320.誠意と真実


 どうも、任地をごまかそうとしたら、「ゲールハルトおじさんは元気?」と現地の人について尋ねられてしまった勇者アレックスです。


 誰だよ! ゲールハルトおじさんって!!


 今の俺は、人名と顔を思い出すのに難があると知っての狼藉か!?


 いや……落ち着け。こういうとき、下手に嘘を積み上げると傷が広がるだけだ。


「あー、すまないが、俺は存じ上げないなぁ、その御仁は……」


 俺が笑ってごまかそうとすると、エドガーがスンッと無表情になった。


「知らない……? ゲールハルト大司教を……?」


 ――大司教。


 方面軍の司令官クラスじゃねえか!!


 俺が知ってる南部の大司教と違うゥ! けど、俺がいたのは十数年も前だから、顔ぶれが変わるも必然!


 いずれにせよ、南部の戦線から戻ってきたのに、その方面の司令官を知らないのは明らかにおかしい……ッ!!


「…………」


 エドガーは口元に手を当てて、(妙だな……)という顔をしている。


『やっちまったのぅ! 殺っちまうかのぅ?』


 はしゃぐなアンテ! いや……ッ、まだだ……ッッ!


 クソッ、それにしてもなんだよ『ゲールハルトおじさん』って!


 大司教様への敬意はどうした!? 南部民特有の馴れ馴れしさを、こんなところで発揮してくるんじゃあないよ!


 ってかエドガー、割と堅苦しい口調なのに南部出身とか罠すぎるだろォォ!


「……はぁー。いや、すまない」


 俺は、溜息をついて諦めた。


「南部から来たってのは嘘だ」



 そして、近くに立てかけていた剣に手を伸ばす。



 ギョッとしたように身動みじろぎするエドガーをよそに、そっと自らの膝の上に乗せて、刃を抜いた。



 戦うためではなく、刃を見せるため。聖属性の魔力を流し込む。



「……おお」


 美しく光り輝く刀身に、思わず目を奪われるエドガー。


「見事だな……ドワーフ製か」

「ああ」


 アダマス。俺が前世で大枚はたいて、腕利きのドワーフに打ってもらった聖剣。


 当時、司祭に昇進したてだった俺が、それまで貯め込んでいた全財産をつぎ込んだ逸品だ。地位、実力、資金力、ドワーフ鍛冶とのツテ、それらのどれかが複数なければ、おいそれと手に入る代物じゃない。


 そして、この輝きで一目瞭然だが、俺はアダマスの正統な所有者だ。


 聖教会からの支給品にせよ、自分でオーダーしたにせよ、この聖剣は、俺の勇者としての格を示すものでもある。


 俺が、この聖剣に相応しい――


「……まず、嘘をついていたことを謝ろう。俺は南部から来ていない」


 防音の結界は展開してあるが、それでも声を潜めて俺は言った。


「具体的にどこから来たのかは、話すことができない。今の俺は確かにだが、果たすべき役割がある――」


 俺は、懐から意味深に、封筒を取り出してみせる。なんてことはない、夜エルフをおびき出すためイクセルに書かせた手紙だ。


「…………」


 じっとエドガーを見つめてから、封筒をしまった。頼む……ッ! これで秘匿性の高い任務を遂行中の、それなりに格が高い勇者だと解釈してくれ……ッ! アダマスの輝きに免じて……ッッ!!


「……なるほどな」


 果たして、俺の願いが天に届いたか、深読みしたらしいエドガーが神妙な顔でうなずいた。


「……アレックス。ひとつだけ、教えてくれ」


 膝の上で手を組み、鋭い目でエドガーが俺を見据える。


「――きみは、勇者なんだな?」


 真摯な問いかけ。


「ああ」



 ――誰がなんと言おうと。



「俺は、勇者だ」



 それだけは、変わらない。



「わかった、信じよう。藪をつついてしまったみたいで、申し訳ないな……」


 肩の力を抜いて、エドガーがやれやれと首を振る。


「その魔力、聖剣、さらにはホワイトドラゴン……なるほど、かなりの実力者と抜群の機動力の組み合わせ、それが要求される任務となると――あ、いや、すまない。私の悪い癖だ」


 ホントだよ!!!!!


 藪をつついて申し訳ないって言った直後に、猛烈な勢いで再びつつき出してんじゃねえぞ!!!


『こやつ、いつか好奇心のせいで死ぬじゃろな……』


 実際、俺が聖属性使えなかったら即死だったよ……


「はぁぁぁ……」


 思わずクソデカい溜息を漏らすと、エドガーが「はっはっは」と笑い出した。なにわろとんねん。


「いや、すまない。しかし大司教を知らないってのはさすがに……」

「迂闊だった」


 苦虫を噛み潰したような顔をせざるを得ない。


「何だよ、ゲールハルトおじさんって……おじさん呼ばわりしていいのかよ」

「ゲールハルト=レンドフリ大司教は、非常に気さくな御方でな。みなから親しみを込めて『ゲールハルトおじさん』と呼ばれているんだ。だからこそ知らないのがなおさらおかしかった」


 罠すぎるだろォ……!!



 ちなみに、聖教会の階級だが、下から順に


『修道士<助祭<司祭<上級司祭<司教<大司教<枢機卿<教皇』


 となっている。


 この階級は神官・勇者の両方に適用され、神官は助祭からスタート、勇者は修道士からスタートだ。


 複雑な儀式や奇跡、指揮官としての教養も身につける必要がある神官は、最初から階級が高めに設定されている。


 逆に、戦闘術に重点を置いて叩き込まれ、聖属性の使い方は必要最低限だけ学んで実戦に投入される勇者は、スタートが一段階低い代わりに、現場でガンガン階級が上がっていく――生き残りさえすれば。


 わかりやすい例で言えば、エヴァロティ自治区の神官見習いマイシンが助祭だな。魔法の実力的には助祭未満、修道士以上って感じだったが、それでも50人くらいの兵を率いる能力はあるはずだ。


 俺の最終階級は上級司祭だった。勇者としてはほぼ頭打ちと言っていい。司教以上になれるポテンシャルがあったなら、そもそも勇者じゃなくて神官として育成されていただろうからな……前世の俺は、魔法使いとしてはお世辞にも才能があるとは言えなかった。


 ともあれ、そういうわけで司教以上は神官出身が多い。


 もしかしたら、魔王城強襲作戦の後、殉教扱いで俺も司教とかに繰り上げになったかもしれないが、今となっては関係ない。上級司祭は、権限的にはだいたい500人の兵を率いることができるものの、俺の場合、少数精鋭での切り込みや撤退時の殿しんがりを務めることがほとんどで、大人数の指揮を執った経験はあまりなかったな。



「それにしても、まさかエドガーが南部出身だったとは……口調、めっちゃ堅苦しいじゃん……絶対北部か中央よりの出身だと思ってたのに……」

「はっはっは。こちらに赴任してきたばかりの頃は、馴れ馴れしすぎて色々失礼してしまったからなぁ。態度を改めたんだ、それがすっかり板についてね」


 朗らかに笑うエドガー。改めすぎだコラ……!!


 まあ、なにはともあれ、ゴリ押しで疑念を封殺できてよかった。


 アダマスのおかげだな! 俺が柄を撫でると、誇らしげに刃が震えた。ゴシゴシと袖で刃を磨いてあげてから、鞘に戻す。


「あ、そうだ。何度も申し訳ない、これは独り言なんだが、人探しというのは?」

「本当だ」


 俺が答えなくてもいいように保険をかけた上での発言に、真面目な顔で答える。


「……知り合いの最期の頼みなんだ」

「そうか……できれば、向こうの支部で呼びかけて協力しようかと」

「ありがたいけど、それは結構だ」


 ゆるゆると首を振って断る。


 これ以上、聖教会と深く関わり合ったらボロが出てしまう。今のエドガーなら、上手いこと俺をフォローしてくれそうな気がしないでもないが、イザベラとニーナ探しに聖教会を巻き込むのは、道義的にも問題があった。


「……そもそも、家族を思いながら果てた戦士は数知れないだろう。そんな中で、俺はひとりの兵士の家族だけを探している。言い方は悪いが、特別扱いしようとしてるんだ」


 遺した妻や娘の面倒を見て欲しい。俺が約束したカイトという名の兵士以外にも、同じことを願う者はたくさんいるはずなのに……


 俺には、その全てに応える能力がない。


「……俺の自己満足みたいなものなんだ。だから、俺が自分の責任で、自分の能力でやるべきだ。聖教会の組織力を個人の都合で使うべきではないし、今の情勢で、限りある労力を割くべきではない」

「そうか……それも、そうだな……」


 エドガーも納得したようで、沈痛な面持ちでうなずいた。


「だが、知り合いにいないかどうかくらいは、聞いてもいいだろう?」

「……そうだな。それくらいならば」

「無事に、できるだけ早く見つかることを祈るよ」


 手を組んで、祈りを捧げるエドガー。


 できるだけ早く、か。


 俺もそう願ってやまないが、怯えている自分もいる。


 どの面下げて、彼女らを助ければいいんだ、この俺が……!


 ――手に、柔らかな感触。


 隣のレイラが、そっと自らの手を重ねてきていた。


 曇りのない金色の瞳が、いたわるように俺を見つめている。


 ……いけないな、励まされているようでは。もっとしっかりしないと!


「うむうむ」


 そしてエドガー、俺たちを生温かく見守りながらうなずくのはやめろ。



 ……と。



 視界の隅に動き。御者台の修道士が、こちらに向かって手を振っていた。


 口がパクパク動いているが、声は届かない。あっ、そういえば防音の結界を展開したままだった。


「すまない、魔法を使っていた」

「あ、いえ、お話し中のところすいません」


 俺が防音を解除すると、ちょっとホッとした顔になる修道士の男。


 ちなみに聖属性や魔法が使えない者でも、修道士にはなれる。聖教会の事務や諸々の雑用を担ったり、光の神々への信仰のため俗世を捨てたり、一口に修道士と言っても色々だ。勇者の卵もいれば、剣の修道会には剣聖の修道士なんてのもいる。


「そろそろ公都が見えてきましたよ」

「お、順調だったな」


 席を立って身を乗り出すエドガーに、修道士がうなずく。


「はい。あと30分もすれば着くと思います、ワコナン殿」


 見れば、修道士が指差す先、畑や農村の果てに街の石壁が見える。


 意外と近かったな。にしても……


「ワコナン?」


 俺がエドガーを見やると、彼は笑って肩をすくめた。



「私の家名だよ。エドガー=ワコナン、上級司祭さ」



 えっ、その若さで前世の俺と同格!?



 めっちゃエリートじゃん、マジかよ!

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