321.干し草と針
エドガーにちょっと怪しまれてしまった以外は特に問題なく、俺たちはトドマールに到着した。
さすが、公都と呼ばれるだけあって、立派な造りの街だ。エヴァロティと比べると小ぢんまりしているものの、街を取り囲む石壁も建物も、至るところにおしゃれなレリーフが刻まれており、街そのものがまるで芸術品のようだ。
狭いなりに国土を発展させる方法を模索する中で、優れた芸術家や建築家を招聘・援助し、文化と芸術を花開かせた成果らしい。
この街が戦火に巻き込まれるのは、避けたいところだが……。
「それじゃあふたりとも、光の神々の御加護があらんことを」
エドガーとは、街に入ってから別れた。
殺さずに済んでよかった、とつくづく思う……勘が鋭い、鋭すぎるあいつは、同盟に必要な人材だ。
『惜しかったのぅ』
やめい。エドガーを手にかけたら、御者の修道士までセットだったんだぞ!
『お得ではないか。一石二鳥でハッピーじゃ』
全然ハッピーなセットじゃねえよ!
溜息をつきながら、馬車に積ませてもらっていた荷物を背負う。馬車に乗っている間は、揺れこそ酷かったけど、同時に忘れることもできていた重荷が、再びずっしりと肩に乗る。
「さて……」
トドマールの聖教会で世話になることもできたが、面倒事を避けるため、ここでは宿を取ることにした。
エドガーも俺たちの
「行こうか」
「はい」
首都だけあって人が多い。俺たちははぐれないよう、手をつないで歩き出した。
――雑踏。
エヴァロティ自治区もかなり人が増えていたが、それとは比べ物にならない密度。レイラは、あまりの人の多さに目を白黒させているし、俺はひたすらスリを警戒していた。こういう気の遣い方をするのは久々だ――
そう、決していい意味での混み具合ではなかった。トドマールの現地民と思しき住人に混ざって、明らかに浮いた存在がいる。みすぼらしい身なりで、目つきも雰囲気も暗い。デフテロス王国から流れてきた人々だ……
『多いのぅ……この中から特定の母娘を探すとなると、相当に骨が折れそうじゃ』
いるかどうかもわかんないしな。干し草の山の中から、縫い針を探すようなもんだよ……だが、地道にやるしかねえ。
スリにポケットへ手を突っ込まれそうになること数回。レイラに至っては腰のレイピアを鞘ごと引っこ抜かれそうになったが、ドワーフ製だったため不届き者の手は弾かれた。とてもじゃないがまともに歩けなかったので、一旦大通りを抜け、少し静かな区画へ。
静かなら静かで、今度は道端にうずくまっているような人が多い。
首都でこれか……。いや、首都だからこそ、か。トリトス公国もかなり厳しい状況にあると見える……
現地人に話しかけて、比較的高級な宿屋を教えてもらい、部屋を取る。
「この値段で
個室の広さはそこそこ、治安はよし、家具もいい感じだがシーツが汚え。やっぱり水がネックか……
とりあえず、聖属性で殺虫消毒しておいた。かさばる荷物を置き、革のリュックに貴重品などを詰め込んで、俺たちは再び街に出た。人探しと、諜報員狩りの
「人を探してるんだが――イザベラという女性と、ニーナという娘を――」
現地民、難民、老若男女を問わず、これはと思う人に声をかけて回る。
「知らないなぁ……」
「あの、お金をください。もう2日も食べてないんです……」
「イザベラ……聞いたことあるかも」
たまに、知っていると主張する者もいたが、小金欲しさに嘘をついているのが見え見えだった。
それでも、あまりに困窮しているようだったら、俺は黙ってコインを手渡した。
『無駄じゃのぅ……』
もしかしたら本当に知ってるかもしれないだろ。
『そういう意味ではない』
……クソッ、わかってるよ。だけど、小銭で今日を食いつなげるだろ!
『この調子では、カネなどいくらあっても足りんぞ……』
わかってるよ。わかってるんだ……
無力感に苛まれながらも、俺たちは再び街の中心部へ。
色んな人がいる。人族も獣人も、極まれに森エルフやドワーフも。この中にいるかもしれない、いないかもしれない母子を探し出す――生きているかどうかもわからないというのに――
「もし、そこの帽子の少年」
俺は急ぎ足で雑踏を行く、小綺麗な服装の少年を呼び止めた。帽子を目深にかぶっていて、身なりはそこそこきれいだが、どこかスレた雰囲気も漂わせており、なんというか、『慣れている』という印象だ。この殺伐とした情勢に。
「……なんです? 今急いでるんですが」
声変わりも迎えていない、若すぎる高い声。かごを抱えたまま振り返った少年は、足を止めて不機嫌な顔を見せる。一瞬、その目がレイラをチェックするのを俺は見逃さなかった。俺ひとりだったら無視されていたかもしれない。
格好から推察するに、商人見習いか使い走りといったところだろう。そうであれば顔が広そうだ――わずかな希望を抱く。
「すまない。イザベラという女性と、ニーナという娘さんを知らないかな」
俺の問いかけに、少年はピクッと肩を揺らした。
その表情が変わる……困惑から、疑念に。
「……なんで探してるんです?」
おっ、これはまさかの脈ありかな?
「カイトという兵士に頼まれて――」
俺がそう口にすると、少年の手からカゴが落ちた。中に詰め込まれていた
「お父さんの知り合いなんですか!?」
甲高い、悲鳴のような叫び声。
目を見開いた
いや違う、この子は――
「わたしニーナです! お母さんはイザベラ!」
帽子を脱ぎ去ると、少年にしては長めな茶色の髪。
「お父さんは生きてるんですか!? 今どこにいるんですか!?」
必死の剣幕で、彼女は俺にすがりつく。
――背中のリュックで。
遺骨が、震えた。
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