にもなった」


 何ひとつ嘘は言っていない。レイラはファラヴギの娘で、俺もファラヴギと(前世から)浅からぬ縁があったし、幼い頃(当時5歳)に世話になったのも事実だ。


「こんなご時世だし、俺は彼女の護衛でもあるんだ。そして彼女もまた、俺を支えてくれるかけがえのないパートナーなのさ」

「なる、ほど……」


 エドガーは俺の言葉を噛みしめるようにしてうなずき、改めてレイラに向き直る。


「……お嬢さん、申し訳なかった。痛かったろう」

「いえ、大丈夫です。ちょっとピリッとしたくらいだったので……」

「うぅむ……申し訳ない」


 バツが悪そうに頭を下げるエドガーに、レイラが気にすることはないと微笑む。


「だが納得がいった。『妙だな』とは思っていたんだ」

「……何か、怪しいところでもあったかな」

「そういうわけじゃないんだが……もともと、そちらのお嬢さんからは魔力が感じられたし、只者ではないだろうとは思っていたんだ」


 人族・獣人族は魔力に対して鈍いけど、全くわからないわけじゃないからな。自分が魔法を使う側ならなおのこと。


「ただ、私が妙に感じたのは、街中で一緒に検査して回っていたときだ。アレックスの立ち回りが、なんと言うか……常に私とレーライネの間に立ちふさがって、まるで敵から庇うような動きをしていたのが気になったんだ」


 ギクッ。


 聖属性を使いまくってたから、万が一にでもレイラに飛ばないようガードしてたんだが、気づかれていたか。


「ずいぶんと私を警戒しているような感じがして、少しモヤモヤしていた。それと、街に招き入れた際、なんだかんだでレーライネは検査していなかったことも心の片隅に引っかかっていたな。だが彼女がドラゴン族だったのなら納得だ」

「……勘が鋭いな」

「明日には忘れていただろうさ、その程度の些細な違和感だったよ」


 はっはっはと朗らかに笑うエドガー。


「それにしても驚いた、本当にドラゴンなのか? ここまで人族そっくりに擬態できるなんて」

「ええ、まあ……」

「これは、どうやっているんだろう? 私はドラゴン族には直接お目にかかったことがないんだが、そういう魔法でもあるんだろうか?」

「そう、ですね……」


 割とガツガツ来るエドガーにレイラも苦慮しているようだった。


「ドラゴン族固有の魔法といいますか……」

「そんな便利なものが……いやはや、ドラゴン族固有で助かった。闇の輩がこの魔法を使ってきたらと考えると、ゾッとするな!」


 ギクッ。


「……そういえば魔王子ジルバギアスも、ホワイトドラゴンをお供に連れている、という話だったな……」


 そしてふと思い出したように、エドガー。レイラがビクッとし、俺は曖昧な笑みで全てをごまかそうと試みる。


『こやつ、もう処分した方がよいのではないか?』


 い、いや……早計! まだ早計だ……!


 真実にたどり着いたわけじゃないし……!


「……あ、すまない。お嬢さんの同胞に含むところがあったわけではないんだ」


 めちゃくちゃ気まずそうなレイラの顔をどう解釈したのか、慌てたようにエドガーが手を振る。


「あるいは、敢えて『ホワイトドラゴン』の名を出したのかもしれないな、例の魔王子の敵対者は……」


 俺が真面目くさって思わせぶりなことを言うと、しばし考えたエドガーは、「なるほど」とうなずいた。


「政敵ジルバギアスを追い詰めるだけでなく、魔王軍に反旗を翻したホワイトドラゴンたちへの嫌がらせも兼ねている、と――」

「そうだ。魔王子が潜伏中、というセンセーショナルな情報に混ぜられた一滴の毒といったところか。魔王軍を離脱したはずのホワイトドラゴンの中に、実はまだ魔族に付き従う者がいるかもしれない――そう思わせるだけで、ホワイトドラゴンと同盟の関係に亀裂を入れられるかもしれないからな」

「ふむ、そう考えると筋が通っているように思える。結局、どのドラゴンが魔王子に従っていたとしても、聖検査で炙り出されることに変わりはないわけだしな。同盟に不和の種も撒けるなら一石二鳥というわけだ」


 よし、なんかいい感じに納得してくれたぞ!


 それにしても同盟圏で今、ホワイトドラゴンたちがどう過ごしているのかも、できれば知りたいんだけどなぁ。


 レイラを堂々と連れ回している手前、エドガーに聞くわけにもいかない。ホワイトドラゴンと協力関係にあるはずの勇者おれが、他のホワイトドラゴンについてまるで知らないってのは不自然だからな。


 夜エルフ諜報網も、ホワイトドラゴンの動向はほとんど掴んでいなかった。それはすなわち、現在の同盟圏において、ホワイトドラゴンが表舞台に姿を現していないことを示す。


 レイラの同胞たちは、いったいどこにいるんだろう。強襲作戦が失敗に終わって、同盟と喧嘩別れになってしまった――とかじゃなきゃいいんだが。


『エドガーの態度を見るに、あからさまに敵対しているわけではなさそうじゃな』


 ああ。だが積極的に聖教会に協力しているわけでもなさそうだ――


「クソッ……魔族どもめ! どこまでも見下げた奴らだ!」


 思いを巡らせる俺をよそに、エドガーが魔族に対して憤っている。


「ああ! こんなことを考えた奴は、よほど下劣で傲慢で、汚物をぶちまけた雑巾みてえな悪臭を放つクソ以下の腐りきった精神の持ち主に違いないぜ!」

「お、おう……そうかもな……」


 俺がネフラディアの顔を思い浮かべながら同調すると、なぜかちょっと引かれた。迫真すぎたかな。


「しかし、そうしてみると私の誘いはありがた迷惑だったかもしれないな。ドラゴンの翼があれば、公都までひとっ飛びだったろうに……」


 再び、申し訳無さそうにするエドガー。


「ああ……いや、そうもいかないんだ。トリトス公国みたいな人口密集地で飛ぶと、目撃されて住民に不安を与えかねないから、飛ぶなら夜か人のいない地域を選ぶことになる」

「ほほう。ということは、トリトス公国までは飛んできたわけか?」


 ……こいつホントに察しがいいなァ!?


『やはり処分した方が……』


 いや…………ッ! まだ……、いや……ッ!


「あー……まぁ」

「アレックスの任地はどこだったんだ?」


 身を乗り出して、にこやかに尋ねてくるエドガー。


 ああああああッッ! 面倒くせえ!


 いや待て、落ち着け……ここは冷静に……。


 こいつに全然縁がなさそうな、めっちゃ遠方の前線にしよう……俺が前世で行ったことのある場所がいい。


 ……あ、いやダメだ、当時の前線、全部もう魔王国に吸収されてるわ!


 いや、その道中で! どこかあるだろ! 思い出せ!


「…………南部方面のマダタ=スカル防衛戦から」


 俺は魔王国側の戦況報告図を思い浮かべながら、かろうじて前世の記憶もある地名を絞り出した。


「おお! 南部から来たのかぁ!」


 途端、喜色満面になるエドガー。



 おい! イヤな予感しかしねえぞ!!



「かくいう私も、南部出身でね。もう十何年も帰ってないんだが……我らがゲールハルトおじさんは元気だったか?」



 あああああああああ――ッッッ!!!!

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