497.信念と真実

※漫画版ジルバギアス、ニコニコ静画でも連載が始まったようです! 流れるコメントを見るとテンション上がっちゃいますねェ!

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「ま、そうカリカリせんでもいいじゃろ」


 空気が少し冷えたところで、アンテがのほほんとした口調で言った。


「こやつはわんころと契約した。――つまりリリアナが最優先ということじゃ」

「もちろんだとも! ああ、その点が心配だったのかな?」


 腰の後ろで腕を組んだオディゴスが、体ごと交互にオーダジュとヘレーナを見る。


「確かに私自身は、魔族が案内を求めてきたら協力するのはやぶさかではないが――リリアナがそれを嫌がるのであれば、リリアナの意向を優先するよ。同様に、何者かを導いた結果、リリアナに危害が加わる可能性があるなら、私はリリアナの身の安全を優先する。これで安心してもらえるかな」

「……その言葉が真実ならね」

「嘘を吐けば信念が揺らぐ。信念が揺らげば権能が濁る。少なくとも私はそんな真似はしない」


 皮肉げなヘレーナの言葉に、胸を張りながらオディゴスは答えた。


「…………まあ、話はわかったわ。オディゴスのことも、ジルバギアスの事情も」


 頭痛をこらえるように眉間を揉みほぐしながら、ヘレーナ。胡乱な眼差しが再び俺に向けられる。


「それで、あなたは禁忌を犯せば犯すほどに力を得ると」

「その通りだ」

「そしてその【禁忌】は、勇者としてのものと、魔王子としてのもの、両方が適用される、と」

「ああ」

「う~ん……」


 ヘレーナはうつむいて唸った。俺の行動を再吟味しているのかもしれない。


「なるほどね……納得はいったわ。帝国軍に殴り込んだのも、聖教会の面々を皆殺しにしたのも、全部【禁忌】のせいだった、と」


 …………。


「なら安心…………とは、ならないのよね……」


『それ』を口に出している時点で、ある程度俺の人格を信用しようとはしているのだろうが。


 疑念は拭いきれない――じりっと前に出て、リリアナを背に庇うようにして立ち塞がるヘレーナは、子猫(あるいは子犬)を守ろうとする母猫をどこか彷彿とさせた。「この子リリアナに手を出したら承知しない」とその瞳が語っている――


 まあな。信頼の積み重ねもなく、リリアナが本当に『正気なのか』確証もなく、裏切れば裏切るだけ力が増す存在を身内にできるか、って話だ……。


「ひとつ、確かめておきたいのですがの」


 と、ここでオーダジュが口を挟んだ。


「ジルバギアス殿……いやアレクサンドル殿とお呼びするべきか」

「どちらでも。個人的には『アレク』がしっくり来ますが、今後、旅の間は『アレクサ』と名乗ることになると思います」

「では、アレク殿。あなたは魔王子ジルバギアスとして、カイザーン帝国軍のハミルトン公国侵攻に介入しましたな。あれにはどのような意図があったのか、一応お聞かせ願いたい」


 ……あの一件が、根深い不信の一因であることは疑いようもないな。


「意図としてはふたつ。俺はハミルトン公国に肩入れしていたので、彼の国を大儀なき侵略から守りたかったこと。そして、夜エルフどもの謀略のせいもあり、魔王軍の脅威を軽視している後方の人々に、魔族の恐ろしさを知らしめたかったこと」

「……なるほど。これ以上ないほどに、その目的は達成されておりますな」


 オーダジュは平坦な声で相槌を打った。


「幸いなことに、夜エルフの諜報網も壊滅しつつあるようですからな。今後、魔族の恐ろしさは矮小化されることなく同盟圏に広がることでしょう」

「俺も、夜エルフの狩り出しには微力を尽くしましたよ」

「……そういえば、前線近くのトドマールって街で、『勇者アレックス』が夜エルフの諜報員をあぶり出した、って話があったわね。現地で神官から話を聞いたわ」


 ヘレーナがふと唇に指を当てて宙を睨む。


「あれって、もしかしてあなたのことだったの?」

「あ、はい、そうです……」

「う、う~ん……」


 難しい顔でヘレーナが唸るッ! おそらく不倶戴天の敵・夜エルフを狩り出したという事実により、敵の敵は味方理論で俺への好感度が上昇……ッッ!


「……お願い、もうひとつだけ、聞かせてほしいの」

「何なりと」

「カイザーン帝国軍と衝突したあとに……あなたは聖教会の面々とも交戦したわね」

「……ああ」


 苦い思いを噛み締める。


「人族の英雄と目される勇者も含めて全員が、皆殺しにされた……と聞いているわ。あなた、言ったわよね。魔族の恐ろしさを知らしめて、帝国軍の侵略を止めるのが目的だった、って。……本当に、聖教会の面々まで皆殺しにする必要があったの?」


 さらに、ヘレーナはレイラにも目を向ける。


「しかも、ホワイトドラゴンの姿まで晒して。あの一件のせいで、ホワイトドラゴンへの不信が広がりつつあるわよ」


 …………そりゃあ、そうだよな。


「私が心配しているのは……あなたもまた、オディゴスやリリアナのように、悪魔の権能に振り回されてるんじゃないか、ってことなのよ」


 消え入るような呟きを漏らすヘレーナ。


 ……俺が、権能に振り回されている?


 禁忌を犯したくて犯したくてたまらなくなってる、ってこと?


 はっ。


 思わず、乾いた笑いを漏らしそうになった。




 んなわけねえだろ……!!




「まず、はっきり言っておくが、禁忌を犯したいと思ったことは一度もない」

「でも……」

「くふ、ふふふふ。ははは、はっはっはっは……!!」


 アンテが堪えきれなくなったようで、笑い始めた。


 いや、嗤っていた。


 俺だって笑いてえよこんなの。


「ふふ、ふふふふ。や、話の腰を折ってすまんの。続けるといい」

「……それと、聖教会の件だけど。俺も、帝国軍相手にある程度暴れ回ったら、あわよくば皇帝の首を取るだけ取って、身をくらますつもりだった」


 オーダジュが少し呆れた様子で「簡単に言う……」と呟いた。


「だが、できなかったんだ。聖教会の援軍には……本物の英雄がいた」


 森エルフ組の視線が交錯する。


「「アーサー=ヒルバーン……」」


 当然、知ってるよな。現地まで行ったなら。


「彼の大魔法で、俺は逃げることができなくなった上に、手加減もできなくなった。挙げ句、毒まで受けて死にかけた。俺は……みんなを殺し、しかもレイラの助力まで借りなければ、あの場を切り抜けることができなかった……」


 拳を握りしめる。


「あれは、権能のせいじゃない。全ては俺の決断と、その拙さが生んだ結果だ。俺の……責任だ」

「…………」


 ヘレーナは、何とも微妙な顔をしている。たぶん、俺がどれだけ言葉を重ねたところで、彼女の不安を拭い去ることはできないと思う。


 なので。


「この件に関しては、当事者から話を聞いた方が早いかもしれない」

「え?」

「おーい、みんな。お待たせ」


 朝もやに紛れてサクサクと森の外れに踏み込む。



 ようやく、荷物を隠してあるところまで戻ってこれたのだ。



『リリアナ! 久しぶりじゃない!!』


 背嚢に立てかけてあった刺突剣から、バルバラがスンッと飛び出してくる。


「きゃっ!? ゴースト!?」

「あ! 待った待った! 彼女は悪いゴーストじゃない!! 仲間です!」


 ヘレーナが反射的に放ちそうになった光魔法を、体を張って止める。


「仲間!?」


 目を白黒させるヘレーナ。


『……え、これ姿を見せて良い感じ?』


 どこからともなく響く青年の声――


「ああ。というか、むしろ姿を見せてほしい」

『そういうことなら……』



 それを皮切りに、出るわ出るわ。



 出るわ出るわ出るわ。



 銀色に輝く霊体の集団が。



 ゾロゾロゾロゾロ――



「な、な、な……」


 口をぱくぱくさせるヘレーナ。オーダジュも目を見開いてるし、リリアナも信じがたいものを見るような顔をしていた。


 あ、そうか、聖霊術に関してはリリアナも初めてか……


「な、何なの!? あなたたちは!?」


 ヘレーナが後ずさりながら叫んだ。


『うーん、何かと問われたら……そうだなぁ……』



 腕組みして考え込むことしばし、銀色に輝くアーサーは。



『強いて言うなら……ジルバギアス被害者の会、かな』



 あっけらかんと答えた。



 誠に申し訳ございません。

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