391.専門家たち
どうも、アウリトス湖東岸の都市国家ツードイに到着した勇者アレックスです。
「ここでヴァンパイアハンターたちと合流か」
「予定よりちょっと早い。ちゃんと集まってたらいいんだけどね」
上陸早々、俺とアーサーは急ぎ足で聖教会へ向かう。ツードイは交易の要衝と呼ばれるだけあって、今まで立ち寄った都市国家の中でも指折りの賑わいを見せていた。大陸東部から集まった様々な交易品が、この街を経由してアウリトス湖を渡り、各地へと運ばれていく。
余裕があれば、マーケットもレイラと一緒に観光したかったんだが。
吸血鬼が複数とわかった以上、うかうかしていられない。ニードアルン号の船長と相談した結果、旅程を少し早めてツードイに急行し、さらにツードイのあとに寄港予定だった街をいくつかすっ飛ばして、都市国家アテタイ~ハミルトン公国間の怪しい水域へ向かうことになった。
一応、昨日の深夜と今朝に呼び出しを試みたときは、病死や事故死の人くらいしか引っかからなかったんだが……。
「ツードイを飛ばすわけにはいかないんだ」
アーサーは、悩ましげな顔で語る。
「合流予定のヴァンパイアハンターたちは、吸血鬼を狩り出すために欠かせない戦力だし、ニードアルン号の乗組員たちを守る役目もある。アレックスと僕だけじゃ、戦闘力はさておき、人手が足りない」
そうなんだよな。乗組員を守るには俺たちだけじゃ頭数が足りない。そして俺たちはそれぞれ戦闘のプロだが、追跡のスペシャリストではない。効率的に吸血鬼を狩り出すなら、ヴァンパイアハンターたちの協力を仰ぐべきだ。
『ヴァンパイアハンターって、結局どんな連中なんじゃ?』
と、アンテ。
そうだな。ヴァンパイアハンターってのは、言ってみれば吸血鬼狩りのノウハウを集中的に学んだ神官と、各種族の専門家たちのことだ。
『ほう、各種族とな』
基本、人族ばっかりな聖教会にしては珍しく、森エルフと獣人も正式なメンバーになっている。俺たち人族だけじゃ、本気で逃げ隠れする吸血鬼を追い詰めるには、力不足だからな。
森エルフは魔法と弓で。獣人は嗅覚と身体能力で。神官は吸血鬼を焼く聖銀呪と各種魔法で、吸血鬼を地の果てまで追いかけ、ブチ殺す。
まあ俺も前世で何度か顔を合わせたことがあるだけなんで、そこまで詳しくは知らないんだが。過去数百年のデータをもとに、吸血鬼の移動範囲や行動パターンを予測し、効率的に追い詰めていく――そんな訓練を受けた連中だ。
俺がレイラに乗って無闇に探し回るより、よほど頼りになる、はず。
「あと、ニードアルン号のみんなに払う追加料金も、
アーサーが歩きながら肩をすくめた。
ああ、そりゃあスキップできないなぁ……。
――ニードアルン号は、この危険極まりない旅にも、恐れずについてきてくれる。吸血鬼どもを許せないという義憤、聖教会から支払われる多額の謝礼、それらも大きな理由だが、決め手となったのはアーサーへの信頼だ。
『アウリトスの魔王』さえ退けたアーサーなら、吸血鬼からもきっと自分たちを守ってくれる――彼らはそう信じているからこそ、最終的にニードアルン号を囮にする可能性も込みで、同行を了承したのだ。
これがぽっと出の勇者の依頼だったら、にべもなく断られていただろう。新しく船を借り上げて、危険水域へ突っ込むのが難しい理由でもある。魔法も使えない一般人の誰が、好き好んで吸血鬼がいるかもしれない場所についてきてくれるだろう? 大金を積まれたってゴメンなはずだ。
『逆に危険も顧みず、カネに目が眩んで一も二もなく飛びつくような連中は、それはそれで不安じゃしの……』
仰る通りで。
「……さっさとカタをつけないとな」
俺の言葉に、アーサーは無言でうなずいた。旅程を早めた結果、ここツードイでは家族と半日も過ごせないし、このあと寄港予定だった街々もスキップすることになってしまった。
もちろん、各都市国家にはそれぞれ妻や子どもたちが待っている。中には間もなく出産予定の奥さんが住んでいるところもあったらしい。いくら使命のためとはいえ、アーサーも苦々しく感じずにはいられないだろう……
そんなことを考えている間に、ツードイの聖教会に到着。金回りのいい街だけあって、このご時世でも立派な教会だった。
「勇者アーサーだ。先触れは届いていると思うが」
「はっ! ご案内いたします、こちらへ」
修道士に連れられて、聖教会の奥に通される。ちなみに用向きが用向きだけに、俺もレイラは連れてきていない。
大きめの談話室に入ると、各種族ごった混ぜで十数名が思い思いに寛いでいた。
彼らの視線が、俺たちに集中する。
「本件の責任者のアーサー=ヒルバーンだ。こちらは同僚の勇者アレックス」
「よろしく」
軽く会釈しておく。
「……みんな集まっているかな?」
「ティーサンとレイター組がまだ到着してない。もともと、集合は明後日の予定だったからな……」
部屋の奥で腕組みして壁に寄りかかっていた、壮年の神官が渋い声で答えた。彫りの深い顔立ちで、左目のあたりに爪で引き裂かれたような白い傷跡が残されている。
「それについては、急な呼び出しで申し訳ない」
「……ああ、君を責めているわけではないぞ。事実を述べているだけだ……気にしないでくれ」
軽く頭を下げるアーサーに、鷹揚に手を振る彼は、神官にありがちな白系の法衣ではなく、闇夜に溶け込むような赤黒いロングコートを羽織り、同色の鍔広帽をかぶっていた。
真夏なのに。
『クソ暑そうじゃな』
たぶん、それなりのエンチャントが施されてんじゃないかな……魔法防御以外に、温度維持とか……雰囲気的にも歴戦のツワモノって感じだし……。
「申し遅れた、吸血鬼狩りのレキサー=マーディハント司教だ」
ゲェーッ、司教!!
俺の中で、この御仁のヤバさが跳ね上がった。本来なら地方の教会の責任者とかやってる階級と歳なのに、未だ現場で吸血鬼追いかけ回してるとか只者じゃねーぞ!
『お主の同類かもしれんの』
聞けば、幼い頃に家族が吸血鬼の犠牲となり、自身も嬲り殺される寸前で聖教会の勇者に助けられたらしい。成人の儀で無事聖属性を発現し、吸血鬼狩りのスペシャリストとなった。左目の傷は、当時のものを敢えてそのまま残してあるそうだ。復讐心が色褪せることのないように……否応なく共鳴しちゃう~~!
それから簡単な自己紹介タイムとなった。みな、それぞれに生い立ちや過去があるようだったが、特筆すべきメンツはふたり。
ひとりは、落ち着いた雰囲気の森エルフの女性だ。
「イェセラ=デル=モンターニュよ。見ての通り射手」
魔法のロングボウを背負い、シンプルな貫頭衣を身に着けた彼女は、500年前に妹を吸血鬼に殺され、それ以来ず~~~~っと吸血鬼を追いかけ回し、ブチ殺し続けているらしい。500年前といえば、イキり散らしていた始祖吸血鬼ツェツェが征伐されて、夜王国(吸血鬼たちが支配階級の国、魔族の魔王国みたいなノリ)が滅んだあたりか。夜王国から逃げ出した吸血鬼どもが、各地で暴れ回って大変な時代だったみたいだな。
にしても歴史の生き証人じゃねえか、スゲ~……
『ふん、500歳なんぞ我からすれば小娘みたいなもんじゃ』
いくらエルフでも若々しすぎるから、ハイエルフの血を引いてたりするのかな?
『スルーせんでくれ……』
もうひとりは、黒毛の若い狼獣人。
「
陽気な調子で告げる彼だったが、その姿は異様だった。まず、両の瞳が目隠しの布で覆われており、尖った鼻先にも皮のマスクが装着されていたのだ。
「ルージャッカは、我々の中で最も腕利きと言っても過言ではない……」
俺の興味深げな視線に気づいて、レキサー司教が口を開いた。
「いや……より正確に言えば、
「
ピラッと眼帯をめくってみせるルージャッカ。彼の瞳は、白く濁っていた。
「その代わり、
とんとん、と鼻先の皮マスクを指で叩く。嗅覚が尖すぎて、日常生活にさえ支障を来すため、街中ではマスクが必須らしい。
「吸血鬼どものくっせぇ臭いなんざ、すぐわかりまさぁ。たとえ水の中に隠れても、そのうち息が苦しくて上がってきやすからねぇ。そうすりゃ、蒸発した水っ気がプンプン臭って、風に乗ってやってくるって寸法でさぁ」
どうやら吸血鬼には、かすかに独特の臭気があるらしく――まあ血の臭いとかそういうのだろうが――ルージャッカは、たとえ数十キロメトル離れていても、風下にいれば嗅ぎ取れると豪語していた。
そして周囲の反応を見るに、彼には相応の実績があるのだろう。
「えーっと、旦那ぁ、アレックスさんでしたっけ?」
スンスン、と鼻を蠢かせたルージャッカが、白く濁った瞳で俺を見据える。
「――ずいぶんと濃いドラゴンの臭いがしやすねぇ」
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