496.大前提の共有
「――俺は【禁忌の魔神】と契約している」
歩きながら、俺の基本的かつ
「そして、その魔神がこいつ……アンテンデイクシスだ」
俺がクイッと親指でアンテを示すと、「これが魔神……?」といかにも疑わしげな顔をするヘレーナ。ただ、それはオーダジュも同じだった――アンテの魔力は、悪魔としてはせいぜい上の下か、中の上くらいの格。とても『神』と呼ばれる存在には見えないだろう。
「ここにいるのは分体だよ。本体は存在の格がデカすぎて世界を渡ることができないらしくてな。中堅上位くらいの悪魔に擬態してるんだ」
「……ひょっとすると、君の正体は伏せるべきだったのかな。悪いことをした」
「当たり前じゃろ、こやつの立場を考えてみい」
と、説明する俺の横で、オディゴスとアンテがヒソヒソと囁きあっていた。ただし丸聞こえである。締まらねえなオイ!
「ふむ。しかし立場と言われてもね。そもそも皆はどういう集まりなんだろうか」
「……ん?」
が、聞き捨てならないオディゴスのセリフに皆が足を止める。
「私が聞いていたのは、舐め回されていた少年が、実は人族になりすました魔王子ジルバギアスで、かつ勇者アレクサンドルでもある――ということだけだ。リリアナを『勇者アレクサンドル』の元に導いて、事実【案内】が達成されたから、それは事実なのだろう。アンテンデイクシスが契約していたのも実に興味深いが、なぜ魔族の王子が勇者なのか、森エルフが魔王子と自然に合流して仲良くしているのか、いまいち背景が飲み込めていなくてね」
えっ、そこから?!
どういうことだよ――と視線でリリアナを問いただすと、彼女はポンと手を打ってから、ぺろっと舌を出した。
「あ、ごめんなさい! そういえばオディゴスと契約してから数日、ずっと走りっぱなしで全然説明してなかったわ!」
ずっと走りっぱなしだったの!? ってか契約してまだ数日しか経ってないの!?
めちゃくちゃ急いで俺に会いに来てくれたんだな……嬉しいは嬉しいが……走りながらでも説明くらいは――
「その、しかも走ってる間はずっとあの子だったから」
――わんこに説明責任が果たせるはずがなかった……!!
「昨日も私、興奮しっぱなしだったし、あまり踏み込んだ話を……その、ヘレーナの前でするわけにもいかなかったし……」
ちら、とヘレーナを見ながら、色々な意味で申し訳無さそうなリリアナ。
「な、なるほど。まあ、何も知らないオディゴスのためにも、ヘレーナのためにも、確認を兼ねて情報共有しようか……」
俺はかいつまんで話していく。魔王城強襲作戦。予期せぬ生まれ変わり。魔界訪問とアンテとの契約――
「俺が『大戦果』と言ったのはこのことだ。オディゴスは、魔界を訪れる魔族が理想の相手と巡り会えるよう、【案内】してくれていた。オディゴスの導きがなければ俺とアンテが出会うこともなかっただろう」
あんな魔界の果てまで普通歩いていかないしな。
「つまり……魔族どもは今後、悪魔との契約が難しくなった、と!?」
老エルフのオーダジュがわなわなと震えながら目を見開いている。俺の衝撃をわかってくれたようで何より。
「少なくとも、理想の相手を探すのは運任せになったでしょうね。そうだろう、オディゴス?」
「それは間違いない。もっとも私は、私の権能に
オディゴスの導きがなくとも、理想の相手を見つけ出す剛の者もいるだろう、ってこった。
「だが、格段に難しくはなった……今頃、魔王国は大騒ぎだと思いますよ。少なくとも上層部は」
魔王なんか胃が痛いだろうな。ザマミロだぜ。
……ただ、北部戦線で新たな動きがあるらしい件と関連して、少し不吉な予感もあった。これまで魔王国は、亀の歩みで進撃を続けてきた。同盟軍を完全に滅ぼしてしまったら、敵がいなくなって内輪揉めが始まりかねないからだ。
裏を返せば、魔王国は同盟をナメていた。だが魔王国の力の源泉、悪魔との契約がこれから数百年単位で覚束なくなった――と自覚したなら?
足を掬われかねない、危機感を覚えたなら?
……魔王が方針転換しない保証なんて、どこにもない。アイツの一存で何でもすぐに決まるからな……!! まあ、流石に今日明日の話ではない、とは信じたいが。
「要は、魔王国隆盛の最大の功労者ってわけ」
と、これまで黙って話を聞いていたヘレーナが、皮肉げな口調で言った。
「あなたは、何も思わないの? これまで魔王国に貢献してきたのに、今後は魔族と敵対することになるのよ?」
口調はそのままに、オディゴスに問いかけるヘレーナ。
「ふむ。特に何も。私は魔王国に貢献してきたわけではなく、私がしたいことをしていただけだからね」
結果として利害が一致していただけさ、とオディゴスは肩をすくめた。
「もちろん、彼らが私に導きを求めてきたら、協力するのはやぶさかじゃないが」
しかし飄々と続けられた言葉に、一気に場の緊張が高まる。
「それは――」
「大前提として、私の欲求は『可能な限り人々を導き、自らの力を高めること』だ。そして私の案内を求める者がいるなら、種族は関係ない。誰であろうと、何のためであろうと、どこへだろうと、私は案内する」
てくてくと燕尾服で歩きながら。
オディゴスに顔はない。表情もない。呼吸もない。
どこを見ているかさえわからない、ひたすら無機質な紳士がそこにいる。
「ただし、優先順位はある。私はリリアナと契約した。リリアナとともにあれば、私は最大限に人々を導くことができると確信している。ゆえに、リリアナの願いは私の願いだ。私たちの目的と手段は、高次で一致している」
不意に立ち止まったオディゴスが、くるりと体ごと――オーダジュの方を向いた。
「だから、そんな目で見なくても大丈夫だよ」
ふふっ、とかすかな含み笑い。
「私はどこにもいかないから」
――少なくともリリアナが生きている限りはね。
「…………」
顎髭を撫でるオーダジュが、目を細めた。まるで、瞳という窓を通して、目の前の悪魔に魂を見透かされることを恐れているかのようだった。
いやぁ……やっぱり、オディゴスも悪魔なんだな。
それも、清々しいほどに【中庸】の。
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