251.失敗と模索


「ダメだな。外部干渉は防げても、もともとの仕込みは【狩猟域】じゃ防げない」

「クレアの裏切りを検知して、自動的に発動する類の罠が仕込まれておったら、万事休すというわけじゃな……」

「禁忌の魔法で防げないかな?」

「対象が曖昧すぎる。『どのような仕込みがあるか』を具体的に認識できておれば、あるいは発動する前に阻害できるかもしれん。じゃが、『ハッキリとはわからぬが、何かこちらにとって都合の悪い仕込み』なんて曖昧なものを対象に取っては、魔法の効力が格段に下がるじゃろうな」

「うぬぅ……」


【狩猟域】がエンチャントされたロケットを前に、エンマがどのような対策を施しているか、死霊術の具体的な用語を交えながら討論し始めるジルバギアスとアンテ。


「…………」


 それを、無力感に苛まれながら、眺めることしかできないレイラ。死霊術の基本は身につけつつあるが、あくまで初歩の理論だけで、高度な内容まではわからない。


 自分も何か役に立ちたいが、ここで口を挟んではふたりの邪魔になるだけだ。黙っておくのが賢明だった。


「くぅん?」


 レイラの太腿に、すりすりと頬ずりしてくるリリアナ。レイラが浮かない顔をしているのを感じ取って、励まそうとしてくれているのかもしれない。


「ありがとう……」


 リリアナの髪を指で梳いてあげながら、思いを馳せる。



 ――ジルバギアス、いや、『アレク』の幼馴染であるという、クレア。



 ここしばらく、エヴァロティ王城で幾度となく見かけ、顔を合わせてきた。アレクが魔力を補給するとき、図書室で静かに読書しているとき、役人たちに何か尋ねているとき――


 無位無官のアンデッドたるクレアは、魔王国側の住民にウケが悪かった。ジルバギアスの『お気に入り』だと周知されていても、上位悪魔はクレアの力を軽んじ、闇の神々を奉じる夜エルフたちは、死の法則を逸脱するアンデッドに対しどうしても嫌悪感を滲ませる。


 皮肉にも、一番まともに受け答えしてくれるのは、誰に対しても腰が低めなホブゴブリンだった。


 ゴブリン嫌いのクレアの態度が、ホブゴブリンには軟化したのは、そういう事情もあってのことかもしれない。「連中、見た目でかなり損してるわよねー」などとこぼしていた。


 そんな彼女だが、酒場で収集した自治区の情報を、アレクに聞かせるときは――


 アレクも言っていたが、実に楽しそうな雰囲気で……決して、クレア自身はそれを認めないだろうが、とても人族を滅ぼすことを願っているようには、見えなかった。


『本当の自分』を、表に出すことができない。


 周囲の顔色を窺いながら、やり過ごさなければならない。


 ……竜の洞窟で飼い殺しにされていた、過去の自分と重なって見えた。真綿で首を絞められるように、じわじわと追い詰められ、呼吸さえ自由にままならない、そんな環境――いや、呼吸できていただけ、自分の方がまだマシだったかもしれない。


 マシだったかも、などと思えるのは、今が幸せだからだ。


 今の、アレクとの日々が――まばゆい幸福が、暗い過去をかき消してくれている。


 だけど、今のクレアには、それがない。……こんなにも近くに、光があるのに。


 それを知ることさえなく……



『ホントはのー、放っておくのが無難だと思うんじゃがのー』



 一度、エヴァロティから魔王城に戻る途中、アレクが疲労のあまり、レイラの背でついうたた寝してしまったとき、【キズーナ】越しにアンテがそう言っていた。


『クレアを味方にすることで得られる情報より、諸々が露見するリスクの方がはるかに大きい。そう思うんじゃ……そうは思うんじゃが……』


 だからといって、一思いに滅してしまえ、とは。


『言えんのう……今のこやつには……』


 最初からそう言って『割り切れる』人間なら、アンテと契約することは叶わなかっただろう……


 非情に振る舞いながらも、自身に降りかかる苦難を度外視して、最後まで最適解を模索することをいとわない人だ。ありとあらゆる選択肢を吟味して、試行錯誤して、最後の最後に、本当にどうしようもないことがわかって、初めて――



『俺は、今まで何人も見殺しにしてきた。何百人も殺してきた』



 アレクの言葉が蘇る。



『だけど――それは、これからも見殺しにし続けていい理由にはならない』



 あの、強い意志の光が宿った瞳。



 仮に――たったひとりでも多く救えるなら、自身が千の死に匹敵する苦痛を受けることになろうとも、ためらわない。


 アレクは、そういう人。


 ……愛おしい人。


「…………」


 レイラは、ほぅと溜息をついた。


 できるなら、アレクには苦しんでほしくない。安らかにいてほしい。


 だけど……自身の安寧のために、犠牲から目を逸らすような人じゃない。そんなところが、たまらなく魅力的でもあって……人々を救うため奔走し、苦しむアレクの姿を見ていると、レイラは居た堪れなさと愛おしさでぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。


 そして――たぶん、アンテとも、その気持ちを共有している。


 話していたら、わかるのだ。いくら悪ぶっていても、悪徳の魔神でも。


 アンテが本当に、アレクを気に入っていて、慈しんでいることは……。


 それでも、アレクが望むのは力だ。だからアンテは、悪徳の道へとアレクを引きずり込む。彼に力を与え続け、彼の苦しみを肯定する。それこそが、アレクの願いに他ならないから。


「うぅ~ん……!」


 ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしりながら、ノートに乱暴に文字を書き連ねて、考えをまとめようとしているアレク。


 果たして、この苦しみの行き着く先は……彼の望む救済なのか、それとも。


 万策尽きての、慈悲の一撃なのか……。


「…………」


 レイラは再び、小さく溜息を漏らした。腹の奥底で渦巻く淀みを吐き出すように。


 吐息に光の魔力が混ざって、ぱちぱちと弾ける。父ファラヴギから受け継いだ記憶のおかげで、空も飛べるようになったし、先祖伝来の光魔法も使えるようになった。ブレスだって自在に吐ける――人化しても吐けるのは想定外というか、父が知る限りでもそんなドラゴンはいなかったようだが。


 だけど、それができたところで何になろう。


 こと死霊術の分野では、レイラは無力だった。自分が直接、何かをするにはあまりにも相性が悪すぎる。強すぎる光の魔力では、壊すことしかできない……



 ポン、と肩を叩かれる感触。



『あんまり思い詰めなさんな』


 半透明のバルバラが、微笑みながら言った。


『誰にでも向き不向きはあるんだから』


 無力感を味わっているのは、彼女も同じなのだろう。励ますように言いながらも、その笑みは苦み走っていた。霊体とは、魂のありのままの姿だ。ボディに取り憑いたアンデッドと違って、表情を取り繕うことは難しい。


「……はい」


 心遣いをありがたく思いつつ、ぎこちなく笑い返す。だけど、アレクのために、頭を捻り続けるのはやめるつもりがなかった。


『……ほどほどにね』


 ひと目でそれを見抜いたらしいバルバラは、苦笑しながら、地下研究室の隅に安置されていたボディにスゥッと取り憑き、立ち上がった。


 バルバラの、5体目の試作ボディだ。


 背丈は生前のバルバラと同じで、アンデッドでありながら筋肉があり、何より肌が青い。


 それもそのはず、これは『ジルバギアスの肉体』を材料にしたボディなのだった。


 アンデッドを作成する上で、『材料』の調達に(主に倫理的に)悩んでいたアレクだったが、自治区民の治療を通して「そうだった! 手足なんていくらでも生やせるじゃん! 俺自身が素材となることだ!」と閃いてしまったらしい。


 嬉々として自分の手足を切り落とし始めたときは、さすがのレイラも狂気を感じずにはいられなかった。リリアナも「わうん!? わうん!?(きでもくるったか)」と動揺していたし、バルバラもドン引きしていた。


 ともあれ、侯爵クラスの魔族の骨肉という、最上級の素材で作られたボディは、これまでの試作品とは一線を画す性能に仕上がっている。


「…………」


 声帯がないため、無言でレイピアを繰り出し、型をなぞり始めるバルバラ。


 力強い動きだ。しかし、素人のレイラから見ても――あまり洗練されているとは言い難かった。


 ボディの性能は向上したが、あくまで『以前に比べて』の話。完成度がまだ充分ではないのか、それともバルバラの身体を操る技量が低いのか。


 アレクとバルバラの見立てでは、『両方』とのこと。まだまだ発展途上にある。


 ちなみに、余談だが、レイラも『素材』の提供を申し出た。残念ながら、竜の骨肉はバルバラにはあまり馴染まなかったので、ボツになったが――魔法抵抗力を上げる防御パーツとして鱗は使えるかも、という結論には至っている。



 ああでもない、こうでもないとアンテと意見を交わすアレク。



 技量向上のため、ひたすら素振りに励むバルバラ。



「くぅん……」


 所在なさげなのは、リリアナとレイラだ。


 どこか寂しげな、あるいは――思い悩むような顔のリリアナを、励ますように撫でながら、レイラは再び父から受け継いだ知識をおさらいしていく。


 もしかしたら、何かの役に立てるかもしれない。


 何か、現状の閉塞感を打開するヒントがあるかもしれない。


 もう幾度となく試みたが、それでも思考を止めなかった。目の前で、アレクがこれだけ苦しんでいるのに、自分も全力を尽くさないでどうする……



(……ごめんなさい)



 そして、必死で考えながらも、心の片隅で謝った。



 アレクに、『あなたと苦しみを分かち合いたい』と言ったことがあるけれど……



(ごめんなさい)



 できそうもなかった。こうして、アレクのために全力を尽くすとき、レイラは――



 たしかに、幸せなのだった。



 苦しみを力に変えるのがアレク。苦しみを苦しみとも感じず、力を出し続けられるのがレイラ。



 恋する乙女は、強い。



 愛を知る乙女は――恐ろしく強い。



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