318.奇妙な縁


 ガタゴトガタゴトと車輪の音が鳴り響く。


 ――どどどうも、ばばば馬車の旅をしているるる勇者アレックスですすすす。


 いや振動――ゥ!


 ケツが!! いてえ!!!


 久々に普通の馬車に乗ったけど、揺れがすごい! あれ、人族の馬車ってこんな揺れてたっけ? マジ?


『魔王国の骸骨馬車にすっかり慣れてたからのぅ……』


 こんなん馬車に乗りながらテーブルゲームとか絶対無理じゃん……エンマ印の骸骨馬車、凄まじく高性能だったんだなぁ。


 車輪と車体の間にアンデッドが収まって、揺れを吸収してたから……うん……。


『それに加え、街道の状態も魔王国の方が良かったの。コルヴト族の魔法で継ぎ目のない平面になっておって、凹凸もなかった』


 道もすごいスムーズだったよなぁ。


 いずれにせよ、すっかり慣れてたけど、あれは背徳の乗り心地だったんだ……。


「…………」


 レイラも同じことを考えているのか、微妙な顔をしている。


『いや、アレは「私の方がずっと乗り心地がいいのに!」って不満顔じゃな』


 語弊ェ!! いやまあ、実際レイラの乗り心地は素晴らしいけどさ。


 ……でも、今振り返ると、飛べるようになった直後はレイラの揺れも凄まじかったなぁ。振り落とされそうになったこともあったっけ……今では、信じられないくらいなめらかに、滑るように飛んでくれる。


 公都トドマールまでレイラに乗っていけたら、一瞬だったんだがなぁ。


 しかしトリトス公国はあまりに小さすぎた。レイラが普通に飛んでも30分くらいで横断できてしまう程度の国土しかない。


 周囲を山々に囲まれた盆地じみた地形で、国内の平野部はどこもかしこも人が住んでいるから、隠蔽の魔法を使ってもなお昼間に飛ぶと見つかる恐れがある。


 安全に飛ぼうと思ったら、日が暮れるまで町の外でブラブラ時間を潰してから、夜に飛んでいく必要があり、結局公都に入れるのは明日の朝になってしまう。


 それなら、馬車に乗っていった方が早い。そう、こんな馬車でも、日が暮れる前に到着してしまうほど、公都は近いのだ。


 それなのにエドガーの誘いを断って、歩いていくのは怪しいし……


「ははは、ふたりとも、馬車にはあまり慣れてないようだな」


 荷台で向かい合って座るエドガーが苦笑している。俺たちの他は、御者台で手綱を握る修道士がひとりいるのみ。


「ああ、まあな……やっぱり自分の足で移動することが多いからな」


 俺は引きつった笑顔で答える。翼も足みたいなもんなので嘘は言っていない。


「エドガーは、なんで公都に?」

「司教様の手紙の配達さ」


 傍らの鞄をぽんと叩いてエドガー。


「やんごとなき任務ってやつだ」

「なるほど、それは責任重大だ」


 俺は真面目くさってうなずいた。……いや、ガチで言ってる。司教と言ったら街の聖教会のトップだからな、けっこうなお偉いさんだ。


 聖教会のトップの教皇を魔王に例えるなら、枢機卿が大公、大司教が公爵、司教は侯爵ってとこか。ということは最低でも隊を率いる指揮官級なわけで、その書簡ともなればそれは重要な――


 …………。


『どうした?』


 ……いや、すっかり魔王国の階級に馴染んじまったな、と思って……。



 ガタゴト、ガタゴト。



 ――それにしても、この馬車は何なんだろう。


 聖教会の備品にしちゃ造りがちょっとヤワというか、民生品に見える。護りの魔法も矢避けの装甲もない、ただの幌馬車だ。手入れはされているが、ずいぶんと使い込まれている印象……


「この馬車か?」


 目ざとく、俺の視線から疑問を察したか、エドガーが口を開いた。


「ヴィドワ商会から寄付されたものだよ」

「『ヴィドワ商会』?」


 聞いたことないな――と思ったが。


 隣で、レイラがビクッとした。いったいどうした?


「知らないのも無理はない。大陸東部の奥も奥、遥か彼方が本拠地の商会さ」


 神妙な顔でうなずいたエドガーが教えてくれる。


「奥って……聖教国とどっちが遠い?」

「ヴィドワ商会の本拠地の方が遠いな」

「それはまた、随分と離れてるじゃないか」


 徒歩だと何ヶ月かかるかわからない。なんでそんなとこから、わざわざ馬車がやってきたんだ? 現物より資金援助した方が早いだろ……


「…………知人の神官の生家なんだ。ヴィドワ商会は」


 揺れをものともせず、膝の上で頬杖をついて、エドガーが言った。


「寄付はもちろん、諸々の物資を融通してくれたり、融資などでも聖教会やトリトス公国を支援してくれていた。この馬車も寄贈されたうちの1台だ。……ただ、本音としては、娘に帰ってきてもらうためのものだったようでな」


 エドガーは溜息をつく。


「再三の呼びかけにもかかわらず、彼女は自らの意思でエヴァロティにとどまり、ついには戻らなかった」


 …………。


「おそらく彼女は……戦死したんだろう。ご実家も、ひどく失望されたようで、諸々の援助もそろそろ打ち切りにするつもりらしい。この手紙は――」


 鞄をぽんと叩いて、エドガーは自嘲するように笑った。


「うちの教区の司教様から、公都にいるヴィドワ商会代理人と、ご実家へ宛てた懇願の手紙なのさ。『同盟のため、人類の未来のため、何卒ご支援のほどをよろしくお願い申し上げます』……とね」


 老いた司教のしわがれ声を真似つつ、エドガー。


 ……聖教会は、有り体に言えば、人類のためなら何だってやる集団だ。その理念を建前で終わらせないため、前線近くの生まれでも、はるばる聖教国の教導院に招かれて修行することもあるし、逆に大陸の東端の生まれでも、力が身につけば前線に駆り出されることもある。


 俺の現役時代と変わらなければ、一人前の神官で『前線げんばを知らない』者はいないはずだ。誰でも必ず一度は派遣される。……たぶん、俺の時代より人手不足は加速しているだろうから、その傾向はますます強まっていると思う。


 俺の戦友にも、かなりのお偉いさんの生まれというか、お貴族様の次男だか三男だかがいた――気がする。今となってはよく覚えてないが。


 そしてそいつが、前線で死んだことだけは覚えてる。


「……親しかったのか」


 知らず、口が動いて問うていた。あまり踏み込んだ話はしたくなかったのに。


 エドガーの口調は懐かしむようで、悔やむようでもあった。単なる『知人』というには、あまりにも――


「……いや」


 まるでそっぽを向くように、つっと目を逸らすエドガー。


「それほど親しかったわけじゃない。後輩みたいなものさ、しばらくうちの街にいたんだ。教会ウチじゃ珍しいくらい気弱な子に見えた」


 確かに、神官や勇者で気弱なタイプってのはあんまりいないな。


「デフテロス戦線には、私とほぼ同時期に派遣された。……せめて彼女があまり危険に晒されないよう、後方の砦に待機してもらったんだが……魔王軍の侵攻が想定とは違っていて、あっという間にそこが最前線になってしまった」


 苦虫を噛み潰したような顔。


「……私は早々に重傷を負って後方へ下げられたんだが、そんな不甲斐ない私と違って、彼女は戦い抜いた。それでも、エヴァロティが包囲される前に、私と同様トリトス公国に戻ってくる予定だったんだが」


 それっきりだった、とエドガーはつぶやく。


「手紙を何度も送ったが、戦い抜く、仇を討つの一点張り……気弱な子に、見えたんだがなぁ……」


 その彼女も、現場を知り、離れられなくなったのか。


「……そうか」


 俺のように、戦う以外に何も残されていなかったわけでもないのに。


 きっと見つけてしまったんだろうな。戦い続ける理由を――


「…………」


 ん、なんかレイラの様子がおかしいな。あまり顔色が良くない。景気のいい話じゃなかったのは確かだけど……


『揺れが酷すぎて酔ったのではないか?』


 そりゃマズいな。


「大丈夫か、レイラ?」


 俺はレイラの首にそっと手を伸ばし、革紐に触れた。


 どうかしたのか?



 ――途端、流れ込んでくる。



 居た堪れなさ、心苦しさ、やるせなさ――『彼女』と、『俺』に? なぜ?



『――…………――』


 ………………え。


『シャルロッテ=ヴィドワ』


 バルバラの声。


 悲しげにかぶりを振る女剣聖の姿が見えるようだった。


『エヴァロティ防衛戦で、あんたに……ジルバギアスに、聖なる光をまとって突っ込んで、足止めした子。フルネームは、シャルロッテ=ヴィドワっていうんだよ』


 俺が……


 殺していた、のか。


「…………どうした? お前まで顔が真っ青だぞ」


 心配げに、エドガーが身を乗り出す。


「……いや」


 俺はとっさにうつむいた。まともに顔が見れない。エヴァロティ……そうか、そうだよな。俺こそが、あの街を攻め滅ぼしたんだ。そういうことも、当然あるわけだ、そうか……。


「……すまんな、辛気臭い話になってしまって」


 二の句が継げない俺に、エドガーが申し訳無さそうに肩をすくめる。


「そん、な……謝る必要なんて、ない」


 俺は言葉を絞り出した。


 ないんだ。謝る必要なんて決してないんだ。その『知人』は――すさまじかった。魔王子に致命傷を与えるきっかけを生み出した、獅子奮迅の戦いぶりだった。彼女の最期は勇ましかった。無性にそれを告げたくなった。



 だけど……そんなこと伝えて、なんになるんだよ……。



「いや、……まあ、そういうわけさ。実際、トリトス公国としても聖教会としても、資金援助は涙が出るほどありがたいからな……寄付は仕方ないとして、ヴィドワ商会にも融資だけは続けてもらいたいところなんだ。いや、『融資』と言っても、返済できるかわからないってのが苦しいところなんだけどな。噂によれば、ツギワイヤ4世陛下は宮殿も抵当に入れたとかで……」


 エドガーは声を潜め、国王がどれだけ私財を削っているかまことしやかに語る。


「……って噂だ。私はこの国出身じゃないが、本当にいい国王だと思う」



 ガタゴトガタゴト。



 馬車は進む、いくら小国といえど――公都はまだ遠く。



「……そういえば」



 話すうちに完全に気持ちを切り替えたらしいエドガーが、愛想よく尋ねてくる。



「――ふたりは、どういう関係なんだ? や、もちろん、答えられる範囲でいいんだが、アレックスは勇者で当然としても、レーライネからも弱くはない魔力が感じられるからな」



 空気を変えようという気遣いに満ちた目が。



 同時に、純粋な好奇心の光も宿しながら――俺たちに向けられていた。



――――――――――――――――

※クソデカ荷物を背負ったアレックスの素晴らしいファンアートを頂きましたので、近況ノートでご紹介させて頂いております……!

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