252.衛兵隊巡回
エヴァロティ市街地の高い壁の外。
「――それでは衛兵隊副長タフマン以下30名、出動します!」
タフマンおよび衛兵30名が、ザッと敬礼した。
名目上の衛兵隊長である夜エルフの役人――昼間なので、暑いのにフードを目深にかぶっている――が、それを受けてフンと鼻を鳴らす。
「よろしい。くれぐれも無謀な脱走などは企てないように」
「はっ! 守るべきものがありますので」
夜エルフの皮肉などどこ吹く風で、真面目くさって答えたタフマンは、フイッと背を向けた。
歩き出す。
今日から、自治区民の壁外での活動が限定的に承認された。タフマン率いる衛兵隊は、周辺地域の状況を調査するため、エヴァロティから徒歩1日圏内を野営しながらぐるっと巡回することになった。
農村の跡地や、放棄された町などを見て回り、今後の入植が可能かどうかを検討しなければならない。
ザッザッと隊列を組んで、衛兵隊は出発した。
「……どうだ?」
しばらく歩いてから、タフマンは犬系獣人のドーベルに尋ねた。
「少なくとも、風上にはいないな」
すんすんと空気の匂いを嗅ぎながら、ドーベル。衛兵隊は人族と獣人族、すなわち自治区民のみで構成されている。お目付け役の役人さえ同行していない。
が、十中八九、何らかの見張りはつけられているはずだ。ホブゴブリンは能力的に向いておらず、夜エルフは昼なので潜伏が難しいだろう。とすれば、猫系獣人か悪魔兵か……
「猫どもはクッセェからすぐわかるが、悪魔だと正直よくわからん」
「まあそれは仕方ない」
肩をすくめるドーベルに、タフマンも軽くお手上げのポーズで答えた。一部の特徴的な個体を除き、悪魔には体臭というものがないのだ。
とはいえ、タフマンたちに後ろめたいことはない。
本当に、ただ真面目に周辺地域を調査して回るだけだ。それでも――見張りがついているかどうか、把握できるなら把握しておきたいと思うのは、元軍人のサガか。
「ああー、こりゃひでえ」
踏み荒らされた畑に、元農民の衛兵が嘆く。タフマンも農家出身なので、あまりの酷さに閉口しきりだった。
雑草が生い茂り、ゴミや錆びた武具、はたまた壊れた馬車などがそのまま打ち捨てられている。片付けには相当な手間と時間を要するだろう……
ガッ、と何か固いものを踏みつける感触があって、見てみると、野ざらしになった骨だった。虚ろな眼窩と、視線がぶつかる――
「…………」
胸に手を当てて、冥福を祈った。残念ながら、これが今できる精一杯だ。いちいち弔っていたら、日が暮れてしまう。作業が本格化するまでは――農業の邪魔になるまでは――このまま我慢してもらう他ない。
進み続ける。
壁の外に出た解放感で、エヴァロティから充分に離れてからは賑々しく会話していた衛兵たちだったが、だんだん口数が少なくなっていく。
どこに行っても、荒れ果てていた。かろうじて集落だったことがわかる焼け跡や、倒壊した風車小屋。かつての近隣住民の墓地だったと思しき場所は、蹂躙され、砕けた墓石が撒き散らされていた。
それらを全て、たくましく生い茂る夏の草木が覆い尽くしている。王国の民が築き上げてきた歴史は、荒廃の中へ
自然の再生力さえ受け付けぬとばかりに、魔族の傲岸不遜さを象徴するように。
「――鹿だ!」
が、しんみりした空気も、途中で鹿の群れに出くわして呆気なく霧散した。
元猟師の衛兵が矢を放ち、また獣人たちが大喜びで追い立てて、あっという間に数頭が仕留められた。餓狼の群れもかくやという見事な狩りっぷり。長らく続いた自治区での生活で、人族はもとより、獣人族も肉に飢えていたのだ。
その夜は、大ごちそうになった。
森のほとりの、井戸が生きている廃村にキャンプを張る。鹿肉のバーベキュー――自治区のみなには悪いが、役得ということで今宵ばかりは、タフマンたちだけで満喫させてもらう。
「うめぇ!」
「やっぱ肉だよ肉!」
「志願してよかったァ~!」
焚き火で炙った鹿肉をハフハフと頬張りながら、感涙にむせぶ狼系獣人たち。
本当は熟成させてからの方が美味くなるが、そんなこと言い出したら食い殺されかねない雰囲気だったし、何よりタフマンたち人族だって肉が食いたかった。
「うまいなぁ……」
塩と香辛料をちょっぴり振って、モリモリと肉を頬張りながらタフマンもしみじみする。
半月が照らす穏やかな初夏の夜。酒こそないが、みんな酔っ払ったかのように大盛り上がりだった。久々の腹いっぱい食える肉、壁の外に出られた解放感……
(……みんな、気分を変えたいってこともあるんだろうな)
はしゃぐ衛兵たちを眺めながら、タフマンは思った。昼間、まざまざと見せつけられた、完膚なきまでに破壊された王国を――その無念を、一時でいいので、忘れたかったのかもしれない。
「これ、アレだな」
ある程度肉を食べて落ち着いてきたのか、骨をガジガジかじりながら、ドーベルが真面目な顔で言った。
「帰る前に水浴びしないとヤバいな」
ボソッとしたドーベルの言葉に、獣人たちがシン……と静まり返った。
「た、たしかに」
「水浴びくらいで落ちるか……?」
「石鹸もってくりゃよかった」
スンスンと互いの毛の匂いを嗅ぎ合いながら、戦々恐々とする獣人たち。肉に飢えてるのはみな一緒だ、こんなたらふく焼き肉を食って、そのまま戻ったら同族に匂いでバレる……!
「副長ォー! オレたち、4日くらい、……いや5日くらい、時間置いてから帰っていいッスかね!?」
「ダメだ、明後日には戻らねえと
獣人兵の言葉に、首を振るタフマン。
こんなことであらぬ疑いをかけられて、自治区のみなに迷惑をかけるわけにはいかない……
「やべえ、ヘタしたら殺されるぞ……」
「い、いや! 手土産に何か仕留めて帰れば」
「「それだ!!」」
ひとりの提案に、他の獣人たちが一斉に食いつく。
鼻が良すぎるのも考えものだな、などと人族は笑ってそれを見ていたが。
「――ん」
タフマンの横で、ドーベルが耳を立て、かじっていた骨を放り捨てた。
ざわりと……夜風が吹き寄せる。
「――――」
あれだけ騒がしかった獣人たちが、一斉に静まり返った。
全員、同じ方向を見ている。森の暗がりを。
全身の毛を、逆立てながら。
……この場の衛兵たちは、過酷な戦場を生き延びてきた者ばかりだ。
だから、知っている。
「戦闘態勢!!」
タフマンは叫んだ。
「――グウォォァァァァッ!」
タフマンが剣と盾を手に立ち上がった瞬間、森に獰猛な咆哮が響き渡った。
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