465.真の願い

【前回のあらすじ】

アレク「もっと強くなるためには人族を殺し続けなきゃいけない」

アーサー『次代に【聖遺眼レリーケ】を継承することを考えたら自分は消えるべきかも』

レキサー司教たち『つらい』

アンテ「おほ~っ!」

――


「おっほ、ん゛ん゛っ」


 咳払いするアンテ。


「ふむ。興味深いの」


 アーサーの言葉に絶句する俺たちをよそに、アンテは真面目くさって続ける。


「【聖遺眼レリーケ】というのは、あの魔力の刃――エクスカリバーの使用権も兼ねておるのか?」

『え? あ、ああ……そうだけど……』


 あまりにも平然と、何事もない風で話しかけてくるアンテに、やや困惑気味のアーサー。


「エクスカリバーとやらは今のお主でも使えるんじゃろうか。生命力を代償にする、いかにも死に急ぐ短命種らしい大魔法じゃったが、あれは高密度の魔力の塊ゆえ霊体のままでも振り回せるじゃろ」


 隙あらば人族の儚さいじってんじゃねえよ。……でもそっか、ゴーストって物理的干渉力が低いけど、エクスカリバーは魔力製だからブン回せる可能性があんのか。


 え、つよ。


 ってか怖。


 壁とか地面とかも普通にすり抜けられるのがゴーストだ。足元からいきなりニョキッとエクスカリバーが生えてくるワケだろ? 凶悪すぎだろ……


『……わからない、どうなんだろう。エクスカリバーは【聖遺眼】の継承者しか使えなくて、歴代の【アーサー】の力を引き出せる代わりに、ものすごい勢いで老化していくのが【代償】なんだ。けど今の僕は肉体がないから――』


 アンテの質問に、アーサーも悲壮さをしばし忘れて考え込む。


『――いや、ホントにわかんないな。さっきも言ったけど、死霊術で【アーサー】が呼び出されるなんて前代未聞だからさ』

「試してみるわけにはいかんのか?」

『試す……試す、か。…………うん、そうだね、それがいいかもしれない』


 何やら決心した様子でうなずいたアーサーは、いっそ清々しい顔をした。


『――試してみるよ。今の僕でも【エクスカリバー】を扱えるのかどうか。もしかしたら生命力の代わりに魔力を吸われて、僕は消えちゃうかもしれないけど、それならそれで僕の子孫に【聖遺眼】が受け継がれるから、問題ない。そういう運命だったと諦めるさ』


 あまりにもサバサバとした物言いに、俺は何と言えばいいのかわからなくなってしまった。アーサーが、どこか、それで自分が消えてしまうことを望んでいるような気配を、言葉の端々から感じてしまったから。


 仮にアーサーが聖霊として一緒に戦ってくれるなら、エクスカリバーは強力な助けとなるだろう。ここで使えるかどうか確かめないという選択肢はない。


 けど、失敗して、もしもアーサーが消えてしまったら……


 それは嫌だ、と思ってしまった自分がいて。


 ――許せなかった。どの面下げて「消えないでくれ」なんて言えるんだ。そもそもアーサーを殺したのは俺なんだぞ……! そうでなければ、こんなことには……


 こんなことには……!!


「ふふふ」


 俺の耳元で、熱っぽい吐息。振り向かなくてもわかる、俺にまとわりつく魔神が、どんな表情をしているのかなんて――


『というわけで……』


 アーサーが、レキサー司教たちに向き直る。


『皆さんと一緒に戦えて光栄でした。もしかしたら、これが最期になるかもしれないので、一応。もう死んでるのに最期ってのもおかしな話ですけど』

『アーサー君……』

『まあ、これで何事もなく使えたり、そもそも呼び出せなかったりしたら、お笑い草なんですけどね。ちょっと恥ずかしいな……』


 たはは……と頭をかくアーサーは、俺と旅していたときよりさらに若い姿なこともあって、見ているこちらの居た堪れなさもひとしおだった。


『そういうわけで、やってみるよアレク』


 アーサーが俺に微笑みかけた。


 俺はかける言葉を持たない。「頑張れよ!」は違うだろ。「気をつけて」もなんかズレてる。そもそも俺に言う資格はない。


『よし……』


 俺が迷っている間に、アーサーがその手を、光り輝く左目に向け――


『行くぞ……!』


 フンッ、と踏ん張るアーサー。


「…………」

『『…………』』


 固唾を呑んで見守る俺たち。


 だが、待てども待てども、次の動きがない。左目に手を当てた状態でアーサーは固まっている。


「アーサー? どうしたんだ? やっぱり何か問題が……」

『いや……その』


 アーサーは顔を上げて、困った表情を見せる。


『今まで、エクスカリバーは最後の切り札っていうか、絶体絶命のときに決死の覚悟で使うものだったから……ちょっと試してみるか、みたいなノリでできることじゃなかったし、今どんなテンションでやればいいのかわかんなくって』


 アーサー……。


『でも、まあ、やってみないことには話にならないよね。よし、行くぞ……我が身は無辜の人々の剣……人類の敵を討ち倒さん……来たれ、破魔の刃!』


 バッ、と左目に手を当てるアーサー。


『…………』


 何も起きない。


 気まずい……!!


『…………うわあああ恥ずかしいよコレ! どうしてくれるんだよ!』


 両手で顔を押さえて、アーサーがゴロゴロと地面を転がり回る。


『穴があったら入りたい!』

『わざわざ穴がなくても、アタシら地面すり抜けられるよ』

『そういやそうでした! 名案!』


 バルバラの身も蓋もない言葉に、スンッと地面に潜り込んでしまうアーサー。俺はゴーストになったことも幽体離脱もしたことないからわかんねーけどさァ! やろうと思ってすぐにできることなんだなァ!


「……その、アーサー。ということは、使えなかったのか?」

『う、うーん……どうなんだろう』


 俺が遠慮がちに声をかけると、ヌッと地面から半分だけ顔を出すアーサー。『あ、ここにヤドカリがいる』それはどうでもええねん今は。


『発動しなかった……というより、そもそも感じがした。僕は使い手としての資格を失ったのかな? それとも、やっぱり必死感が足りないのか……』

「必死感……か。でも、その、もさ。練習とかしなかったのか?」


 自分で聞きながら死にたくなった。殺した奴が言っていいセリフじゃねえ。


「ぶっつけ本番だったのか……? 寿命を削るから、どの道おいそれと練習なんてできなかっただろうけど」

『ぶっつけ本番だね。【その時が来ればわかる】って代々伝えられてた』


 あんな大規模魔法がぶっつけ本番のみってマジかよ。


『まー、どのみちエクスカリバーを使えないなら……どうしようかなぁ。でも逆に気が楽かもなぁ、資格を失ったなら、同盟の人たちの死から目を背けようがどうしようが関係ないし……』


 風呂に潜って顔だけ出してるようなノリで、地面から空を見上げながら、独り言じみてアーサーは言う。


『あ、でも【聖遺眼】が受け継がれるかどうかの問題は、解決してないんだった……どうしたらいいんだろう、さっさと自滅するべきなのか、魂の限界が来るまでアレクと一緒に戦うべきなのか。……もし自滅するなら』


 アーサーがこちらを見た。


『アレクに癒やしの奇跡を使って、消えるってのもアリだよね。人類の希望たるきみを解毒して、万全の状態に戻せるなら、それはきっと人類への貢献だろう。実に勇者らしい行いだと思わないかい?』


 よっこいしょ、と地面から起き上がり(浮き上がり?)ながら。


『その上、僕の子に力を授けられるなら、願ったり叶ったりだよ……』


 ――そのとき、俺は不意に気づいた。


 そうか。やっぱりアーサーは。


 


 俺が、【魔王になれ】と育てられたように。


 アーサーもきっと、周りがそうなるように育てたんだろうけど。


 それでも、人工であろうと天然であろうと、今のアーサーが勇者であることに違いはない。


 そして勇者とは、人のために戦うことで、真価を発揮する。


 であれば、真の勇者の剣たる、エクスカリバーを使うためには――


「……アーサー。俺がアンテと契約してから、まだ1年ちょっとしか経ってない」

『『え』』


 突然の俺の告白に、アーサーだけでなくレキサー司教たちまで変な声を上げた。構わずに、俺は続ける。


「だけど、俺はここまで強くなれた。なれてしまった。そしてこれからも強くなり続けるだろう。そうすれば……どれだけ先かはわからないけど、思っているよりずっと早く、十数年くらいで魔王に手が届くくらいの力が、身につくかもしれない」


 ――じゃあなおさら自分はいなくていいのでは? という顔をするアーサー。


 そうだな。極端な話、時間さえかけていいなら、アーサーはもちろんレキサー司教たちの助太刀だって、必要ないかもしれない。


 だけど、そういうことじゃねえんだよ。


「アーサー。仮に【聖遺眼】が子孫に受け継がれたとして……次の【アーサー】が実戦に出られるようになるのはいつだ?」

『……どんなに早くても、十数年後だろうね。僕の最後の子がまだ産まれてなくて、今この瞬間に継承されたらって前提だけど』

「逆に言えば、十数年は猶予があるってことだ」


 俺はアーサーに近寄って、見上げた。困惑顔の若き英雄を。


 今の俺は少年の体だから、アーサーの方が背が高いんだ。


「たとえ俺が、魔王と同じだけの魔力を身につけたとしても、それでようやく『互角になった』ってだけで、勝てるかどうかはわからない。【魔王の槍】にどんな隠し玉があるのかもわかんねえんだ。ありとあらゆる手を尽くす必要がある」


 だから、アーサー。


「お前が、限界ギリギリまで存在を維持して、魔王と戦ってくれるなら」


 安らかな死の眠りを拒否して、聖霊化のせいで魂が擦り切れていく苦しみに耐えながら、死ぬほど頑張って踏ん張って、エクスカリバーを振るってくれるなら。


「対魔王戦の勝率はぐっと上がる。強力な援護になる」


 生半可な魔法じゃ魔王に弾かれるだろう。だけどエクスカリバーを押し当てられれば、流石の魔王も苦しむはずだ!


「そして、それで魔王が倒されたなら」


 無事に、魔王国を滅ぼせたなら。



「お前の子孫は、もう魔王と戦わなくていい。死地に送られることもない」



 アーサーが目を見開く。



「お前が、子どもたちを守れるんだ。アーサー」



 ――目の色が変わった。



『【我が身は――】』



 アーサーが手を伸ばす。



『【――無辜の人々の剣】』



 燦然さんぜんと輝く、銀色の瞳へ。



『【我が子らの敵を――討ち倒さん!】』



 歯を食い縛り、唸るようにして、アーサーは叫ぶ。



『【来たれ、破魔の刃】』



 強大な力は、それに応える。



『【絶対殲滅剣エクスカリバーァ――!!】』



 湖面のような世界が――



 広がっていく。


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