250.研究と発展
どうも、相変わらず代官として、魔王子として、日々忙しく過ごしているジルバギアスです。
自治区が本格的に動き出してから、数ヶ月が経った。この間に起きたことを、諸々整理していこうと思う。
まず旧デフテロス王国圏について。スピネズィア率いるサウロエ族の軍団がエヴァロティ以東の拠点を攻略し、残敵掃討も終わり、完全にサウロエ族の領地と化した。
エヴァロティ自治区は、西はイザニス領、東はサウロエ領に取り囲まれた、飛び地のような状態になったわけだな。
国外に脱出しそびれた元デフテロス王国民たちは、かろうじて虐殺されることなくエヴァロティ自治区まで輸送されてきた。
ただし、全員が助かったわけではない。輸送とは言っても馬車の数は限られていたため、捕虜たちは見張りの兵たちにせっつかれながら、歩き通す形になった。温暖な季節だったとはいえ落伍者も多数。病弱な者はほとんど見捨てられ、動けない怪我人などは現地判断でサクッと処分されたそうだ。
結果、自治区までたどり着けたのは、ある程度自力で動ける健康な者ばかり。
魔王子としての俺は、それを責めることはできなかった。
以前のクソみたいな状況――すなわち、病人や怪我人は例外なく殺処分され、健康な者はもれなく奴隷化、数年以内にほぼ全員が死に絶える地獄――よりは、はるかにマシになったと考えるべきか。
クソッ。
もちろん、愛する者を見捨てざるを得なかった、あるいは戦友を眼前で処分された新たな自治区民たちは、魔王国への強い憎しみを抱いている。
衛兵隊をはじめ、古参の住民が『
魂が抜けたように漫然と暮らす者もいれば、復讐に燃えて死物狂いで修行に励む者もいる。
自治区を訪れるたびに、俺は街の活気にほのかに混じる、ザラついた空気を感じ取っていた。
それは間違いなく、俺もよく知る――戦場の匂いだった。
自治区といえば、タヴォーの親類が大通りで飯屋を始めた。
俺もちょっと出資した。比較的高級な店で、役職持ちの自治区民に配った給金を回収し、経済を回す役割もある。
また、香辛料をふんだんに使った料理を出すため、犬系獣人は匂いがキツいらしくあまり寄り付かない。
――もちろん意図してのことだ。エンマの意向を受けて、情報収集に励むクレアを支援するために、俺が店の方針に出資者として口を出した。
店主がホブゴブリンなのがアレだが、クレアも「まあ、見た目がゴブリンに似てるだけだし……」とどうにか折り合いをつけたようだ。いちいちホブゴブリンが視界に入るたびに発狂してたら、エヴァロティ王城でやっていけないしな。魔王城の比じゃないくらいホブゴブ率が高いんで……。
「鍛冶師のオッサンが言ってたけど、護身用の短剣はそれなりに売れ行きがいいんだって。さすがの自治区民も、魔王国の支配下で丸腰じゃ心細いとかなんとか」
俺から魔力を補給しがてら、クレアは見聞きした様々なことを話してくれた。商人から聞き出した自治区の需要についてだとか、衛兵隊の副隊長から聞かされた俺への愚痴だとか……
「酔っぱらいの相手は楽でいいわ、適当に相槌打ってりゃ勝手に話すんだもん」
などと、クレアは笑っていた。
その表情は、お決まりの愛想笑いだったが。
楽しげな口調には、確かな親愛の情が滲んでいる気がした。自治区で出会った人々に対する情が――
いや。
そんなふうに感じるのも、俺の、願望にすぎないのかな。
ちなみに、俺が魔王城にいる間は、エンマに定時連絡で諸々報告し、その日の主だった出来事等が俺のもとにも届けられる仕組みになっている。
まあ、たいていは「特に異常なし」の簡素な一文なんだけどな。
自治区では、そろそろ壁外での農作業や農村への移住などが解禁される。このまま何事もなければいいんだが。
そして、魔王国の侵略戦争について。
この夏、アレーナ王国との戦端が開かれた。先鋒を務めるのは、ダイアギアス率いるギガムント族の軍団。
『――ホントは、戦争なんて面倒くさいだけなんだけどなぁ』
恒例となった俺とのお茶会で、ダイアギアスは心底面倒くさそうにこぼしていた。
俺は、それが本心からの言葉だと察していた。魔族としてはあるまじき態度だが、ダイアギアスはそれほど戦いに興味がない。女とイチャイチャしてるだけで強くなれるし、それを最大限に楽しんでいるからだ。
そんな忙しいダイアギアスが、なんで弟の俺とわざわざお茶しているかのかというと、本人いわく、
『刺激になるから』
……真の元祖たる俺がもたらしたボン=デージ・スタイルのおかげで、マンネリ化しかけていたアレコレが大変捗るようになり、魔力もグイグイ伸びるようになって、とてもイイ感じなのだとか。
まあ、お茶会の話題も、新たなボン=デージ・スタイルのアイディアとか、女の話とかばっかりだ。……6歳児にする話じゃねえだろマジで……
『君って、なんか僕たちと違うというか、変わり者じゃないか。いい刺激になるんだよね、もしかしたらまた何かいい閃きがあるかも知れないし』
お前に変わり者なんて言われたらおしまいだよ……俺はどう反応していいのかわからなかった。
だが。
そんなダイアギアスも、心底面倒くさがりながら出陣していった。
今回の戦で、大公への昇進に王手をかけることになるだろう。特別、立身出世を目指しているわけでもないのに、なぜわざわざ戦場に出るのか。
――言うまでもない、ダイアギアスが魔王国で一番の女と奉じる、愛しの姉ルビーフィアを射止める(仕留める)ためだ。気でも狂ってんのか。
ルビーフィアがダイアギアスを傘下に加えた際、「超えられるものなら自分を超えてみろ、そうしたらお前の女になるのも考えてやらんでもない」的なことを言ってしまったらしく。
いや……迂闊な約束したもんだな。アイツ本気だぞ……
どんなに魔力が育とうとも、戦功を挙げて実力を証明しなければ昇進できないのが魔王国だ。ルビーフィアに並ぶ大公となり、場合によっては魔王位継承戦にも介入して、姉を屈服させ手中に収める気満々なのがダイアギアスだ。
ルビーフィア派閥がダイアギアス派閥になりかねんというアレな状況だな。しかもダイアギアス加入時に、ルビーフィアがそれを認めちゃったんだから、今さらどうしようもない。
ボン=デージ・スタイルのおかげで、モリモリ魔力が育ってダイアギアスの大公位が現実味を帯びてきたことから、このごろはルビーフィアが焦りまくってるらしいという話も聞く。
ダイアギアスがアレーナ王国の南を制圧すれば、次はルビーフィアの軍団に引き継がれるとのこと。ルビーフィアは、戦場で魔力を育てるタイプだ、きっと全力を出すだろう。
アレーナ王国北部では、ほとんど捕虜が発生しないかもしれない……。
いや、ダイアギアスの戦功次第では、南部もどうなることか。
魔族にしては他種族への当たりも柔らかく、好戦的でもないダイアギアスだが、決して博愛主義者ではない。
ひとたび戦場に出れば、容赦なく敵を殺戮する。「可愛い子は殺したくないのに」などと嘆きはするが、男だろうが女だろうが、割り切って殺す。
理解可能に最も近いが、一線の向こう側にいる存在。
それが――第3魔王子ダイアギアスだ。
アイツが今回の戦役で、どれほどの首級をあげるか予想もつかない。
敵ならば、割り切って殺すのは……
俺だって、同じだ。
†††
「どうじゃ?」
死霊術研究所こと、アウロラ砦の地下室。実体化したアンテが、魔力の動きを注視しながら、俺に問う。
「かなり頑丈だな……」
霊界の門を開いたり、呪詛を放ったり、呼び出しの呪文を唱えたり、思いつく限りの干渉を試みながら、俺は答える。
眼前――魔法陣の中に収められた、手のひらサイズの、少し大きめなロケットペンダント。
スピネズィアより『お近づきの印』に貰い受けた、外部からの魔法的な干渉を弾く【狩猟域】がエンチャントされた魔法具だ。
ここしばらく、アンテと一緒に死霊術の研究も進めている。アンテの魔力は、この世界の属性とは隔絶したもので、闇属性ではないため死霊術を扱えないのだが、悪魔ゆえの魔力に対する繊細な知覚は、こと理論的な研究において心強い味方だった。
今は、ロケットの中に下位アンデッドを収め、外部から干渉が可能かどうか試しているところだ。
『さすが、魔族の血統魔法って奴だねぇ……』
かたわらで見守るゴースト形態のバルバラが、俺の全力の呪詛を受けてもビクともしないペンダントに、呆れたような感心したような声を漏らす。
「すごいなコレ……戦うとなったらかなり厄介だぞ……」
魔力を込めた槍を思い切り叩き込めばカチ割れそうだが、逆に、その一手を強いられるわけだ。サウロエ族、侮れん。
「これだったら、エンマの干渉を防げそうですか?」
レイラが目を輝かせながら尋ねてきた。クレアの境遇が過去の自分に重なって見えてしまい放っておけないらしいレイラは、どうにか救い出すことができないか、我がことのように胸を痛め、日々願ってくれている。
最近は、俺が死霊術の講義で使ったノートを読んで、死霊術への理解も深めようとしているようだ。移動時は【キズーナ】を通して、俺やアンテに割と突っ込んだ質問もしてくるようになり、もはや下手な同盟圏の野良死霊術師よりも幅広い知識を獲得していそうな気配だ。
「外部からの干渉は、防げそうではある、けど……」
俺はロケットペンダントを手に取り、パカッと開けた。中には小さな人骨が収められている。霊界から呼び出した、名も知れぬ霊魂を憑依させたもの。
ほとんど自我も残っていない、アンデッドとしては最下級の存在だ。
俺は骨に闇の魔力を注ぎ込み、『理性』を無理やり強化してやりながら、ぶつぶつと呪文を唱えて、
「さて……これでどうなるか」
再びロケットを閉じ、少し待ってから、俺は手元に霊界の門を開く。
「――【出でよ、試験体45号】」
俺が呼び出すと。
何の抵抗もなく、45号と名付けた霊体が。
眼前のロケットに収まっていたはずの魂が――俺の手元の門から、ヌルッと飛び出てきた。
「駄目か……」
苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。
俺が試験体に与えた命令は、『ロケットの中で霊界の門を開き、開き次第、霊界へと移動せよ』だった。
つまり、この強固なサウロエ族の結界をもってしても。
内部の霊魂が自発的に死霊術を行使することまでは、防げないのだった。
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