479.好意と善意
※魔王軍中枢に聞いてみた! エンマのこと、どう思ってますか?
・魔王
「元人族なので疑わしさは拭いきれない。しかし
・吸血公
「我らの主食たる人族を滅ぼそうとしている時点で相容れない。こちらを馬鹿にする態度が死臭よりも鼻につく。無謀にも太陽光を克服しようとしているらしいが、実験に失敗して消滅してほしい」
・夜エルフ王
「神聖なる死の法則を弄んでいる。なぜ初代魔王陛下はこのような輩を味方に引き入れたのか。あと2,300年もしたら神罰が下ると思う。巻き添えを食らいたくないのでその前に消えてほしい」
・闇竜王
「竜の洞窟を監視しているのみならず、竜脈より湧き出る魔力をすする忌々しい寄生虫。魔王に反旗を翻す際、竜の洞窟の卵をいかにアンデッドから防衛するかが課題。竜の洞窟を取り戻した暁には、レッドドラゴンたちのブレスで火葬してくれる」
・獣人王
「なんか胡散臭いよね。大量に同族殺ししてるのってシンプルに頭がおかしいんじゃないかな。そういう意味では不安。殴っても殺せないし」
・悪魔軍団長
「信用できない。確かに人族を大量虐殺し、『人類の敵』であることを証明しているが、それは必ずしも我らの味方であることを意味しない。今のところ協力的で、兵站の大部分を担っており、大食らいの魔王軍を陰ながら支えている功労者だが、逆に軍の胃袋をアンデッドに握られている点は危惧すべき。そもそも同胞たる人族さえ躊躇なく殺すのに、なぜ異種族の我らを害さないと言い切れるだろう? ……とはいえ、魔王軍がアンデッドなしでは成立しないのは事実。強力無比な火魔法使いのゴルドギアス陛下の治世では、滅多なことはあるまいと考えている。逆に次代の魔王が火属性持ちでなかったなら、抑止力がなくなるため何が起きるかはわからない。そのため、次期魔王にはルビーちゃんを推す。もしエンマが反逆したら、反乱鎮圧の指揮は自分が執りたい。そして真っ先にご自慢の地下宮殿とやらに攻め込みたい。一体どれほど難攻不落の拠点なのか――考えるだけで心が侵略する」
――――――――――――――――
(……あれ、なんでみんな固まっているのかな?)
エンマは内心、小首を傾げていた。夜エルフの撤退支援に協力したい、と表明しただけなのに、妙な空気になってしまった。
「……それは、いったいどういう風の吹き回しか?」
夜エルフ王が、限りなく無表情に近い曖昧な笑みを浮かべたまま尋ねてくる。
「どうもこうも……ひとりでも多く諜報員が帰還できるよう、何か協力できることがあればしたい、というだけですが」
エンマもまた愛想笑いを貼り付けたまま答えた。ちなみにその表情は、エンマの中で一番スタンダードな『愛想笑いその1』であり、彼女の感覚的には真顔に近く、笑みそのものに特別な意味はない。
「ほう……あくまで純粋な厚意によるものだ、と。ありがたいことではあるが、我ら夜エルフにそのような親切心を向けるとはな。むしろ逆だと思っていたが」
「? そちらが勝手にボクたちを嫌っているだけでは?」
どこか皮肉げな夜エルフ王の言葉に、『愛想笑いその2』に表情を切り替えながらエンマ。
「ボクたちは、あなた方に特に思うところはないので。関係ありませんよ」
さらに『愛想笑いその3』に切り替えながらのエンマの言葉に、夜エルフ王がピクッと目尻を痙攣させた。
ちなみに、このエンマの発言には裏がない。エンマは本当に、自分たちアンデッドが夜エルフに嫌われようが好かれようがどうでもいいと考えているし、夜エルフが何をどう思っているかに関係なく、協力しようとしている。
決して、『別にお前らの好悪の情とかどうでもいいんですけど笑 自意識過剰ですかー? お前らなんて眼中にないでーす笑』と煽っているわけではない。ただ、相手がどう受け取るかはそれこそ相手次第だ。
『愛想笑いその4』でニコッと夜エルフ王に微笑みかけて、『愛想笑いその1』に戻すエンマ。ずっと表情を固定したままだと、人形感が増して不気味だからという理由で、不自然にならないよう表情を切り替えているのだ。
……なお、発言するたびに表情がコロコロと変わるが、よくよく観察すれば決まった表情を機械的にローテーションしているだけ、と相手が気づいたとき、それをどう思われるかまでは考慮に入っていない。
「それに……同盟圏の情報は欲しいですからね。ジルバギアス殿下の消息も、できることなら知りたいですし」
エンマがそう付け足すと、夜エルフ王は「ほう」と少しばかり興味深げな様子を見せた。
――ジルくんが今どうしているのか、手がかりがあるなら知りたい。
ぶっちゃけると、エンマが名乗りを上げた唯一の理由がコレだった。
ジルバギアスが追放されてから、ジルくん呼び出し器を稼働させ、秒間22回呼び出しを続けているエンマだが(当初秒間20回だったが改良した)、未だそれらしき反応はない。
ジルバギアスの現在位置や状況がわかったところで、エンマにできることはなく、死んだら死んだで呼び出すだけなので、無理に知る必要もないのだが。
それでも、知れるものなら知りたいと思ってしまうのが人の性。
(たまには、
諜報員たちが帰国すれば、何か新たな情報が入ってくるかもしれない。そんな期待があった。
――別にわざわざ撤退支援までしなくても、情報が欲しいなら死んだ夜エルフ諜報員の魂を呼び出せばいいだけでは?
クレアあたりがいれば、そのようなツッコミも入っていただろう。
(もちろんやってるんだけどね、それも)
が、エンマに隙はなかった。例の『魔王子追放』のビラがばら撒かれた時点で、夜エルフの大量死を予感したエンマは、『同盟圏で死亡した夜エルフ』という条件で新たな呼び出し器を稼働させ、夜エルフの魂の収集にも力を入れ始めた。
(けど、これもあんまり芳しくないんだよねー。ほとんど反応がないし、呼び出せたとしても魂がボロボロでロクな情報取れないし……)
理由はいくつか考えられる。
まず第一に、聖教会に狩られて死亡した結果、魂まで聖属性に焼かれてしまった可能性。
死霊術で呼び出せないパターンは、だいたいコレだ。夜エルフ諜報員は人族に変装するため、大半が人族並の魔力弱者で、魂が脆弱である点も見逃せない。
次に、呼び出し器の出力が十分でなく、呼び出すのに時間がかかって、魂の劣化がさらに進んでしまう可能性。
――大前提として呼び出し器は、エンマのような高位術者が直接呼ぶのに比べると非常に弱い力しか持たない。
これは、呼び出し器の核となる、自動化された下位アンデッドが貧弱な意志しか持たないのが原因だ。死霊術に限らず、呪術の強度は術者の意志と、術者と対象の呪術的結びつきに比例する。
たとえば、エンマ本人がジルバギアスの魂を呼ぶ力は、半端なく強い。エンマ自身が強靭な意志の持ち主であり、凄まじい執着があるからだ。(要は、ジルくんに会いたい気持ちが強ければ強いほど、呼び出す力も強くなる)(そしてエンマよりジルバギアスに会いたがっている人物など大陸にも数えるほどしか存在しない)
では、ジルバギアス専用呼び出し器は? ――残念ながら、どんなに頑張っても、エンマの十数分の一の出力がせいぜいだ。呼び出し器の核、『秒間22回ジルバギアスを呼び出し続ける』ことに特化させられた下位アンデッドには、ジルバギアスと会いたがるような自我がそもそも存在しない。なので呼び出す力も弱くなる。
『ジルバギアス=レイジュ』という対象が特定できていること、ジルバギアスの毛髪といった触媒も用意していること、エンマ(ジルバギアスと交友関係あり)が命令の主体となること、等々で呪術的結びつきを強め、どうにか出力の弱さを補っているのが『ジルバギアス専用呼び出し器』だ。
(あとジルくんは魔力強者だし、ジルくん自身も死霊術の基礎は身につけてるから、聖属性でこっぴどくやられない限り、魂はそうそう壊れないはず……)
ハイエルフや人族の英雄にでも焼き尽くされない限り、ジルくんなら何とかアンデッドとして復活できるしょ、というのがエンマの読みだ。希望的観測ともいう。
――では、本題、『同盟圏で死んだ夜エルフ』の呼び出し器はどうなるか?
そう、それに輪をかけて弱くなってしまう。対象が曖昧で、触媒もなく、呼び出される対象も魔力弱者で魂が脆い。
そして呼び出す力が弱ければ、霊界でふわふわと魂が引っ張られる時間も長くなるため、貧弱な霊魂がますます摩耗してしまう。
対策として、呼び出し器を使わずに、エンマのような術者が『同盟圏で死んだ夜エルフ』を対象に術を使い続ける、という手もあるが――
(悪いけどボク、そんなに暇じゃないんだよね)
今も会議に出たりしているが、あれやこれやとやることがあるので、24時間体制の術にかかりきりなどにはなれないのだった。あの愛しのジルくんでさえ、呼び出し器に任せているあたりお察しだ。
ちゃんと自我のある部下、つまり他の
「なるほど。情報が目当てだったか」
一方、夜エルフ王が少しは得心がいった様子でうなずいた。見返りを求めない純粋な好意だったら気色悪いが、少しでもエンマ側に利があるなら納得はできる、と言わんばかりに。
「――もしよければ、同盟圏で亡くなった方の魂も呼び出せますよ。運がよければ、最期の言伝なんかもできるかもしれません。個人名が特定できればさらにやりやすいです」
エンマは純粋な親切心から、ダメもとで提案してみたが――
「なっ……」
絶句した夜エルフ王は目をむいて、次の瞬間、真っ白な頬を怒りに紅潮させた。
「――ふざけるな! 我らの信仰を愚弄するか!!」
ギリッ、と円卓の上で手を握りしめながら夜エルフ王。いつもは鉄面皮な夜エルフが、森エルフ以外の他種族に対して、ここまで感情をあらわにするのは珍しい。
(あーはいはい)
やっぱこうなったか、と愛想笑いのまま内心嘆息するエンマ。
――夜エルフ、それも年寄りの世代は、死霊術を毛嫌いしている。
彼らにとって、獲物の魂は全て闇の神々の供物であり、死者の霊魂を弄くり回すのは神々への冒涜なのだ。
エンマが魔王国に加わったときも、最後まで反発していたのが夜エルフ――もっと言えば、この眼前にいる夜エルフ王オーメンイッサだった。骸骨馬や単純作業用のスケルトンの導入なども、何だかんだで妨害してきた。
全て圧倒的な利便性でねじ伏せ、普及させたが。
「冗談ですよ、冗談。あなた方の信仰を否定するつもりはありません」
夜エルフ王の怒りなどどこ吹く風で、穏やかに言う。
(夜エルフはこれだからなぁ)
――実は、比較的元気な諜報員を呼び出せたこともあった。
しかし肝心の情報共有で躓いた。呼び出された本人がエンマと死霊術に対して強い拒否感を示し、文字通り話にならないのだ。
(馬鹿だねーホント)
愛想笑いの下、エンマは嗤う。
(闇の神々がお許しにならない? 死霊術は神々への冒涜? それならなんで、闇の魔力で死霊術が発動するのさ)
ふん、と微かに鼻を鳴らして。
(――神々は、ボクらのことなんて見ちゃいないのさ)
エンマは、無信仰だ。
神々の存在は否定しない。森エルフたちが言うように、この世界を創造したのは、きっと神々で、彼らは存在するのだろう。
だが、光にせよ闇にせよ、神々がこの地を、自分たちを見守っているという考え方には否定的だ。
(闇の神々が健在なら死を弄ぶボクに神罰があったっていい。光の神々が健在なら、ボクのような存在や、魔王軍が好き勝手していられるのはおかしい)
――それに光の神々は。
エンマがどれだけ祈っても、願っても。
救いどころか慰めの一言さえ寄越さなかった。
(本当に一切の干渉なく、ただ見守っているだけ? ……そんなの)
――存在しないのと何が違う?
(なら、ボクの好きにさせてもらうよ)
神々に、目に物見せてやる。
この世界の秩序を根底から叩き壊してやる。
そうしてこの地上に、顕現させるのだ――
真の理想郷を。冥府を。
(みんなを、このくだらない輪廻から解放してあげる)
愛想笑いのまま、会議室の面々を見渡す。
(ま、生命がいないと存在を維持できない吸血鬼と、この世界の住人じゃない悪魔は除くけど)
吸血鬼は――便宜上『死』という表現を使うが――一度死ぬと魂が完膚なきまでに崩壊してしまうので、エンマたちのようなアンデッドとしても復活不可能だ。彼らは消える運命なのだろう。
悪魔はそもそも生命と言えるか怪しい存在なので、これまたノーカン。エンマたちの邪魔をしないならそれでよし。
(何はともあれ、今のボクたちでは、まだ力不足だから)
夢を実現させる足がかりとして、もっと魔王国内で地位を高めなければ。
「繰り返しになりますが、先ほどの陛下のお言葉に感銘を受けたのです」
エンマは円卓の上で手を組みながら言う。
「『魔王国の功労者が窮地に立たされているとき、能力と資格がある者は救いの手を差し伸べるべき』、でしたよね。ボクたちは、魔王国の皆様と手を取り合える、良き隣人でありたいと常日頃から願っています」
――それは心からの言葉だった。
ただ、行き着く先というか、その方向性が、周りが想像するモノとちょっと違うというだけで。
言い終わってから、エンマはチラッと闇竜王オルフェンを見やる。
(ただまぁ、何をするにしても、ドラゴン族の出方次第なんだけどねぇ)
と、考えてのことだったが――
(寄生虫め……ここぞとばかりに、当てつけがましく!!)
オルフェンは激怒した。
先ほどオルフェンが、『他種族のことなんて知らん、と言うなら、お前らのことはそういう奴らだと思うことにする』と魔王に言われたのを受けて、『ボクたちアンデッドはドラゴン族と違いますから!』とアピールした――と解釈したのだ。
「舐めるナ!」
ダンッと円卓を叩くオルフェン。
「貴様らの手など借りずトも、夜エルフの撤退支援は、我らドラゴン族だけで事足りるわッ!」
結果、一周回って、意地っ張りで不器用だけど何だかんだ面倒見が良いおじさんのようなセリフが出力されたのだった――
†††
最終的に、ドラゴン族による夜エルフ諜報員の撤退支援が行われた。
魔王国でも珍しい人道的(?)な他種族協力任務という性質から、金銭を介した報酬では角が立つという考えにより、夜エルフとイザニス族(ことの発端)が折半し、ドラゴンたちに宝飾品を贈るという形に落ち着いた。
また、現地諜報員たちが動きやすいよう、聖教会や同盟軍の目を逸らすため、前線での攻勢を強めた。
それに一役買ったのが、エンマたちアンデッドと、ヴラドたち吸血種だ。
エンマが下位アンデッド軍団を同盟軍にけしかけて注意を引き付ける作戦を提案したところ、それに対抗してヴラドが吸血種による後方撹乱を提案。
【侵略の悪魔】の意見により両者ともに採用され、吸血種はドワーフたちが放棄した坑道が多数存在する北部戦線へと投入されることになった。
日中は地下深くに潜んでいられるので、吸血種にとっては危険が少ない。また普段は枠が限られていてなかなか参戦できないところ、吸血種のみが参加できる魔王公認の作戦とあって、吸血種にはまたとない出世のチャンスにもなった。
しかも現地では血が飲み放題。最も得をしたのはヴラドたちかもしれない。
各種族の協力(?)の甲斐あって、生き残った数少ない諜報員たちの撤退は、無事に完了した。
彼らが命からがら集めた情報もまた、魔王国へともたらされたのだ――
『魔王子ジルバギアス、カイザーン帝国軍に殴り込み、皇帝を討ち取る』
中でもその報せは、関係者たちの度肝を抜くこととなった。
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