430.迫る閾値
ああああああっ!?
『ああああああっ!?』
いや何やってんだアーサァーーーッ!!!
俺とアンテの声にならない叫びが重なった。
無神経にもアーサーがドバドバと魔力を注ぎ、地面の魔法陣は――
ウンともスンとも言わなかった。
「何も起きないね」
「何も起きないねじゃねえんだよ」
俺は思わずアーサーの頭をベシッと叩く。
「
「こっちのセリフだッ! 未知の魔法陣に気軽に魔力注いでんじゃねえよ! 事故が起きたらどうすんだ!!」
「だって……アレックスも魔力注いでるっぽかったし」
後頭部をさすりながら、心外そうな顔をするアーサー。ゲェッ見られてたか!
「俺は! 慎重に慎重を重ねてたの!! これが何なのか調べるためにやってただけなの!! 地面に空いた穴の深さを測るために、小石を放り込んで音を聞こうとしてたようなもんだよ! 桶いっぱいの瓦礫をいきなり放り込むやつがあるか!!!」
「そう? でも実際、これは意味のある魔法陣なのかな? 魔力を吸うってことは、ただの模様じゃなさそうだけど」
あくまでもマイペースなアーサー。いかん、なんだか目眩がしてきたぞ……
「ふたりとも、どうしたんだね。そんなに騒いで」
「何かあったのですか」
と、今度はご隠居にハンスまでテクテクと祠に入ってきた。
「ああ、ご隠居様。今アレックスと一緒に、この魔法陣みたいなものを調べていたところなんですよ」
「お前は何も調べてねえだろ」
「これは壺かな?」と言いながらハンマーでぶん殴るような真似してたくせに、学者みたいな顔をするんじゃないよ。
「ほほう、魔法陣とな」
ご隠居も興味津々で、しげしげと地面の紋様を眺めている。
やめろよ!? 絶対やめろよ!? 嫌な予感しかしねえんだけど!!!
「これは……見たことがない文字であるな。エルフ文字ではなさそうだが……ハンスは知っておるか?」
「いえ。古代エルフ文字でもドワーフ文字でもありませんね」
ご隠居に水を向けられ、ハンスは注意深く紋様を指でなぞりながら首を振った。
「獣人の少数民族のものでしょうか……? いや、しかしこの禍々しい字体……ひょっとすると、魔族文字?」
ハンスの言葉に、アーサーとご隠居の顔に警戒心が浮かぶ。
いやいや待て待て、注意深いのはいいことだが変に誤解されるのは困る!
「魔族文字ではないな」
俺は即座に否定した。
「へえ? アレックスは知ってるのかい、魔族文字」
「ああ。あまり詳しくは言えないが、そっち方面の情報には、そこそこ触れる機会があるんでな」
「なるほどね」
俺が含みのある調子で言うと、アーサーも意味深な笑みを返してきた。
ご隠居はそんな俺たちを面白がるように見ていて、ハンスは相変わらず神妙な顔を維持していた。……ハンス、印象が薄いっていうより、考えが読めないんだよな。我を可能な限り殺しているというか。
あからさまに怪しくなくて、ひたすら影が薄いけど――これが計算されたものだったとしたら、コイツも何者かわかんねえな。ただ浮世離れしてるような、どこか世間とズレてるような雰囲気もあるから、工作員って感じでもねえんだよな……
「となると、この文字の正体はわからずじまいか。そもそもこれは、本当に魔法陣なのかね?」
「それが、わからないんですよね。僕とアレックスも測りかねてて。魔力が吸われる感覚があるので、ただの模様ってことはないと思うんですが」
「ふむ……」
アーサーの説明を受けて、ご隠居がそっと地面の紋様に触れた。
おいおいおい。
「あのっ! ご隠居、どうか慎重に……! ってか、正体がわからないんであんまり手出しはしない方が……」
「わかっておる、わかっておる」
みなまで言うなと言わんばかりにうなずいたご隠居が、軽く魔力を込める。
「ふぅむ……これは、確かに得体が知れぬな。ハンスはどう思う?」
「見てみましょう」
ハンスも似たような感じで、ふわっと魔力を練ってから慎重に魔法陣の様子を探っている。
見ててヒヤヒヤするが……アーサーに比べれば分別があるので助かるな。
まあ、ちょっとやそっとのことじゃ、この魔法陣も起動しないだろうし――
「全然手応えがありませんね」
「そうであるなぁ、ハンス。……はっ!」
と、突然ご隠居が魔力をドバッと注ぎ込んだァ!!
「ふっ!」
そして何を思ったかハンスがそれに追随!!
ドババーッと魔力が魔法陣に注ぎ込まれている!!!
「ワァッ! アアッ! アーッ!!」
思わず叫んで跳び上がった俺は、
「何やってんだあんたらァ!!」
スパァンッ! とご隠居とハンスの後頭部を叩いた。
「あだっ」
「いてっ」
「うわぁ!? 何をやってるんだアレックス!?」
なぜかアーサーが悲鳴を上げるが知るかァ!
「何をもクソもあるか! 慎重に!! 慎重にって言ったじゃん!!!」
俺は両手で地面の紋様を示す。幸い、ウンともスンとも言わねえけど!
「何が! 起きるか!! わかんねえんだって!!!」
「まあ、それは確かにそうであるが、そこまで目くじらを立てんでもよかろう。構造からして、ここは古代の宗教施設か何かであったはず」
後頭部をさすりながら、ご隠居が祠の内部を見回して立ち上がる。
「であれば、このような魔法陣の目的を予想した場合――防御用の結界か、何らかの祝福を与えるものか、エルフのように精霊に働きかけるものか、隠し扉でも開くのか――そういった効果のはずだ。少なくとも、術者に害を与える魔法、呪いの類が発動するとは考えにくい」
いや……まぁ……!
それはそうだけど……!!
たとえ邪法関連でも、術者に直接害が及ぶような設計にはなってないはずだから、ご隠居の見立てもあながち外れちゃいないんだが……!!!
『魔界への門が開くんじゃよなぁ……』
アンテが遠い目をしてそうな声で言った。
確かに、術者に直接の害はないんだけどさぁ!!
「しかし、これだけ干渉してみても何の手応えもないということは、案外、こういう設計のものなのか」
ハンスもまた、ご隠居そっくりな動作で後頭部を撫でながら言った。
「ほう、と言うと?」
「エルフの文献で、太古の人族の大地信仰の記述を読んだことがある。この施設は、大地に魔力を還元し感謝を捧げる、といった儀式に使われていた可能性も」
「ははぁ、なるほど。本当に文字通り地面に空いた魔力の『穴』ってわけか」
ハンスの説に、ぽんと手を打つアーサー。
「仮にそうだったとするならば、この周囲の紋様は、術式というより祈りの言葉だったのかもしれぬな」
なるほどね~とばかりにご隠居もうなずいている。
「とはいえ、この文字の正体がわからぬ以上、あまりに根拠薄弱ゆえ、話半分に聞いてもらいたい」
ハンス、いつの間にか学者みたいな話し方になっててウケるな。
「まあ、我らは考古学者ではない。興味は尽きぬが、特にこれといって害がないならば、このままそっとしておこうではないか」
ほっほっほ、と笑いながらご隠居が祠を出ていき、ハンスもそれに続く。
「結局、よくわかんないけど、あんまり大したものじゃなさそうだね」
アーサーが呑気なこと言ってて、俺はその場にへたり込みそうになった。
めちゃくちゃ!!
大したものです!!!
何なら人類の趨勢が決まります!!!!
「魔力を思い切り注ぎ込んだら、何かお宝でも出てこないかなって期待したんだけどなあ」
「いや……お宝ならいいけどさ……何が出てくるかわかんねえから……」
「アレックスは慎重だね。ま、僕もちょっと後方でのんびりしてて、気が抜けちゃってるかもなぁ」
たはは、とアーサーが困ったように笑う。
「ぼちぼち休暇も終わりだし、気を引き締めていかないと……」
小さく溜息をつき、心なしか肩を落としたアーサーも、祠を出ていく。
…………。
『なんとかなったのぅ』
なった……のかなぁ?
魔法使いとはいえ所詮は人族。3、4人がそれなりに魔力を注いだところで魔法陣には変化なし、か。
『どれくらいで起動するのかは、我にも見当さえつかんからのぅ厄介じゃ』
本当に。
数の力でゴリ押ししても、何十年もかかるようじゃ、公国まで前線が押し上げられちゃって間に合わなくなるぜ。
でも案外、あと数十人で頑張ればポータルがすぐ開くかもしれないし……クソッ、一度開くところを見てみないことには、全然予測がつかねえ!
だからといってなかったことにはできねえし。
聖教会か、帝国か――。
聖教会は上層部は間違いなく乗り気になるはずだ。けど、過激派がどう動くかわからない。俺としては悪魔絶対殺す派には、どうにか理性的な対応をして頂きたいところだが、過度な期待は禁物。
かといって帝国は、自国のためなら他は平気で切り捨てそうだ。いや、むしろ戦後の自国の地位向上さえも見据えて、敢えて周辺諸国を消耗させるくらいのことはやりかねない。あまり仲がよろしくないエルフの森とか、時間稼ぎの盾くらいにしか考えなさそうだし……
「…………」
――森エルフ。
悩む俺の脳裏に、ふと、彼女の笑顔が蘇った。
……リリアナ。
そうか。森エルフは魔力強者で、そこそこ頭数も揃えられて。
聖大樹の森にも戦線が迫りつつあるから、ある意味で人族より後がない。
何より、寿命が長い。百年単位でものを考えられる森エルフなら、あるいは――
このポータルを有効活用できるかもしれない。
『……なるほど。確かにそれもひとつの手やもしれぬ』
自然派で、光の神々の信奉者である森エルフたちは、悪魔の契約を決して喜んで受け入れはしないだろうけど。
裏を返せば、森を守るためなら、受け入れるかもしれない。リリアナの説得とかがあれば――
「おーい、アレックス! そろそろ出発するよ!」
アーサーに呼ばれて、俺は我に返った。
「……あ、ああ! わかった」
返事をしながら、改めて祠を見回す。
……今は、ちょっと保留だな。
ひとつだけ確かなのは――聖大樹連合への接触の仕方も、考えとかなきゃいけないってことだ。
しかしリリアナの存在は最高機密だろうし、見ず知らずの人族が女王に直接コンタクト取れないし……
『強引に会いに行ったら、悪目立ちする上にめちゃくちゃ怪しいしのぅ……』
まさか俺の方がホイホイ同盟圏にやってくるなんて想定外だったから、連絡手段とか全然考えてなかったしな~~~クソ~~~!
俺は頭を悩ませながらも、祠を出た。
――この場所には、いつか必ず戻ってくる。
そんな確信を、胸に抱いて。
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