295.魔王の裁定
――どうも、魔王城に戻って事の顛末を話したら、蜂の巣をつついたような大騒ぎになったジルバギアスです。
俺が魔王城に戻るまで、誰も正確な事態を把握していなかったようだ。エメルギアスのことなんて誰も気にしてなかったんだな……(イザニス族の当事者を除く)
『こんなことなら、リリアナをもうちょっと遠くまで送ってやればよかったの』
そうだなぁ。他ドラゴンの哨戒飛行に神経を尖らせながら、レイラに急いで飛んでもらった意味よ……。
ともあれ、エメルギアスが死んだぜ! ってニュースだけでも凄まじい衝撃だったようだが、リリアナの脱走は特にヤバかったようだ。
魔王が即座に警報を発動し、魔王城一帯が警戒態勢に入った。
まあ、キレ散らかしたハイエルフが森に潜んでゲリラ戦を仕掛けてきたら、周辺の農村が住民と家畜と収穫前の畑ごと焼け野原にされるかもしれないからな……普通の森エルフは火の魔法を使えないが、リリアナは光の圧力を高めれば着火できる。獣人と夜エルフだけじゃ逆立ちしても勝てないし、全力で狩り出す構えは、為政者として当然か。
これで大被害が出たら、俺の監督責任も問われるかもしれないが、実際のリリアナは国境に向かっている。国外脱出を阻止するために騎竜伝令も飛ばされたが、報せが前線に到着する前に、おそらく彼女は国境を突破しているだろう。
俺たちが送り届けた距離と、報告を遅らせた数時間の差はデカい。頼むから、無事に故郷に帰り着いてくれ……。
「そうですか……リリアナが……」
「よ、よくぞご無事で……ああ、アレが、野に……」
俺の身内の反応もまちまちだ。ガルーニャはしょんぼりして……というかショックを受けていたし、ヴィーネは俺の無事を喜びつつも、半ば魂が抜け落ちたような顔をしていた。
ガルーニャはなんだかんだ、リリアナの世話をよく焼いてたからなぁ。今や完全に敵対的な存在に変わってしまった、と聞かされても、割り切れないものがあるのかもしれない。
ヴィーネは、アレだ。ハイエルフの恐ろしさはよくわかってるし、それが野に解き放たれたという衝撃もさることながら、権勢を振るっていたシダール派の終焉を悟り茫然としているのだろう。
ちなみに、プラティとはまだ話せていない。
というのも、医務室で勤務中で、そのまま警報が発令され動けなくなってしまったのだ。仮にリリアナと魔王軍が交戦したら、負傷者が山ほど運ばれてくる。非番ならともかく、
そうして、俺は俺で、一息つく間もなく魔王の呼び出しを受けた。
「ジルバギアス、参上しました」
執務室に入ると、魔王が目を見開いた。
宮殿に来る途中、他の魔族どもに似たような反応をされたよ。
「ジルバギアス……どうした、その魔力は」
アンテに預けていたぶんを全部引き出したから、今の俺はどこからどう見ても大公級になっちまったってワケだ。
しかもちょっとやそっとじゃない。アイオギアスやルビーフィアに並ぶ次元の。
「……激戦でしたので」
俺がいかにも不本意そうに答えると、魔王は沈痛の面持ちで眉間を押さえた。
そこで、遅れて気づいたが、執務室には魔王以外にも先客が2名。
ひとりは……ここに来るまで暴漢に襲われちゃいました? ってぐらい着衣が乱れていて、顔に痣もできていて、目が死んでいる夜エルフのメイド。
もうひとりは、緑色の露出の多いドレスを着た緑髪の魔族の女だ。どろどろとした感情が滲む真っ黒な瞳で、俺を睨んでいる。
メイドはともかく、この女魔族。顔に見覚えはあるし、薄々見当はつくが――
「大公妃ネフラディア。……エメルギアスの母だ」
魔王が絞り出すような声で言った。やっぱりな。ただ、不可解な点がひとつ。俺が気づくのに一瞬遅れるほど魔力が貧弱なのだ。
大公妃だろ? エメルギアスを産んだ功績で特進した『お情けの大公』だったとしても、公爵級の魔力がなきゃおかしい。なのにどんなに贔屓目で見ても、子爵級程度の力しか持っていなかった。
「『大公』……?」
俺が訝しむように眉をひそめると、頬を痙攣させたネフラディアがギリィッと手を握りしめた。
「エメルギアスに、魔力を奪われたそうだ」
魔王が補足する。ああ……そういうことか……。
『しかも全部は戻っとらん、ということかの。母の魔力から先に枯れ果てたか……』
逆に言えば、レイラの魔力が消えないよう、時間を稼いでくれたってことか。そういう意味では感謝してもいいくらいだな。
「さて……ジルバギアス。何があったのか、詳しく聞かせてくれ」
「わかりました」
俺は、最初から事情を話した。
やたらと魔力が高まったエメルギアスに、『高速通信技術』とやらを寄越せと意味のわからないことを言われ、誤解だから砦の中で落ち着いて話をしようと持ちかけたら、背後から奇襲。初撃の魔法をどうにかいなし応戦、そのまま魔力を奪われそうになったり何だりで、殺し合いにまで発展した、と。
ちなみに、
俺は争いを避けようとしたのに、向こうがそれを許さなかった、ということを全力で主張させてもらう――!
ネフラディアは、今にも俺に噛みつかんとする毒蛇のような目で俺を見ていたが、まったく気にならなかった。
俺が殺した野郎の母親が同席している、と考えたら、もっと気まずくなってもおかしくないところだが。
子が子なら、親も親だった。
この顔を見てたら、申し訳無さなんて湧いてこねえよ。あんな息子に育てたお前が悪い、というのが率直な感想だ。
「――というわけです」
「そうか……」
魔王は口を挟まず、最後まで聞いていた。
「……その、高速通信技術というのは、誤解だったのか?」
「はい。まったくの誤解ですね」
俺は明確に答える。
日刊エヴァロティについては明かさない。アレが魔王国に普及したら厄介すぎる、可能な限り伏せるべきだ。
それに、嘘はついていない。俺の研究内容はあくまでクレア救済とエンマ対策が主で、高速通信にはノータッチだからな!
「……なるほど」
魔王がチラッ、と壁際で小さくなっていたメイドを見やった。思慮深く、どこまでも静かな眼差しで。ネフラディアもメイドを見下ろしているが、その視線は恐ろしく冷ややかだ。
俺も加えて、上位魔族3名に見据えられたメイドは、ヒッと小さく声を漏らし、すくみ上がりながら口を開いた。
「じ、自治区で事案が発生した際……時系列的にその直後であったにもかかわらず、ジルバギアス殿下がアンデッドより書簡を受け取り、血相を変えて飛んで戻ったという証言が――」
ほーーーう。
そういうことか。
「なるほど?」
俺は薄笑いを浮かべながらうなずいた。
「お前はそれが、自治区の異変を知らせる書簡だと
メイドはカタカタと震えながら、滝のように冷や汗を流している。
まあ……実はその推察は正しいんだが、それを証明できない限りは騒動を引き起こした張本人ってことになるからなァ。哀れな夜エルフめ。
「違うんだな?」
「違います」
魔王の確認に、きっぱりとうなずく俺。頼むぞ、エンマ。実は裏で魔王に報告済みとかはやめてくれよ。信じてるからな!!
「ふむ……」
スッと目を細める魔王。
「ではなぜ、自治区の事案に即応できたのだ?」
「あれは即応したわけではありません。単純に、エヴァロティに重要な忘れ物をしていたことに気づき、慌てて取りに行っただけです……お恥ずかしい限りですが」
俺は頭をかきながら、バツの悪そうな顔を作ってみせた。
「それがたまたま、事案と重なった、と」
「はい。まあ、俺が現地に到着したときには、すでに解決していましたが」
「いったい何を忘れていたのだ? 血相を変えるほどの重要物か?」
「あー……研究ノートです。エヴァロティの私室には、立ち入りを許可している者も多いのです。一部の役人や現地の使用人はもちろん、場合によっては、吸血種や上級
魔王は、俺が魔王国立死霊術研究所長として、エンマの対策法を模索していることを知っている。研究ノートの中身も想像がつくだろう。
その上で、アンデッドが立ち入れる空間に、俺がノートを置き忘れてしまった、と聞けば――もうわかるだろう。エンマ対策にコソコソ研究していることが、エンマの部下に見られたらどうする? って話だ。
「お前なぁ……」
幸い、俺が言わんとしたことは通じたらしく、魔王が呆れたような顔をした。
「今後はもっと気をつけ……いや、いい。言うまでもないことか」
説教しかけた魔王は、なぜか苦々しい表情で口をつぐんだ。
「はい」
俺は、おとなしくうなずいておく。
「陛下。いったい第7魔王子殿下に何を任せておいでなのです」
と、ここで初めてネフラディアが口を開いた。見た目に違わぬねっとりとした陰湿な声だぜ。こんなのが妻なんてゾッとするな。この一点だけは魔王にも同情する。
「今ここで語るべきことではない」
魔王の答えはにべもなかった。
「とりわけ、口の軽い者の前ではな」
静かな、凪いだ海のような眼差しが、夜エルフメイドを射抜く。あ……これ、態度に出してないけど、実は相当頭にきてるな……薄皮一枚隔てた向こうに、魔王の怒りが渦巻いている。ハッ、ハッと過呼吸を起こしかけるメイド。
「まあ、よいか。ちなみにその書簡とは何だったのだ。答えにくいものならば答えずともよい」
「恋文です」
俺は気負わずに答えた。
「は?」
魔王が硬直。ネフラディアも「……???」と盛んに目をしばたいて、俺の言葉を理解しようと必死になっているかのようだ。メイドはそれどころじゃなく気絶しそうなのを必死に耐えている。
「恋文……誰からだ?」
「もちろん、エンマからです。ほぼ毎日届くのですが、あの日は受け取った拍子に、ふと忘れ物のことを思い出しまして」
「…………そうか」
魔王は理解を放棄したらしく、溜息をついて、思考を巡らせていた。
「……総括すると、」
やがて口を開く。
「イザニス族の地位を脅かしかねない研究があると、
ここで、再びチラッとメイドを見やる。魔力弱者にとっては、こんなバケモンに圧をかけられるだけでも相当な負担だろう。哀れなメイドは、とうとう痙攣しながら倒れ伏した。気絶したらしい……
「アウロラ砦を襲撃しお前と交戦 結果として返り討ちにされた、と……」
「ええ。槍を抜き身で構える兄に、こちらも可能な限り紳士的に応じましたが、先制攻撃をされたため、やむを得ず……」
自分に非はないアピールを欠かさない俺。
「――だが、殺した」
魔王は、呻くように言う。
「殺してしまった。それもひとり残らず、だ!」
「お言葉ですが、部下の一部を殺したのは兄です」
不穏な気配を感じ取った俺は、すかさず付け加えた。なんで俺が、被害者が気を遣わなきゃいけねえんだ! とは思ったが、俺の直感が警鐘を鳴らしている。
「勢い余って皆殺しにしたわけではありませんよ」
「ジルバギアス……」
うつむいていた魔王が、顔を上げる。
驚いた。こんな……情けない魔王の表情は初めて見た。
「なぜだ。なぜ生かしておかなかった。お前ほどの力があれば、その魔力があれば。せめてエメルギアスだけでも生かして帰すことはできなかったのか」
はぁ???
なんでそんなこと言われなきゃいけねえんだよ。
向こうが殺しに来たんだろうが!! ばーかばーか!!
――と、言いたいところだがグッとこらえる。
「お言葉ですが、大前提として、そんな余裕はありませんでした。容赦なくこちらの魔力を奪おうとしてくる上、部下の魔力や血統魔法まで奪う始末。ハッキリ言って、アイオギアス兄上やルビーフィア姉上よりよほど脅威的でしたよ。それに――」
転置呪まで無効にされましたし、と言いかけてやめた。リリアナが脱走したはずなのに、俺は無傷で戻ってきたからだ。「やっぱり余裕で勝てたのでは?」と言われたら返す言葉がない。
実際、近接戦そのものはそれほど苦じゃなかったしな。魔力吸収がヤバかっただけで。俺が奥の手を見せてなきゃ、適当にあしらって逃げるという選択肢は、もちろんあった。俺の感情的にはありえないが。
つまり、俺はアイツを殺さずにおく選択肢があったにもかかわらず、殺せるから殺したことに違いはないのだ。欠片も悔いてはいないけどな!
ただ、この魔王の態度、めちゃくちゃイヤな予感がする……
「――殿下は嘘をついています」
と、横からねっとりした陰湿な声。
「確かに、エメルギアスは私の魔力を奪い、大公級と言っていいほどの成長を見せていましたが、今の殿下よりは低い魔力でした……」
もはや何を考えているかもわからない、どろどろとした目で俺を見る。
「殿下にとって、それほど極端な脅威だったとは思えません。半殺し程度で済ませることはできたはずです」
こいつ……! 息子を下げてでも俺の足を引っ張るつもりか!
「ご子息を過小評価しすぎでは?」
俺はやんわりと揶揄した。っつかなんで俺が、よりによってアイツの肩を持つようなこと言わなきゃいけねえんだよばーかばーか!
「それでは兄も浮かばれますまい。部下の魔力を奪い、血統魔法を奪い、終いには我が騎竜から飛行能力やブレスまで奪って、手がつけられない状態でした。さらに、先ほど言いかけたことですが、俺が殺したわけではありません。兄は自滅したのです」
「自滅?」
魔王が冴えない表情のまま問うた。
「はい、兄の遺体をご覧になれば――」
「お前が来る前に見た」
魔王はぽつんと。
「ほとんどボン=デージだけだったな。……ひどい有様だった」
執務机に視線を落としながら。
「……悪魔の権能を受け入れすぎて、半ば悪魔化していたようです。最終的に奪った魔力を扱いきれずに、兄は自壊しました」
「それにしては、黒焦げになっていたが?」
「ドラゴンから奪ったブレスの力を、うまく使えていなかったのですよ。俺にとっては幸いでしたが……」
ぺたりと頬を撫でながら、俺は慎重に答える。
遺体をすでに見ているのか……ということは……
「そして……どうやら勇者の力も吸収していたらしく。最終的に聖属性を使おうとして、扱いきれずに自らの魔力で焼かれたようです」
嘘は言っていない。恐ろしいことに。
「……エメルギアスが勝手に襲いかかっただけ。平和裏に解決しようとしたが、無理だった。そしてお前が直接手を下したのではなく、最後は自滅した、と……」
魔王は腕組みし、頭を振った。
「お前に非はないように思える。話を聞く限りでは」
ったりめーだろ!!!
「しかし、陛下――」
ネフラディアがなおも言い募ろうとしている、ええい黙ってろ鬱陶しい!
「わかっておる」
魔王もまた、疎ましげに相槌を打った。
「あくまでも、『ジルバギアスの言が真実であれば』の話だ。わかっておるのだ」
小さく溜息をつき――
「ジルバギアス、我はお前を罰さねばならん。兄殺しの咎で」
魔王は、まるで岩の彫像のような厳しい顔で、俺に告げた
…………は?
「なぜです!? 俺は被害者ですよ!?」
「わかっておる。お前の主張はおそらく正しいのだろう。しかしお前の身内以外で、証人となれる者がおらん。エメルギアスの部下はおろか、ドラゴンさえ皆殺しにしてしまったからだ……」
魔王は、悔しげに歯を食い縛る。
「片方からの証言しかなければ、それはもはや証言の意味をなさん。いくらでも捏造できてしまう。本当にお前が、エメルギアスを、半殺しでも瀕死でも構わん、せめて生かしてさえいれば……!」
がっくりと、肩を落としてから、魔王は顔を上げた。
「このままお前を放免することはできん。示しがつかん」
「……示しとは!? 誰に対する示しですか!?」
冗談じゃねえぞ、どんな罰かしらねえけど、魔王がこんだけ嫌がってる上に、ネフラディアがニヤニヤしだしたってことは、絶対ロクな内容じゃねえ!
「殴られた被害者が、殴り返して罰せられる道理がありますか!?」
「あるのだ」
魔王は、真顔で答えた
「継承者同士の、魔王位継承戦が始まる前の直接抗争は禁じられている。禁を破った者は、多少の情状酌量の余地はあれど必ず両成敗だ。……初代魔王の時代からな」
まだ父上が健在だった頃の話だ――と魔王は語る。
「ことの発端は、我が妹と弟だった。姉イビリディアの度重なる横暴に耐えかねた末弟コッパギアスが、これを殺害したのだ」
イビリディアの嫌がらせや暴力は目に余るものがあり、非があるのは明らかであったことから、コッパギアスは無罪放免となった。
「しかし、この裁定を利用する者どもが現れた。相手に非があれば、
次期魔王の座を狙う者たちが、互いの非を糾弾し、争い始めたのだ。
極めつけに、無罪になって味をしめたコッパギアスが、別の姉を殺害した。事態を重く見た初代魔王は、魔王位継承戦が始まるまでは王位継承者同士の直接抗争を固く禁じ、破った者は加害者被害者どちらも罰するようになった――
「今、アイオギアスとルビーフィアの間で緊張が高まりつつある」
執務机の上で手を組み、魔王は淡々と話した。
「両者とも、それぞれの自領に使者を送り、部下たちも戦支度を整えているようだ。エメルギアスが欠け、戦力の均衡が崩れたこともあるが、それ以上にお前への裁定が注目されている」
魔王はいつの間にか、感情を殺しきったような真顔で俺を見つめている。
「ここでお前に甘い裁定を下せば、『その程度の罰ならば構わない』とばかりに戦端が開かれるだろう。アイオギアスたちだけではない 魔王国中の大公級が、ライバルを潰すために行動を起こすはずだ。それでは収拾がつかなくなる」
「……だからといって、俺を罰するのは筋違いでは」
ゆっくりとした口調で、俺は物申す。
「俺は、最悪の事態を回避するための努力はしました。しかし現にはエメルギアスは攻め込んできたのです。それこそ、尻尾を巻いて逃げる他にこの結末を避ける方法はありませんでした。俺には研究所を可能な限り防衛する必要があり、また、俺自身の名誉のためにも、逃げるわけにはいかなかったのです、父上!」
しかし、最後には声を荒げるのを我慢できなかった
「アイオギアス兄上たちが暴発しそうなら、父上が武装解除するよう言って聞かせればいいではないですか!」
「実行力のない言葉に意味はない」
淡々と魔王は返す。
「力なき権威は無力であるが、権威なき力もまた無力だ。もともと我は、父上同様、王位継承者同士の抗争を固く禁じてきた。破れば、厳罰を下すことも宣言した上で、だ。にもかかわらず、此度の一件は起きた。それはつまり、魔王が舐められたということに他ならん」
ぎり、と組まれた手が軋む。
「――この現状を看過するわけにはいかん」
だから行動で示すってか!? 言いたいことはわかるけどよ、しかし!
「父上を舐めていたのは、エメルギアスです! あの愚物ですよ!! 決して俺ではありません!」
思わずネフラディアを睨んだが、息子が侮辱されても怒るでもなく、ただニヤニヤと俺を眺めるのみだった。コイツ……!
なんで俺が、あのクソバカ野郎の煽りを食わなきゃならねえんだ!
「お前の言いたいことはわかる。気持ちもわかる。だが、魔王国を維持するためには魔王の権威を知らしめねばならんのだ」
「じゃあ、なんですか!? 俺がおとなしく殺されていればよかったとでも!?」
「その場合は……」
魔王は、再び沈痛の面持ちになった。
「……エメルギアスを厳しく罰していただろう。極めて厳しく、な」
ア~~~~~~ホくっさ!!
やってられねえぞマジで!!
憤慨のあまり言葉を失う俺に、魔王は申し訳無さそうな目を向けてから、表情を切り替えて手元の書類をパラパラめくった。
「コッパギアスの例に遡るが、兄姉殺しの罰は、情状酌量した上で自室謹慎50年が妥当とされている」
…………は?
50年……だと……
謹慎ってことは部屋から一歩も出られないってやつだ。俺は魔族。200年くらいは普通に生きる。だが……だからといって、50年は決して短い年数ではない!
何より、50年も戦場に出られなければ! 俺は、全くといっていいほど、禁忌の力を稼げない!!
「無論、可能な限りお前には配慮する。宮殿の広間をお前の自室としても構わんし、他に希望があれば魔王城の広い空間をお前の部屋として改装する許可も出そう。50年満期と言わずとも、30年ほどで恩赦を与えることもできるかもしれん。レイジュ族にも様々な配慮をしよう、不安ならば書面にしても構わん。だからジルバギアス」
魔王は懇願するように。
「国のことを思って、ここは堪えてくれんか……?」
立場さえなければ、頭も下げていそうな様子だった。
「……嫌だと答えたら?」
けどよォ、んなこと俺の知ったこっちゃねえ。
アダマスの柄に伸びそうな右手を必死で抑えながら、問う。
「言ったはずだ」
魔王は再び、厳格な表情に切り替える。
「――我は魔王の権威を知らしめねばならん」
…………クソがッ!
今の俺じゃ、まだ魔王には敵わねえ……クソクソクソッ、ここに来て、30年も指くわえて待ってろってのか!
俺が! 魔王国なんかのために……!!
「あらぁ陛下、お優しいことですわね」
と、俺が怒りに震えていると、さらに神経を逆なでするような声が背後から。
「でも、ひとつお忘れではありませんこと?」
ネフラディアがニヤニヤ笑いながら話に割って入る。なんだテメェ。今の俺は機嫌が悪い、そろそろ手が出るぞ……
「第7魔王子殿下には、自らの命運を選ぶ権利がおありでしょう? 謹慎ではない、別の試練という形を……」
ネフラディアの言葉に、魔王が苦虫を噛み潰したような顔をした。余計なことを、とでも言わんばかりだった。
「……別の試練?」
ネフラディアの思惑に乗るのは癪だが、こんなあからさまに匂わされたら、興味を示さずにはいられない。
ニンマリと笑ったネフラディアは、魔王に意味深な目線を送る。
「……ネフラディアの言う通り、もうひとつの選択肢がある。我が末弟コッパギアスや、その他の不届き者たちにも示された選択肢が。……誰ひとりとして、生きて帰らなかった試練が……」
観念したように、魔王は告げた。
「……ジルバギアス。ふたつにひとつだ、選ぶがいい。謹慎50年か、あるいは……追放刑1年か」
追放……刑……?
なんだ、それは。
「1年間、魔王国の全ての身分と権利を剥奪され、国外に追放される刑。そして魔王国の一切の援助を受けることなく、無事に生き延びられれば――罪は赦される」
囁くようにして、ネフラディア。
「簡単でしょう? たった1年間でいいのよ?」
「国外……それは、つまり……同盟圏へ……?」
「そう。生き延びるだけでいいの……」
意地悪く、醜悪にネフラディアが笑う。
俺は、衝撃のあまり、わなわなと体が震えるのを感じた。
つまり……追放刑とやらを選べば……
一切、魔王国に邪魔されることなく、
大手を振って同盟圏に行ける……ってこと!?
やったあ!!!!!!!!!!!!!
「【第7魔王子ジルバギアス=レイジュ、追放刑を選びます!!】」
俺が全力で宣言すると。
ネフラディアが勝ち誇ったように笑い、魔王が絶望顔で額を押さえた。
――――――――――――――
※お待たせいたしました。
というわけでね。ずーーーっとやりたかった【同盟圏追放編】ぼちぼち突入したいと思います。
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