480.親の心子知らず


 魔王城、上層の居住区にて――


「奥方様! 奥方様ーッ!」


 夜エルフメイド、ヴィーネは走る!!


 大公妃プラティフィアの部屋まで全速力で駆けつけたヴィーネは、ドンドンドンとドアをノック――いや、殴打!


 ドンドンドンドンドン!!


「開けますね!!」


 おお、なんたる無作法! 貴人の返答を待たずして入室ッ!


 だがそれも致し方ないことだった――大公妃の部屋の中は、頭がクラクラするほどに香が焚き染められている。


 そして――祭壇! 禍々しくも荘厳! 決して狭くはない大公妃の私室の、大部分を占領!


 闇の神々に捧げる供物、骨、毛皮、角が組み上げられ積み上げられた呪物!


「ああ……ヴィーネ。どうしたの」


 祭壇の前に跪き、一心不乱に祈りを捧げていた魔族の女。


 大公妃プラティフィアは、そこで初めて、ヴィーネに気づいて顔を上げる。


 この頃は、ずっとこうだった。昼夜を忘れて祈り続けるプラティは、ちょっとやそっとのことで集中を乱さない。ドアを叩いても返事がないので、使用人が勝手に入るしかないのだ。


「奥方様!」


 ヴィーネは緊張もあらわに叫ぶ。


「以前より計画されていた諜報員の撤退支援が完了し! 我が一族の者が、ジルバギアス様の情報を持ち帰りました!!」

「!!」


 プラティフィアがカッと目を見開いた。その姿がブレる。


「――話しなさい!!」


 ほぼ異次元の加速、ガッとヴィーネの肩を掴むプラティフィア。


「グアアアア!」


 メキメキと軋む肩骨に、思わず悲鳴を上げるヴィーネ。


「けっ――結論から申し上げると! ご活躍です!!」

「活躍!?」


 どういうことだ!?


 少なくとも、追放中の罪人の評価ではないッッ!


「人族が内輪揉めを起こし! カイザーン帝国とハミルトン公国で戦争が勃発! そこへなぜか殿下が殴り込んだそうです!!」

「!!??」


 プラティフィア、困惑ッッ!


「なんで!?」

「わかりませぇん!!」


 ヴィーネも困惑していた。


「それで、どうなったの!?」

「正確な戦果は不明ですが! 指揮官や聖教会の勇者、神官を含む数百名を撃破! そしてなんと、カイザーン帝国の皇帝も討ち取ったとのこと!!」

「なんですって!?」


 カイザーン帝国とやらが、どの程度の規模かはわからないが……王を討ち取るとは相当なことでは!?


「それは確かなの!?」

「皇帝に関しては、かなり確度が高い情報ですぅぅ! 同盟圏でもかなり噂になっていて、別々の地域から集結した諜報員たちが、漏れなく噂を耳にしていましたぁ! 逃避行のさなかで余裕がなかったのにですぅ! よっぽどのことですよぉ!」

「それで、それでどうなったの!? 討ち取ってそのあとは!? あの子はどうしたの!?」

「ホワイトドラゴンに乗って離脱したとのことです!!」

「つまり……無事!! 無事なのねっっ!?」

「はい! 現時点で得られた情報の限りではぁ!!」


 メキメキを通り越してバキバキな肩骨に、脂汗を流しながら、ヴィーネは叫ぶ。


「…………はぁ~~~~」


 細く長く、息を吐くプラティフィア。


「そう……」


 ゆるゆると、ヴィーネの肩にめり込む指からも力が抜けていく。


「……よく報告してくれたわね。下がっていいわよ」

「は……はいぃ……」

「【転置メ・タ・フェスィ】」


 我に返って、ヴィーネの肩の状態にも気づいたプラティフィアは、転置呪で肩の状態を入れ替えた。思いの外、ひどい痛みに顔をしかめるプラティフィア。


「あ、奥方様……」

「貴女より私の方が治療しやすいからいいのよ」


 治療枠的な意味で。


「あとで医療室にでも顔を出してみるわ、久々に」


 最近は祈りにかかりきりだったので、部下たちの様子でも見に行くついでに、死にかけの身代わりでもいたら適当に押し付けていこう。


「はっ! ありがとうございます……!」


 ぺこぺこと頭を下げながら、部屋を辞していくヴィーネ。


 ひとりになったプラティフィアは、改めて祭壇に向き直った。


「……闇の神々よ! ありがとうございます……ありがとうございます……」


 ひとまず、息子が無事であったことに、感謝の祈りを捧げる。


「カイザーン帝国……とか言ってたかしら」


 ふと顔を上げて、つぶやく。


 プラティフィアは、魔族の中では指折りに勉強熱心なタイプなので(なにせ使い魔を探しに行ったら、【案内】により【知識の悪魔】を見つけてきたくらいだ)、前線に近い国々なら覚えている。


 しかしカイザーン帝国は聞き覚えがなかった。ということは、前線から遠く離れた国だろう。


「ええと、確かこの辺に……」


 ゴソゴソと部屋の本棚を探る。


 ――あった。大陸の地図。書き物机に広げてみると――


「まあ! けっこうな大国じゃない」


 魔王国とは比べるまでもないが、同盟諸国の中では指折りの大国だ。皇帝とやらが自ら前線に出張ってきている時点で、名前だけの弱小国家かと思ったが、どうやら違ったらしい。しかし、なぜ皇帝が前線に? ……まあどうでもいいか!


「すごいわ! すごいわよジルバギアス!!」


 これだけの大国の国家元首を討ち取ったとなると、通常の戦争なら陞爵しょうしゃく間違いなしの大武勲だ! ジルバギアスが現在追放中の罪人であることを考慮すると、正当な評価は得られないかもしれないが……


 魔王から『追放刑から無事生還すれば、それは比類なき偉業である』という言質は取ってあるので、これはもしかしたらもしかするかもしれない!!


「ああ、ジルバギアス……あなたは常に、私の想像の遥か上を行くのね……」


 なぜ単騎で殴り込んだのかはわからないが、結果として、皇帝の首を獲れたということは、きっとこの上ない好機だったのだろう。


 普通、孤立無援の罪人は、敵地で単身敵軍に殴り込まない。常識的に考えれば、人化の魔法も使えることだし、こそこそ逃げ隠れして当然だが――そんな常識は笑って吹き飛ばしてしまった。


 あるいは、ジルバギアスが無事に帰還したとして。


 これまで同盟軍に真正面から突撃し、討ち取られてきた過去の追放刑の受刑者と比較して、『ジルバギアスは正々堂々戦うでもなく、同盟圏で逃げ回っていただけ』など嘲笑う者もいたかもしれない。


 だが大国の軍勢に挑み、大将首をかっさらっていったとなれば、そんな陰口を叩く者もいなくなるだろう。


「ジルバギアス……あなたって子は……」


 地図上のカイザーン帝国を指でなぞりながら、泣き笑いのような顔になるプラティフィア。


「立派だけど……いくらなんでも無謀よ! 孤立無援なんだから!! もっと慎重になりなさい……!!」


 母は全力で応援しているけれど……!!


 魔王に至るため、多少の危険は避けられないとは思うけれど……!!


「いくらなんでも限度があるわよっ!」


 それは魂の叫びだった。息子の活躍は嬉しい。しかし、もうこれ以上ないくらい名を挙げたのだから、あとは大人しく逃げ隠れしてほしい……!


「勇者や神官を含む数百名を殺傷……それだけ大暴れしたからには、聖教会も死物狂いで探し回るでしょうし……」


 確かにすごい大武勲だ、大武勲だが……ッッ!!


「もう……!!」


 遠方で何も出来ない歯痒さに、も~~~~~! と地団駄を踏みたくなるプラティフィアだった。


 常識的に考えれば、これ以上は無謀な真似をする必要もないが――


 わからない!! ジルバギアスは、常にプラティフィアの想像の上を行く。


「こうしちゃいられないわ」


 バッと祭壇を振り返るプラティフィア。


「もっと……もっと生贄を捧げなければ……!」


 積み上げられた、夥しい頭蓋骨を――



 人族のそれを、睨みながら。



「……やはり、ただの養殖人族や奴隷だけじゃなく、もっと良質な生贄を捧げるべきかもしれないわね……」



 たとえば――そう、勇者とか、神官とか、剣聖とか。



「――久々に、私も前線に出てみようかしら?」



 ふふ、と笑いながら。


 プラティフィアも魔族の戦士だ。息子の武勲に血が滾る――


「……なんてね」


 ――とはいえ、今は立場ある身。しかもこれ以上出世のしようもない大公だ。おいそれとは戦場に出られない。


「ああ、ジルバギアス。あなたは今、どこにいるの……?」


 再び祭壇に向かいながら、プラティフィアはつぶやく。


 息子を心配する気持ちは強い。だがそれと同じくらい、高揚している。


 あの子はすごい!! あの子はすごいのよ……!!


 だから、お願い。


「無事に帰ってきて……!!」


 跪き、一心に祈り始めるプラティフィア。



「【あの子に仇なす、あらゆるものに災いあれ】」



 ゆらゆらと立ち昇る魔力は、まるで無数の腕のよう。



 愛する我が子にふりかからんとする災いを、先んじて引きずり落とそうとするかのような――




          †††



 その後。


「あ、あの……奥方様……」


 めちゃくちゃ気まずそうな顔で、ヴィーネが戻ってきた。


「ジルバギアス様なのですが……その、例の大立ち回りで、毒を受けた可能性もあるらしく……最後は負傷したそうで……」


 戦々恐々と、報告。



 …………毒。



 …………毒!?



「――ッッッ!!! ##########!?!?!!!?!」



 言語化不可能な喚き声のような悲鳴を上げ、ヴィーネの首根っこを掴みガクガクと揺さぶるプラティフィア。



 大公級のフルパワーに振り回されたヴィーネは首を骨折、危うく命を落としかけたのはまた別の話――





――――――――――

※ヴィロッサのキャラデザが公開されました!! TwitterでもRTしている他、近況ノートにもアップしております! ぜひご覧になってください!!


 そして早いところではもう2巻が書店に並んでいる模様です。ご購入下さった方もたくさんいらっしゃるようで、本当に、本当にありがとうございます~~!! もうTwitter等でお気づきになった方もいらっしゃるかもしれませんが、今回はなんと! あの超人気声優の島﨑信長様が帯に推薦文を書いてくださいました! ありがとうございます~!! さらに、帯裏にはコミカライズのキービジュアルも……!?


 ぜひぜひ、書籍をチェックされてみてください! どうぞよろしくお願い申し上げます!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る