495.驚愕の事実
「オディゴス! オディゴスではないか!!」
一瞬の硬直ののち、アンテがバッとオディゴスに駆け寄った。
「お主! とうとう契約者を見つけたんじゃな!」
「お陰様でね。君こそ元気そうで何よりだ」
「いや~よかったのぅ! まさかその犬っころになるとは思わなんだが……」
「ありがとう、ありがとう。それを言うなら君も、今さら現世に降りることになるなんて、剛毅な契約者がいたもんだね」
「お互い、運が良かったと言うべきか」
「違いないね。はっはっはっは……!」
「ふっふっふ、ほっほっほ……!」
いや笑ってる場合じゃねえだろ!!
「なんでオディゴスがここに!? どうやって!?」
「あなたの……勇者アレックスの噂を追って、バッコスって街を訪ねたのよ」
思わず前のめりになる俺に気圧されながらも、リリアナが答えた。
バッコス――ご隠居ことグラハム公と一緒に山賊剣聖をしばき倒してついでに温泉にも浸かったところか!
そしてあそこには、ああ思い出したぜ、簡易ポータルがあった……!!
「そうしたら、魔法陣があって――」
可能なら、いつかリリアナたち森エルフに託そうと思ってたけど、まさか自力でたどり着いて発動させたとは! そして魔界に渡り、オディゴスと契約したと……!
リリアナがなぜ俺を見つけられたのか、それも納得がいった。【案内】の権能があればこそ!
「なんて……なんてことだ……!!」
俺は衝撃と驚愕を受け止めきれず、わなわなと震えた。
「リリアナ!」
「わぅ! わ、私、何かやっちゃった……?」
「何かどころじゃねえ!!」
リリアナの肩をグワシッと掴み、俺は叫ぶ。
「――大戦果だ!!」
困惑して首を傾げるリリアナ、どうやらことの重大性がわかっていない――オディゴスから説明を受けてないのか? 俺はバッと首を巡らせ、魔神の分体とキャッキャとはしゃいでいる燕尾服を着た杖へ視線を転じた。
「オディゴス! お前本当にオディゴスなんだよな!?」
「ふむ。哲学的な問いだね。私は本当にオディゴスなのだろうか?」
「自己同一性とかそういう話をしてんじゃねえんだ。分体とかじゃなく、お前本体が現世にやってきてるのか? ってことだよ」
「それならば、然り」
頷くように体を傾けるオディゴス。この時点で、旧友との再会に気を取られていたアンテもようやく『それ』に思い至ったようで、スッと真顔になる。
「あいにく、私は分体が必要になるほどの大悪魔じゃないのでね。どこぞの魔神様とは違って」
が、オディゴスが燕尾服の袖でぷにぷにとほっぺたをつつくものだから、アンテの真顔はすぐに崩された。
「ええいやめんか鬱陶しい、またへし折られたいか!」
「ふふふ、そいつは勘弁してほしいね」
クソッ和気藹々としてて調子が狂うな!
ってかさらりとアンテが魔神であることを示唆された上に、冷静に考えると本名呼びまでされている。
――老エルフと女エルフの前で。
俺は今度は、ふたりへと視線を向ける。
「リリアナ、この方たちは……どこまでご存知なんだ?」
「あ! ごめんなさい、紹介がまだだったわね」
ピャッと飛び上がったリリアナが、まず女エルフを示す。
「この子はヘレーナ。私の幼馴染よ」
「……どうも」
「あ、どうも、初めまして……ジルバギアスです」
警戒心と呼ぶには剣呑すぎる光を湛えた目で、俺を凝視しながら会釈する女エルフ――ヘレーナ。
「で、こちらはオーダジュ。私が小さい頃から面倒を見てくれている爺やなの」
「ほっほっほ。お会いできて光栄ですぞ……魔王子殿下」
「あ、いえ、こちらこそ光栄です……」
チクッと刺してくるじゃん……でも事実だから何も言い返せないや……それにしてもすごい高齢だな。いったい何歳なんだろう?
「情報開示についてだけど、ヘレーナは私が脱走したいきさつと、あなたの正体。爺やは、私が知るほぼ全てを知っているわ。そしてふたりとも、許可なく秘密を口外・示唆した場合、【誓約】の魔法により心の臓が止まるようになっている」
「……おふたりとも、光の魔法は使えますか?」
「使えますぞ」
オーダジュがうなずき、ヘレーナは無言で、ぽわんと光の泡を指先から放つことで答えた。見た目は可愛らしいが、闇の輩が触れれば肌を焼かれる攻撃魔法……
……ともあれ、万が一のエンマ対策もバッチリ、と。死霊術で魂を引っこ抜かれても自滅する覚悟はできている、か……
リリアナも、俺の情報を開示するにあたって、人選には最大限の気を遣ってくれたってことだ。ただ、ふたりの覚悟にどう謝意を示したものかわからなくて、俺は深々と頭を下げることしかできなかった。
「アレク。もしよかったら……ヘレーナにも、いくつかあなたに関する重大な秘密を打ち明けてくれないかしら」
リリアナが、遠慮がちに頼んできた。
……この、あからさまに不穏な空気を漂わせてる奴に?
「あなたが……カイザーン帝国軍、および聖教会と衝突したことを、私たちは知ってるわ。現地にも――カェムランにも立ち寄った」
リリアナの表情が曇る。俺もまた、息が詰まるのを感じた。ヘレーナの表情はますます険しく、もはや警戒心を隠しもしない。
「今のヘレーナには……あなたの行動原理が理解できないのよ。あなたが何と契約しているかを知らないから」
その一言で、色々と腑に落ちるものがあった。
なるほど、アンテの正体については開示されていないんだ。禁忌を犯して力を得るという原則を知らず、だから俺の行動の意図を読めないままでいる、と……
そりゃあ……警戒するだろうさ。
いや、理解したところで、警戒はするだろうけどな。
だって全てを知っているはずのオーダジュが、こんなにも俺の一挙手一投足に注意を払っている。
俺の行動原理がわかったところで、次の疑念が浮かび上がるだけだろう――なら、リリアナを手にかけたら、さらなる力を得られるんじゃないか? って。
それはありえない、と保証する術を俺は持たないんだ。たとえ、どんなに俺自身にそのつもりがなくとも、信用がなければ……。
「……わかった」
だけど、オディゴスがアンテの本名も呼んじゃったし、なんか匂わせちゃったし、このままリリアナたちとハイさようならってこともないだろうし。
しばらくは一緒に旅することになるだろうから、いちいちヘレーナだけ除け者にして、防音の結界を張るわけにもいかない。
信用してほしいと思うなら――俺がまず誠意を見せるべきだ。
「歩きながら話そう。荷物を回収したい」
オディゴスを連れ出した重大性も、俺の契約魔神と行動原理も、今後の予定も……ああ、本当に何から話せばいいんだ!
ともあれ俺たちは、荷物や諸々が置いてある森の外れへと移動することにした。
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