296.大公妃激怒
「ああぁぁぁのクソ女ァ、ブチ殺してやるあァァァァ!」
憤怒の形相のプラティが、槍をひっつかんで今にも出陣しようとしている!
「まあまあまあまあ、落ち着いてくださいよ母上」
俺はどうにか押し止めた。ネフラディアをブチ殺すのは勝手だが、今は情勢が色々と面倒なんだ、殺るなら俺が国外脱出してからにしてくれ。
――やはりというか、追放刑は、ほぼ極刑みたいな扱いだった。
魔王国建国以来、十数名が処されているが生還者はゼロ。
プラティからすれば、自分が警報発令で医務室から動けない隙に、俺が自ら極刑を選ぶよう、ネフラディアに誘導されたも同然ってワケだ。それはもう、使用人じゃ手がつけられないくらい、怒り狂ってらっしゃる。
ちなみに警報についてだが、解除された。リリアナはまだ発見されておらず、被害の報告もないため(当たり前)、ドラゴン族や通常戦力による捜索・哨戒のみが続けられている。
国境で戦闘があったという報せもないみたいだし、リリアナは無事に逃げおおせたようだ……
「大丈夫ですよ、母上」
俺はプラティをなだめるべく、努めて落ち着きのある声を出した。
「絶対に、無事に戻ってきますから」
「あなたねぇ……! 人族は確かに惰弱だけども、そんなに甘くないのよ! 彼の地で何の助けもなく生き抜くのは!」
お気楽な俺の言葉に、プラティはやはりカッカしている。
追放刑とは、1年間権利と爵位を剥奪され、魔王国内には立ち入れず、国の支援も一切受けられず、それでもなお生き延びられれば罪が許されるという刑罰だ。
もともとは【聖域】時代の古い慣習で、罪を犯した者を一族から放逐し、1年間ひとりで生き延びられたら帰ってきていいよ、という罰だったらしい。(だいたい1年以内に他の部族に殺されるか、冬を越せずに死ぬ。)
ただし、現在は【聖域】時代と違い、敵対人類がひしめく同盟圏で生き延びなければならない。
勇者の立場で考えてみよう。
魔王国の後ろ盾のない魔族が、のこのこ同盟圏にやってきたらどうする?
――全力で狩り殺す。当たり前だよなぁ? 魔王国の援助が受けられない、ということは、つまりドラゴンを使役できないことを指す。ドラゴン族は魔王個人と契約して、魔族に飛行能力を提供しているからだ。魔族としての権利を失えば、当然、このサービスを利用する権利もなくす。
空を飛べないとなると、同盟圏への侵入ルートは限られる。大陸北部・南部の海岸から船で漕ぎ出し同盟圏を目指すか、守りが手薄な山岳地帯や森から入るか。
『海なら侵入しやすいのではないか?』
と、アンテ。いや、そんなことはないぜ。
同盟軍の軍船がパトロールしてるから、よほど良い船と優れた操船技術がなければ突破できない。そして雑事は獣人や夜エルフに投げっぱなお貴族様の魔族に、そんなことができるヤツはそうそういないはずだ。仮にいたとしても、追放刑を食らうような地位にない。
『となると、陸路になるか。しかし難しそうじゃの』
だな。魔王国に接する森林地帯には、間者対策に森エルフたちが巡回している。夜エルフ諜報員じゃあるまいし、魔族が己の痕跡を消すのは不可能だ。
というか、訓練を受けた夜エルフ諜報員でさえ、森を『突破できる』だけで、森に潜み続けるのは無理だと思う。
森エルフがうろつく森に、隠密のおの字も知らない魔族が放り出されてみろ。
『あっという間に見つかるじゃろな……』
見つかるだけじゃねえ、速やかに犬・狼獣人の猟兵の増援がやってきて、臭いを覚えられ、精鋭の勇者や神官、剣聖も出動し、延々追い回された挙げ句、睡眠も食事もままならず消耗しきったところを討ち取られるだろう。
たとえアイオギアスやルビーフィア級の魔族が追放されても、無双できるのはせいぜい最初の1、2日だけだ。どんな上位魔族でも――それこそ魔王でさえ、休息しなきゃ生きていけないからな。
魔力と体力を使い果たし、ロクに休む場所も確保できない魔族の戦闘力なんてたかが知れている。一瞬でもうつらうつらしてしまえば、次の瞬間には矢が頭に刺さっているだろう。
ちなみに、コソコソ逃げ隠れするなんて惰弱な真似はしない! と真正面から同盟軍に突撃し、討ち死にした受刑者もいるようだ。
プラティも、俺のそんな末路を心配しているワケだが――
俺は色々な意味で、例外だった。
「安心してください、俺ひとりで行くわけじゃないですから」
まず、丸裸で放り出されるわけじゃない。追放刑は執行まで猶予がある。
魔王の配慮もあり、俺の場合は長めに1ヶ月の猶予期間が設けられた。爵位と権利を剥奪されるのは刑の執行開始からなので、裏を返せば、その前に国外に脱出すれば私物なんかも持ち出せる。
そして俺の場合、他の魔族とは違って――
「レイラがついてます。同盟圏の移動は容易ですよ」
「はい、お供します!」
ふんす、とやる気満々で両手を握りしめるレイラ。
そう、無位無官、かつオルフェンによって
まあ私物じゃなくとも、全ての地位を失った魔族に、魔王国を脱走してまでついてきてくれる奇特なドラゴンが1頭でもいればいい話なんだが――基本、無理やり従わされているドラゴン族が、そこまでして魔族に肩入れするはずがない。
レイラは、その数少ない例外中の例外なのだ。
「しかも人化が使えますからね、俺も彼女も」
プラティの前で、俺もサクッと人化してみせる。おぉう。弱体化するとプラティの魔力の圧が凄い……怒り狂ってるからなおさらだ。
そう、人化の魔法。これはデカい。
魔力が強く青肌で角まで生えてる魔族なんて、普通は目立って仕方がないが、この魔法さえあれば人族になりすませる。
「……それでも、あなたは、人族の暮らしを何ひとつとして知らないわ。人間社会に溶け込むのは不可能よ……」
いや、中身は人族だから、魔族のフリするよりよほど楽なんスけど……。
「それに、ちょっとでも怪しまれて、聖教会に嗅ぎつけられたら終わりよ?」
「存じてます。ヴィロッサにその手の話はたっぷりと聞きましたからね」
俺はうなずいた。
勇者としても経験がある――後方勤務のときは、たいてい闇の輩狩りに駆り出されていた。街を巡回したり、城門を警備したりして、怪しげな通行人に声をかけては、聖属性でチェック。
人に化けた夜エルフなんかをあぶり出すのだ。あのヴィロッサでさえ、バレて追い詰められたことがあるくらいだからな。夜エルフの偽装は大したものだが、聖教会もサボってるワケじゃねえ。
「大規模な都市には寄り付かず、基本、レイラとともに田舎や地方を転々とする予定です。夜エルフの諜報網を利用できないのが残念ではありますが」
ま、これは建前で、ガンガン大都市にも行くつもりだ。
――『魔王国の一切の支援を受けられない』のうちには、もちろん夜エルフ諜報網も含まれる。
というか、追放刑を受けた以上は犯罪者なので、夜エルフたちによる手助けが禁じられているのだ。夜エルフたちも派閥に分かれて相互監視しているから、たとえシダール派が密かに俺を匿おうとしても難しいだろう。リリアナ脱走でシダール派が斜陽だからなおさらだ。
反対に、俺とは敵対的なイザニス派は、他派閥はもとより、当のイザニス族にまでボコボコにされているらしいので、刺客を差し向ける余裕すらなさそうだ。
まあ、差し向けられたところで殺すが。
というか、差し向けられなくても、こっちから出向いて殺すが。
――俺の同盟圏での最優先目標は、諜報網の破壊・根絶だ。
ヴィロッサから諜報網について聞いているし、追放される前に、さらに詳しい情報を教えてもらうつもりだ。めぼしい街の拠点、傀儡化された商会、賄賂を受け取る腐敗した聖教会関係者。
全部、根こそぎ、破壊してやる。
たとえその過程で、同胞を手にかけることになったとしても、だ……!
「ヴィロッサ……そうね、あの男がついてくれれば、あなたでも……」
プラティが考え込む。
う、うん……懸念があるとすれば、ヴィロッサが一緒についてきかねないことなんだよな……
アイツ、今は諜報網から外れて俺の私兵をやっている。その気になれば、立場的についてこれるんだ。他の猟兵や工作員たちも同様。魔王国を脱走するのは、その是非はさておき、個人の自由だからな……
「……レイラ!」
と、何やら決心した顔のプラティ。
「は、はい!」
ビクッとするレイラ。おい! なんか嫌な予感がするぞ!
「――あなたの血を飲ませなさい。私も人化の魔法を習得し、ついていくわ!」
やめろォ!!!
「母上……お気持ちは嬉しいのですが」
俺は神妙な顔で物申す。頼む、クッソ邪魔だからやめてくれ……
「レイラはまだ成竜ではありません。必要な物資まで運搬するとなると、一緒に行動できる人数に限りがあります。母上までお連れするわけにはいきません。せいぜい、ヴィロッサひとりです」
人数が増えれば物資もかさむ。さらに、仮にヴィロッサがついてきたとしても、人族の暮らしを知らないのはプラティも同じ。足手まといが増えることになる。
上位魔族は、使用人にあらゆる雑事を任せっぱなしで、着替えさえ自分で持ってこない暮らしをしてるんだぜ。
「ぐぬぅぅぅ……」
聡明なプラティは、言われるまでもなく、自分がついていっても意味がないことは理解していた。歯を食い縛り、額に青筋を浮かべながらプルプル震えていたが――
「ぅぅぅ……うっ、うう。ジルバギアス……!!」
がくっとドレス姿で膝をついたかと思うと、ぽろぽろと涙をこぼしながら、俺を抱きしめてきた。ぐえぇ。人化したままだから、プラティの腕力がァ……!
「こんな……こんな弱々しい姿で1年も……! お願い。無事に帰ってきて。あなたを失うなんて、私には耐えられない……! 必要なものがあるなら言いなさい、何でも用意するから……! だから……だから、お願い……!」
おいおいと声を上げて泣くプラティ。
あのプラティが、……ここまで……、我を失うなんて……。
俺は、茫然としてしまった。
「…………大丈夫ですよ、母上」
ややあって、俺は、おずおずと抱きしめ返す。
「うまくやります。絶対に無事に帰ってきますから……」
――俺がホントは元勇者で。
中身は人族だって知ったら、プラティは、どうするのかな……
そんなことを考えながら、ぽんぽんとプラティの背を叩く。
スンスンと鼻をすすっていたプラティは、やがて、ギリッ……と血が滲むほどに手を握りしめた。そして俺の耳元で唸る。
「あの女……ブチ殺してやる……ッ」
だから怖いって!! 呪詛はよそでお放ちください!
なにはともあれ、俺の同盟行きは確定した。
正直、今すぐにでも脱出したいぐらいなんだが、自治区の件や夜エルフ私兵の今後の扱いなど、追放前に片付けておくべきことは山ほどある……
とりあえず、自治区から取り掛かるか。早速エヴァロティに向かおう。
――クレアにも、それとなく知らせたいしな。
村の仇は討った、って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます