139.連携訓練
どうも、相変わらず族長の屋敷で世話になっているジルバギアスです。
里帰りしてから、かれこれ1週間が経った。宴での喧嘩や箱入り娘との決闘など、着いて早々トラブルまみれだったが、ようやく一段落して平穏な日々を送っている。
というか、そもそも里帰りの目的は、きたる来春の出陣に備えての、俺のお供探しと連携訓練だったんだ。
決闘だ何だで忙しい方がおかしかったんだよ。
そんなわけで俺のお供も、メンツがほぼ確定した。
今日は本格的な行軍訓練なので、みんなを郊外まで連れてきたぜ。
まずは三馬鹿の兄貴分ことアルバーオーリル。
「うっす、よろしく!」
続いて弟分にしてマイペースで腰が低いオッケーナイト。
「がんばります、よろしく」
最後にその双子の弟でお調子者のセイレーナイト。
「よっす、どうも」
この3人は若手枠だな。こいつら以外にも、若年層の候補者や志願者は何人かいたんだが、手合わせしてみると一撃でノされるようなクソ雑魚ばかりだったので、弾かれた。
一見、チャラチャラしているアルバーオーリルたちだが、槍の腕は存外堅実で、俺やプラティの攻撃も3回はしのげるからな。
それに加え、俺との度重なる実戦形式訓練でもへこたれないタフさや、夜エルフのメイドたちの誘導尋問にも乗らなかった口の堅さが評価され、採用となった。
(※ちょっとした秘密を与えた上で、あとから夜エルフたちに尋ねさせても、ちゃんと黙っていられるかどうかのテスト。子供だましもいいとこな罠だったが、引っかかってベラベラ喋るアホがいて、槍では三馬鹿より強かったにもかかわらず、そいつは不採用になった。)
俺としては……正直、いざというとき一撃で始末できるクソ雑魚の方が良かったんだがな。
『まあ、弱いお供の方がいい、なんて言い出すわけにもいかんしの』
不自然だからなぁ。そもそもプラティが許可しないだろうし。
そして、俺とともに戦場を駆ける人員が、若手オンリーでいいはずもなく。
いわゆる年長組も俺の部下となった。
「殿下、今日はよろしくお願いいたします」
フル武装で丁重に頭を下げるのは、見覚えのある魔族のおっさんと、その仲間たち計5名。
「よろしく、クヴィルタル」
俺は王族らしく目礼を返した。
――そう、こいつらは俺がファラヴギとやりあった際、完全に出遅れて何もできなかった護衛の戦士たちだ。
あのときの名誉挽回のため、こうして馳せ参じることになったらしい。実質的に、クヴィルタルが俺の副官だな。
対象を全く護衛できず、現場に駆けつけたら既に自力で脅威を排除してた、なんてやらかしがあったのに、クヴィルタルが副官という責任ある地位を任命されたのは、魔族社会では極めて稀なことだ。
しかし、それを許可したプラティも、頭が冷えてから「遠巻きに護衛しろと命令したのは自分だし、ちょっと責めすぎた」とでも思ったのかもしれない。
ちなみに階級はクヴィルタルが伯爵で、他4名は子爵。ただ、全員あとひとつでも首級を挙げれば昇進できるとのことで、実力的には侯爵に率いられる伯爵の集団だ。
三馬鹿のアルバーオーリルは子爵で俺と同格。弟分2名はともに男爵らしい。若手らしく小粒にまとまっている。
デフテロス王国の首都攻め――市街戦や屋内戦では、俺はこいつら8名とともに、戦うことになるだろう。
『王族の手勢にしては、ちと少ない気もするがの』
まあそれは仕方がねえ。
他ならぬ、お前の権能を考慮してのことだからな、アンテ。
†††
「――今回の連携訓練の目的は、相互理解を深めることよ」
郊外の森の演習場で、乗馬服(蛮族風)的な衣装に身を包んだプラティが、俺たちに訓示する。
「来春に予定されているデフテロス王国の首都攻めに備え、一体となって動けるようにする。あなたたちの使命は、ジルバギアスための露払いと援護、そして万が一強敵と遭遇した際に、身を挺して守ることよ」
できなかったら承知しねえからな、とばかりにプラティにジロリと睨まれて、直立不動の姿勢だったクヴィルタル以下8名が、さらにビシッと背筋を伸ばした。
三馬鹿が仰け反りすぎて倒れそうになってるが、プラティはこれを華麗にスルー。
「単身で暴れ回るダイアギアスは例外だけど、他魔王子たちの手勢が少なくとも30から50名なのに対し、あなたたちはいかにも少数だわ。しかしこれには、もちろんワケがあるの」
プラティが目線で、俺に続きを促してきた。
「――俺は『制約の悪魔』と契約している」
8名に向き直りながら、俺は重々しく口を開いた。権能の情報開示に三馬鹿がそろってゴクリと生唾を呑み込む。今は周囲に身内しかいないが、それでも念のため防音の結界まで張っているからな。
「俺は自身を含む範囲内の存在に、強力な制約を課すことができる。どれくらい強力かというと、母上が抵抗に手こずる程度だ」
俺の言葉に、ギョッとしたように顔を見合わせる手勢たち。大公妃が手こずる呪詛を子爵が放つってんだからビビるだろうな。そしてドヤ顔で腕組みするプラティ。
「まあ、百聞は一見にしかずだ。――【呼吸を禁ず】」
俺は不意打ちで制定。
はい、というわけでね。
息ができなくなりました。
「……!」
クヴィルタルたちが喉に手をやって、困惑したように目を瞬かせている。彼らは、俺の魔法について少し事前知識があったから、それほど驚いていないようだ。
ただ、各自抵抗を試みつつも、なかなか振りほどけないらしい。
「コヒュッ」
「ケハァ……ッ!」
「……ッ! ッ!」
で、クヴィルタルたちが手こずってるのに、格下の三馬鹿たちが抵抗できるはずもなく。声が出たら「ぐえー!」とでも言ってそうな顔で、喉や口を押さえてその場でぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「まあこういう魔法だ。理解してもらえたと思う」
俺は制約を解いて、話を再開する。三馬鹿たちが青黒い顔をしてゼェゼェと空気を吸い込み、結局最後まで振りほどけなかった子爵勢がちょっと悔しそうにしている。
クヴィルタルがやたら落ち着いてるのは、アレかな。頑張ったら振りほどけそうだったけど、俺の手前、遠慮したのかもしれない。
『こいつは
「効果は俺から遠ざかるほどに減衰するので、今の強度を維持できるのは……30歩といったところか」
俺は何食わぬ顔で話し続けた。実際はもうちょっと遠くまで届く。
「俺の手勢が少数精鋭なのは、単純に、周りを巻き込む魔法を使うからだ。大人数だと混乱必至だからな」
なるほど、と三馬鹿が納得してうなずいている。
「……正直、俺も
全員に「そりゃそうだろ」って顔をされた。
クソッ……早くダイアギアスみたいになりてえな俺もな。
『今でも充分、あの兄のようになっておるのではないか? 主に女関係』
ソッチの話はしてねえよ。
それはさておき、俺が戦場で制約の魔法を使う可能性があること、その際は手勢には退避してもらう必要があるので、その訓練をしたい旨などを話した。
「何か質問は?」
俺の問いに、クヴィルタルの部下の青年魔族が手を挙げた。
「殿下は、制約の魔法のどのような運用を想定されていますか?」
「まあ対人族なら、剣技を禁じたり、連携を禁じたりかな」
「な、なるほど……それは……」
エグいな……とばかりに、口の端を引きつらせながら納得する青年魔族。
「あれ? でも殿下も剣使ってません……?」
と、三馬鹿弟分のオッケーナイトが独り言のようにつぶやいた。
「これは、たしかに剣だ」
俺は鞘に収まったアダマスをポンポンと叩き。
「――だが、これは槍だ」
骨と融合させて抜剣、剣槍とした。
「な、なるほど……しかし今さらですが、なぜ殿下は、人族の剣なんかを穂先にされてるんで?」
アルバーオーリルが尋ねてくる。
「それは……まあ、制約が関わってくるな。魔法の都合上、あまり言えないんだが、俺が妙な行動を取っていた場合、制約が関係していると思ってくれ。力を育てるのに必要なんだ」
「そういうことでしたか! わかりました」
魔力を育てるためなら仕方ないな、と得心がいった様子のアルバーオーリル。
「あのー、殿下って、大公妃様との訓練では、その魔法は使われてるんですか?」
と、もう片方の弟分セイレーナイトが、興味津々で聞いてきた。
「いや。あんまり知られたくないから、母上との訓練では使ってないぞ」
「へえ! そいつはすごいや、大公妃様は色々使ってるのに――あっ」
やっべ、とばかりに口を押さえるセイレーナイト。
「…………」
俺が槍と【名乗り】だけで頑張ってるのに、遥かに格上のプラティは、大人気なく手札を切りまくってる――と言ったも同然だからな……。
本人の目の前で……。
「ふふふ。そうなの。だから自慢の息子なのよ」
プラティは笑みを深めながら、目を細めた。
ちょっと冷えた空気も漂わせている。
「……あなた、セイレーナイトだったかしら?」
「はっ、はひっ」
「あとで特別に、あなたに稽古をつけてあげるわ。ジルバギアスの部下となるからには、生半可な腕前ではダメよねぇ?」
「アッ……アッ、アッ」
ガクガクと冷や汗を垂らしながら、振動するセイレーナイト。
口は災いの元とはよく言ったもんだな……これから行軍訓練で、疲れ果てたあとにプラティと手合わせとか罰ゲームかよ。
しかも、こいつの怪我を治療すんの、俺なんだよな……。
頼む……できればあんまり傷を負わないでくれ……!!
『ムリそうじゃな』
うん、わかってる。
――そんなこんなでテンションを下げつつ、連携訓練は始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます